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首都圏外郭放水路という地下放水路は、地下神殿とも言われる。Wikipedia から引用しよう。
首都圏外郭放水路は、埼玉県春日部市の国道16号直下・深度50mにある世界最大級の地下放水路である。
台風・大雨などによる中川・倉松川・大落古利根川など周辺河川の増水時、洪水を防ぐため流量容量を超えた水を貯留し、江戸川に排水する。そのため、地下河川であると同時に巨大な洪水調節池としての機能がある。この放水路の開通により、洪水常襲地帯であった倉松川流域などで洪水が減少している。
地下トンネルから流れ込む水の勢いを調整するための調圧水槽は、長さ177m・幅78mの広さがあり、59本の巨大なコンクリート柱が林立している。洪水防止のみを目的とすることから、通常時は水を取り込まず空堀状態で、人も立ち入れる巨大な地下空間となっている。この巨大水槽内の空間に整然と太い柱が立ち並ぶ様子は一種の荘厳さを感じさせ、あたかも地下神殿のような雰囲気を持つ。
( → 首都圏外郭放水路 - Wikipedia )

こういう写真を見て、SFの大好きなオタクたちも絶賛している。
→ はてなブックマーク - 埼玉にある世界最大級の地下放水路
また、効果についても「素晴らしい効果」と絶賛する人もいる。
この放水路の管轄内の冠水がなくなり、被害を免れた規模は1兆4000億円にものぼる。建設費は2300億円とのことだから、ペイするにもほどがある。
( → 埼玉にある世界最大級の地下放水路 - ココロ社 )
首都圏外郭放水路が稼動したことにより河川の氾濫は著しく減少し、防ぐことのできた損害を金額に換算すると1兆4,000億円とも言われている。
( → samurai-japan )
しかし、ここに記された数字は、まったくのデタラメだ。よくもまあ、これほどのホラを吹けるものだ。「被害を免れた規模は1兆4000億円」というようなことはない。そんなことはちょっと調べれば、すぐにわかる。
まずは公式サイトを見よう。
中川・綾瀬川流域の埼玉県春日部市および周辺市町は、荒川・利根川・江戸川などの大河川に囲まれたお皿の底のような低い平地が広がっています。そのため、中川・綾瀬川の勾配は緩やかで水が流れにくいという特徴があり、ひとたび大雨が降るとすぐには水位が下がらず、これまでしばしば浸水被害をもたらしてきました。
( → 目的 | 首都圏外郭放水路 )
「これまでしばしば浸水被害をもたらしてきました」という程度のことであり、もともとたいした被害は生じなかったのだ。せいぜい数億円ぐらいだろう。(2300億円よりも圧倒的に少額であるはずだ。)
このことは、現地の航空写真を見ればわかる。ただの田畑だらけだ。
中川周辺
綾瀬周辺
倉松川(Wikipedia に記述あり)
どこを見ても明らかなとおり、周辺は田畑だらけである。こんなところで洪水が起こっても、田畑が水没するだけであり、1兆4000億円の被害が生じるはずがないのだ。それが真相だ。
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ではなぜ、1兆4000億円という数字が出たか? この数字は、たぶん、次のようにして算出された。
「このあたりで洪水が起こるだけでなく、東京の江戸川周辺でも洪水が起こるはずだ。その洪水を防止するので、地下鉄の水没などによる巨額の被害を防止することができた」
しかし、このような論法は、ペテンである。(詐欺師の論理)
理由を示そう。
(1) 洪水で氾濫するならば、中流である春日部のあたり(田畑が広がる地域)で氾濫するようにしておけばいいのだ。それだけで済む。それなら、田畑は水没するが、下流の都会では水没しない。
(2) ひるがえって、田畑の水没を防ぐために、中流で堤防を構築して、水を下流に運んでから、下流の都会で氾濫させる……という対策は、間違いだ。こういう間違いをやめるだけで、都会の氾濫は防げる。
