「ネアンデルタール人は私たちと交配した」という本がAmazonでベストセラー1位になっている。(サブカテゴリ内で。)
→ Amazon のページ
朝日にも書評がある。
→ (書評)『ネアンデルタール人は私たちと交配した』
著者インタビューもある。
→ 朝日新聞GLOBE|祖先たちの見た風景
こういうふうに、この本は結構話題になっている。
だが、私は前にも何度も述べたとおり、この件には否定的である。つまり、
「ネアンデルタール人は現生人類とは交配しなかった」
と判断する。
理由は、主として、二つの骨幹からなる。
──
(1) ありえない
海などで隔てられていたという事実(地理的隔離)があるわけでもないのに、二つの種が交配可能だとしたら、それらが別別の種となるはずがない。それらは同一種なのだから、中間形態が多様に分布したはずだ。つまり、ネアンデルタール人とホモサピエンスの中間形態の化石が大量に分布したはずだ。
しかるに、そのような事実はない。としたら、この両者はもともと交配可能であるはずがない。
また、分岐年代の推定(分子時計による)からしても、分岐してから何十万年もの差があり、とうてい交配可能であるはずがない。
さらに決定的な事実がある。「ネアンデルタール人と交配がした」という理屈からは、同じく、「デニソワ人とも交配した」という結論が得られる。しかし、デニソワ人というのは、ネアンデルタール人よりもさらに古く、ホモ・エレクトスに近い種だ。分岐年代は非常に古い(約 100万年前)。[ → 別項 ]
そんなデニソワ人と交配があったと考えるのは、荒唐無稽というしかない。
というわけで、「ネアンデルタール人と交配した」という理屈は、破綻してしまうのである。
(2) 間違いの理由は?
では、間違いの理由は? 簡単だ。
「共通遺伝子を持つから、交配したはずだ」
という推論がおかしい。なぜなら、こんな推論は、もともと成立するはずがないからだ。
たとえば、人類は、チンパンジーとも遺伝子が 99% が共通する。
→ 両者の配列は98.5〜99%同じである
これほどにも遺伝子が一致するのだとしたら、もちろん、共通遺伝子は存在する。では、共通遺伝子が存在するから、人間とチンパンジーは交配したのか? もちろん、否。
同様に、豚や犬とも、かなり遺伝子は共通するが、だからといって、人間との交配があったとは言えない。また、下等動物のウニとも遺伝子はかなり共通する( → 出典 )が、ウニと人間が交配したとは言えない。
要するに、「共通遺伝子があるから交配した」という発想そのものが根本的に狂っているわけだ。
つまり、「交配したと考えれば、共通遺伝子があったことを説明できる」からといって、「共通遺伝子があるから、交配した」とは言えないわけだ。(論理的倒錯。)
(3) 真実は?
では、真実は?
「アフリカ人にはその遺伝子がないのに、ネアンデルタール人と非アフリカ人には共通遺伝子がある理由は?」
これは、一種の論理パズルだ。パズルの不得意な人には理解できないだろうが、パズルの得意な人には容易に回答がエラエルだろう。
正解は、次のように、図で説明した。
「ネアンデルタール人との混血はなかった。かわりに、アフリカのネグロイドが、ネアンデルタール人との共通遺伝子を失っただけだ。そのせいで、非ネグロイド系の人々が、ネアンデルタール人との共通遺伝子を持っているように見える。それだけのことだ」
ネアンデルタール人 ネグロイド 非ネグロイド
●▲■ ●△□ ●△□
↓ ↓ ↓
●▲■ ○△□ ●△□
ネグロイドと非ネグロイドは、ネアンデルタール人との共通遺伝子 ● を持っていた。ところが、ネグロイドは時間の経過とともに、共通遺伝子 ● を失った。(かわりに変異遺伝子 ○ をもつようになった。)一方、非ネグロイドは、共通遺伝子 ● を持ち続けた。
結果的に、ネアンデルタール人と非ネグロイドだけが、 ● を持ち続けた。つまり、別に、両者が交配したわけではない。
これは、先に、下記項目で示した話だ。
→ ネアンデルタール人との混血はなかった
このように、「ネアンデルタール人との混血はなかった」ということは、容易に説明が付く。
「デニソワ人との混血はなかった」ということも、上の図をそのまま使うことで、容易に説明が付く。
ところが、「共通遺伝子があるということは、両者が交配したことを意味する」なんていうエセ論理を取ると、「デニソワ人とホモ・サピエンスは交配した」という荒唐無稽な結論にたどり着いてしまう。かくて破綻してしまうのだ。
──
以上のようにして、正しく論理力を使うことで、真相に気づくことができる。ただし、人々は論理力が弱いので、真相に気づけないのだ。かくて、冒頭のようなインチキ学術書に洗脳されてしまう。
「ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は共通遺伝子がある。ゆえに、混血したのだ!」
そこへ子供が問いかける。
「ホモ・サピエンスはウニとも交配したんですね?」
[ 付記1 ]
スヴァンテ・ペーボという人の研究業績自体は、否定しがたい価値がある。彼は、ミトコンドリアDNA でなく、核DNA という壊れやすい DNA で、ネアンデルタール人の DNA を調べた。それは困難に立ち向かう研究であり、とても立派な業績だ。
→ 『ネアンデルタール人は私たちと交配した』鏡に映ったもう一つの私たち - HONZ
ただし、彼の研究自体(ネアンデルタール人の DNA の解明)と、そこから出た一つの推論(人類と交配したこと)とは、まったく別のことだ。
「ネアンデルタール人の遺伝子を調べたら、人類の遺伝子と共通するものがあるとわかった」
それはいい。しかし、その事実と、「両種が交配した」という推論とは、まったく別のことだ。ここで論理的な飛躍をすることで、まったくの間違った結論に飛び込んでしまった。それが彼の失敗だ。
ここところを理解しないで、「すごい研究だ、すごい結論だ」と勝手に大騒ぎしているのが、論理力の弱い人々だ。勝手にウニと交配していればいい。どうせ頭がウニなんだろうし。
[ 付記2 ]
「交配した」
と考える人々は、なぜ間違ってしまったのか? それは、彼らがこう考えるからだ。
「ネグロイドが先にあり、そこから非ネグロイド(モンゴロイド・コーカソイド)が分岐した」……(★)
なるほど、この順で分岐したのであれば、非ネグロイドだけにネアンデルタール人との共通遺伝子があることは、交配以外には説明しがたい。
とはいえ、交配はなかった。とすれば、上の(★)のことは成立しないことになる。これが重要だ!
この(★)は通説だが、この通説が間違っているわけだ。では、正しくは?
分子時計の研究などを見てもわかるが、ネグロイドと非ネグロイドの分岐の時期は非常に古く、「それぞれがほぼ同時に共通祖先から分岐した」と見なしてもいいくらいだ。(約 17万年前。)
→ デニソワ人・ネアンデルタール人との混血 3
また、見方によっては、この共通祖先を「コーカソイドの直系の先祖」と見なすことができて、「ネグロイドはコーカソイドから分岐した」と見なすこともできる。
→ 人類の祖先は黒人か?(進化)
→ 人類の祖先は白人だ(進化)
ともあれ、以上のように考えれば、辻褄が合う。
要するに、17万年前の「共通祖先からの分岐」の時点以後の、ネグロイドの独自進化の過程において、いくつかの「不要な遺伝子」がネグロイドにおいて消失した。これが事実だろう。
一方、混血説に従うなら、どうなるか? まず、10万年ぐらい前に、非ネグロイドはメソポタミアに達して、その後に、各方向に移動して分岐した。
→ 人類の移動 2
とすれば、10万年ぐらい前に、メソポタミアで非ネグロイドとネアンデルタール人が大規模に交配して、そこで非ネグロイドが得た遺伝子は圧倒的に有利だったので急速に非ネグロイドに広まった(旧来の遺伝子をもつ集団は圧倒的に不利だったので急速に滅びた)……ということになる。
しかしながら、ネアンデルタール人から人類への分岐においていったん失われた遺伝子(不要な遺伝子)が、非ネグロイドにおいては圧倒的に有利な遺伝子であった、というのは、あまりにも荒唐無稽だ。(不要だから失われたはずなのに、今度は逆に圧倒的に有利だということになる。ほとんど論理矛盾。)
ここで、混血説が正しいかどうかは、その遺伝子が圧倒的に有利であるかどうかを調べればいい。混血説においては、それらの遺伝子は急激に普及したので、圧倒的に有利な遺伝子であったということになる。では、それは、どんな形質の遺伝子なのか? そのことを公開するといいだろう。
私の予想では、いったん失われた遺伝子は、ホモ・サピエンスにおいてはほとんど働いていない不要な遺伝子だと思う。そう確認された時点で、混血説は矛盾に陥り、否定されるだろう。
なお、混血説が正しいとしたら、ネグロイドは「圧倒的に有利な形質をもたない、圧倒的に不利な人々」ということになる。ネグロイドと非ネグロイドが混在したら、ネグロイドは「生存競争で劣る亜種」として、急激に滅びてしまうはずだ。……それが混血説の主張から得られる結論だ。しかし、そんな人種差別主義みたいな結論が、成立するはずがない。馬鹿げているとしか言いようがない。
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