2015年09月24日

◆ 新国立競技場レポート 11(第三者委)

 新国立競技場の問題を検証する第三者委の報告が出た。しかし、これはとんだ茶番だ。核心が抜けている。 ──

 新国立競技場の問題を検証する第三者委の報告が出た。JSC と文科相のトップの責任を指摘している。組織的責任という形。
 第三者委員会(委員長=柏木昇・東大名誉教授)は24日、難度の高いプロジェクトに求められる適切な組織体制を整備できなかったとして、下村博文文科相や整備主体の日本スポーツ振興センター(JSC)のトップである河野一郎理事長に責任があると指摘する検証報告書案を公表した。
 報告書案は、下村文科相について、「(文科省内の)関係部局の責任を明確にして、プロジェクトに対応することができる組織体制を整備すべきだった」とし、結果責任を指摘した。計画見直しに至った主な要因としては、文科省や有識者会議などが併存して集団的意思決定システムが機能しなかったことや、情報発信に透明性がなく国民の理解を得られなかったことなどを挙げた。
( → 朝日新聞 2015年9月24日

 難しいプロジェクトに求められる適切な組織体制を整備することができなかったなどとして、JSC=日本スポーツ振興センターや文部科学省、そして、それぞれのトップである、河野理事長や下村文部科学大臣らの結果責任を指摘しています。
 主な要因について、事業主体であるJSC=日本スポーツ振興センターの担当者に実質的な決定権限がなく、文部科学省やJSC理事長の諮問機関の有識者会議で実質的な意思決定が行われたため、意思決定に機動性がなく硬直性を招いたとしています。
 さらに、JSCや文部科学省に大規模で複雑な建設工事を経験した者がいなかったにもかかわらず、専門家の充実や国土交通省との十分な連携を図らずに対応したことなどを挙げています。
( → NHKニュース

 計画が迷走した原因について「難プロジェクトを遂行するシステム全体が脆弱(ぜいじゃく)で適切な形になっていなかった」などとする報告書案を明らかにした。
 事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)と文科省が「適切な体制を整備できなかった」と指摘し、トップの下村文科相の責任についても言及した。
( → 読売新聞

 下村氏の責任について「組織の長として省全体を運営・管理する責任があるが、報告・相談が密に行われる仕組みづくりや、風土の醸成が十分でなかった」と指摘。河野氏に対しては「国家的プロジェクトに求められる組織体制を整備することはできなかった」と指摘した。
( → 東京新聞

 JSCの理事長と、文科相という、トップ二人の責任を指摘している。このことで、局長と事務次官の責任を認めた現状よりも、ちょっとまともなように見える。
 しかし、私から言えば、これは全然落第だ。

 ──

 そもそも、JSC は文科省の下部機関であり、権限をもたない。JSCの理事長は、今回の決定について権限がない旨を釈明している。その通りだと思う。ここで理事長が勝手に口出ししたら、それこそ横暴だ。理事長は、組織の運営をするだけで良く、細かなことに口出しする権限などはない。
 文科省(組織)はどうか? 直接的に口出ししたのは、辞任した局長だろう。だから、この人に直接的な責任がある。
 一方、文科相(大臣)はどうか? 文科相もまた、トップとして組織の運営をするだけで良く、組織をあれこれと勝手にいじくることは必要ないし、やるべきでもない。やるとしたら、首相の命を受けたときぐらいだろう。今回は、それに該当しない。

 だから、今回の問題は、特に組織の問題ではない。私は日頃、「組織の問題を重視せよ」「システムの問題を重視せよ」と述べているが、今回の問題は、組織やシステムの問題ではない。

 では、何の問題か? 常識の問題だ。常識があれば、このような巨額なプランは駄目だとわかる。国民の大多数がそう思っているのだから、常識を通すだけでいいのだ。いちいち特別な組織などは必要ない。

 ──

 では、なぜ常識が通らなかったか? 今回の核心は、そこにある。組織が無能だったのではなく、世間の常識をあえて拒んだという非常識があったことだ。
 この非常識さは、二つの点からなる。
 第1に、非常識なプランを通そうとした局長だ。
 第2に、このような状況を修正しなかった政府だ。

 このうち、後者が大事だ。ここで、政府とは何か? もちろん首相だ。実は、JSC も、文科相も、安倍首相の許可を得て、超高額プランを進めていたのである。世間では圧倒的に批判が出ていたのに、その批判を聞かなかった安倍首相に、最終責任がある。
 この件は、前にも述べた。
 問題は、駄々っ子の言うことを聞いて、実際に 2520億円を出すと決めた人だ。では、それは、誰か?
 文科省か? いや、文科省は、駄々っ子の一人であるにすぎない。「あれ買って」と言うことはできるが、買うための金を用意できない。
 財務省か? 形の上では財務省だが、これほど巨額の金を財務省の職員が一存で決めることができるわけがない。最低でも財務相(大臣)の裁決が必要だし、大臣の裁決には総理大臣の裁決が必要だ。
 ここまで見ると、真相が判明する。「2520億円を出してもいい」という最終決定を下したのは、安倍首相である。つまり、彼が真犯人だ。
 ──
 はっきり言おう。殺人の真犯人は、凶器を持った人でしかあり得ない。同様に、新国立競技場の最終決定をした真犯人は、「あれ買って」と駄々をこねた駄々っ子ではなくて、そのために 2520億円を出すと決めた人だ。そして、それを決めた人は、それを出すだけの権限をもつ人だ。そのような人は、日本にはたった一人しかいない。安倍首相だけだ。
( → 新国立競技場の核心

