2015年05月29日

◆ 高齢者は資産家か?

 高齢者は資産家だ、という見解がある。ではどうして現実の高齢者は貧しい生活をしているのか? ──

 高齢者は資産家だ、という見解がある。前項から再掲しよう。
 高齢者世帯の1世帯あたり資産額は2,400万円ほどあるわけです。40歳未満だと保有資産は平均600万円もないのにね。
 金融資産が高齢者に偏在して、若者に資産がまわらないので世代間格差があり、貧富の格差が拡大する...
 富をうまく若者に移転し.... 仕組みを考えることが必要だ。
( → Yahooニュース 山本一郎

 ここでは「高齢者の資産は 40歳未満の4倍もある」と述べて、「だからその資産を若者に移転せよ」と述べている。
 これに対して、「2400万円を 24年間で取り崩せば毎年 100万円にしかならない」と前項で指摘した。とはいえ、年間 100万円だとしても、年金と合わせればそこそこの収入になるはずだ。特に苦しい生活ではあるまい。
 ところが、現実には、かなり苦しい生活をしている老人が多い。これはどうしてか? 

 ──

 コメント欄には、次の見解が寄せられた。
 何億何十億を持っている老人と、全然持っていない老人の2極化しているのではないか?

 そうかもしれないが、「2極化」というのはありえそうにない。どう考えても、統計的な分布をするに決まっている。(具体的には、正規分布[中央が多い]とか、べき分布[数値の低いものが多い]とかだ。それ以外ありえそうにない。)
 では、真相は? 

 ──

 統計的な事実を知りたければ、統計に当たればいい。そこで、調べてみた。すると、結果はこうだ。

 (1) 分布

 分布を見ると、次のようになる。( 2011年のデータ)

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統計からみた高齢者の暮らし[政府統計局]

 平均値は 2300万円程度だが、これは、高額資産をもっている人が数値を押し上げているからだ。中央値は 1500万円である。さらに、これより低い資産の人がとても多くて、最頻値は 200万円以下だ。
 つまり、小数の大資産家がいる一方で、国民の大多数は資産がろくにない、というありさまだ。ここでは、平均値だけを見て、「平均値が高いから高齢者は資産家だ」というような認識は成立しないことになる。

 (2) 支出

 貧しいかどうかは、実際の支出を見るといい。家計収支は、次のようになる。

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統計からみた高齢者の暮らし[政府統計局]
 月平均で約18万4千円となっており、そのうち約9割は公的年金などの社会保障給付が占めています。また、実収入から税金や社会保険料などの非消費支出を控除した可処分所得の消費支出に対する不足分は、約4万7千円となっており、不足分は金融資産の取崩しなどで賄われています。

 消費支出は、月 20万円ちょっと。年収 250万円レベルだ、と言える。その収入の大部分は年金で、足りない分を、資産を崩すことで得ている。
 とても金持ち生活とは言えない。

 (3) 不動産資産

 ここで、金融資産のほかに、不動産資産を見よう。
 2004年の文書にある 1999年のデータだが、次のデータがある。

高齢者夫婦世帯における収入階層別にみた住宅・宅地資産別世帯分布
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 1番多い 300〜400万円 (年収)では、不動産資産の多少がいろいろとばらけて分布しているとわかる。少ない人も、中間の人も、多い人もいる。一方、年収が多くなると、所有する不動産の資産も高額となる。ま、当り前ですね。ここまではどうっていうことはない。

 一方、山本一郎が典拠としたページ(総務省統計局)に行くと、面白いことがわかる。

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──
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世帯属性別にみた貯蓄・負債の状況(PDF)

 これは、PDF から抜き出した図だ。これからわかるように、高齢者は負債がなくて、中年では負債が多い。
 では、これは何を意味するか? もちろん、こうだ。
 「高齢者は住宅ローンをすでに完済している。だから負債があまりない。その一方で、貯蓄はかなりある」
 「若者や中年は、住宅ローンをかかえている。だから負債がいっぱいある」


