正式な調印はまだである。
→ 鴻海「シャープとの調印は当面見合わせる」
それでも、シャープは正式決定した。
《 シャープ、鴻海傘下の再建決定 約6500億円の買収案受け入れ 》
シャープは25日に開いた臨時取締役会で、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業による買収案受け入れを決めた。鴻海はシャープに6500億円程度を出資し、同社の主力事業を一体で再建する。
同日の臨時取締役会では鴻海による支援受け入れを全会一致で決定。鴻海は6500億円程度を出資するほか、銀行が保有しているシャープの優先株1000億円分を買い取る。残り1000億円分は銀行が保有を継続する。
シャープの発表によると、同取締役会では、普通株と種類株式の発行により総額約4800億円の調達を決議した。鴻海グループ4社が買い受け、議決権比率は66.07%になる。
( → ロイター )
《 シャープ、鴻海傘下の再建を正式発表 》
経営再建に取り組んできたシャープは25日、台湾の鴻海精密工業傘下での再建を決定した。シャープは第三者割当による新株式(普通株式及びC種類株式)の発行を行ない、鴻海による出資規模は総額4,890億円となる。割当先は、鴻海とその子会社であるFoxconn FE(Far East) Foxconn Technology、SIO International Holdingsの4社。発行価額は1株につき118円。
本増資により、鴻海グループがシャープ株式の66.07%の議決権を保有することとなり、シャープの親会社となる。
( → AV Watch )
意外なことに、第三者割当増資である。一方、私は前に別項で、次のように予想した。
「現在の時価総額が 2500億円程度なのだから、2500億円程度で全株を買収できる。なのに、第三者割当増資など、鴻海が応じるはずがない」
そう思ったのだが、現実には、鴻海は第三者割当増資に応じた。これはなぜか? これが謎となる。
──
この謎は、「発行価額は1株につき118円」ということで理解できる。全株買収ならば、1株は時価である 180円程度になりそうだ。TOB ならば 220円ぐらいになりそうだ。一方、118円ならば、その半額程度だ。とすれば、鴻海は、全株買収よりもお得に株を入手できたことになる。
( ※ 一方、日本の株主は、180円のはずだった株が、118円のものと同価値になってしまったので、加重平均価格の 138円 との差額に当たる 42円程度を損したことになる。ちなみに、本日の終値は 149円だ。)
とはいえ、シャープの株価は、「鴻海に買収されたら」という仮定の下で、現在の価格がついているだけだ。シャープ単体としては、赤字しか生み出さず、実質的には存続不可能な状態なので、株の価値はもともとはゼロである。
→ シャープは無償で譲渡?
もともと無価値のものを、118円ぐらいで買ってくれる人がいるのであれば、御の字であろう。シャープの株主としては、株券が紙屑にならなかっただけでも、喜ぶべきかもしれない。
さらには、後述のように、シャープの株価は今後はかなり上昇する見込みがある。となると、200円以上で売れるかもしれないので、今回の決定は、株主にとってはありがたいこととなるだろう。
( ※ 仮に鴻海が買ってくれなければ、株価はそのうちゼロに近づくばかりだった。)
──
なお、今回の株価決定では、別の点からも計算できる。
シャープの時価総額は 2500億円程度だ。( → 検索 )
鴻海が第三者割当で投入する金額は 4800億円程度で、66%とのことだ。
つまり、現在の株主は、34%の株をもっていて、その時価総額が 2500億円となる。
この両者を比較すると、鴻海の方が少しお得になっている。これはまあ、こんなところであろう。
──
さて。鴻海は第三者割当増資に応じたが、これはどんな意味を持つか?
