2015年07月28日

◆ 新国立競技場レポート 3

 新国立競技場の責任を問う形で、文科省の局長と事務次官が更迭された。 ──

 ニュースを引用しよう。
 文部科学省は28日、新国立競技場建設の担当者だった久保公人スポーツ・青少年局長(58)が辞職し、後任に高橋道和内閣官房教育再生実行会議担当室長(54)を充てる人事を発表した。
 同省は辞職について「自己都合」と説明しているが、久保氏は定年まで1年半以上残しており、建設計画の白紙撤回に伴う事実上の更迭とみられる。
 人事は8月4日付。旧文部省出身の山中伸一事務次官(61)も退任し、後任に旧科学技術庁出身の土屋定之文部科学審議官(62)が昇格。山中氏の退任は「定期異動の一環」(文科省幹部)との見方もあるが、新国立をめぐって責任論も浮上していた。
( → 産経 2015-07-28

( ※ 産経のニュースだが、報道各社で同じ文面を使い回している。ちょっと調べたところ、共同通信が配信元らしい。)

 さて。これは、私が先に述べたことに対応している。
 これほどひどい迷走をしたからには、その尻ぬぐいをする必要がある。つまり、責任者を処分する必要がある。そうしてこそ、将来また同様の迷走が起こることを避けられるからだ。逆に、ここで誰も処分しないと、将来また平気で同じような迷走をするだろう。そのときは数千億円が浪費されかねない。
 では、この迷走の責任者は、誰か?
   ……
 自動的に真犯人はわかる。それは、事務方の最高責任者、つまり、文科相の事務次官である。この人が真犯人だ。
 ともあれ、こうして責任者(真犯人)が判明した。だから、この人物を、更迭するべきだろう。
( → 新国立競技場の尻ぬぐい

 ここでは、事務次官を「真犯人」と見なして、事務次官の更迭を主張した。実際には、局長も辞任する形になったが、これはこれで妥当だろう。(理由は言うまでもないが、直接の責任者だからだ。実行部隊長という感じ。)

 なお、この件については、舛添都知事も発言していた。
 東京都の舛添知事は23日、ツイッターに、文部科学省の責任を指摘したうえで、「担当の役人の処分は免れない。組織の長に処分ができないのなら、みずから辞任するしかない」と記し、担当者の処分ができないのであれば、責任者の下村大臣が辞任すべきだという考えを示しました。
( → NHKニュース 7月23日





 舛添都知事は、自分でザハ案に賛成票を投じておきながら、よくまあ偉そうなことを言えるものだ……という気もするが、ま、言っていること自体は正論である。(私のブログ記事[18日]を読んで、真似したのかもね。 (^^); )

 ──

 さて。こうして私の主張が実現したからには、このような更迭が必要だったことの理由を示そう。
 官邸あたりは「政府を迷走させたから」なんてふうに思っているのかもしれないが、違う。この問題の根本がどこにあるかは、次の項目を読めばわかる。
  → 新国立競技場の問題点と代案 (2013年10月28日)
 ここで、問題はすでに指摘されている。こうだ。
 建設費は 1300億円だ、と初めは報道された。しかし、のちにこの金額は 3000億円に訂正された。

 ここで問題を整理しよう。
 まず問題なのは、「虚偽を示した」ということだ。3000億円もかかるものを、1300億円だと詐称した。換言すれば、「1300億円です」と言って売りつけたあとで、「3000億円寄越せ」と言い出すようなものだ。
 これは詐欺である。

 なお、詐欺ではなく、「計算違いだった」ということが理由かもしれない。その場合には、なお悪い。なぜなら、設計者は建設費の見積もりもできないという無能な人間だからである。

