2015年09月14日

◆ 東京の水害対策

 前項の続き。
 東京の水害対策の状況を見る。ちょっと興味深い状況だ。 ──

 前項では「雨水を川に入れるな」と述べた。
 これと似た方式を、すでに実現している地域がある。それは東京の都心部だ。

 そもそも、東京の都心部には、川がない。隅田川と多摩川に挟まれた地域には、神田川・渋谷川・目黒川のような小さな川があるだけだ。



渋谷川


 こういう小さな川はあっても、大きな川はない。なぜか?
 実は、もともとは小さな川がいくつかあったのだが、それらの大部分は暗渠化されて、下水道になってしまったのだ。だから地上から見える川はなくなってしまったのだ。(一部を除く。)
 このような下水道では、原理的に、水面が地面より高くなることはありえない。したがって、洪水は起こり得ない。(洪水を起こすほど水面の高い川は存在しない。)東京の都心部では、洪水は絶対に起こらないのだ。

 ただし、そのかわり、雨水が下水道に入りきらないことが起こりうる。実際、集中豪雨で、雨水が地上にあぶれたこともあった。
  → 2005年9月4日、台風14号による集中豪雨
 このようなケースでは、都心で大きな被害をもたらした……と言われる。(上記記事)

 しかしながら、いくら被害が大きかったと言っても、せいぜい床上浸水であるにすぎない。地下に水が流れ込むこともあったが、それも床上浸水で済む。人が死ぬような事態にはならない。(今回の鬼怒川の決壊とは大違いだ。)
 なのに、あえて両者を混同させる人もいる。「東京は危険だ。利根川や荒川が決壊したら死者が多数出る!」
  → 集中豪雨で東京の4分の1が水没する 
 たしかに、利根川や荒川が決壊したら死者が多数出るだろうが、それと、都心で水があふれることとは、全然別だ。都心では、いくら水があふれようが、死者が出るようなことはない。(ちゃんと両者を区別するべきだ。)

 というわけで、東京の状況は、特に心配するほどのことはない。
 にもかかわらず、やたらと心配性のせいか、(集中豪雨対策として)数百億円もかけて、地下貯水池を作ったりする。
  → 都、貯水に540億円
 これで集中豪雨対策ができるならまだしも、実際には、タンクの容量が限定的なので、集中豪雨が大規模ならば、雨水はタンクからあふれてしまうらしい。何たる無駄遣い! 

 ──

 ま、東京の現状は「集中豪雨が来たら雨水は地上にあぶれる」というものである。だから、それを素直に受け入れる方がいい。そのあと、床上浸水があったなら、何らかの補償金を出せばいい。たとえば、1世帯あたり最高 10万円とか。(被害に応じる。)……こうすれば、被害があった地域だけに金がかかるだけだから、ごくわずかな金を出すだけで済む。
 一方、東京の全体で地下貯水池なんかを作ると、被害もないところに莫大な金をかけることになるので、壮大な無駄が発生する。……これが現状の政策だ。
 東京でこんなことに巨額の費用をかけるべきではない。命の危険があるならともかく、雨水で床上浸水がある(それも狭い範囲に限られる)のを避けるぐらいのために、超巨額を投入するべきではない。
 そんなことをするよりは、鬼怒川のような河川にコンクリ護岸を付けるべきだ。今回の被害は、死者2名、行方不明が 15名(現在)。10人かそこらは死んでしまったと思える。こういう被害を防ぐためにこそ、コンクリ護岸の費用をかけるべきだ。
 
 なお、窪地のような低いところでは、何らかの対策をするべきだろうが、それも、「死者が出ないようにする」というような対策が主流であるべきだ。次のような。
  ・ ビルの入口に防水扉を設置する
  ・ 地下階から地上2階への脱出経路を用意する

 これなら、浸水があっても、死者は出なくなる。
 他方、「一切の浸水を防ぐために巨額の地下貯水池を設置する」なんて、莫大な金をかけるだけで、効果は低い。やめた方がいい。
 
 ──

 東京の大部分の土地は、雨水を強制的に送り出すための川を持たず、集中豪雨が来れば道路は冠水する。それはそれで構わないのだ。そのくらいならば死者は出ないのだから。
 水害対策というのは、あらゆる水害を防ぐことが大切なのではなくて、人間の生命を救うことを最優先とするべきだ。都会の人の財産を守るために、地方の人の命を粗末にする、ということは、あってはならない。なのに、現状はそうではないから、鬼怒川では死者が出た。
posted by 管理人 at 20:11| Comment(0) |  地震・自然災害 | 更新情報をチェックする
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