一般に、「第三者割当増資は株式価値を希薄化するので、既存株主には損だ」と言われる。しかしそれは、株が利益を生む場合の話だ。シャープみたいに、利益を生むどころか赤字を生む場合には、「株式価値を希薄化する」というのは、「赤字を希薄化する」ということになるので、既存株主にとってはかえってお得だ、とも言える。
( ※ とはいえ、ゼロ円以下の価値しかなかったので、マイナス 40円の価値がマイナス 20円に希薄化された、というようなもので、たいして意味はない。)
実は、第三者割当増資というのは、元々の株主にとっては損も得もない。今回は、4800億円の出資を受けて、会社に 4800億円の現金が貯まった。それだけのことだ。これはつまり、株券が社債(債券)または現金みたいなものに近づいた、というだけのことだ。元々の株主は損も得もしない。
では、第三者割当増資は、今回は何を意味するか? こうだ。
「その金を何かに使う。たとえば、5000億円の借金返済に使う。あるいは、5000億円の借金はそのままにして(借りっぱなしにして)、手にした 5000億円を投資に使う」
ここでは、「借金返済/投資」という二つの使い道がある。では、今回は、どうなったか? 投資になる。
調達資金の具体的な使途については、OLED(有機EL)事業化に向けた技術開発投資、量産設備投資などで2,000億円、ディスプレイカンパニーにおける中小型液晶を中心とした高精細化・歩留まり改善投資、次世代開発投資、その他増産・合理化投資に約1,000億円を予定。
また、コンシューマエレクトロニクスカンパニーにおける、IoT分野の業務拡大などビジネスモデル変革等に450億円、エネルギーソリューションカンパニーの業態転換に向けた投資が100億円、電子デバイスカンパニーにおける車載・産業・IoT分野などへの研究開発や販路開拓投資が120億円、ビジネスソリューションカンパニーの成長投資等が500億円、ブランド価値向上への宣伝投資等で372億円、基本社債償還資金300億円となる。
OLED事業化については、「世界の主要なスマートフォンメーカーが、2018年までに液晶の代わりにOLEDを使用した製品の投入を計画しており、このトレンドがディスプレイ市場を変革する」と大幅な市場拡大を予測。液晶向けのIGZO技術などを転用きるため、「世界の主要なOLEDディスプレイサプライヤーになることを目指す」とする。
( → AV Watch )
シャープは第三者割当増資で得た 4800億円を、投資に使う。これは非常に重要なことだ。
鴻海は、シャープの技術や資産を買うだけでなく、シャープそのものを抜本的に再建しようとしているわけだ。例示的に言えば、倒産寸前だった日産自動車を再建して、大幅な利益を生み出す健全企業に仕立て直した、ルノーみたいになろうとしているのだ。
これは、日本経済にとって非常に素晴らしいことだ。
そもそも、シャープには、いくつかの道があった。
・ 産業再生機構の主導で、JDIや家電会社と統合(弱者連合)
・ 鴻海に買収されて、技術を吸収される。(食い物にされる。)
・ 鴻海に買収されて、抜本再建される。
この三つのうち、最後のものは、日本にとって最善だが、これが選ばれるとは私は思っていなかった。最初の二つのうちのどちらかだと思っていた。特に、二番目の可能性が大きいと思っていた。この場合は、こうなる。
「 TOB をかけられて、買収されて、食い物にされて、最終的には解体される。現在のシャープの技術とのれんを、3000億円で売却する」
しかし現実には、そうでなく、三番目の道になるようだ。
「第三者割当増資で、4800億円の資金を獲得して、それによって事業を抜本的に改革して、優良企業に生まれ変わる」
これができれば、日本にとっても鴻海にとっても、最善となる。ちょうど、日産自動車が優良企業になって、株主であるルノーは大儲けした、というのに似ている。
ただ、日産が再建されたのは、ゴーン社長がいたからだ。鴻海は、どうやら、現在の会長がゴーン社長みたいになるつもりでいるようだ。(というより、ゴーン社長みたいな経営者を送り込むつもりなのだろう。)そういうつもりだからこそ、6500億円もの巨額を投入する気であるらしい。
これは、思いも寄らぬほど、日本にとってはありがたいこことだ。今回の決定は、とても良かった、と言える。
なお、シャープの株価は、本日中に暴落したが、私としては、今後は株価が上昇することを予想する。なぜなら、鴻海はそのつもりで、6500億円もの巨額を投入するからだ。ただの買収ではなく、第三者割当増資で巨額を支払うという決定をしたことで、鴻海はシャープの成長路線を取ったことがわかる。とすれば、株主としては、今後の成長に賭けた方が利口だろう。「株式価値の希薄化」なんていう点ばかりを考えていると、物事の本質を見失う。鴻海がどんなつもりでその巨額の金を投入するか、その意味を理解することが大切だ。
[ 付記 ]
私の過去記事を示そう。(新しい順)
(1) シャープは鴻海へ!
