2016年03月15日

◆ AI とディープラーニング 5

 前項の続き。脳を模したモデルとはどのようなものか? 自動運転の将来は? ──

 ディープラーニングでは、脳を模したモデルを作ることが大切だ。では、脳を模したモデルとは、どのようなものか? 
 以下では、専門分野の話を、かみくだいて示す。

 この話は、AI そのものよりは、脳科学の分野に属する。その知識を示そう。

 (1) 1次視覚野

 網膜から視神経を通じて脳の後頭葉に情報が伝わる。この脳の後頭葉が、1次視覚野だ。
  → 視覚野 - Wikipedia

 1次視覚野の表層では単に信号を受けて感知するだけだが、深層では情報処理をする。これは「輪郭を抽出する」というような処理だ。
 その構造はきわめて簡単で、ある細胞について、次のことが起こる。
  ・ その細胞では、励起状態となる。
  ・ その細胞の両隣の細胞では、逆に、抑制状態となる。

tokucho.gif
 具体的には、右のような図で示される。
 ( 中央は励起状態で、その両側が抑制状態。)

 このような機能が細胞にあると、次のようなことが起こる。
 「黒地に白線が描かれている図形を見ると、白線だけが際立って見える。一方、白線のすぐそばは、黒がいっそう黒く見える」
 こうして、白線だけがきわめて明瞭に感知されるようになる。
 同様に、白地に黒線が描かれた図形でも、黒線ばかりがくっきりと感知されて、その両側は白っぽく感じられる。
 いずれにせよ、「線をくっきりと見せる」という機能がある。
 
 以上のような機能があると、どうなるか? 普通の白黒の文字を見ている限りは、特に差は感じられないだろう。
 しかしながら、白黒が曖昧である図形(にじんだ図形・ピンぼけの図形)を見ると、はっきりと差が付く。たとえば、こんな図形だ。
  → 例1 、 例2
 こういう図形を見たとき、上記の機能があると、線の部分だけがくっきりと見えて、にじんだ部分が抑制される効果がある。

 現実世界にあるものは、くっきりと見えるものばかりだとは限らない。近視で像がにじむこともあるし、遠くのものが煙や霧で霞んで見えることもある。だから、上記のように「くっきりと見える」という機能は、視覚においてはとても大切だ。

 さらに大切なのは、この機能によって、「物の輪郭が与えられる」ということだ。
 次の三つの図を見てほしい。(上・中・下)

blackwhite.gif

 まず、黒と白の領域がある。(灰色の部分は無視していい。)
 これの明るさを、「黒は0、白は1」というふうにして、グラフを書くと、中央の図のようになる。これは機械的に測定されるグラフでもある。
 一方、下の図は、視覚野で感じられる数値だ。つまり、先の「くっきりと見える」という機能をもたらす細胞の性質(中央が励起され、その両側が抑止されるという性質)があると、白黒の境界領域では、下の図のように感じられる。つまり、境界のそばでは、黒はいっそう黒く感じられ、白はいっそう白く感じられる。
 このことから、「物の輪郭が与えられる」という効果が生じる。たとえば、 ● のような図形を見ると、その境界の部分で、輪郭線だけがくっきりと浮かび上がって、  ○   のような輪郭線の形状が浮き上がるのだ。
 このように物体を輪郭でとらえるというのは、漫画やアニメでよく見られる。現実の物体は、3Dアニメのようになだらかな会長のある色彩で示されるのだが、2Dの漫画やアニメでは、人物や物体は輪郭線で描かれる。このことから桃わかるように、人間が物体を認識しているときには、輪郭線を強調するようにして認識する。
 これはまた、現実の物体の情報を簡略化するということでもある。このことが、1次視覚野でなされるわけだ。
( ※ このような効果は、脳科学の分野で、「特徴抽出」と呼ばれることがある。)

 (2) 2次視覚野

 1次視覚野でくっきりとした線や輪郭を得たあとで、この情報は2次視覚野(視覚連合野)に送られる。これは側頭葉にある。
  → 解説図
 2次視覚野には、「特定の図形に反応する細胞」というのがまとまって並んでいる。たとえば、次のような図形だ。
   
    ┛  ┗  +  *   /   \

 このようにさまざまな図形があって、その図形に対応する細胞が、似た図形に対応する細胞がひとまとまりになる感じで並んでいる。似ていない図形なら、それらに対応する細胞は別々のところにある。

 1次視覚野で得られた情報は、2次視覚野の全体に送られる。すると、2次視覚野のうちの特定の細胞だけが反応する。たとえば、円形の図形を見たら、円形の図形に対応する細胞だけが反応する。
 一方、  のような図形を見ると、これにはいくつかの特徴図形があるので、それに対応する細胞がいっせいに反応する。
 このことを、モデル化すると、次のようになる。

neocog.gif

 この図の2番目では、いくつかの特徴図形の細胞がいっせいに反応している。そのあと、これらの細胞の反応がまとめられて、3番目のようになる。さらにそれがまとめられると、4番目のようになる。ここで、 という図形が一つの細胞で認識されたことになる。

