2015年05月16日

◆ 人工授精の是非

 配偶者間の人工授精は特に問題ないが、非配偶者間の人工授精は問題がある。この問題をどうするべきか? ──

 非配偶者間の人工授精で生まれた人が、「出自を知る権利を認めよ」と主張している。朝日で大々的に特集記事にしてる。インタビューの形。
 「遺伝上の父がだれだかわからないのです。受け止められませんでした。身の置きどころがないような浮遊感に襲われました。『だまされてきた』と思ったし、気づかなかった自分もバカだと思いました」
 「精子でも卵子でも、第三者からの提供を受けての不妊治療なら、子どもに知らせる覚悟をもってやってほしい。能動的に選択したのだから、子どもの思いにまで責任を持つべきです。隠すことはその責任を放棄することです」
 「僕自身、事実を知った直後はだまされていたという思いが強く、父を『お父さん』と呼びにくくなりました。でも8カ月ぐらいして、思い切って父に聞きました。『血がつながっていないこと知っていた?』と。父は『あー、知ってたよ』と答えました。僕はこれで気が楽になった。血のつながりがないと知っていながら育ててくれたんだとわかり、『これでいいか』と思えました」
 「日本でも出自を知る権利を明文化して、子どもが希望するなら、自分の遺伝上の親を知ることができるようにすべきです」
 「出自を知りたいという願いは人としての根源的なものだと、僕は体験に基づいて語ることができます。そうした願いや様々な思いを持つ生身の『人間』を誕生させるのが生殖補助医療だということを、親も社会も改めて認識すべき時期が来ていると思います」
( → 朝日新聞 2015-05-16加藤英明

 この人の言う「出自を知る権利」というのは、もっともだと思う。「権利」というほどではないが、そういう希望があることはわかる。
 一方、精子を与えた精子供給者は、「出自を知らせない権利」を前提としている。あとになって突然、子供が名乗り出てきたりしたら、精神的負担がすごく大きい。だから「自分が父親であることを誰にも知らせないこと」を条件として、精子を供給したはずだ。仮に、あとになって知られるとしたら、精子を供給しなかったはずだ。
 とすれば、結論は、次のいずれかでしかない。
  ・ 非配偶者間の人工授精を一切やめる。
  ・ 「出自を知られてもいい」という男性に限って実施する。


 この二つのうち、後者が良さそうに思える。しかしこれには重大な難点がある。
 「出自を知られてもいい」という男性というのは、よほど無責任な人だけだ。社会的な地位のある人ではあるまい。具体的には、山谷の労働者みたいな人だ。「知られたってへっちゃらさ」というような低知能な人だけが精子の供給に応じるようになる。一方、慶應大学の医学部の学生みたいな人々だと、「あとで名乗り出られたら困る」と思うので、人工授精に協力することはなくなるだろう。結果的に、現状のように「優秀な精子ばかり」ということはなくなり、「愚劣な精子ばかり」というふうになる。とてもお薦めできない。
 となると、残るは、もう一つの方だ。つまり、「非配偶者間の人工授精を一切やめる」ということだ。似た趣旨のことは、本人も述べている。
 「配偶者間でも、死後の卵子や精子を使う治療やクローン技術のように体細胞を用いた技術は許可されるべきではないでしょう。それによって生まれた子どもが、自分の出自を受け入れることが可能だとは思えません」
 「治療に同意していない子どもに『遺伝上の親がわからない』という精神的、社会的負担を肩代わりさせているので、慎重であるべきです」
( → 同じ記事 )

 出自を知らせないくらいならば人工授精などはしない方がいい、という結論に近い。本人ははっきりとは思っていないのだろうが、そういう結論にならざるを得ない。
 つまり、本人は意識していなくとも、彼の主張は「出自を知ることができないくらいなら、自分は生まれてこなかった方が良かった、自分は生まれるべきではなかった」ということなのだ。(人工授精による誕生そのものを否定しているからだ。)

 ここで、記事の最後を見よう。この人の経歴はどうか? 「横浜市立大医学部卒の内科医」である。知性のレベルは高いレベルだし、高収入だし、おまけにイケメンだ。たぶん奥さんも才色兼備だろう。幸福な人生を食っているに違いない。あらゆる男性が羨むレベルにある。それほど恵まれた条件にありながら、「自分は生まれるべきではなかった」という結論に到達している。
 朝ドラの「マッサン」のエマちゃんならば、養父母との関係は良かった。この場合には、「育ててくれてありがとう」「この世に生まれて良かった」と思っているのだろう。(実際の方はそうではなくて、養子と養父母との関係は良くなかったようだが。)
 常識的に考えれば、これほど好条件に恵まれている人ならば、「この世に生まれて良かった」「精子の供給者が抜群に優れた人で良かった」と思っているはずなのだ。ところが現実には、この人は自分の条件のすばらしさや幸福には目が及ばず、「生まれるべきではなかった」と思うようになっている。