つまり、1兆4000億円という数字は、最悪の政策(自殺政策)を取った場合の数字であり、被害防止の比較対象にはならない。
(3) 中流での氾濫が問題であるならば、単に遊水池を作るだけで済む。実際、すでに作られたものもある。
→ 大島新田調整池 - Wikipedia
こういうふうに、遊水池を作るのが、最善の方法なのだ。前にも述べたことがある。
→ 堤防よりも遊水池
この方法なら、単に場所を確保するだけで済むので、いちいち地下神殿などを作る必要はない。
(4) 地下神殿によって洪水を防止できる、というのは、針小棒大な誇大宣伝である。実際には、この地下神殿は、1割程度の水量削減効果しかない。
効果はどれくらいかと申しますと、基準地点が下流部に「吉川」という地点があるのですが、550m3/sに対してこの首都圏外郭放水路によりまして、大体 10 分の1の確率規模ですと 40m3/s程度カットすることができます。最大でいうと、現在 10 分の1の確率規模で計画していますが、これが 30 分の1ぐらいの確率規模に上がると 160m3/s程度カットすることができるということで、今は 10 分の1ですが、30 分の1に上がったほうがカット量が大きいので、効果のある事業ではないかと思っております。
( → 関東地方整備局事業評価監視委員会 )
550 に対して 40 を削減できる程度だ。この削減量は、大洪水の場合でも同様だから、 1000の大洪水のときにも、 40程度の削減でしかない。「焼け石に水」とまでは言わないが、それに近い効果でしかない。「気休め程度の効果」と言ってもいいだろう。
だいたい、巨大な遊水池に比べて、地下空洞なんて、たいして大きな容量があるはずがないのだ。金ばかりくっても、容量はたいしたことがないのだ。当り前だけど。
(5) おまけに、この工費は、当初予算を大幅に上回った。
事業費が当初約 1,000 億円だったのが、約 2,300 億円に増えている
( → 関東地方整備局事業評価監視委員会 )
(6) さらに言えば、この工事は、新しい工法の工事であるため、工事の研究開発費まで高額に上っている。
山𦀗委員
「首都圏外郭放水路は、かなり新しい工法、チャレンジングな技術が使われていると思うのですが、こういうものは事業費の中に入れるものなのかどうかということですね。ほかの省庁は、原子力の開発とか、ロケットの開発とか、いろんな大きな科学技術のプロジェクトがあると思うのですが、そういうのは本来、技術開発の補助金等で、別途開発するのが筋ではないかと思うのですが、土木は、何でも新しい工法も全部事業費の中に組み入れるのでしょうか。省庁の中では、国土交通省自体が科学技術の発想がやや乏しい感がある。だからこういうものについては、科学技術的な要素があって、あるいはこの技術は特許を取っただとか、あるいは非常に大きな波及効果が見込まれるのであれば、別途切り離すことも考えていかないと新しい工法が採用できないことにもなりかねない、事業費の中に入れ込むとB/Cが1を切るという話にもなりかねないので、やはりどうなのかという気が1つしたということです。」
( → 関東地方整備局事業評価監視委員会 )
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結論。
以上を見れば明らかだろう。この地下神殿(首都圏外郭放水路)は、ただの公共事業費の食いつぶし(金食い虫)であるにすぎない。
・ こんなものをやっても、効果はろくにない。
・ たとえ効果があっても、田畑の水没が免れるだけ。
・ どうせなら遊水池の方がずっとコスパがいい。
・ 都会の大被害を防ぐというのは、インチキ計算。
つまり、ろくに効果のないものについて、「素晴らしい効果があります」と嘘を言って、工費として大金を巻き上げる。まさしく詐欺。
だが、これで金を奪われるだけなら、まだいい。実際には、効果のないものが建設されたせいで、効果のある遊水池は作られなくなった。