 上の図形は、「ネオコグニトロン」という脳のモデルだ。これは脳の構造をそのままモデル化したものだと見てよい。
 このモデルを、そっくりそのまま、AI に適用することができる。その意義は、次のことだ。
  ・ 輪郭の抽出 (1次視覚野)
  ・ 特徴図形の細胞の励起
  ・ その励起した細胞をまとめる。
  ・ それをさらに高度にまとめて、ひとつに集約する。

 このうち、2番目は「視覚的なパターン認識」に近いが、2番目と4番目は「視覚的なパターン認識」とは違う。それは、視覚に対する作用ではなくて、細胞に対する作用だ。はっきり言えば、それは、「パターンのパターン」を得ることだ。
 2番目では部分的なパターンを得る。その後、3番目では、部分的なパターンを得た細胞についてのパターンを得る。4番目では、3番目の細胞についてのパターンを得る。
 つまり、3番目と4番目では、「図形についてのパターン」のかわりに「細胞についてのパターン」をとらえようとしている。これがつまりは「パターンのパターン」を得るということだ。
 このような仕組みを取ることが、AI のディープラーニングでは決定的に重要となる。

 ディープラーニングではない場合には、視覚情報だけを操作する。ソフトウェアがいちいち処理するわけであるから、人間がいちいち具体的な処理方法を教える必要がある。ものすごく大量の指示を与える必要がある。
 一方、「パターンのパターン」という方法を取ると、「間違いをした場合にはエラーと見なして捨てて、間違いをしなかった場合には正解と見なして記憶する」という学習が可能となる。この学習によって、AI が自律的に機能を高めていくことが可能となる。
 それを実現したのが、ゲーム学習における DeepMind だ。


何度も学習することで、AI が自律的に
ゲーム能力を高めて、人間以上となる。


 人間の脳を模するという方法を取ると、これほどにも AI の能力を高めることができるのだ。

 囲碁の場合はどうか? 以下は推測だが、たぶん、次のようにしているのだろう。
  ・ ケイマやコスミやツケなどを特徴図形として得る。
  ・ その特徴図形というパターンに対して、パターンのパターンを得る。
  ・ さらにそれに対して、パターンのパターンを得る。

 このような過程で、戦略を得るのだろう。ちょうど、文字を認識するように。要するに、文字を認識する過程も、囲碁で戦略(手)を得る過程も、基本的には同一であろう。
 つまり、さまざまな文字を認識して文章を認識するように、さまざまな戦略(手)を認識して方針(読み筋)を判定するのだろう。
 そして、その原理は、「パターンのパターンを得る」ということだ。ここに、ディープラーニングの本質がある。

 ──

 さて。以上のようにすることで、視覚やゲームに AI を適用できる。これらの AI は、大量に処理する場合もあるが、一つだけを処理することもできる。その場合、たいして時間はかからないだろう。
 一方で、短時間で処理することが必要になることもある。それは、動画の認識の場合だ。特に、自動車の自動運転では、前方を確認する複数のカメラに対して、毎秒数十コマの認識が必要となるので、高速処理が必要となる。
 その実例は、下記に見られる。
  → 自動運転カーを実現する開発ユニット「NVIDIA Drive PX 2」

 ここでは、ディープラーニングの高速処理で、画像認識がなされる。
 ともあれ、ディープラーニングはこんな形でも進行している。このような方針を取るのは、Google の自動運転と、NVIDIA の自動運転だ。いずれも、ディープラーニングによる自動運転だ。記事によれば、BMW、トヨタ、フォードなどもNVIDIAプラットフォームを利用して自動運転技術の開発を進めているということだ。これらの自動車会社は、Google に頼るかわりに、NVIDIAに頼る形で、ディープラーニングを進めている。特にトヨタは、米国の優秀な技術者(ギル・プラット)と契約して、大々的な開発に邁進している。
  → トヨタ、人工知能技術の研究拠点を米国に設立
  → Toyota Research Institute, Inc. 自動運転車開発メンバーを新規採用
  → トヨタ、自動運転技術の米企業から全従業員を採用
 トヨタは、自動運転の分野ではかなり遅れていたのだが、米国の最先端の会社を買収する形で、一挙に世界トップレベルの技術を得るに至った。Google 、NVIDIA 、トヨタが、世界の3強となりそうだ。
 一方、日産、ホンダ、ベンツという会社は、自社開発にこだわりながらも、ディープラーニングという最先端技術が抜けている。
 数年後に自動運転が実用化したとき、日産、ホンダ、ベンツという会社は、今日のシャープと同様の運命になりそうだ。「自動運転の自社開発」という方針にこだわる限り、これらの会社は、いずれもシャープと同じ運命になるだろう。

