スキーバス事故は迷宮入りするだろう。それが私の推測だ。
なぜ迷宮入りするか? 真相がわからないからではない。真相がわかるからだ。(逆説的だが。)
ではなぜ、真相がわかるのに、迷宮入りするか? 人々がその真相を拒むからだ。その真相は、人々が望んでいるようなものではなくて、人々が受け入れにくいものだからだ。
なぜか? その真相は、物事の善悪や正邪を決めつけるものではなくて、「錯覚」だからだ。
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錯覚。これが事故の真相であることを、私は前項で示した。
九十九折りのあとで、坂は上り坂から下り坂になった。当然、バスは急激に加速していったはずだ。
このとき、運転手はパニックになった。なぜか? こう思ったからだ。
「バスが急激に加速した。自分は何もアクセルを変えていないのに、バスが勝手に急激に加速した。これはどういうことだ? バスが自動的に異常状態になったのだろう。バスが手に負えなくなった。バスが勝手に暴走した。どうしよう! 大変だ。わからない。どうすりゃいいんだよ! どうすりゃ急激な暴走を止められるんだよ! この気違い暴走バスを何とかしてくれ!」
こう思って、パニクったのだろう。
実際には、単に、上り坂から下り坂に転じただけだったのだが、この運転手は、慣れない大型バスで、初めての道を通った。しかも夜間なので、上り坂と下り坂の区別も付かない。単に「バスが勝手に暴走した」とだけ思い込んだのだ。
つまり、すべては初心者の錯覚から起こったのだ。
さらに、コメント欄では、こう書き加えた。
機械の故障についてまとめると……
・ アクセル系の暴走ならば、ブレーキで止まれる。(アクセルとブレーキをともに踏むと、ブレーキの力の方が強い。)/また、ギアをニュートラルにすることで、暴走を止めることもできる。
・ ブレーキがフェードになった可能性もあるが、最初からフェードになるはずがないので、なるとしたら最後のころだけ。しかしその途中では、排気ブレーキが利くはずだから、(アクセルを踏まない限り)高速走行になるはずがない。排気ブレーキが効いている限りは、事故にならない。
・ 排気ブレーキが壊れたならば、ブレーキで急制動すればいいだけ。
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以上からして、「アクセル・ブレーキ・排気ブレーキ」のすべてが同時に異常を起こした」という場合だけが、事故を成立させる。
そして、そのような複合的な異常を起こす理由は、たった一つしかない。機械がすべて同時に故障したのではなく、人間がすべて同時に誤操作した(パニック状態になった)ということだ。
未経験の初心者が、初めての道路を通ったならば、こういうことは十分に起こりうる。しかも、上り坂から下り坂に転じたことが(夜間で)わからなければ、なおさらだ。
かくて、下り坂による加速を、エンジンの暴走だと《 錯覚 》して、事故に至った。
事故は錯覚から起こった。これが私の考える「真実」だ。なぜなら、「機械的な故障」は、ありえないからだ。(上記)
しかしながら、世間の人々は、「錯覚」を原因だとすることを受け入れられない。そのような心理的なものを「事故の真相」として受け入れるという、精神的な準備ができていないからだ。(不慣れだ、と言ってもいい。)
その一例として、STAP 事件がある。ここでも私は「事件の真相は錯覚だ」と繰り返し述べた。
・ ただの自家蛍光を STAP 現象だと錯覚した。
・ ただの実験ミス(コンタミ)を、STAP 細胞の真実だと錯覚した。
こういう形の「錯覚」があった、というのが、私の認識だ。
しかし世間の誰もが、それを受け入れられなかった。
「いや、すべては彼女が故意にやったことなのだ。緻密に綿密に計画して、笹井さんや若山さんや理研の理事たちをだまし、さらには nature をもだました。空前絶後に近い、超高度な捏造をした、稀代の圧倒的な知能の持主だ」
というふうに批判した。実際には頭が悪くて英文もろくに読み書きできない、ということを無視して、彼女を超絶的な知性をもつ悪人だと認定した。
世間の人々は、これほどにも「錯覚」ということを嫌うのだ。かわりに「善悪」で割り切れるようなものを「真実」として受け入れるのだ。
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こういう世間状況がある以上は、「スキーバス事故の原因は錯覚だ」という認識は、とうてい受け入れられまい。そして、それが真実だとすれば、他にかわりの真実も見つからないまま、迷宮入りとなるしかあるまい。
( ※ そうでなければ、無辜の人を真犯人として血祭りに上げるしかあるまい。ちょうど、小保方さんを血祭りに上げたように。つまり、冤罪だ。)
人々は真実を嫌う。ならば、迷宮入りか、冤罪か、二つに一つだ。ただ、今回は、いけにえとなる羊が見つからないので、冤罪はあるまい。となると、残るは一つ。迷宮入りだ。
これが私の見通しだ。
( ※ 錯覚というのは、心理的なものであるがゆえに、物証が残らない。一方、警察は、物証を求める。物証がもともと存在しないところで、物証を求めても、「故障はありませんでした」という物証しか見つからないので、結局は迷宮入りとなる。)
[ 付記 ]
「真相は錯覚だ」
というのは、実は、珍しいことではない。むしろ、興味深いこととして注目を浴びることもある。……ただし、小説の世界で。
特に名高いのは、チェスタートンの「ブラウン神父」シリーズだ。
ブラウン神父の無心 (新訳)
このシリーズの眼目は、「常識をひっくり返すこと」「人々の錯覚を示すこと」である。人々がいかに常識ゆえに物事を錯覚して、真実を見失うか……という事例を示している。
人々は思い込みゆえに、真実を虚偽と思い込み、虚偽を真実と思い込む。つまり、錯覚する。
そして、そのことを教えられるまで、人々は自分が何を見失っていたか気づかないのだ。
だが、これらの例では、教えられた人々はようやく真実に気づく。……その点では、小説は、現実よりは幸福だ。いつまでも虚偽を信じたまま、真実に目を閉じる、という現実よりは。

ニュートラルに入ったまま、ブレーキ点灯して高速で走っているという不思議な状況になる説明としてはこちらのシフトの説が説得力があるような気がしました。
http://transprincess.blog.fc2.com/blog-entry-882.html
残念だ、懸念どおりだよ…
ぼくは別のコメントで悪魔の証明に近しいと書いたけどね…
しかしオカルトじみた文章だね?
単に運転手のミスとだけ指摘すれば済むように思えるよ
それは事実そうかもしれないし、警察や国交省の報告書も故障が見当たらなければそう結論するだろうさ
いったいこの言い回しはどうしてしようと思ったのか、ぼくはむしろそこに関心が向いてしまうね
ブレーキランプが点灯しながら大きくロールさせて曲がる映像をみて、ブレーキが効いてないと確信しました。あそこまでスピードが乗る前にブレーキをかけていたはず。ベーパーロックでなければ 考えられる原因はひとつ
。その間にブレーキペダルの下に何かが挟まったのでは無いかと考えられます。
靴を脱いでリラックスしていて その靴が挟まったのかも
自分も「不慣れなフィンガーシフトでギアが入らずニュートラルに」と「ブレーキペダルに異物が挟まった」(ただし、運転者は靴が脱げていたという報道はないため靴以外の物)→そしてパニックになったのが直接原因という気がしてきました。。。