2015年07月20日

◆ 新国立競技場と安藤忠雄

 新国立競技場の問題で、安藤忠雄はどのような責任があるか? ──

 新国立競技場の問題で、すでに次のように結論した。

 (1) 最終決定

 「ザハ案に 2520億円を出す」という最終決定をしたことについては、安倍首相に責任がある。
 …… この件は、別項で述べた。
  → 新国立競技場の核心
 その後、安倍首相が方針を撤回したことで、まさしくその通りだと証明された。(その権能があるから。)
 ただし、最終決定が撤回されたことで、この問題はもはや解決済みとなった。問題がなくなったので、問題の責任者もなくなった。

 (2) 最終選定

 安倍首相がザハ案にOKを出すの時点では、ザハ案を選定した文科省に責任がある。特に、その事務方の最高責任者である事務次官に責任がある。
 ……この件は、別項で述べた。
  → 新国立競技場の尻ぬぐい
 なお、この件は、「事務次官を更迭する」という形で対処すれば、十分だろう。

 (3) 安藤忠雄

 安藤忠雄には、どのような責任があるか? 
 すでに報道されたところでは、安藤忠雄は、「自分には責任が無い」ということを示すために、「審査委員会はデザインを決めるだけで、コストについては関与しない」というふうに釈明した。
 アイデアのコンペだったため図面がきっちりあったわけではないし、徹底したコストの議論にはなっていなかった。私は物価の上昇もあるので基本設計で1700億〜1800億円になるかも、と思っていた。
( →  J-CASTニュース
 質問者「他の審査委員の取材をすると、コストの議論をほとんどしていなかったと認識している人がほとんどだった。コストの議論は十分だったと思うか」
 安藤氏「実際にはアイデアのコンペなんですね。こんな形でいいなあというコンペなもんですから、徹底的なコストの議論にはなっていないと思いますよ。なぜならばそれほど図面がきっちりあるわけじゃないですから。そういうふうに私は思っています」
( → 産経ニュース
五輪招致が決まった13年9月の時点で審査委員会と設計の関わりが終了しており、その後の総工費高騰には「消費税増税と物価上昇に伴う工事費の上昇分は理解できるが、それ以外の大幅なコストアップにつながった項目の詳細、基本設計以降の設計プロセスについて承知していない」と関与を否定した。
( →  Yahoo!ニュース(毎日新聞)
2014年5月に基本設計まで完了しました。この時点で、当初のデザイン競技時の予算1300億円に対し、基本設計に基づく概算工事費は1625億円と発表されました。この額ならばさらに実施設計段階でコストを抑える調整を行っていくことで実現可能と認識しました。
 基本設計により1625億円で実現可能だとの工事費が提出され、事業者による確認がなされた後、消費税増税と物価上昇にともなう工事費の上昇分は理解できますが、それ以外の大幅なコストアップにつながった項目の詳細について、また、基本設計以降の実施設計における設計プロセスについては承知しておりません。
( → 【全文】安藤氏の会見資料

 安藤忠雄は、「デザインだけを考えたから、コストについては承知していない」というふうに述べた。
 しかし、このことが逆に、「彼が真犯人であったこと」を自白していることになる。
 なぜか? なぜなら、そもそもコンペの横暴要綱には、「1300億円」という条件が記されていたからだ。
 総工事費は、約1,300億円程度を見込んでいる。
( → 審査委員会設置要綱・募集要項・質疑応答‐1 21頁(131頁)4. 1 工事費概算

