※ 本項では、真実を説明するのではなく、虚偽を指摘する。 ──
朝日の記事から、結論部を引用しよう。
《 アメリカ最初の人類 移住でアジア系と白人混血? 》
国立科学博物館の篠田謙一博士は、コロンブスの新大陸到達以前から先住民が白人の遺伝子の一部を持っていたとすると、古い人骨の特徴が現代のアメリカ先住民と異なることなどを、うまく説明できると考える。
( → 朝日新聞 2015年5月3日 )
これは、「アメリカ先住民が白人の遺伝子の一部を持っていた」という仮説である。
その理由は、次の二点だ。(同じく朝日の記事から。)
彫りの深い顔に切れ長の目。1996年に米ワシントン州で全身骨格が見つかった約9千年前の「ケネウィックマン」の姿だ。米国立自然史博物館のダグラス・オースリー博士(自然人類学)らが、共通の祖先をもつというアイヌの男性をモデルに復元した。
特に注目されたのは、独特な頭骨だ。白人と間違えられるほど現代のアメリカ先住民とは特徴が異なっていた。頭蓋骨の左右の幅が狭く、あごから後頭部までが長い。額は平らで、顔が前方に突き出ていた。全体的な特徴は、ポリネシア人やアイヌに近いことが判明した。
オースリー博士は「先住民の直接の祖先ではなく、東アジア沿岸部にルーツをもつ別の集団の一員だった」とみる。
一方、1920年代にロシアで見つかったマリタ遺跡(約2万4千年前)の男児の遺伝子に、ヨーロッパ系の特徴があることを初めて確認。アンジック遺跡との比較から、新大陸に移住するアジア系集団の祖先に、ヨーロッパ系(白人)が一部混血していた可能性を指摘した。
要するに、次の二点だ。
・ ケネウィックマンの頭骨が白人に似ている。
・ 2万4千年前のロシアの遺伝子には、ヨーロッパ系の特徴がある。
この二点から、次のように結論する。
2万年前ごろ、ベーリング海付近に移り住んだアジア系にヨーロッパ系が混血して、白人の特徴も持つアジア系集団が誕生。北米で独自の進化を重ね、アメリカ先住民の祖先になった――。こんな推定ができる
しかしこれは、論理の飛躍というものだ。その難点を以下で指摘しよう。
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(1) ケネウィックマンの頭骨が白人に似ている
ケネウィックマンは、9千年前の人類であり、比較的新しい。これは、ルーツを探るには適していない。白人と似ていようが似ていまいが、どっちみち何の関係もない。
記事には、「先住民の直接の祖先ではなく、東アジア沿岸部にルーツをもつ別の集団の一員だった」というふうに結論ふうに記しているが、これが正しい。要するに、(2万年前に北米に来た)アメリカ先住民とは何の関係もない。遺伝子的にもかなり隔たった別の集団(ポリネシア人やアイヌなど)であろう。
とすれば、「頭骨が白人に似ている」というのは、「頭骨がポリネシア人やアイヌに似ている」と表現すれば事足りる。白人を持ち出す必要はないのだ。
さらに言えば、頭骨の形は、1例だけでは何とも言えない。平らな顔をしている人が多い日本人だって、細長い顔をした人はときどきいる。たった一つの頭骨の形だけでルーツを決めるのは、あまりにも根拠薄弱だ。
(2) 2万4千年前のロシアの遺伝子には、ヨーロッパ系の特徴がある
2万4千年前と言うと、どのくらいの時期か?