これは 2016年02月04日 の記事。
鴻海は買収金額を 5000億円からさらに 1000億円以上を引き上げた。銀行の債権放棄もなし。さらに「首脳陣の退任を求めない」という決定的な条件を加えた。これで首脳陣は大喜び。形勢は一挙に傾いた。(鴻海有利へ。)
ここでは、「お馬鹿な首脳陣も、わが身かわいさで、鴻海に付くだろう」と予想した。これが決定的だと私は評価した。
その流れが、今回に至ったわけだ。
(2) シャープは鴻海へ?
これは 2016年01月15日 の記事。
鴻海の買収提案が出たときの感想。「買収されるのが最善だが、シャープは馬鹿だから、最善でなく最悪の道を取るだろう。つまり、買収を受け入れず、産業再生機構のほうに行くだろう」と予想していた。
理由は、金額がやや不足していたことと、「首脳陣の退任を求めない」という条件がまだなかったこと。
(3) シャープ 大幅減資の本質
これは 2015年05月10日 の記事。
「シャープを鴻海へ買収せよ」と述べていた。この時点では、株価は 287円。このときに売却しておけば、株主ははるかに儲かっていたんだが。
決定が1年ぐらい遅れたせいで、株主は大損したし、従業員も(解雇や賃下げで)大損した。経営者の判断の遅れで、1年の遅れが生じて、莫大な損失が発生した、とわかる。
(4) シャープを部分倒産させよ
これは 2012年10月06日 の記事。
液晶部門だけ買収したい、という鴻海に関連して、太陽光事業だけでも廃止するべきだ、と述べている。
(5) シャープを倒産させよ
これは 2012年09月02日 の記事。
「シャープは……自力再建の能力をなくす。最終的には解体されて、バラ売りされる。技術や特許については、台湾の会社かサムスンに買収される」と予想している。そこで、その前に「シャープを倒産させよ」そして「会社更生法で再建せよ」と述べている。
今にして思えば、この時点で太陽光発電を切り捨てておけば、巨額の赤字の発生を免れたので、現在のような苦境には陥っていなかったはずだ。
今回の鴻海の買収案でも、太陽光発電は切り捨てられることになっているので、どうせならシャープは 2012年の時点で、太陽光事業を切り捨てていれば、これほどの苦境には陥っていなかったはずだ。
(6) 太陽電池はゴミになる
これは 2008年08月07日 の記事。
太陽電池の工場が赤字を生むだけのゴミになるだろう、と予測していた。この言葉を受け入れてれば、そもそも、赤字事業(太陽光事業)そのものが存在しないで済んだはずだ。この件は、下記でも詳しく述べた。総集編ふう。
→ シャープの太陽光事業
──
ともあれ、シャープが間違った道から引き返すことのできた時点は、過去に何度もあった。そして、最後にどうにもならなくなった時点で、ようやく鴻海に売却した。しかしその価格は、1株 118円という安値。
最悪の道を免れたとはいえ、ブービー賞に近い。
[ 補足 ]
鴻海が正式調印しないことの理由についての推測。
鴻海が言う「重大情報」、関係者によると3,500億円相当の偶発債務である、と。リストは100項目以上だとか。ただ、まだ買収には前向きとのこと。→Foxconn’s deal for Sharp in question https://t.co/DxSCLlBgHl
— Takashi Mochizuki (@mochi_wsj) 2016年2月25日
これが事実だとしたら、たぶん、次のようになる。
