2016年03月20日

◆ 自宅保育を優遇せよ

 保育所の増設もいい。一方で、自宅保育も優遇するべきだ。これこそが保育所不足を解決する方法となる。 【 難解です 】 ──

 「自宅保育を優遇せよ」という意見を聞くと、反発する人が多いだろう。実際、自民党が「0歳児は原則として自宅保育で」という政策を出したときは、世論が猛反発した。
  → 「0歳児は原則、家庭で育てる」で自民党が子育て世代に... - Togetter
  → 0歳児保育がなくなる!?自民党案について - Togetter
  → 自民党の子育て長期計画が怖い
  → 「0歳児は原則、家庭で育てる」で自民党が子育て世代にディスられてる

 このような反発は、ごもっともだ。「保育の場を保育所から家庭へ」というのは、自民党らしい懐古的な政策である。現代にはそぐわない。
 ただしこれは、「保育所の分を減らす」という発想があるから、ダメなのだ。「保育所の分を減らす」という発想がなければ、特に問題はない。

 ──

 では、「保育所を増設する」という点はそのまま定数としておいて、ついでに「自宅保育も優遇する」という点を加算したならば、どうなるか? 
 実は、このような場合のみ、「保育所不足」という問題は抜本的に解決する。一方、「保育所を増設する」という政策だけを取った場合には、「保育所不足」という問題は解決しない。つまり、「保育所を増設する」という政策をやればやるほど、「保育所不足」という問題の解決からかえって遠のく。そういう逆説が成立するのだ。
 嘘みたいだが、本当だ。

 ──

 ではどうして、こういう逆説が成立するのか? それは、「潜在的な保育需要」が、ものすごく大量にあるからだ。下記に試算がある。
 「夫婦と子どもの世帯」である385万1000世帯のうち、母親が働きたい確率は、女性の就業希望率76.5%を乗じた294万6000世帯と仮定できる。内閣府の調査によると、子育て世帯の妻の86%が何らかの形で働きたいと希望しているとのことなので、ここは平均値で考える。
 これに一人親の世帯を足すと、317万7000世帯が保育サービスを必要としていることになる。子どもを持つ世帯の1世帯当たりの子どもの数は1.84人なので、317万7000世帯に584万5000人の子どもがいることになる。
 保育所の総定員数は220万4000人分(平成22年4月現在)であるので、潜在待機児童数は、最大で、584万5000人−220万4000人=364万1000人(=197万8000世帯)となる。
 つまり360万人以上の子どもが、親が保育所に入れたくても、入れられない状況にあるわけだ。
( → 石川和男 アゴラ

  ・ 保育所の総定員数は 220万4000人
  ・ 潜在待機児童数は、 364万1000人

 これでは、いくら保育所を増設しても、焼け石に水である。たとえ現状の倍の数値にしても、まだまだ全然足りないのだ。要するに、保育所をいくら増設しても、保育所不足はまったく解決できない。「近づけば近づくほど遠ざかっていくゴール」みたいなものだ。
 というわけで、「保育所の増設に努力する」という世間の方針は、まったく無意味であるわけだ。いくらやったところで、解決などはできない。「保育園落ちた日本死ね!」という女性の声を聞いて、保育所予算を現状の2倍にしたところで、彼女が保育所に入れる可能性は十分でない。

 ──

 では、この問題を解決するには、どうするべきか? 簡単だ。供給が足りないときには、需要を絞る。それによって需給が均衡する。
 では、需要を絞るには、どうするか? 「強制的に需要を削減する」という独裁国家的な方針を取るのでなければ、需給を均衡させる方針はたった一つしかない。「価格調整」だ。
 では、「価格調整」とは具体的には何か? それが本題となる。

 ここで、前々項で述べた方針を適用するといい。次のことだ。
 「子育て家庭には、一定の給付金を与える。ここには、自宅保育した人も含まれる」


 ここでは、保育所を利用した人だけでなく、自宅保育をした人にも給付金が入る、という点に注意しよう。
 このようにすると、保育所を利用しない人にも、多額な給付金を与えることになる。これだと、「たいして困ってもいいない人に金を与えると、多額の予算が必要となって、金がもったいない」と思う人が多いだろう。特に、政府はそう思うだろう。「もともと政府はスカンピンなんだ。だから、たいして必要のない人にまで、なけなしの金を与える余裕はないよ」と。
 しかし、それが誤りなのだ。(常識の間違い。)