( ※ 現実には、その前に、Google か NVIDIA から技術を買うのだろうが、そのころには、トヨタには2周も3周も引き離されて、ただの田舎の弱小企業に成り下がりそうだ。

( ※ ついでだが、自動ブレーキというのも、自動運転の初歩技術となる。ところが、その自動ブレーキの認識技術[日立製]を、スバルとスズキ以外の会社はまともに導入しない。ひどいものだ。この件は、先に述べた。→ 自動車の自動ブレーキ )
 


 【 関連サイト 】

 (1) AI の知識については、下記のスライドショーがちょっと役立つ。
  → 人工知能研究のための視覚情報処理
   ※ この 58頁から、本項の図のひとつを拝借した。

 (2) AI の現状については、NHK の番組でも報道された。その案内情報。
  → 驚異のAI技術「ディープラーニング」とは? | NHK BS1

 (3) DeepMind の開発者の紹介。
  → AlphaGoをつくった「4億ドルの超知能」はいかにして生まれたのか
   ※ これについての感想は、前項のコメント欄に記した。
 
 (4) 開発の現状。
 現状の研究開発体制についての記事。
 2015年の時点で、ディープラーニングシステムを開発できる研究者は非常に少なく、一説によると50人程度、それも多くは大学院生であるとされている。
( → ディープラーニング - Wikipedia

 ほんとかね、という気もするが、「システムをいじれる」でなく「システムを開発できる」となると、確かに少なそうだ。
     日本企業はなぜやらないか? 
     本来ならば、富士通や NEC がやるべきだが、これらの会社は赤字でつぶれそうだし、ソニーもひところは赤字だったし、ソニーの社長は技術のことを理解できずにソニーを崩壊させているだけだったし、キヤノンは独裁社長がボケていているし、何か、日本の電子関係の企業は馬鹿ばかりという感じだ。ドワンゴみたいなブラック企業がのさばることからして、もう「日本オワタ」みたいな状況だ。かろうじて頑張っているのはトヨタだが、開発者は米国人ばかりで、丸投げだ。「日本死ね」と言われなくても、勝手に死につつある感じだ。
     まあ、本項を読んで理解できる人なら、現状のひどさも理解できるだろうが。理解できる人がいても、対策が取られないのが、日本の悲しさか。やれることはせいぜい、ドワンゴが大ボラを吹くことだけ。
     そもそも、日本企業は、「独創的な人材を処遇する」という人材システムは存在せず、「全員一律に処遇する」という人材システムがあるだけだから、独創的な人材が来るはずがない。独創的な人材を採用するとしたら、(海外の)社外に研究所を作るしかない。トヨタがやったように。
     というわけで、日本企業が日本で自社内で独創的な研究をすることは、根源的に不可能だ、ということになる。経営組織がもともとそうなっているのだ。





 シリーズはこれで終了です。(全5回)

  ※ オマケでもう一つ、次項 があります。
posted by 管理人 at 23:56 | Comment(6) | コンピュータ_04 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ディープラーニングによる自動運転では、事故がもし起こった場合、その原因究明が不可能であるという話が出てます。
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO98496540W6A310C1000000/
まあそれでも事故の総数が減れば良いという気もしますが。
Posted by のぐー at 2016年03月17日 13:19
AIは、石を置きながら手を決めていると思っていました。「パターンのパターンを得る」との説明に、なんとなく納得です(内容は難しい)。石を置いての読みなら、4局での迷走は説明できない。40年も前からこんなパターン認識方法を研究していたとは!
Posted by senjyu at 2016年03月17日 15:44
知能のない昆虫がぶつからずに飛び交う原理を応用しようとする研究もある様です。
ソースは日経テクノロジー。URLは後ほど
Posted by 京都の人 at 2016年03月18日 20:22
↑ これでしょう。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140313/261058/

 日産自動車は、昆虫や魚をモデルにするというが、実は、これは鳥をモデルにして、同様の研究がずっと前になされていた。
  → http://members.jcom.home.ne.jp/ibot/boid.html
  → https://en.wikipedia.org/wiki/Boids
  → https://www.youtube.com/watch?v=rN8DzlgMt3M
  → https://www.youtube.com/watch?v=g0LwS4ysGbE

 1987年(30年前)になされた研究の二番煎じを、なぜ今ごろになってやっているのか? 日産は分けわからん状態だね。
Posted by 管理人 at 2016年03月18日 21:26
2014年のコンテンツじゃなく2016年版です。
http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/column/15/021200032/031000009/?rt=nocnt
日産ではなく東京大学先端科学技術研究センター の研究応用例のようです。
Posted by 京都の人 at 2016年03月19日 00:52
見ました。面白いですね。
 情報、ありがとうございました。
Posted by 管理人 at 2016年03月19日 00:59
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