 とはいえ、この人を批判することはできない。この人の苦しみや辛さは、本人にしかわからないので、他人が批判することはできない。
 ただ、これほど好条件に恵まれた人でさえ、「この世に生まれて良かった」(人工授精で生まれて良かった)と思わずに、「この世に生まれるべきではなかった」(= 出自を知る権利がある = 出自を知る権利を否定されたならば誕生自体が否定される)という結論に至るのであれば、その趣旨を尊重するしかない。つまり、非配偶者間の人工授精を一切やめるべきだ。

 私はこれまで、「非配偶者間の人工授精は、好ましくはないが、本人が幸福になれるのであれば(かろうじて)許容してもいい」と思っていた。特に、その配偶者がともに合意しているのであれば、(かろうじて)許容してもいいと思っていた。
 しかし、今回の話を聞くと、「ものすごく好条件に恵まれた人でさえ、自分の誕生を喜ぶことができない」ということがわかった。
 私はこれまで、「ものすごく優秀な精子から生まれるので、ものすごく幸福な人生を送ることができるから、本人には好ましい結果となるだろう」と思っていた。しかしながら現実には、「ものすごく優秀な精子から生まれて、ものすごく幸福な人生を送ることができる」ようになったとしても、ただ一つ、「自分の出自がわからない」ということだけで、自分の存在価値を否定されたと感じるようになってしまうとわかった。
 ならば、非配偶者間の人工授精を一切やめるべきだ、という結論となる。
 
 ついでに言えば、このインタビューを受けた人は、「出自を知る権利」を主張するべきではない。それは「出自を知られない権利」を否定することなのだから、「非配偶者間の人工授精」そのものを否定することになる。だから、この人は、「出自を知る権利」を主張するかわりに、「非配偶者間の人工授精を一切やめよ」と主張するべきなのだ。論理的には、そうなる。

( ※ 話はまだ続くので、以後の[ 付記1 ]〜[ 付記5 ]も、必ずお読みください。)



 [ 付記1 ]
 この人は自分が誕生したことに少しも感謝できないようだ。これほどの好条件に恵まれたのみならず、裕福な家庭に育ったのに、自分の幸福を感じることができない。(批判しているのではなくて、可哀想だと思って同情する。)
 一方、次のような人もいる。
  → 超美人・山下弘子

 すごい美人でありながら、癌になってしまった。美人薄命を地で行く感じ。美人ゆえに素晴らしい未来が待ち受けているはずだったのに、青春前期において人生を奪われてしまった感じ。これこそ不幸の極致、と思える。しかしながら、それでも人生を精一杯生きようとしている。自分の人生を奪われながらも、残された期間で、この世に生まれてきた喜びを精一杯味わおうとしている。「生きることとは何か」を感じさせてくれる、素晴らしい人だ。
 この人は、「生まれたからには、よく生きよ」と教えてくれる。自分が誰から生まれたかということなどを考えようともしない。ただ自分が生きていることの喜びを感じて、育ててくれる親への愛を感じながら生きている。この人の生き方を見ていると、こちらにも勇気を与えられる感じだ。
 これと逆なのが、今回のイケメン氏だ。加藤剛みたいなイケメンで、頭も良くて、金もあり、奥さんも素晴らしそうで、幸福の条件をすべて備えている。なのに、自分の存在価値のすべてを否定されたように感じている。
 これほど馬鹿げた結果はない、とすら言える。ならば、非配偶者間の人工授精は、一切やめるべきだろう。かわりに、養子制度を利用すればいい。児童福祉施設には、親のない子供がたくさんいる。そういう子供を養子にすればいいのだ。

 [ 付記2 ]
 人工授精については、前にも論じたことがある。ここでは否定的に論じている。(人間が生命を操作することの倫理的な問題がある。)
  → 精子売買は許されるか?

 よく考えれば、遺伝子を部分的に操作するデザイナーベビーですら倫理的に許されないのに、一つどころか全部を丸ごと交換する人工授精には倫理的に大きな問題があるとわかるだろう。

 [ 付記3 ]
 私としては、暫定的に、次のように結論した。
 本項で示されたように、「出自を知りたい」という人は、1万5000人のうちの 10人であるにすぎない。このくらいであれば、無視してもいいだろう。つまり、現状通り。
 一方、この数が 10人でなく 100人になったら、これはもはや社会問題に近くなってくる。こうなれば、人工授精という制度そのものが破綻しかけていると考える。これ以上の問題が拡大しないように、人工授精については禁止した方がいいだろう。
 つまり、本項の人の意見の賛同者が増えるかどうかは、「出自を知らせること」の是非を通じて、「人工授精の是非」を示すことになる。賛同者が 100人を越えたところで、人工授精については禁止する法律を通すべきだろう。そうすれば、今回の人のように、苦悩する人(生まれた喜びを感じられない人)を増やさずに済む。
 その意味で、この人の運動には、着目したい。また、「人工授精を否定する」という趣旨であれば、この人の運動に賛同してもいいと考える。ただし、将来的には、だが。(現時点では保留とする。)