 2015年6月29日になって 2520億円という数字が出たので、人々はこのときに問題が発覚したと思っているようだが、違う。問題は 2013年10月にすでに生じていたのだ。「 3000億円」という形で。
 だから、この時点で、新国立競技場をザハ案にすることは中止するべきだった。「 1300億円という条件を満たさないので失格」という形にして、ザハ案を失格にして、次席の案を選ぶべきだった。これが文科省の取るべき道だった。
 ところが実際には、そうしなかった。ザハ案を歪めた奇妙な JSC案(ゼネコン案)を取ったが、これはザハの美しさなどは全くなくて、単にキールアーチがあるだけ、というゲテモノだった。こんなものに 1600億円をかけるというのは狂気の沙汰だ。
 さらに、これが 1600億円でできると見込んだのも甘かった。本当に 1600億円でできるのなら、その額でさっさと契約すれば良かった。(実際には 3000億円ぐらいかかるとしても、すでに契約した額で建設させればよかった。)ところが現実には、詳細な見積もりの提出をダラダラと伸ばして、2015年6月に 2520億円(プラス屋根の費用)という 3000億円ほどの金額を示した。とんでもない愚行だ。
 そもそも、この時点でこの額だとしたら、たとえ契約したとしても、2020年のオリンピックには間に合わなかった可能性が高い。今さらキールアーチなどを建設していたら、それだけで1〜2年は余分にかかるので、とうていオリンピックの開催には間に合いそうにない。
 結局、最初から最後まで、ずっと間違った道を取り続けた。特に、最も罪が重いのが、上記で最初に指摘したことだ。つまり、2013年10月に「 3000億円」という数値が出た時点で、ザハ案を失格にしなかったことだ。ここが核心である。以後の迷走は、この誤った道を取ったことの延長上の結果である。始めに間違った道を取ったから、以後の経路はすべて間違いだらけとなった。しかも、間違いであることが判明して、多くの建築家が警鐘を鳴らしたのに、それを無視して、あくまで「最初に取った道を取り続ける」という方針を取った。そのすべてが間違いだった。
 実際、引き返すことは、いつでも可能だったはずだ。2013年10月以降、「駄目だ」という声はずっと世間で湧いていた。なのに、文科省はその批判を悉く無視して、誤った道を頑なに取り続けた。
 こういう自己修正能力の欠如が、最大の問題だったのである。そのことは、特定の一字点においてなされたのではなく、2013年10月から 2015年7月まで、ずっと続いていた。この間ずっと間違い続けてきたのだ。ずっと間違った選択を取り続けてきたのだ。人々の警告に耳を貸さずに。……それゆえ、罪はきわめて重い。

 比喩的に言えば、これは、「トンデモ政策の維持」である。ちょうど「江戸しぐさ」というのが、間違った概念であることが判明したあとでも、文科省がこれを教科書に掲載した、というのに似ている。
  → トンデモ本大賞2015は『私たちの道徳 小学五・六年生(文部科学省)』に決定!

 まったく間違った概念(トンデモ概念)にこだわって、いくら世間から批判されても、そのトンデモ概念にあくまでこだわり続ける……これが、今回、新国立競技場の問題で起こったことだ。
 それゆえ、こういうふうにトンデモ政策にこだわり続けた責任者には、厳しい処遇が必要なのだ。今後はそういうことが起こらないように、という教訓とするために。



 [ 付記 ]
 ついでに、このトンデモ教科書の採択に関わった責任者も、更迭した方がいいだろう。

 ※ これは、教科書ではなく教材だ、というのが公式の立場だが、実質的には教科書と同様の扱いである。(道徳という科目の性質上、教科書に相当するものは教材と呼ばれる。)
 具体的には、下記の文科省のページで得られる。
  → 私たちの道徳 小学校5・6年

 該当箇所を抜き出すと、これだ。


edosi.gif
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 江戸しぐさがトンデモ概念であることは、下記で説明されている。
  → Wikipedia
  → トンデモな「江戸しぐさ」を検証

 なお、この道徳教科書(教材)を刊行しているのは、育鵬社 である。つまり、「新しい日本の歴史」という右翼の教科書を刊行している会社。
 歴史を歪めて日本を美化しよう、という点では、同じ傾向だと言える。

 ま、日本の首相は安倍首相だし、こうなるのも当然かな。
posted by 管理人 at 22:07| Comment(0) |  東京五輪・豊洲 | 更新情報をチェックする
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