新国立競技場が話題になっている。あちこちで話題になっているし、朝日では特集が組まれた。
→ (耕論)どうする新国立競技場
ここで舛添都知事が優れた発言をしている。
国家的な大問題が起きたら霞が関の力を結集しないと解決しない。だから今、文科省だけに任せられない。5月18日の下村文科相との会談も、私が幾度も催促して実現しました。私が文科相との会談を報道陣に公開しなかったら、この惨状が明らかになるのが遅れ、さらに時間を浪費したと思う。
五輪の主会場の建築費は、過去の都市の例でも1千億円を超えていない。本来なら、そこに収めるべきでしょう。
今の計画で進むなら、仮に2500億円ではJSCが出している完成予想図のような立派なものはできない。でも、ザハ・ハディド案のまま強行して、4千億円とかをかけるなら、反対ですね。
私は陸上でインターハイに出た。アスリートの立場として言えば、凝ったデザインはいらない。芝生の生育には日当たりが大切。自分が責任者なら、アスリート・ファースト(選手本位)が最優先です。
とにかく、すべてをオープンに議論すべき。納税者への責任ですよ。密室の政策決定では国民は納得しません。
インターハイに出たというのは驚きだが、ともあれ、大筋は正しい。芝生の生育にも注目していることからして、ずいぶんと問題をよく理解できているようだ。感心した。
とりわけ重要な点は、最後の「すべてをオープンに議論すべき」という点だ。
ここで振り返ると、肝心の安藤忠雄が何も発言していないことが奇妙だ。騒動が起こってから、何ら説明責任を果たしていない。口をふさぎっぱなしだ。(ネット上で検索しても発言は見つからない。)
→ 安藤忠雄 新国立競技場 - Google 検索
このような沈黙は奇妙なことだ。これほど大がかりに話題になっていることならば、当事者中の当事者である安藤忠雄が何らかの説明をする責任があるからだ。
舛添都知事はこの点を指摘していないが、私がここで指摘しておこう。その上で、次のように提案したい。
「国が東京都に巨額の出費を要請するのであれば、安藤忠雄を都議会に参考人招致して、問題点について説明させる。特に、次の二点だ。
・ 現在の建設案は当初案とはまったく異なる簡易版であること。
・ 1300億円と言っておきながら 3000億円以上もかかること」
この二点について、安藤忠雄に説明責任を果たしてもらおう。というのは、この二点は、ほとんど詐欺と言ってもいいからだ。
比喩的に言えば、「メルセデスの ベンツ S を 1300万円で販売する」というので購入を決めたら、実際には、品物がベンツ S でなくて ベンツ C であり、しかも価格が何と 3000万円である。……これではまったくの詐欺だろう。
なお、安藤忠雄は、指摘されるのが怖くて、参考人招致を拒否するかもしれない。その場合は、そのことを理由として、案をボツにすればいい。それだけのことだ。

拡大画像
ともあれ、当初案ならば、まだデザイン的に美しいので、建設する価値はあるが、簡易版の方は、見映えも悪く、建設する価値はない。
こんなゴミみたいなものに大金を費やすなんて、愚の骨頂。「最初の方針を逸脱したくない」という面子だけにとらわれていて、物事の良し悪しを判断できなくなっている。いわば、「ベンツ」という名目にこだわって、ベンツ C をつかまされて、ベンツ S の数台分の金を払うというようなものだ。アホの極み。
朝日の記事では、森・元首相が、こう述べている。
やはり国立は、スポーツを大事にする日本という国を象徴する建物である必要がある。3、4千億円かかっても立派なものを造る。それだけのプライドが日本にあっていいと思う。
そう思うのであれば、当初案を建設すればいい。5000億円をかけてもいいし、また、オリンピックには間に合わず、2023年ぐらいの完成を目途にして、それを建設すればいい。(これもまた愚行だが。)
しかし、今の修正案のような簡易版は駄目だ。これで「日本という国を象徴する」だと? 「デザイン的にはクソであるイミテーション・デザインしかできない」ということを、世界に示すのか? それでは恥さらしだろう。
どれほど巨額の金をかけようが、ゴミはゴミなのである。ゴミを建設するために巨額の金をかける阿呆になって、どうする。
今回の騒動では、巨額の金が話題になっているが、「そもそも当初の美しいデザインの案はもはや存在しない」ということから話を始めないとね。当初案の美しいデザインを思い浮かべながら、ゴミみたいな修正案のデザインで建設するなんて、妄想狂としか思えない。(美女と結婚すると妄想しながら、ブスと結婚するようなものだ。)