また、江戸川周辺の堤防工事も減らされた。このせいで、多額の財産被害や、人命の損失まで出かねない。この件は、以前も述べた。再掲しよう。
これを調べるには、最も重要な箇所を調べればいい。つまり、最も危険そうで、最も人家の集中している箇所だ。それは、どこか? 江戸川だろう。ここは、何度も氾濫が起こっているし、かつ、人家も密集している。東京都も重要地点に指定している。
→ 江戸川区――ゼロメートル地帯が憂う「大型台風で堤防決壊」という恐怖のシナリオ
これほどの危険地帯であるならば、堤防はコンクリで被覆されていて当然だ、と思えるだろう。ところが、実際には、そうではない。
次のいずれも、表側(川側)であるにもかかわらず、コンクリの被覆は皆無または一部であるにすぎない。しかも、堤防の高さも不十分であることが多い。
( → 日本中の堤防が危険だ )
1行上の項目リンクをたどれば、江戸川の堤防がコンクリ防護壁もなしにひどい状況であることがわかる。( Google マップの画像がたくさんある。)
こういうふうに江戸川は危険な状態にある。それというのも、地下神殿が江戸川のための金を食いつぶしてしまったからだ。
詐欺師の罪は重い。
[ 補足 ]
ちょっと書き忘れたことがあった。貯水機能と別の、放水路としての排水機能だ。Wikipedia から再掲しよう。
中川・倉松川・大落古利根川など周辺河川の増水時、洪水を防ぐため流量容量を超えた水を貯留し、江戸川に排水する。
( → 首都圏外郭放水路 - Wikipedia )
つまり、江戸川よりも西側の地域で洪水が発生するのを防ぎ、その水を東側の江戸川に流し込む。
結果的に、春日部周辺の田畑は洪水から救われるが、江戸川に入る流水量は増えるので、江戸川の下流域はかえって危険になってしまう。
以上をまとめて言えば、次のようになる。
「中流の田畑を洪水から防ぎ、江戸川下流域の都市部で洪水を増す」
これは、「下流の都市部を救って、中流の田畑で洪水を起こす」という私の方針とは正反対であり、ほとんど狂気的だ。
この地下神殿は、基本的には、人間の命を犠牲にして、田畑の農産物を祀り上げようとするものである。いかにも古代の神殿っぽい。だが、人身御供にされる江戸川下流域の人々は哀れである。
[ 付記1 ]
基本的には、洪水対策は、下流でなすものではなく、なるべく上流や中流でなすものだ。なぜなら、それらの地域には、田畑がたくさんあって、容易に広大な遊水池を作れるからだ。
ひるがえって、下流の都会部で遊水池や地下神殿などを作るのは、非常に効率が悪い。土地代や工事費が莫大にかかるからだ。
この原理をきちんと理解しておこう。そうすれば、「地下神殿を作ろう」なんていう馬鹿げた発想は生じないはずだ。
[ 付記2 ]
具体的な数値でも比較できる。
・ 首都圏外郭放水路
…… 工費 2300億円 / 貯水量 67万立方メートル
・ 渡良瀬貯水池(谷中湖)
…… 工費 930億円 / 貯水量 2,640万立方メートル
費用対効果は桁違いだとわかる。
同じような目的で工事をしても、その設置場所を変えるだけで、これほどにも大差が付くのだ。
たぶん、工事をする政府は、「川の水は、上流と下流とで同じ水だ」ということを理解できないのだろう。川の水は、上流から下流へと流れるので、それらは同じ水である。ゆえに、どの場所で洪水対策をしてもいいのだ。なのに彼らは、「下流の洪水を防ぐには、下流に遊水池をつくるしかない」と思い込んでいるのだろう。
かくて多額の金をドブに捨てる結果となる。ドブじゃないけど、巨大なドブみたいなものに。
【 関連サイト 】
現実にはどうかというと、上記の地下神殿のほかにも、地下トンネルという形で、地下貯水池が巨額の費用で続々と建設されている。
→ 神田川・環状七号線 地下調節池( 1,010億円 )
→ 白子川調節池群
→ 杉並区和田にある地下貯水施設
のみならず、今後もさらに、続々と建設されるらしい。得に、東京五輪に向けての対策という形。