 1300億円というふうに募集要項(応募条件)に記してあった。コストははっきりと明示されていたのだ。なのに、その条件を満たさない案を選定してしまった。これでは、「応募条件を満たさないゆえに失格」となるはずの案を選定したことになる。審査委が仕事をしていないことになる。
 つまり、安藤忠雄は、「自分は審査委としての仕事をしていませんでした」と告白しているのも同然なのだ。「応募条件を満たす作品を選定する」というのが仕事だったのに、「応募条件を満たさない作品を選定する」というふうにしたからだ。
 だいたい、デザインだけで決めて、コストの計算をしないのだとしたら、建築家が審査委に入っている意味がない。ただのデザインの良し悪しなら、デザイナーが決めればいいだけだ。あるいは、一般の市民が決めればいいだけだ。あるいは、ネットで人気投票をして決めればいいだけだ。
 しかし、そうはなしなかった。その理由は、「建築家ならばきちんと審査して、まともな建築だけを選ぶだろう」と期待されたからだ。なのに、安藤忠雄は、その期待(というか任務)を裏切ったのだ。なすべき任務を果たさなかったのだ。

 そもそも、「ザハの提案する建築は、やたらと難工事で、コストがすごくかかることが多い」ということは、建築家ならば誰でも知っていた。
 また、直前のロンドン五輪では、水泳センターが予定の三倍の価格になった、という実例が知られていた。
 予算的に複雑な設計のため3倍のコスト、工事の遅れなど問題も多く3度ほどの設計変更もさせられているようです。ザハに頼むということは、コスト高の建物になることは分かっていたこと。時間も掛かることは分かっていたこと。
( → ブログ記事 2012-08-03

 また、新国立競技場としてザハ案に決定したあと、このデザインを見た素人ですら、「これはとても 1300億円ではできない」「2016年案の 1000億円に 300億円を上乗せするだけではできない」というふうに認識した。素人ですら、それだけの判定が付くのだ。なのに、建築家でありながら、これを「 1300億円でできる」と認定するなんて、ひどすぎる。
 いや、そもそも、審査委員会の議論の場で、「コスト的に無理そうだ」という声が出ていた。
 技術的には可能だろうが、コストがかかることが懸念される。
( → 審査経過

 こういう問題が議論に上がっていたのに、ろくにコストの見積もりもしないで、きわめて高コストになると見込まれたものが選択された。
 これはもう、「無能」というのを越えて、「意図的なサボタージュ」というのに等しい。比喩的に言えば、「爆弾があるぞ」と警告されたのをあえて無視して、爆弾のありそうなところに出て、爆弾の被害にあってしまった、というようなものだ。事前警告を無視した責任はきわめて大きい。また、チェックしなかった責任も大きい。(たぶん委員長があえて意見を封殺したものと思える。そうでなければ、チェックが入るのが常識だからだ。)

 ──

 以上のことからして、この問題の根源的な責任は安藤忠雄にある、と結論できる。
 思えば、安倍首相は予算超過に責任があるだけだった。事務次官は、下部から上がってきた案を後押ししただけだった。いずれも建築については無知同然だったがゆえに、専門家の意見を尊重しただけだった。
 しかし、安藤忠雄は違う。専門家でありながら、あえて専門分野の能力を発揮しなかった。デザイン以外に建築家としての知識と能力を駆使するべきだったのに、あえて建築家としての能力を封殺し、コストを調べようともしないで、デザインの良し悪しだけで決めようとした。
 これはまあ、安藤忠雄が、建築家としての良心を売り渡し、デザインな好みだけで決めるという悪魔のささやきに従ってしまったことになる。
 その責任はきわめて重いと言えるだろう。(……東横線渋谷駅と同様だ、とも言えるが。)



 【 関連項目 】
 
  → 東横線・渋谷駅は欠陥駅
 
 ( ※ もともと建築家としては無能で、デザインの能力しかなかった、と言ってしまえば、身も蓋もないが。)
 ( ※ 猫に鈴を付けなかった世間が悪い、とも言えるが。)
posted by 管理人 at 17:53| Comment(1) |  東京五輪・豊洲 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本来、機能性に優れた作品は見た目も美しいんですよ。機能美に溢れる作品を技術者は追求するのですが、何故か建築業界だけは意匠設計というデザイン屋が幅を利かせる業界なんです。
Posted by hibari_sun at 2015年07月23日 08:36
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