 前項では、財源の試算をする際、「全員に給付金を与える」というふうにしたせいで、かなり多額の財源が必要になる、と試算した。ここでは、「自宅育児をした人には給付金を与えない」という試算はしなかった。
 なぜか? 「自宅育児をした人には給付金を与えない」というふうにすると、まずいことが起こるからだ。では、まずいこととは? それが肝心だ。

 ──

 この問題は、先に「比較優位」という話で説明した。
  → 育休と比較優位
  → 保育所不足の完全解決 の (2)

 ここでは、「低所得者は保育園よりも自宅育児に」という趣旨の話もある。これに感情的に反発する人も多いが、ここには重大な要素があるのだ。それは、リンク先にも書いてある通りで、次のことだ。
 「低所得者が自宅保育をする方が、高所得者が自宅保育をするよりも、全体の生産性が向上する」


 このことから、次のことも言える。
 「保育所の必要性の高い人が保育所を利用して、保育所の必要性の低い人は保育所を利用しない(自宅保育をする)ようにすればいい。保育所の必要性の強弱で、保育所か自宅保育かを決めればいい。そのためには、価格調整をすればいい」


 現状では、保育所の必要性の強弱を決めるのに、ポイント制を用いている。ポイントは、次のような基準で与えられる。
  → 保育の実施に伴う選考基準指数 (一例)

 しかし、このようなポイントでは、真の必要性は定まらない。むしろ、価格調整で最適配分を決めるというのが、市場原理の方法だ。
 「ある商品を購入するとき、高い金額を払った人ほど、必要性が高いと見なされるので、高い金額を払った人が購入できる」

 
 このような市場原理に従えば、次のようになる。
  ・ 高所得者ほど、保育所の必要性が高くなる。だから高い保育料を払って、保育所を利用する。
  ・ 低所得者ほど、保育所の必要性が低くなる。だから高い保育料を払うよりは、自宅保育する。

 たとえば、年収 1000万円の高所得者であれば、何が何でも保育所を利用したい。そのために、年間700万円を払ってでも保育所を利用したがるだろう。仮に、保育所を利用できなければ、年収の 1000万円をまるまる失ってしまうからだ。……こうして、高い保育料を払う人ほど、必要性が高い、ということが成立する。かくて、価格調整によって、必要性の強弱が自動的に決まる。

 さて。保育料が低ければ(たとえば認可保育所みたいに月2万円程度にすぎないのなら、)低所得者であっても、保育所を利用したがるだろう。しかしそうすれば、需要が大量になって、あぶれる人が大量に出る。結果的に、「保育所がどうしても必要だ」という高所得者でも、あぶれる人が大量に発生する。(「日本死ね」の女性もそうだろう。いかにも高学歴で高所得者っぽいし。)
 一方、保育料が十分に高くて、かつ、自宅保育には給付金が出るのであれば、低所得者は自宅保育をするようになる。結果的に、需要が減るので、高所得者は(高い金さえ払えば)確実に保育園に入れるようになる。

 以上を整理すれば、こうなる。
  ・ 保育料が低くて、かつ、自宅保育には給付金が出ないのであれば、保育所に入れない高所得者がいっぱい出る。(保育所不足は解決しない。)
  ・ 保育料が十分に高くて、かつ、自宅保育には給付金が出るのであれば、高所得者は(高い金さえ払えば)確実に保育園に入れるようになる。(保育所不足は解決する。)


 大事なところだけ抜き出せば、こうなる。
  ・ 自宅保育に給付金が出ないのであれば、保育所不足は解決しない
  ・ 自宅保育に給付金が出るのであれば、保育所不足は解決する

 
 というわけで、保育所不足を解決するには、自宅保育を優遇すればいいのだ。こうして、冒頭の結論が得られた。  Q.E.D.