[ 付記1 ]
次の報道もある。
→ 新国立競技場 「責任の所在不明確が問題」
責任者である文科相が「責任の所在不明確だ」というのは、自分の責任を棚に上げているようだが、実は、安藤忠雄が責任逃れをしている、という点も大きい。
直接の責任者は安藤忠雄だが、一方、安藤忠雄を任命して、その報告を強引に実行しようとしている点では、文科省という役所全体にも責任がある。そのトップが文科相なんだから、文科相もきちんと責任を取って、「建設中止」に踏み込んでほしいものだ。
[ 付記2 ]
ところが現実には、このカッコ悪い簡易版を建設する、という方針が取られている。
→ 新国立競技場、賛否のアーチ形屋根予定通り建設へ
のみならず、文科省はいやがる東京都から、強引に金を徴収しようとして、立法措置を取るつもりらしい。
下村文部科学相は9日の記者会見で、2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場建設費の一部費用負担を東京都に求めている問題で、「(負担する)根拠法を作りたい」と述べ、新法を含めた法整備を検討する考えを示した。
( → 読売新聞 2015-06-09 )
呆れた。強奪するのだから、強盗並みだね。合法的犯罪。ひどいものだ。
政府は、集団的自衛権なんかで「自衛」という言葉を使うが、実際には自分が強盗をやるわけだ。呆れるしかない。
[ 付記3 ]
以前、「契約は解除」というスポーツ報知の報道があったが、これはガセネタであったことになる。
→ 前出項目
ま、あのときも「スポーツ報知しか報道していない特ダネなので、信憑性はあまり高くない」と注記しておいたが、やはり、ガセネタであったようだ。
となると、方針撤回のためには、ますます舛添都知事に活躍してもらわないとならないな。勝ち目があるかどうかはわからないが、世論を見方につければ、「正義は勝つ」となるかもね。政府を相手に戦うなんて、カッコいい。
→ http://ameblo.jp/shintomasuzoe/entry-12037163810.html
お見事。この人、頭いいね。ま、もともとそうだとわかっていたが。知事になってから、開花した感じだ。(国会議員よりも、知事に向いている。)
本人が支持したかどうかはあまり関係がなくて、「1300億円ではとうてい済まないから、応募資格がない」という点を、建築家としてきちんと指摘しなかったのが難点。
あのデザインが本当に 1300億円でできるのであれば、特に問題ない。できもしないものをできるというふうに示して、「できない」という真実を示さなかったのが、委員会で唯一の建築家であった安藤忠雄の責任。
つまり、デザインや設計の問題ではなく、金銭の問題。そこで沈黙したことの責任。
ついでに暑い時期なので、全競技を夜中にして世界初のナイターオリンピック。欧米での視聴率も上がります。
我々も仕事を終えてからの観戦なので、楽しめると思います(明け方になるとしんどいですが)。
建築コンペティションの政治学──新国立競技場コンペをめぐる歴史的文脈の素描
http://10plus1.jp/monthly/2013/12/issue03.php
新国立競技場、「ザハ」なぜ選ばれた 審査激論の中身
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK1602H_W4A610C1000000/
新国立競技場の建設コンペをめぐる議論について
http://www.huffingtonpost.jp/takashi-moriyama/new-national-stadium_b_4800829.html
これが公募?あきれてしまう新国立競技場デザイン応募資格まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2134291475565192401
新国立競技場デザインコンペが八百長出来レースであった/証拠写真集
http://loveriver.net/stadium/compe/
等々
要は出来レースであったのでしょう。ちょっと見重視の押し出しデザイン、コスト概算もないイケイケドンドンの欠陥コンペ? 安藤氏はお飾り? 本当の委員長は誰だったのですかね! 政界・官界に巣くう ぬえ カオナシ あるいは シンチャン ?
