2016年04月17日

◆ 東北の復興工事を中止せよ

 熊本・大分地震は、予想外の広がりを見せている。この被害への対策が必要なので、財源を得るために、東北の復興工事を中止するべきだ。

 ──

 熊本・大分地震は、人々が思っている以上に深刻な災害だ。人々はどうも甘く見過ぎている。
 なるほど、死者数だけを見るなら、東北(東日本大震災)の被害の方が圧倒的に上だ。1万6千人になる。一方、今回の地震の死者数は、現時点で 41人にすぎない。その意味で、死者数を見る限りは、前回に比べてまったく小規模であるように見える。
 しかしながら、前回の死者数の大部分は津波による死者だ。それは、必然的に生じた死者ではなく、地震発生後の 30分間に逃げ遅れたことによる死者だ。つまり、直接的には、「油断」「心のゆるみ」が招いた死者であり、この数はいくらでも減らすことができたはずなのだ。(実際、「津波てんでんこ」の方針があった釜石では、死者数は少なかった。その方針をあえて取らなかった天の邪鬼な人が死んだだけだ。)
 一方、今回の地震(熊本・大分)は違う。心のゆるみは関係ない。少なくとも、第一波はそうだ。あるとき突発的に地震が生じて、家屋倒壊で死んでしまった。なお、第二波の分は、「余震への警戒が足りなかった」という意味では、「心のゆるみ」があったが、実は、「屋内への退避」は、政府の強力な推進があったのだから、「政府が是非ともやれということを実際にやったせいで死んでしまった」ということになる。
  → 熊本地震の教訓 の [ 付記2 ]

 要するに、こうだ。東北の被害は、死者は多大に生じたが、その死者のほとんどは、自然災害の被害というよりは、心のゆるみが招いた死者だ。心のゆるみがなければ、そのほとんどの人命は救われたはずだ。だから、死者数の大小をもって、地震の被害の規模を測るべきではない。「東北の死者数は、熊本の死者数の 400倍にもなるから、400倍も規模の大きな地震だったのだ」と思うべきではない。死者数は、地震の規模の指標にはならないのだ。

 ──

 では、何が被害の指標になるか? それは、建造物の破壊だ。建物や橋などの建造物がどれほど破壊されたか? それが指標となる。
 東北の場合は、津波で水没した地域は、建物が全壊したところが多かった。その映像があまりにも衝撃的だったので、人々は強く心に残しただろう。
 一方、今回は、津波はなかった。とはいえ、内陸部の直下の地震ということから、建造物の被害はかなり多くあった。
  ・ 熊本城の崩落
  ・ 家屋の倒壊

 これらが初期に報道されたが、その後、第二波(本震?)の被害が次々と報道された。
  ・ 阿蘇大橋
  ・ 宇土市役所
 これらは本サイトでも言及したが、さらに次々と被害が報道された。
  → 学生アパート1階崩壊 阿蘇地方、土砂崩れ・橋崩落
  → 熊本地震 阿蘇大橋崩落など各地で被害
 阿蘇大橋が壊れたあとでは、その先の領域が孤立状態になっているそうだ。迂回路もあるが、とても遠回りで、接近が困難らしい。
  → 南阿蘇村、8カ所の宿泊施設が孤立状態 警察が確認急ぐ
  → 再び強震、インフラに深い傷 橋崩れ空路絶え断水拡大

 さらに、土砂崩れによる被災もある。阿蘇大橋のほか、家屋も飲み込まれた。




 ──

 こうして、多大な被害が生じたことが判明した。
 では、どうする? 政府は何をするか? もちろん、阿蘇大橋の再建はするだろう。では、それ以外に、個人の家屋の破壊に対して、何をするか? 

 「もちろん、大々的に補償するだろう」
 と思うかもしれないが、さにあらず。大々的に補償するのは、東北の地震に限られる。それ以外の自然災害では、ほとんど補償しないのが原則だ。たとえば、下記。
  ・ 広島の土砂崩れの被害
  ・ 鬼怒川の水害の被害
  ・ つくば市などの竜巻の被害 (参考リンク

 これらの自然災害では、家屋の全壊・半壊のような大被害が生じたが、その被害を受けた個人は、ほとんど補償を受けていないのが現実だ。(家屋全壊で 50万円ぐらいはもらえることもあるようだが。)

 というわけで、今回の被害でも、家屋倒壊になった被災者や、家屋倒壊で死んでしまった人々には、ほとんど補償金は出ないものと推定される。実際、これまでの自然災害ではそうだったのだから。
( ※ 実を言うと、東日本大震災でも、家屋に対する補償は、わずかである。巨額の金が投入された先は、家屋ではなく、土地造成費だ。後述する。)