 ここまでは、当然だろう。ただし、ここから、重要なことが結論される。
 「若者や中年は、住宅ローンの返済中である。だから、負債は多いし、貯蓄は少ない。しかしそれは、若者や中年が貧しいということを意味しない。何を意味するかと言えば、金融資産を不動産資産に変換している、ということだ」

 
 金融資産を不動産資産に変換すること。これは「住宅ローンを返済する」ということに等しい。逆に言えば、住宅ローンを返済しているということは、金融資産を不動産資産に変換することなのだ。ここでは、金融資産が少ないとしても、「資産が少ない」ということを意味しない。単に金融資産を不動産資産に変換しているだけだ。その間も資産はどんどん増加しているのだ。
 そして最終的には、住宅ローンの返済を終えて、同時に、かなりの金融資産を貯め込む。このとき、彼は高齢者となる。だから、高齢者になったときには、住宅ローンの支払いを終えて、かつ、金融資産もかなり貯め込んでいることになる。下図のように。

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高齢者の家計(2004年)(総務省統計局)


 ──

 ともあれ、以上から、真相がわかる。
 「若者は資産が少なく、高齢者は資産が多い。だから高齢者は裕福なのだ」
 という見解があった。しかし実際には、高齢者は年収 250万円程度でしかない。とても裕福だとは言えない。ではどうして、こういう食い違いが生じたのか?
 それは、資産というものを見るとき、金融資産だけを見たからだ。金融資産だけを見ると、若者や中年年は、金融資産が少ないと見える。しかし実際には、資産はどんどん増えているのである。「住宅ローンの返済」という形で、不動産資産を増やすことによって。
 住宅ローンの返済中ならば、金融資産が少ないのは当り前だ。金融資産を貯め込むくらいならば、住宅ローンの返済に回した方が有利だからだ。ゆえに、現役世代では、金融資産を増やすかわりに、住宅ローンの返済を通じて、不動産資産を増やす。ここでは、金融資産が少ないことは、「貧しいこと」「資産が少ないこと」を意味しない。むしろ、「不動産資産をどんどん増やしていること」を意味する。
 そして、最終的には、住宅ローンを返済して、かつ、金融資産と不動産資産をともにたっぷりと貯め込む。このとき、現役世代は高齢者となる。この時点では、高齢者はたっぷりと資産を保有していることになる。
 では、「高齢者はたっぷりと資産を保有している」ということは、高齢者がことさら恵まれていることを意味するか? いや、違う。「人は現役人生を通じて資産を形成する」ということを意味するだけだ。この場合、若いときには資産が少なくて、現役生活の最後の時点で資産が最大値となる。それだけのことだ。

 モデル的に示そう。人が 20歳から 60歳まで、毎年 100万円を貯金すれば、40年間で 4000万円を貯め込む。
 20歳のときには貯金はゼロだが、30歳では 1000万円、40歳では 2000万円、50歳では 3000万円、60歳では 4000万円となる。そういうふうに少しずつ資産を貯め込んでいく。
 ではこれは、高齢者が有利で、若者が不利だ、ということを意味するか? 違う。「貯金は少しずつ増えていく」ということを意味するだけだ。子供でもわかる当たり前のことだ。
 貯金というものは、あるとき突然、数千万円の貯金ができるのではない。毎月少しずつ貯金をすることで、最終的には、引退間際に多額の貯金ができる。それだけのことだ。
 なのに、これを見て、「高齢者は貯金がいっぱいあるから、高齢者は恵まれている!」なんて思うのは、馬鹿げている。それは「貯金とは何か」を理解できないだけのことだ。 
 そして、この馬鹿げた無知に基づいて、「老人の金を若者に寄越せ」と主張するなんて、リア王の強欲娘と同様の さもしさだろう。

 ついでだが、多額の貯金があっても、それは豊かさを意味しない。2400万円の貯金は、「 24年間で毎年 100万円」を意味するだけだ。だからこそ、たいていの高齢者は貧しい。(前項で述べたとおり。)

