大雨のときには、河川の水がいっぱいになって、氾濫しがちだ。ならば、大雨のときには、雨水を川に入れなければいい。 ──
そもそも、水は「高きから低きに流れる」という性質がある。ところが、大雨のときに限っては、水は「低きから高きに流れる」という性質が生じる。
「そんな馬鹿な」
と思うかもしれないが、河川を見るがいい。氾濫した鬼怒川でも、他のどの川でも、水面は地上よりも5メートルぐらい高くなっている。(だからこそ決壊すると、川から地上へと水が移る。高きから低きへ移る。)
大雨のときには、河川の水面は高くなる。つまり、低いところにあった水が、河川の水という高い位置にまで、移動する。「低きから高きへ流れる」という形で。
では、どうしてこういうことが起こるのか? もちろん、ポンプで水を排出しているからだ。その設備を、「雨水ポンプ所」という。
具体的な図は、下記にいろいろある。
→ 雨水ポンプ所 - Google 画像検索
──
さて.以上から、次のことがわかった。
「大雨のときに河川の水面が高くなるのは、雨水ポンプ所が周辺の雨水を河川に送っているからだ」
そこで、私としては、次のことを提案しよう。
「大雨のときには、雨水ポンプ所の作動を止める。つまり、周辺の雨水を河川に送るのをやめる」
こうすれば、次の効果が生じる。
・ 河川の水面は高くならない。(氾濫もしない。)
・ 周辺では、雨水を送れなくなり、道路が冠水する。
逆に、通常の場合は、次のようになる。
・ 河川の水面は高くなる。(氾濫しやすい。)
・ 周辺では、雨水を送れるので、道路が冠水しない。
両者を対比すると、こうなる。
・ 前者なら、雨水は地域の全体に浅くあふれる。
・ 後者なら、雨水は河川に集中して、一箇所で氾濫する。
要するに、一箇所で氾濫することを阻止するには、地域の全体で少しずつ水があふれるのを容認すればいいのだ。雨水が流れないせいで、豪雨の際には、道路が3〜10センチぐらい冠水するかもしれない。(水が流れないのでその場に溜まる。)だとしても、それで家が流れるということもないし、人が死ぬこともない。豪雨のときには、自宅にいるか、最寄りのビルなどに逃れればいい。10センチぐらいの水深ならば、どのビルでも雨宿りで過ごすことが可能だ。
その一方で、河川の水はほとんど増えないから、氾濫することもない。河川の水は、下流では増えることがなく、上流の水を流すだけだ。そして、上流は細くて、下流は太いから、上流の水を流すことは十分に可能だ。
こうして、「雨水を河川に入れない」ことで、河川の氾濫を根本的に防ぐことができる。
──
「雨が降ったら、雨水を河川に入れる」
というのは、常識である。しかし、洪水が起こりそうなほどの大雨のときには、その常識を覆す方が、かえって危険を避けることができるのだ。
常識を疑え。
[ 付記 ]
ただし、例外的な場合も考えられる。それは、低い土地だ。周囲よりも低い土地では、周囲の高い土地から水が流れ込むせいで、水深が30センチ以上になるかもしれない。
そういう場合には、低い土地に限って、いくらかポンプを働かすといいだろう。その分、河川には水が入る(水位が上がる)だろうが、それでも、普通のやり方(あらゆる土地でポンプを働かすこと)に比べれば、河川に入る水の量は大幅に減らせるだろう。
【 関連サイト 】
降った雨水が河川に入るまでの途中経路は、雨水の排水管(下水管)である。下記サイトに詳しい。
→ 下水道の役割 - 雨水を処理する下水道
→ 汚水と雨水排水処理はどのようになっているのでしょうか? - 知恵袋
2015年09月14日
過去ログ

現状は日本は山国だから起伏が激しい
東京だって上空からみれば平坦に見えるけど
地上におりれば起伏に富んでいますよ
川の上流の低地と下流の低地を比べれば
上流は高いから、上流の低地は犠牲になれなんて言えないわな
上流なら、傾斜がきついから、ポンプなしでも自然に河川に流れ込むでしょう。また、河川の傾斜もあるから、水はどんどん下流に流れて、水かさは増さないでしょう。どっちみち、上流で洪水が起こるわけがない。
上流なんて、堤防すら必要ない。上流で大きな堤防なんて見たことがない。
例。 http://j.mp/1KjzBky
上流は洪水の心配は必要ないんです。「犠牲になれ」なんて誰も思わない。そもそも犠牲になるはずがない。
河川の氾濫というのは、平野部で起こるものです。山間部ではまず起こりません。(堤防がないので、堤防の決壊もない。)
なお、上流には水が溜まらないから大丈夫だが、下流には上流からの水が押し寄せる。犠牲になるのは下流です。「下流の人間は上流の人間の犠牲になれ」と言うしかないが、下流の人間は文句は言わないでしょう。水は高きから低きに流れるとわかっているので、いちいち文句は言わない。