 ここで述べたように、新国立競技場の問題が迷走したことの真犯人は、安倍首相である。彼が民意の声にまったく耳を傾けなかったことが原因だ。(ちょうど安保法制と同様だ。)
 彼のこの体質のせいで、文科相の暴走を見逃し、かつ、この暴走にOKを与えた。その最終責任は、安倍首相にあるのだ。

 にもかかわらず、第三者委は、この点を見逃している。「真犯人は安倍容疑者だ」という点を見逃している。真犯人を隠蔽している、とも言える。
 とんだ茶番だ。第三者委のやっていることは、真犯人を示すことではなくて、その手下に全責任を負わせることで、真犯人を隠蔽することなのだ。
 呆れるしかない。



 [ 付記 ]
 この第三者委が茶番になる、ということは、私が前に予告しておいた。
  → 新国立競技場レポート 6

 この予想通りに、まさしく茶番になったわけだ。
 とはいえ、私の予想を超えた点がある。あまりにもボケ具合がひどいのだ。
 私の予想では、もっと実務的なレベルを扱うと思っていた。特に、安藤忠雄がザハ案を選んだことの責任を追及すると思っていた。
 しかし、この点はまったく素通りされた。かわりに、「上のものが責任を取れ」というだけの、素人じみた結論。何じゃ、これは? これほどにもないよう空虚な報告になるとは、私も思っていなかった。唖然。

 ま、建築の素人だから、建築については何も扱えないだろう……というのは、上の予想の通りだ。しかし、建築について何も考えないで、「上の方に責任があります」だけだって。これじゃ、何も検証していないのと、同じだろう。結局、選考の過程については、何ひとつメスが入らなかった。
 やったことはただ一つ。すでに辞任が決まっている人(理事長と大臣)に、「辞任しろ」と言っただけだ。すでに辞任が決まっている人に、そんなことを言ったって、無意味なのだが。

 まったく、呆れるしかないね。「恥を知れ」とも言いたい。



 【 追記 】
 この検証では、問題の切り分けができていない。次の二点を切り分けるべきだ。
  ・ プランそのものが条件を満たさないこと。(予算超過)
  ・ 予算超過のプランをそのまま承認したこと。


 前者の責任は、「予算遵守」と嘘を言ったのを見抜けなかった審査委にある。技術的に予算超過は明らか出し、嘘に決まっているのに、嘘を見抜けなかったのだから、プロ失格と言われても仕方ない。この責任は、安藤委員長および他の委員にある。
 後者の責任は、承認した全員にある。具体的には、有識者会議、組織委、組織理事長、局長、文科相、首相だ。この全員に責任があり、後になるほど責任の度合いは高くなる。(支出の権限も、後になるほど高い。)……にもかかわらず、今回の報告は、文科相のところで責任追及を止めてしまった。つまり、こうだ。
     有識者会議、組織委、組織理事長、局長、文科相、(首相)
 これじゃ、「真犯人の隠蔽」「責任の隠蔽」でしかない。馬鹿げている。呆れるしかない。

 《 注 》

 なお、今回の検証では、両者を切り分けていない。「プランを選定したこと」(審査委の責任)に対して、組織委や文科相の責任を問うている。しかし、これは全然見当違いだ。
 プランを選定したのは、あくまで審査委の責任であって、組織委や文科相の責任ではない。組織委や文科相(および首相)の責任は、予算超過を承認したことだ。この違いをきちんと区別するべきだ。
posted by 管理人 at 20:42| Comment(2) |  東京五輪・豊洲 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
首相に責任と言っても、責任ある立場の首相は先手を打って白紙に戻したから言及しにくいのでは? 確かに遅きに失した感はあるが、一応は正しく白紙にした。白紙にするのが遅かったとは言えても建設が間に合うのであれば遅すぎたとは言えない。首相の責任は2020年に建設ができなかった時に問われるんじゃないのかな? その時首相を辞めてそうだけど。見事な逃げ切りかな?

レポートはもっとこうするべきだったという提言を期待していたのにとても残念。結果論を語るだけで終わったね。
Posted by かーくん at 2015年09月25日 06:37
> 白紙にするのが遅かったとは言えても建設が間に合うのであれば遅すぎたとは言えない。

 だったら誰も悪くないことになるんだから、第三者委の存在そのものが必要ないことになる。

 そもそも、殺人未遂の犯罪者に、「最終的には殺さなかったから無罪」なんて、あり得ないでしょう。本人はどうしても殺人するつもりだったのに、まわりにいる日本人全体がよってたかってようやく殺人を止めた、というのに、「最終的には殺人をしなかったから無罪」なんて、馬鹿げている。
 日本人全体で止めようとするまで推進した本人の責任を問わないのはおかしいでしょ。

> レポートはもっとこうするべきだったという提言

 本項は、提言じゃなくて、「真相の解明で」です。また、その本論の部分は、本項自体ではなくて、前出項目です。
 → http://openblog.meblog.biz/article/25885853.html

 本項は、ただの案内ページだから、期待しすぎても困る。
 もっとこうするべきだったという提言は、このシリーズの一番最初に書いてあります。
  → http://openblog.meblog.biz/category/2010244.html
 上記のシリーズの一番最初(一番下)。
 
   ̄ ̄
 なお、本文最後に、<FONT COLOR="#dd0000">【 追記 】</FONT>も記しました。
Posted by 管理人 at 2015年09月25日 07:48
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