 ──

 それでも、「高齢者には不動産資産があるじゃないか」という意見もあるだろう。
 しかし、不動産資産は、「住むためのよすが」であるに過ぎず、現金化はされない。たいていの場合、不動産資産は、子供に遺贈されるので、高齢者自身はその不動産を消費することをしない。高齢者が多額の不動産資産をもっているとしても、それは「高齢者が豊かな生活をしていること」を意味しないのだ。

 若者世代が高齢者の富を羨んで、「おれにも寄越せ」と思うのであれば、貧しい生活をしている高齢者から奪うよりは、高齢者から無償で多額の不動産を遺贈された人々(高齢者の子供)から奪う方がいい。つまり、相続税を高くすることだ。……これのみが、道理が通る。
 高齢者に多額の資産があることを見て、「世代間格差の是正」なんてことを叫んで、貧しい生活をする高齢者の羽をむしるようにして虐待するよりは、その高齢者の不動産資産を遺贈された子供世代から「相続税」の形で奪うべきなのだ。奪う対象を間違えてはいけない。

 現実には、自民党は「相続税の減税」をどんどん推進しようとしている。「生前贈与の大幅減税」という形で。
  → 2015年度の税制改正、住宅に関わる贈与税・住宅ローン控除…を解説
 ここでは、金持ち老人がその子供や孫に現金を贈与するときに、多額の減税をしている。2500万円の控除だというから、仮に相続税が 50%ならば、 1250万円も減税することになる。それほど多額の金をプレゼントするのだ。
 ここでは、「相続税を上げる」こととは正反対に「相続税を下げる」ということをしている。実質的には、大金持ちの高齢者の家系に限って、多額の税金をプレゼントするわけだ。狂気の沙汰だとも言える。
( ※ ジャイアンが腕力で強引に他人の富を奪う感じだ。)

 山本一郎のような人が、真に社会的公正を考えるのならば、年収 250万円の高齢者から金をむしり取るよりは、子供や孫に 2500万円もプレゼントする(そして 税金を 1250万円もかすめ取る)ような家系から金をむしり取るべきなのだ。貧しい弱者から奪うのではなく、豊かな強者から奪うべきなのだ。
 ただ、そうしないのが、山本一郎や池田信夫のような右派だ。彼らは、貧しい老人を虐待して、豊かな金持ちを優遇することばかりを考えている。なぜか? 「金持ちを優遇すれば、みんなが金持ちになろうと努力するので、みんなが豊かになる」という妄想を信じているからだ。
 「努力すれば夢は必ず叶う」
 という妄想。

 心に優しさが欠けている人々は、弱者へ思いやりが本質的に欠けているのである。だからこそ、常に弱者の富を奪おうとする。リア王の強欲娘にも似て。



 【 追記 】
 年収 250万円という数字を見て、文句を言う若者もいるだろう。
 「おれだって年収 250万円だぞ! しかも、働いて、さんざん残業して、それで年収 250万円だぞ! 遊んで年収 250万円の老人は、恵まれすぎだ!」
 しかしそれは勘違い。年収 250万円は、個人所得ではなく、世帯所得だ。つまり、夫婦の総額。一人あたりなら 125万円となる。
 現実には、二人世帯でなく独身世帯もあるから、きっちり半額にはならないが、それにしたって、平均寿命を考えれば、多くの高齢者が二人世帯だと思える。
 若者なら、年収 250万円と年収 200万円が結婚すれば、年収 450万円。やはり老人世帯よりは、圧倒的にぜいたくな生活ができているはずだ。
posted by 管理人 at 20:08 | Comment(7) | 一般(雑学)3 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
統計データの抽出ありがとうございました。
正規分布でふたこぶを出すためには二つの母集団は大きく乖離する必要があります。表計算ソフトで平均値と標準偏差を決めた正規分布シミュレートを行うと実感できます。

さて、管理者さんが指摘する強欲意見の持ち主ですが、彼らは自分の親から巻き上げようと、まだまだ脛をかじり尽くすぞと宣言しているのでしょう。また、親達も裕福なのでしょう。
身近な親が負の遺産を残すようであれば、相続放棄後に自らが親の生計を支援するしかなく、そのような発想は生じ無いでしょう。彼らの主張はどこぞの大陸や半島と同じですね。
Posted by 京都の人 at 2015年05月29日 21:35
よーし
ちょっと共産党本部いってくる
Posted by 先生 at 2015年05月29日 21:43
>統計データの抽出ありがとうございました