→ 巨大地下調整池、ハイテク防潮システム... 五輪に向けて
→ 日本、2020年東京五輪に向けて大型地下ダムを建設
新国立競技場以外にも、壮大な無駄工事が続々となされている、と言えるだろう。
→ 工事費用
【 関連項目 】
本項の続編。( 2024-08-31 )
→ 地下神殿で東京は水没する: Open ブログ
この文章だと、地下神殿と呼ばれる理由に詐欺があるという記事にしか思えないわけで。
てっきりあの有名な外観に偽りがあるのかと。
内容は至極真っ当なのに、記事の表題で管理人さん御自身が詐欺的な表記をしてしまっては片手落ち。
アクセス数かせいで云々のサイトではないのは理解してますが、yahooの釣り記事みたいになっとりますよ。
それによると、効果は、内水はん濫の防止効果(雨水を排水できずに浸水した場合の被害軽減効果)と、外水はん濫の防止効果(中川堤防が決壊した場合の被害軽減効果)の2つがある。前者は、放水路がない場合の被害額からある場合の被害額を差し引いて求めることができ、2002〜12年の10年間に481億円である。後者は、1958年の狩野川台風での決壊をもとにシミュレーションし、放水路が、堤防設計上の最高水位の超過を防ぎ、破堤を回避してきたことから、1兆4000億円と推計している。
http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/gaikaku/intro/04kouka/index.html
ちなみに、今年9月の関東・東北豪雨による常総市の災害は下記のとおり。
全 壊 53件
大規模半壊 1,458件
半 壊 3,525件
床上浸水 171件
床下浸水 3,055件
茨城県によると、農業被害で120億円、商工業で200億円だそうだ。これには、家屋やインフラの被害は入っていないので、総計は数千億円になりそう。
狩野川台風のときの埼玉県東部の被害は、床上浸水1万1563戸、床下浸水2万9981戸だから、関東・東北豪雨の5倍くらい。そこから考えると、1兆4000億円という金額は大げさな数字ではないと思える。
平成の仮面ライダーシリーズのロケーションのために、地下神殿はあるのですから。
ある意味、子供の未来のためにあるのです。子育て支援のためにあるのです。
ずいぶん好都合な想定で算出しているのはわかりましたが、その詳細を批判するのは本項の主旨ではないので、ここでは言及しないでおきます。
インチキ計算の一例は、堤防のかさ上げでもほぼ同等の効果がある、という点を見失っていること。
また、江戸川の下流域で氾濫の可能性を高めていることも見失っている。
さらに、最も重要な点は、1割程度の改善にすぎないのに、それが万能の効果をもつがごとく過大評価している点だ。実際の降雨量は、そのたびごとに大幅に変動するのに、それがちょうどうまく、容量の1割アップの範囲内に収まる(ちょうどうまく解決される)はずがない。たいていは過大か過小かのどちらかだ。
先の算定は、やはり、話を盛りすぎている。まあ、公共事業の計算では毎度のことだけど。
人間の尺度からしたら、かなり大きな構造物であって『地下神殿』の名もさもありなんと感じますが、
関東平野の広さと降水量を考えたら『雀の涙を貯める施設』という印象も受けました。
管理者側は当然のことながら、近年の大雨事例をいくつか引き合いに出しつつ、
「こんなに効果がありました」と力説しておられました。
> 公共事業の計算では毎度のこと
本当に、仰るとおりだと思います。
国立競技場のように目に見えるモノに対しては世間の目が向きますが、数百億円、数千億円の巨額土木事業に対しては、なかなか気づきにくいようです。
「土木工事はすべて悪」なんてことはありませんが、全体のネットワークや費用対効果、将来的な展望など、総合的な判断が適切になされているのか、疑問を感じるものも多いように思います。
北堂さん
効率を考えたら人が集中しているところに予算を投入するほうが良さそうですね。