2016年04月27日

◆ 個人補償をするには?

 震災対策をするには、公共事業は無駄で、個人補償をするのが最善だ。ただし……

 ──

 (1) 公共事業は無駄

 震災対策をするには、公共事業は無駄だ。仮設住宅に1世帯 1000万円を払うのも無駄だし、東北で防潮堤・盛り土に数千億円を投入するのも無駄だ。(何度も述べた通り。)
 また、その巨額の金を流用すれば、熊本では多くの人命を救うことができる。
  → 東北の復興工事を中止せよ

 (2) 個人補償は効率的

 一方、個人補償は、はるかに効率的だ。たとえば、仮設住宅に変えて、次の方策が取れる。
  ・ 賃貸 (貸間・貸家に月数万円)
  ・ 仮設住宅でない本格住宅。(5年後に半額で払い下げてもいい。)

 前者なら、仮設住宅よりも圧倒的に低コストで住む。
 後者なら、仮設住宅と同じコストだが、被災者の得られる便益は圧倒的な差が生じる。五年を経たあと、仮設住宅ならば何も残らないが、本格住宅なら 2000万円(新築時価格)の家が残る。詳しくは下記。
  → 被災者にホテルと仮設住宅 の (2)

 前者と後者があるが、そのいずれにしても、無駄はまったくない。1世帯あたり 1000万円(5年間)を投入する仮設住宅の無駄もないし、1世帯あたり 2000万円を投入する盛り土の無駄もないし、1世帯あたり数千万円を投入する防潮堤の無駄もない。莫大な無駄金を投入する公共事業と違って、個人補償はこれほどにも効率的なのだ。
( ※ 公共事業だと、投入した金に対して、被災者が受ける効用は 10%〜30%程度であるにすぎない。残りの 70〜90%は無駄に消えてしまう。一方、個人補償ならば、出した金の分だけの効用はある。効率はほぼ 100%。)

 ──

 以上で、(1)(2) の対比をした。
 ではなぜ、効率の高い個人補償をするかわりに、効率の低い公共事業をするのか? なぜ税金を無駄にしない方法を取るかわりに、巨額の税金を無駄にする方法を取るのか?
 それが本項のテーマだ。(問題提起だ。)

 このテーマに対して、次のように答えよう。こうだ。
 「個人への財産補償は、個人の私有財産の形成に手を貸すことだから、できないのだ」

 一般に、国家が個人に対して私有財産の形成に援助することは、一種の汚職みたいなものだと見なされる。だから、できないのだ。
 似たような例で、生活保護というのはあるが、これは、最低限の生活を保障するだけだから、私有財産を形成することは許されない。少しでも貯金があれば、没収される。( ※ 正確に言えば、支給費を減額される。どっちでも同じことだ。)

 とにかく、国家が個人に対して私有財産の形成に援助することは、できない。法的にできないというよりは、倫理的にしない(やらない)。これが建前だ。
 ゆえに、同じ効果を出すために、個人補償ならば 100万円で済んで、公共事業ならば 500万円かかるとしても、前者は選択肢にならず、後者が選択肢となる。つまり、両者の善悪が比較されるのではなく、もともとの選択肢として、個人補償は入っていないのだ。
( ※ 東日本大震災のときにも、補償金は赤十字などを通じた寄付金に大半を頼った。ただし、東電関係の補償は別。)
( ※ ただし、政府の支出が皆無だったわけではなく、少しはあった。家屋倒壊に対しては、全壊 200万円、半壊 100万円。家屋再建に対しては、200万円。死傷に対しては別途。 → 資料 PDF

 すぐ上に示したように、全壊で 200万円だ。これは、新築の家でも同様である。
 熊本の場合、壊れたのは古い家が多かったから、同じように 全壊で 200万円でも、古い家に対しては悪くない金額かもしれない。(ボロ屋ならば時価を上回るかも。)一方、比較的新しい熊本市内のマンションでも、ひびが入って使い物にならなくなった例が多く、これだと 1000万円以上の損害になる人が多いだろう。この場合には、200万円の補償ではとうてい足りない。(下手をすると巨額のローンが残る。)

 ともあれ、政府の建前(倫理?)のせいで、個人補償はろくになされない。かわりに無駄な公共事業に巨額が投入される。それが現状だ。

 ──

 では、どうすればいいか? ここで、被災者の声を見よう。被災者はここで家を再建したいか? いや、益城町では、「ここにはもう住みたくない」という住民の声が出る。
  「今まで生きてきた中で一番怖い思いをした。もうここには住みたくない」
 震度7の揺れに襲われた熊本県益城町。部屋の壁が崩れるなど自宅が半壊した**さんはそう嘆く。
( → 朝日新聞 2016-04-25