 [ 付記4 ]
 ただ、あらためて考え直すと、今回の事例はあくまで例外かもしれない。「非配偶者間の人工授精で生まれたのは、1万5千人以上いるのに、出自を知りたいというグループに属しているのは、自分を含めて 10人程度しかいない」ということだ。
 とすれば、ほとんどすべての人は、「何も知らずに幸福に過ごしている」か、「自分が生まれたことに感謝している」か、いずれかなのだろう。「自分は生まれるべきではなかった」というふうに感じているのは、この人を含めて 10人ぐらいしかいないのかもしれない。
 だったら、非配偶者間の人工授精は、現状通り続けてもいいのかもしれない。そして、かわりに、超美人・山下弘子の生き方を教えて上げればいいのかもしれない。そうすれば、彼らは、「自分がいかに恵まれた人生を送ってきたか」を知って、幸福を噛みしめるとともに、このような人生をもたらしてくれた親や医師にすごく感謝するようになるだろう。……もしかしたら、それが最大のケアなのかもしれない。
 非配偶者間の人工授精については、生まれた子に対して、出自を知らせるよりも、事後的なケアをするのが大切なのかもしれない。
 これが本当のベストなのかもね。

 [ 付記5 ]
 この人に一つ、アドバイスしておこう。「出自を知らない苦しみ」がどれほどのものであるかは私にはわからないが、その苦しみを完全に解消する方法がある。それは……自殺することだ。
 どんな苦しみであれ、それが生きることを否定するほど苦しいのであれば、人は自殺することができる。実際、その道を選んだカナダの少女もいる。(ググればわかる。悲惨。閲覧注意。)
 この人も、「出自を知らない苦しみ」が死ぬほどの苦しみであれば、自殺という道を選んでいいのだ。だから、そのことをアドバイスしておこう。

 ただし、である。
 実際には、自殺する気にはなるまい。「とんでもない」とすら思うだろう。「出自を知らない苦しみ」なんて、私が想像しても、たいしたことではない。世の中には「死にたくなるほどの苦しみ」はたくさんある。無能で醜男に生まれて、女性と口を利くこともできず、生きがいを知らないまま苦しんでいる男性はいっぱいいる。そういう人々の苦しみに比べれば、「出自を知らない苦しみ」なんて、あまりにも小さすぎる。
 実際、「実の両親を知らない養子」なんて、たくさんいる。小さな子供心でそれを知っても、それを克服する子供はたくさんいる。朝ドラの「マッサン」のエマちゃんもそうだ。片親だけでなく両親が実の親でない。しかも、いじめられていた。にもかかわらず、養子という事実を克服した。小学三年生という幼さなのに。
 ここまで見ると、物事の本質がわかる。幼い子供ですら克服できる苦しみを、今回の人はなぜ克服できなかったか? それは、これまでに、苦しみというものをほとんど体験したことがなかったからだ。あまりにも恵まれた環境にあって、幸福な人生ばかり送っていた。だから、ほんの小さな苦しみと遭遇して、自分の存在を否定されたと思うほどに動揺する。
 要するに、彼が今苦しんでいるのは、これまでずっと幸福すぎる人生(苦しみのない人生)を送ってきたからなのだ。普通の人ならば、大人になるまでに、たくさんの苦しみを味わってきたはずだ。なのに、この人は、ごく小さな苦しみさえ体験したことがなかった。それほどにも幸福な人生を送ってきたのであり、それほどにも親に愛されてきたのだ。
 この人にとって何よりも不幸なのは、自分がいかに愛されてきたかを理解できないことだ。本当に不幸なことだと思う。
( ※ ただし、それへの解決策はある。それは、出自を知らせることではなく、この人の心のケアをすることだ。)

 [ 付記6 ]
 この人は「出自を知れば心の安定が得られる」と思っている。しかしそれは、勘違いというものだ。一般に、世の中には「知らない方がいい」ということがある。
 たとえば、下記の小説では、出自を知ったヒロインがひどく苦しむ結果になる。「出自を知れば心の安定が得られる」というのは、妄想にすぎないのだ。
 そして、そう理解すれば、「出自を教えなかった」という親は、彼を長年にわたってずっと幸福に育ててきたことになる。「出自を教えなかった」のは、親の愛情ゆえであったのだ。
 彼がそのことに気づけば、彼は心の安定を得るはずだ。彼が心の安定を得るための策は、出自を知ることではなくて、「出自を知らせなかったのは親の愛情ゆえなのだ」という真実を理解することなのだ。
 彼がその真実に気づくのは、いつのことなのだろう。



 【 参考書籍 】
 この問題を扱った小説がある。人工授精とは違う手段を取ったが、血のつながらない親子の経緯はほぼ同様だ。名作なので、是非お読みになることをお薦めする。
  → 氷点(上) (角川文庫)
 
 ヒロインは自分の出自を知ったあとで自殺を試みる。
 このヒロインに比べると、今回の人は本当に恵まれた境遇にある。
posted by 管理人 at 19:33| Comment(1) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
<STRONG>[ 付記6 ]</STRONG> まで加筆しました。
Posted by 管理人 at 2015年05月17日 00:08
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