 ──

 その一方で、東日本大震災の場合には、補償金は湯水のように大量に支出された。その巨額の支出が、いかに途方もない浪費であるかについては、これまでも何度も指摘してきた。
  ・ 巨大防潮堤の無駄
  ・ 陸前高田の盛り土 (参考
  ・ 集団移転の土地の造成

 こういう馬鹿げた無駄な工事(家屋でなく土木工事費)のために、数千億円どころか数兆円もの金が投入される。これらは大幅に節約できるのだ。
  ・ 巨大防潮堤よりも、内陸堤防。
  ・ 盛り土よりも、内陸部への移転。
  ・ 山を崩す土地造成よりも、畑の農地転用。

 こういうふうにすれば、大幅に金を節約できる。なのに、政府はやたらと莫大な金を投入して、公共事業という形で、土木建設費をばらまく。
 ここでは、「被災者救済」は二の次となっている。被災者がいくら「防潮堤は邪魔だから やめてくれ」と懇願しても、自治体や国は「何が何でも巨額の土木工事をするんだ」と言い張る。自治体や国は、被災者のためではなく、自分たち( or 政治家)の利権のために莫大な金を投入する。

 だからこそ、私は唱えたい。
 「東北の復興工事を中止せよ」

 と。

  ※ しかし、こう聞くと、頭に湯気を立てて怒る人もいるだろう。
    「東北の人々を見捨てるのか!」と。だが、よく読んでほしい。
    私は「復興工事を中止せよ」と言っているが、「復興を中止せよ」
    とは言っていない。「復興工事」と「復興」とは異なる。つまり、
    土木工事以外の方法で、復興すればいいのだ。下記の方法で。



 [ 付記 ]
 では、東北の被災者のためには、どうするか? 何も救済しなければいいか? いや、うまい案がある。こうだ。
 「現金を給付する」
 つまり、仮設住宅みたいな現物給付もせず、土木工事もせず、単に現金だけを給付すればいい。「災害への補償金」という形で。これが最も金を無駄遣いしない方法だ。

 例1.「仮設住宅のために 1000万円を支出してから5年後に追い出す」という現行方針をやめて、「単に 1000万円を給付する」というふうにすれば、被災者は 1000万円で恒久的な住宅を建設できる。5年で追い出される仮設住宅よりも、はるかに金を有効利用できる。

 例2. 「盛り土や高台造成のために 1世帯 4000万円の土木工事をする」かわりに、「1世帯 1000万円を給付する」というふうにして、同時に、内陸部の畑を農地転換する。この畑を住宅地として利用する。もともとの土地の価格は非常に安いので、200平方メートルの農地を 20万円ぐらいで買える。4000万円もかけて新規に造成する必要はない。

 つまり、国が現物給付するかわりに、単に現金給付にすれば、住民が最適の方法を選ぶので、莫大な無駄を防げるわけだ。
 そしてまた、ここで浮いた金を、熊本地震の被災者への給付金とすることができるわけだ。

 一方、熊本地震の被災者に対して、東北の地震のときと同様の土木工事を実行するとしたら、また莫大な金がかかるだろう。
 例。土砂崩れの防止のために、莫大な防砂ダムを造る。
 こんなことをやったら、超巨額の金が必要となる。とはいえ、過去の自然災害では、この馬鹿げた方針が取られた。かくて、莫大な金が浪費された。
  → サイト内検索 「砂防ダム」
 昔の三宅島でも、砂防ダムが無駄に建設された。
  → 「泉の波立ち」で検索 「砂防ダム」
 
 《 注記 》

 「東北の復興工事を中止せよ」
 というのがタイトルだが、別に、今になって急にそう主張しているわけではない。もともと「東北の復興工事は無駄だらけだから、さっさと中止せよ」と、何度も主張してきた。
 本項では、従来と同じ主張を、熊本地震にからめて主張しただけだ。「熊本地震が起こったから、従来の方針を急に改めることにした」というのとは違うので、混同しないでほしい。
 今回の地震に関係なく、馬鹿げた愚策は、やらない方がいいのだ。
 
posted by 管理人 at 12:07| Comment(10) |  震災(東北・熊本) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんか「油断」とか「心のゆるみ」とかまるで被災者に非のあるかのような言い方だなあ。全く被災者の心情を軽視しまくりの発言ですな。熊本の地震とかまさに今現在進行形で被災されてて行方不明者もいるんだし、不適切な発言だと思う。
Posted by 7799 at 2016年04月17日 14:23
こんなでブログで講釈垂れるよりは、募金したり、ボランティアに行って被災地支援したほうが、ずっと熊本の被災者のためになると思うけどね。
Posted by 進撃のヤクルト at 2016年04月17日 15:08
ごめんなさい。
今ボランティアは自粛呼びかけみたいですね。ある程度余震が収まるまでは。
Posted by 進撃のヤクルト at 2016年04月17日 15:17
> by 7799