( ※ ちょっと嘘みたいにアクロバティックな論理を駆使しているので、理系の論理理解力がないと、だまされた気分になるかもね。頭の悪い人には理解できないかも。複雑な論理によって得られる結論は、直感に反するからだ。)




 [ 付記1 ]
 本項の提案について、感情的に納得できない人もいるだろうから、ちょっと説明しておく。
 自宅保育する人は、なぜ給付金をもらえるか? それは、自宅保育する場合には、自分が保育士になるのと同じだからだ。保育士と同じ仕事をするなら、保育士と同じような給料をもらうのは当然だろう。
 むしろ、育児する母親にタダ働きさせる現状の方がおかしい。こういうふうに子育て世代に負担を押しつけるから、少子化がどんどん進んで、日本は衰退する。

 [ 付記2 ]
 「自宅保育を優遇する」
 というのは、制度的には、次のことに相当する。
 「バウチャーをやめて、現金給付にする」
 いわゆるバウチャーだと、現金給付が禁じられる。そおことで、現金の目的外の流用を禁止する。しかし、それは有益であるどころか有害なのだ。現金の目的外の流用とは、自宅保育のことなのだから、それは、禁止するどころか優遇するべきことなのだ。
 唯一、問題があるとしたら、次のことが生じる場合だ。
 「保育園にも預けず、自宅保育もせず、ネグレクトして、子供を虐待状態に置く。食事もろくに与えずに虐待する」
 こういう危険性はある。しかしながらそれは、福祉の問題ではなく、児童虐待という犯罪の問題だ。さっさと警察が出て逮捕すればいいだけだ。(警察よりも児童相談所かな。)
 一方、ろくに保育しなくても、少なくとも子供に最低限の衣食住を与えているのであれば、特に問題視するにはあたらない。
 どちらかと言えば、現状の制度の方が問題だ。自宅保育する親に現金給付をしないということは、子供へに対して最低限の衣食住を保証しないのと同じだ。つまり、現状は、国家が子供に対して児童虐待をしていることになる。
 また、バウチャー制度というのは、国家による児童虐待推進の制度だ。「自宅保育の児童に対してはビタ一文与えない」というバウチャー制度が、いかに非道な児童虐待の制度であるか、理解するといいだろう。ここでは、犯罪者は国家なのだ。

 [ 付記3 ]
 「自宅保育を優遇する」
 という話を聞くと、
 「それ、子供を産んだ女性は仕事を辞めろということになるのでは?」
 と心配する人もいる。ま、心配はごもっとも。
 しかし、ご安心ください。「仕事を辞めろ」という意味ではない。かわりに、「育休を取れ」という意味になる。つまり、育休は1年間。仕事を辞めるのではなくて、仕事を休むだけだ。
 これに対して、「女性ばかりが仕事を休むのは不公平だ! 男性も育休を取れ!」という意見もあるだろう。ごもっとも。ただし、男性が育休を取るかどうかは、家庭の問題だ。世間に文句を言うのではなく、自分の亭主に文句を言えばいい。家庭内意の争議については、私も国も、責任は持てません。家庭内のことは家庭内で決めましょう。
 ただ、育休は原則、女性が取った方がいい。その根拠は、これだ。
  → 男は育児をするな
 


 【 関連項目 】
 自宅保育に給付金を出すこととは別に、「保育所の料金を上げる」(保育所の補助金をなくす)ということも必要だ。

 「保育所の料金を上げる」という点については、「公定価格による(価格の)上限設定をやめよ」というふうに述べたことがある。
  → 保育士不足の解決策

 「保育所の料金を上げる」として、どのくらいの額に上げればいいか? それについては「市場原理で」と言える。具体的な方法は、下記で説明した。(オークションみたいな方法。)
  → 保育所不足の完全解決

 「保育所の補助金をなくす」という点については、前々項で述べた。
  → 保育園への補助金を廃止せよ
posted by 管理人 at 19:58| Comment(9) | 一般(雑学)3 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
低所得は仕事の代わりに子育てすれば給付金って生活保護に子供分加算してるだけじゃ…
Posted by とおりすがり at 2016年03月20日 21:51
自宅で育てる場合には、自分が保育士になるのと同じだから、保育士としての給料をもらうのは当然でしょう。タダ働きさせる現状の方がおかしい。