 それが本音だろう。別に、不思議ではない。ここでは、地質構造的な理由があるのだ。
 《 建物倒壊、地震波増幅しやすい軟弱地盤に集中 》
 熊本地震で震度7を2回記録した熊本県益城町で、建物の被害が集中した地域は、地震の揺れで木造家屋が倒壊しやすい軟弱な地盤とみられるという調査結果を、長尾毅・神戸大教授(地震工学)らがまとめた。
 熊本地震では、谷筋沿いなどの軟弱地盤に立つ建物の被害が特に多いと指摘されており、地盤の特徴と被害の関係を裏付けるデータという。
 益城町では、県道28号と秋津川に挟まれた地域に被害が集中した。
( → 読売新聞  [画像あり] )

 断層帯の上にあるだけでなく、軟弱な地盤となっている。二重の打撃だ。とても住むには適していない。たとえここで再建しても、将来また大地震が来れば、家屋はひどい被害を負う可能性がある。人が死ぬ可能性もある。
 だからこそ、住民は「もうここには住みたくない」と思うわけだ。

 ──

 では、「もうここには住みたくない」とは、どういうことか? 土地を捨てたいということか? 違う。「土地を売って、別の土地に引っ越ししたい」ということだ。
 しかしながら、自分が出ていきたいような土地なら、そこに住みたいという人はいない。もちろん、その土地を買いたい人もいない。だから、売れない。売るとしても、価格はゼロ同然だろう。(むしろ、固定資産税の分だけ出費が出るので、適性価格はマイナスかもね。)

 ここで、名案がある。
 「益城町の土地を国が買い上げる」

 これだと、売るに売れない土地を、国に買ってもらえる。そのことで、現金がほしいときに、現金を手に入れることができる。
 こうして現金を手に入れれば、家財を失ったあとでも、別の土地で生活再建ができる。だから、政府は益城町の土地を買い上げるべきなのだ。
( ※ 多額の現金を与えれば、生活再建は容易だ。一方、仮設住宅や県営住宅で住居費を無料にすることはできても、生活支援をするための現金を与えられない。現金がなく、極貧でいると、生活再建もなかなかできない。自営業ならば、事業再建の資金も入手しがたい。いくらか国の支援があるとしても、手元不如意では、事業や生活の再建はしにくい。)
( ※ なお、家屋が倒壊しても、土地だけを買い上げることはできる。)

 ──

 政府は土地を買い上げるべきだ。しかし、ここで問題が生じる。
 土地の時価は、すでにゼロ同然だ。時価がゼロ同然のものを、高額で買い上げる根拠がない。そもそも、国が私有物を売買することの根拠がない。そんなことは理屈からしてありえない。

 ただし、ここで例外がある。それは、「居住禁止」という措置を取った場合だ。この場合には、「居住禁止」の対価(補償)として金を払うことが可能だ。また、金の支給対象は、指定地域に限定される。(たとえば、益城町に限定した場合には、阿蘇市の土地は対象とならない。益城町の人は、指定地域なので、出ていけば土地を買ってもらえる。阿蘇市の人は、指定地域外なので、出ていったとしても土地を買ってもらえない。)

 というわけで、「居住禁止」という措置を取ることで、「政府計画に対する個人財産への補償」という形で、「個人補償」が可能となる。かくて、無駄な巨額の公共事業費を止めることができる。これで、目的は達成されることになる。

( ※ 本項は、「居住禁止」という提案が、どういう根拠でもたらされたかということの、背景説明のようなものとなる。)



 [ 付記 ]
 なお、「居住禁止」で土地を買収した場合、個別でなく一挙に広域に土地を買収できる。虫食いにならない。だから、そのあとの再開発が容易となる。
 再開発といっても、こういうところに高層ビルや住宅街をつくるわけには行かない。人が住むには不適切だ。
 そこで、「空港にすればいい」と先に示した。
  → 地震の被災地から脱出するべきか?
 
posted by 管理人 at 23:59| Comment(1) |  震災(東北・熊本) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
タイトルとはまったく関係なくて恐縮ですが、酒気帯び運転をなくすための画期的な対策はないものでしょうか。
Posted by 菊池 at 2016年04月28日 09:02
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