でも責任は責任ですよね。ダンマリは恥辱だと思うのですが。ぬえ とか カオナシ の妖力で口が塞がれてしまっているのでしょうか。口を開けば血を浴びる人が周囲にわんさかいて決断できず、委員長など引き受けるのではなかったと後悔しているかも!
ところが、今回、槇さんらが絶対的に正しい主張をしたにもかかわらず、建築家の多くがそっちに乗ってしまったので、「みんな、どうしたのかな?」的な発言をして、安藤さんを擁護したので、めちゃくちゃ叩かれていた。w
小林さんの主張は、難波さんが安藤さんから聞いた話と同じなので(ただし、強くザハを推していたのは、都倉俊一さんではなく、文科省の天下りらしい)、少なくとも安藤さんはそのように語っているんでしょうね。
問題は、それにコストがかかりすぎて、1300億円という条件を満たさなくなる、という点を指摘しなかったこと。単なる好き嫌いだけの選考課程になってしまったこと。コスト無視。……ここが問題でしょう。で、今になって、コスト論議が起こっている。選考会が無視した部分で。
新国立競技場問題、混乱の背景に石原・猪瀬のオリンピック利権あり! 現代ビジネス・ニュースの深層
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43693
という記事をみたが、当時は、金は俺に任せておけ、青天井で考えてよいからとにかくアピール性の高いものを選べとかなんとか指示がでて、たまたま都合の良いザハ案の応募があり、利権サイドが周到に多数決工作を進めたのではなかろうか? 有識者会議の委員に建築専門家は安藤氏しかいないし、与党のお友達のような人ばかりだから工作は楽なものだったろう。安藤氏がコストについて懸念を示したかどうかは分からないが、たとえ警告したとしてもでも、当時の状況では殆ど無視されるというか逆説得されるのがおちだったのではなかろうか。まあ有識者会議なんて権力者の意向を太鼓持ちするのが落ちだからねぇ。でも時が経ち、予想外の知事交代が起こり寸詰まり状態となった!
実質安藤氏の藪の外でことが運んだのに委員長というだけで安藤氏一人が悪者になったような状態となっているが、そうじゃないだろう。安藤氏は本来芸術家であり事業主ではない。人がよいので知らないうちに出来レースの多数決に引っ張られただけ? 「世界の安藤」をこんな目に会わせている連中は誰だ! 広告塔に引っ張り出しておいて状況が悪くなると、カオナシになってしまうひどい連中。森氏あたりが前面に出てきちんと説明すべし!だと思うが?
諸外国におけるメインスタジアムの総工費はロンドンオリンピックが約800億円、北京オリンピックが約500億円とのことで今度の3000億は建築基準を考慮してもかかり過ぎなのでは? といっても安倍政権が海外にばらまいた数十兆円に比べれば小さいものだが。でもそんな巨大なもの作ってオリンピック終わったらどうするのかね。 潤うのは政治家、官僚、ゼネコンだけではないか。とてもじゃないがどう考えても償却しきれないものにそんな税金の使い方してもらいたくないよね。でも完成までは一番金のなる木なんだろうね。
まあデザインに関しては並行線なので、それはそれでよいが(都倉さんのことは私のイメージなので違っていたら申し訳ない)、ともかく早くゼロベースから透明公平な形で、国民的合意を形成すべきという舛添さんに賛成。もうひとつ、重厚長大はもうたくさん、神宮外苑の風景を台無しにしないで欲しい。環境、多様性、コンパクトというコンセプトを徹底的に煮詰めて大会後のことも含めて全体最適化する方が今流に世界から賞賛されるのではあるまいか!