 めんどい仕事ですよね  ごくろうさんです


でも  権力 国家 とはいつもそういうもんでしょ

不正に 正しくないやり方に どう立ち向かうか 

多くの人は 気づかないふりですよね  楽ですし


 個人 の対応  私は 無納付 無交付の選択をしました

 おかげで 貧乏です  現金収入は100切れます

 旨いもの  なに?  お腹が減ってれば 塩結びが一番うまい

 
貧乏自慢 シダしたらつきませんが 貧しさの中に 真 善 美 ありますぜよ   管理人さん 

 
 何せ 全世界と個人は等価  信じてるんで あんな奴らに 騙されてたまるかい
Posted by k at 2015年05月29日 23:19
このエントリーからは、若者も老人も貧乏であります。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150525-00046027/
山本氏が高齢者が云々と述べたのはここへの反論のようです。
気になったのは団塊世代からバブル世代の存在です。山本氏のような考えが広まると、この多数派が高齢者層になったら、老後資産没収令を出しそうです。自助自立という大義名分を掲げるでしょう。
介護保険などもそういうものの一端かもしれません。
大阪の私学助成金騒動で橋下前知事も自助自立でした。
高齢者が稼げのであれば、定年退職制度もおかしな話になります。
などを考えると社会保障を小さくしようとする奴等は根本がアナーキストではないかと思う次第です。
Posted by 京都の人 at 2015年05月30日 05:06
最後の一行が心を打ちました.
Posted by SM at 2015年05月30日 07:15
健康保険や年金の収入に対する比率が、老人が現役世代だった頃と今の現役世代では雲泥の差でしょう。
給料もらっていれば、増え続ける年金と健康保険料にうんざりするはずです。
現役の時に少ない負担で人生を謳歌した挙句、少ない子供に多額の負担を押し付けているから今の老人は優遇されていると言われるのです。

とはいっても過度に負担せよとか、毟り取れとは言いません。
窓口負担3割、年金のマクロスライドを普通にやる。無駄な延命治療はしない。これだけで十分です。
もちろん、自分が老人になった時にも同じ待遇で文句は言いません。
Posted by sou at 2015年06月01日 09:17
> 現役の時に少ない負担で人生を謳歌した挙句、

 冗談でしょ。高齢者の方がずっと苦しんできました。戦後のガレキの山から日本を再建してきたんです。それまでは「三畳一間の小さな下宿」(赤提灯)みたいに貧困に甘んじていました。また、年金がなかったので、親の生活も見ていました。
 それに比べると、親の生活費を負担しない今の現役世代は、すごく楽をしています。生活レベルからして、すごく高い。老人たちが建設してきた社会基盤にただ乗りしている。
 そのありがたみがわからないのなら、日本の老人世代が建設したもののない、アフリカで暮らせばいい。過去の遺産をもたないことがどれほど苦しいか、身にしみてわかるはず。
 それと同時に、老人世代への感謝が湧くはずです。

> 少ない子供に多額の負担を押し付けている

 押しつけていませんよ。年金の費用のほとんどは、自分が払っています。公金の支出は一部だけです。
 → https://www.nissay.co.jp/enjoy/keizai/52.html

 あと、子供が少ないのは、現役世代の責任です。老人世代の責任じゃない。祖父母が孫を産むことはできない。

> 年金のマクロスライドを普通にやる。無駄な延命治療はしない。

 それは政府の政策の問題であって、「老人を優遇するな」というのとは別の問題。老人じゃなくて、政府に文句を言うべき。

> 窓口負担3割、

 これは私もやった方がいいと思う。現状では無駄な老人医療が多すぎる。(当面は1割から2割に引き上げる。)
 高額医療は、また別の問題。(ここでは書ききれない。)
Posted by 管理人 at 2015年06月01日 12:20
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