 ──

なお、生活保護とは全然違います。生活保護だと、全財産没収です。自動車も持てない。スマホも持てない。まともな部屋にも住めない。

一方、保育給付金なら、少なくとも夫の給料の分は上乗せされるから、圧倒的に豊かな生活ができます。
Posted by 管理人 at 2016年03月20日 22:18
地方自治体が育児支援として全ての子供(=保護者)へ均等に本シリーズで述べられた額の給付金を与えれば、人口増に繋がるため将来の消滅を免れることができるでしょう。
街全体のグラウンドデザインも必要になるでしょう。最近街中ですごい勢いで増えている民間の老人介護施設の在り方にも影響しそうです。
地方交付金で自治を縛る限り難しそうですが。
Posted by 京都の人 at 2016年03月21日 05:47
最後のあたりに <STRONG>[ 付記2 ]</STRONG> を加筆しました。
Posted by 管理人 at 2016年03月21日 07:42
”自宅保育に給付金を出して、保育所不足を解消に向かわせる”には、給付金の額をどう決定するか微妙な匙加減が必要かと。

解消に向かわせる力を働かせるには、待機児童数、保育所数、出生率や所得分布、求人倍率を含む労働市場の動向、勿論財源や景気動向も考慮されなければなりません。

そういったパラメータを用いてシュミレーションした時、解消に向かう力を生み出す条件の範囲が興味のある所です。どの程度の自宅保育給付金(?)で保育所不足が解消に向けて動き出すとお考えですか。
Posted by 作業員 at 2016年03月21日 10:16
> どの程度の自宅保育給付金(?)で保育所不足が解消に向けて動き出すとお考えですか。

おおむね5万円〜20万円の範囲内。モデル例は、前項の (1) または 【 追記 】。

もっと精確な値を知りたければ、専門家に聞いて下さい。莫大なデータを用いて、専門家が研究すればいい。それだけで学位論文が書けそうだ。でなければ、民間のシンクタンクが、何千万円かの料金で調査を引き受けそうだ。

実際には、「少しずつやる」というのが上策でしょう。最初からいきなりやるのは大変だから、補助金を少しずつ減らして、給付金を少しずつ増やす。実行しながら、ちょうどいいところを見つければいい。3年ぐらいで、おおまかに最適点に近づいて、5年ぐらいで、ほぼ最適状態になるだろう。

その精度を上げるには、シンクタンクや大学教授や官僚が研究すればいい。そのために莫大な研究費があるんだから。研究費で仕事をしろ……という感じ。
たとえば、ここ。
 → http://www.cedep.p.u-tokyo.ac.jp/childcare/
 → http://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/index.html
 → https://www.jri.co.jp/staff/detail/ikemotomika/
Posted by 管理人 at 2016年03月21日 12:08
>もっと精確な値を知りたければ、専門家に聞いて下さい。

いや、特段知りたいわけではありませんが、社会の流れとして専業主婦世帯が減り共働き世帯が増加しているのは間違いないわけです。

これには核家族化、少子化だったり、その他経済的動機など、なんらかの合理的理由に基づく力が働いているんじゃないかと思っています。(政権がそう仕向けていることも含めて)

で、自宅保育給付金制度というのは見方を変えれば、給付金を出して専業主婦(主夫)に留まってもらい、主婦(主夫)業の一部として保育を行うことになるのが実際かと。

ある意味、共働き世帯の増加を抑えることになるこの制度はこれまでの流れに抗うようにも見え、逆行させるためには相当のインセンティブが必要となるのでは、と思った次第です。
Posted by 作業員 at 2016年03月22日 11:14
> 給付金を出して専業主婦(主夫)に留まってもらい、主婦(主夫)業の一部として保育を行うことになる

 そうですよ。本文にそう書いてある通り。まさしくそれが狙いです。
 ただしそれは、誰に対してもではなく、低所得者に限られる。ここに注意。

 結局、全体としては、
  ・ 低所得者は自宅保育
  ・ 高所得者は保育所
 という形で、最適配分される。
 本項の狙いは、最適配分によって需給を調整することです。保育所の全体を増やすことは、目的ではありません。

 最適配分なら、一円もかけずに一瞬にして実現できる。これで最大の問題を解消できる。
 一方、保育所の全体量を2倍以上に増やすことは、一円もかけずに一瞬にして実現できるはずがない。そんな魔法を望まれても、魔法使いはどこにもいない。
Posted by 管理人 at 2016年03月22日 12:23
いっそのこと、子供も含めた人数でベーシックインカムというのはいかがでしょうか。
Posted by 北海道の人 at 2016年03月23日 16:54
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