それは人柄しだい。
まともな人ならば自分の意見を強く出すのは控えるが、強引な人だと委員全体の鼻面を引き回して、自分の好みの方向に誘導して、すべてを思いのままに決めようとする。
たとえば、新JISという文字コードの規格案もそうで、略字大好きの委員長が、パソコンの漢字を基本的に略字で統一しようとしていた。今使っている漢字を使用禁止にして、新たに略字体を作り出して、その略字体で漢字の字体を統一する、という野望。
委員たちも委員長の方針に引っ張られて、その方向で決まりかけた。
そこへ異を立てたのが、私と、ほら貝(加藤弘一氏)。この二人の奮闘で、委員会の方針をひっくり返して、「略字体でなく正字体への統一」というふうにした。それで決まったのが 2004JIS という規格。今使っている規格。
略字から正字に変更されたのは、次の 168字。
→ http://openblog.meblog.biz/image/guide03.htm
しかし、どうして建築家ひとりだけというハイリスクな有識者会議の委員長など受けてしまったか? どうもしっくりこなかったのでもう少し調べてみたが、どうも安藤氏はそう明快な人ではないようだ。
この件も、当初はそれなりにうまくもってゆく野心と自信があったのだろうが、所詮狡猾な政治家・官僚群と組んだのが落とし穴だったように思えた。結果としてミイラ取りがミイラになるというような皮肉な結果に陥ってしまったのだろう。やはり今後、本人が革命的に転換しないと救われないのではなかろうか。
今後はたしてどんな方向にゆくのか。政治家・官僚からすれば、崇高なコンセプトにもとずく、ちょっと見大衆に分かりづらい施設など、どんなに優れていてもくそ食らえなのだろう。それにしてもコスト対策で安藤氏が推したらしい基本設計案は酷すぎだし、安藤氏の本心が全く見えてこない。で、この問題へのコメントはこれで打ち切りたい。お騒がせしました。参考にしたのは下記サイト。安藤氏擁護の強力サイトがあったらご紹介願いたい。
新国立競技場に執着する安藤忠雄の大罪
http://ameblo.jp/mori-arch-econo/entry-11921842694.html
審査員が安藤忠雄氏の選択に追随した
http://zatsugakudaigakutushin.web.fc2.com/140605/0605.html
新国立競技場の建設コンペをめぐる議論について(14)
http://www.huffingtonpost.jp/takashi-moriyama/new-national-stadium_b_5025663.html
「新国立競技場」で安藤忠雄が窮地
http://facta.co.jp/article/201401020.html
新国立競技場の迷走を斬る!
http://webronza.asahi.com/science/themes/2914072300004.html
尚、管理人さんの委員長に関する見解、なるほどそうですね。ただ自分の意を強引に通せる委員会ってかなり専門的な分科会的なものが多いんじゃないでしょうか。もっと大きな例えば政府の有識者会議などは黒幕がシナリオを考慮して意を通せるように委員長含め強引に人選したり、また大きな重要会議で委員もそれなりに強力であれば管理人さんの出合ったような方はつるし上げられちゃうと思います。まあ、いろいろですね。安藤氏がどうだったかはわかりませんが・・・
普通の建築家は、大学の建築過程で、構造計算を学ぶので、「こういう構造なら建築可能で、コストはこのくらい」ということがわかる。安藤さんはその間、ボクシングをしていただけで、建築の構造なんかまったく考えない。だから、ザハみたいなのを選んでしまう。この二人は似たり寄ったりだな。
安藤さんは「光の教会」で有名だけど、あれはデザイン的には優れていても、建築構造としては滅茶苦茶だ。建築家の良心があれば、あんな建築を認めるはずがない。コンクリートの打ちっ放しも、実用性がひどすぎて、住民に大迷惑。
独りよがりの欠陥建築ばかりを建てていたら、いつのまにか有名人になってしまった。ほとんどトンデモふう有名人。
彼にはデザイン能力はあっても建築家としての能力は皆無だ、と人々が理解するべき。なのに、彼をまともな建築家だと誤認したのが、すべてのボタンの掛け違えの発端。