「鴻海の第三者割当増資の株価が変わる。1株 118円から、ほぼゼロ円へ。結果的に、現在の株主のもつ 2500億円程度の時価総額がゼロになるので、現在の株主が 2500億円の損失負担をする。さらに銀行が 2000億円の優先株の権利を失う」
これによって 4500億円を生み出せる。だから、追加の損失額が 4500億円になるまでは、今回の合意は破談にはなるまい。
現実には、追加の損失額は 3500億円で済むので、現在の株主も、銀行も、丸損ではなくて、2割ぐらいは回収できそうだ。……ゼロよりはマシですね。
( ※ 追記: あとで報道された内容によると、この 3500億円は東芝みたいな「隠れ借金」ではなくて、すでに知られているような内容[将来的に予想される新規債務]であるにすぎないようだ。もともとおおまかに知られていたことを、さらに詳細に示した、というだけらしい。あまり気にすることはないようだ。……この件で、26日の株価は狼狽売りで暴落しそうだが、その後は事実が判明するにつれて上昇に転じそうなので、今は株の買い時かもしれない。/ただし、鴻海が一転して、「買収はヤーメタ」と言い出すと、株式は一挙に紙屑に転じる可能性もある。ま、その可能性は少ないが。仮にそうなったら、シャープの経営者は背任罪で訴えられても仕方ない。そこまでひどくはないだろう。東芝じゃないし。)
> 現実には、鴻海は第三者割当増資に応じた。これはなぜか? これが謎となる。
謎の答えは下記と推測します。
1)買収時点の株価にプレミアムを上乗せしたTOBによる株式買取だとその資金は既存株主の懐に流出してしまい、会社の建て直し資金には一切回らない
2)TOBによる完全子会社化だと会社の事実上の国籍が台湾(オーナー一家は山西省からの移民だそうで実質的には中国ブランドとも)になってしまい、消費者から日本ブランドと認知されなくなるのを懸念した
3)現経営者に事実上の債務超過を宣言させて(実質的には債務超過のはずなので)100%減資をさせた上での資本注入だと1)の買収資金の外部流出は起こらないが、そんな事をしたらシャープファンの既存株主や社内持株会の従業員を敵に回してしまい、社内の一層のモラルダウンを惹起し、シャープ製品を喜んで買う人がいなくなってしまう
4)債務超過を宣言すると、格付けがつかなくなり、その後の外部資金調達が実質的に出来なくなる
と、こんな事を考えたのではないでしょうか?
今回はその3分の2という割引があったので鴻海は第三者割当増資を受け入れたわけですが、このような値引きをシャープがするというのは、予想外でした。
この値引きが、今回の核心だと思えます。仮に値引きがなかったら、鴻海は第三者割当増資を受け入れなかったでしょう。値引きの有無で、話が決まった。
この社長のことは、下記で説明した。
→ http://openblog.meblog.biz/article/11191189.html
> 彼は太陽光発電に強い思い入れがあったと伺います。
彼が巨額赤字をもたらしたのは、(太陽光と液晶の)堺工場が巨額赤字を出したから。
一方、堺工場は鴻海に売却されたあとは、鴻海の経営の元で、黒字となっている。経営しだいだ。
→ http://j.mp/1WOXJDe
巨額赤字の元が黒字化されるのだから、シャープの他の部門を黒字化するのは、もっと簡単かもしれない。もともと黒字の部門もあるし。
堺工場の成功が、鴻海の巨額買収を促したのかもしれない。