良薬は口に苦し。
耳に痛い言葉を聞くのを避けてばかりいると、人生で損しますよ。最悪、命を失う。

 そもそも、「油断」「心のゆるみ」があったことを自覚した人々が、「津波てんでんこ」という方針を取ったのです。過去の失敗を反省したからこそ、正しい方針を取ったのです。
 あなたの言うことは、「油断」「心のゆるみ」があったことを自覚するのをやめよう、ということなのだから、「津波てんでんこ」とは正反対の方針です。地震のときに慢心させて、人々の死を増やそうという狙いですね。
 本項の別の項目でも、あなたは甘い言葉を語って、死者を増やそうとしている。
 甘い言葉をささやいて、人々を死なせる。まさしく、悪魔の企みですね。
Posted by 管理人 at 2016年04月17日 15:59
> 募金したり、

 私がいくら募金しても、10万円にもなりません。焼け石に水であり、何の効果もありません。効果ゼロ。
 一方、政府の金を本項のように使えば、5兆円の金を使えます。
 10万円と5兆円。どっちが有効か、わかりますか? わからないんだろうなあ。だから「兆円レベルの金で救済せよ」という意見に対して、「万円レベルの金を募金すれば」という無意味な反論をする。
   10万円 < 5兆円
 という不等式を理解するように、学校で勉強しましょう。話はそれからだ。

 あとね。人々がいくら募金しようが、その分、政府の支出が減るだけです。政府の支出が減ったら、その金は、土木工事の代金になるだけです。
 要するに、人々が募金した金は、そっくりそのまま、土木業者の工事代金に化ける。いくら募金しても、ほとんどは無駄になる。利益を得るのは、土木業者と利権政治家ばかり。……そのことが、東日本大震災の教訓です。ちゃんと学びましょう。
 過去の失敗に学ばないと、失敗を繰り返すばかり。

 そもそも、「被災者に百万円単位の現金を給付するべきだ」という本項に対して、「そういう自分が寄付すれば、1人1円ぐらいはもらえる」なんていう提案をすることの馬鹿馬鹿しさを考えるべき。
   1円 < 数百万円
 という不等式を理解するべき。

Posted by 管理人 at 2016年04月17日 16:27
仮に管理人様が10万円募金したとしても、募金するのは管理人様だけでは無いんだし。募金って普通に「一人一人の小さな力が結集して大きな力」になるようなものじゃね。集まった募金の行き先か使い道は不透明な面もあるが、とりあえず信頼できる機関に募金すれば良いと思う。
あと募金→土木工事の図式は強引すぎるし、考えが飛躍し過ぎ。
Posted by 進撃のヤクルト at 2016年04月17日 19:29
まあ国民一人一人は善意の気持ちで募金をするだけだし、それと切り離して国は何らかの形で被災者支援・復興のために金銭を投入することになるんだし。まあ今の政府が熊本のために5兆円投入できるかどうかはよく分からないが。また増税のターンになりそうな気もするが。
あとまあ国民一人一人の善意は尊重しないとね。私はもう募金をしましたよ。
Posted by 進撃のヤクルト at 2016年04月17日 19:41
そう、進撃のヤクルト様の仰る通り、募金するのは管理人一人だけではないんだよ。募金の合計金額がたった10万円ってことは無いんだし。何が「学校で勉強しましょう」だ。それはお前のことだろ。やはりお前は馬鹿過ぎて話しにならないな。
Posted by 7799 at 2016年04月17日 19:48
管理人さんは、ライターの広尾晃さんに似て、時に、人の心を抉るような毒舌を放ちますね。
それと、意見されるのが苦手なタイプ。
コメント欄を設けないほうが良いかもしれません・・・
Posted by うーん・・・ at 2016年04月17日 22:53
> 募金するのは管理人一人だけではないんだよ

 あなたの意見は「みなさん、募金しよう」ではなくて、特に私に対して、「自分の意見を書くくらいなら募金しろ。だから自分は黙っていろ」という口ふさぎでしょ。
 自分が誰に何を言ったか、忘れては困ります。目的と手段を、いつのまにか混同している。また、誰に語りかけたかも忘れている。
 錯乱状態。

 また、「どれほど多くの人々が募金しようが、巨大防潮堤の建設費の数千億円に比べれば、スズメの涙にすぎない」という不等式を理解できていない。単に「募金したか否か」だけを考えていて、「どのくらいの金額になるか」を数量的に理解できていない。
 数字に弱すぎる。

> コメント欄を設けないほうが良いかもしれません・・・

 それもそうですね。ゴミ意見しか来ないので、本項のコメント欄をふさぎます。
 別項も、そうするかも。

Posted by 管理人 at 2016年04月17日 23:37
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