前に別項で、次のように述べた。
「人類はメソポタミアで分岐した。そこから、欧州系コーカソイド、北方系モンゴロイド、南方系モンゴロイドが分岐した」
ここでは時期を記していなかったが、時期については以前もいくらか言及したことがある。
まずは、次の引用がある。( Wikipedia から)
約20万年前に東アフリカの大地溝帯で誕生した現生人類は、約7万年前の最終氷期の始まりにより気候が乾燥化し、草原および狩りの獲物が減少したために移住を余儀なくされ、海水準が降下したためにバブ・エル・マンデブ海峡の幅が11kmほどに縮まった時に、海峡を通じてアラビア半島南部へ渡ったとする仮説がある。
当時もアラビア半島内陸部には砂漠が広がり、人類の生存に適していなかった一方で、海水準の低下によりアラビア半島南部沿岸は今よりも陸地が広く、インド洋のモンスーンを水源とする、淡水の湧くオアシスが点在し、それを頼りに海岸沿いに移動したとされる。現在のイエメンからオマーンにかけての陸地に、約7万年前から約1万2000年前までの間、人類が住んでいた痕跡がある。
( → バブ・エル・マンデブ海峡 - Wikipedia )
このような話を受けて、次のように推定した。(古い項目なので内容は古いが。)
エジプト周辺のコーカソイドは、北方系の古モンゴロイドが出アフリカをしたのにいくらか遅れて、スエズ地峡経由で西アジアに進出した。時期はおよそ6万年前。(二度目の出アフリカ)
コーカソイドは、さらに北西に進んで、ネアンデルタール人を押し出すような形で、欧州全域に広がっていった。4.3万年前にはイギリスまで到達した。
コーカソイドには、第一陣と第二陣があった。第一陣は、先駆者としての少数派で、これは印欧語以前の言語を用いる人々だ。今日ではバスク語に痕跡を残す( → 参考記事 )。第二陣は、主要部として大量に到来したもので、これは印欧語を用いる人々だ。今日の欧州人のほとんどを占める。
( → 人類の移動 (まとめ) )
ミトコンドリアDNAから推定された現生人類の範囲拡張。
1600世代前から。 薄い灰色はネアンデルタール人領域。
( → Wikipedia (英語版) )
上記の「西アジア」というのは、「メソポタミア」と読み替える必要があるが、時期はそのままでいい。人類がメソポタミアに達したのは、6万年前で、その後、欧州系コーカソイド、北方系モンゴロイド、南方系モンゴロイドが分岐したことになる。
初めに戻ると、2万4千年前のロシアの遺跡の人類というのは、人種の分岐が起こってから現在までの、おおよそ半分ぐらいの時期だ。とすれば、その時点では、古い共通祖先の遺伝子をいくらか残していたとしても、不思議ではない。
要するに、2万4千年前のロシアの遺跡の人類は、たしかにモンゴロイドでありながら白人と遺伝子を共有しているのだが、それは、このモンゴロイドが白人と混血したからではなくて、白人との古い共通祖先からまだあまり進化的に離れていないからなのだ。
比喩的に言おう。現生人類とチンパンジーとの遺伝子の共有度よりも、ホモ・エレクトスとチンパンジーとの遺伝子の共有度の方が高い。それは、ホモ・エレクトスがチンパンジーと混血したからではなくて、現生人類よりもホモ・エレクトスの方が進化的に古いから、共通祖先に近いだけなのだ。なのに、遺伝子の共有度が高いということから、「ホモ・エレクトスがチンパンジーと混血した」なんて主張するのは、馬鹿げている。
上記の朝日の記事の結論部には、そういう誤謬がある。
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朝日の記事には、次のような結論ふうの推定もある。
「新大陸の環境に適応する中で、ケネウィックマンのような顔つきから、先住民の特徴に比較的短い期間で変わっていったのではないか」と話している。
( → 朝日新聞 2015年5月3日 )
しかし、こんなことは成立しない。
・ ケネウィックマンは、北米の先住民ではない。
・ ケネウィックマンは、白人とは何の関係もない。
・ マリタ遺跡の人類は、白人と混血したわけではない。
要するに、朝日の記事で出ている仮説は、すべて間違いだらけだ。徹頭徹尾、間違いだらけ。
本項では、何か真実を示したというよりは、朝日の記事が間違いであることを示した。
( ※ 朝日が間違っているというよりは、朝日が報道した仮説が仮説として学術的に否定される、という趣旨。朝日批判ではないので、お間違えなく。)
[ 付記 ]
実は、この誤謬(= 混血説)は、デニソワ人やネアンデルタール人についても適用されている。
人類の一部には、デニソワ人やネアンデルタール人と共通する遺伝子がある。これは事実だ。
ここでは単に、「共通祖先がいたから、共通の遺伝子があるのだ」と説明すれば済む。なのに、「遠く隔たったまったく別の種が、(異種間で)混血して、子孫を残した」なんていう荒唐無稽な混血説を唱えている。
いったんこういう滅茶苦茶な論理に染まると、次から次へと変な混血説にこだわるようになるらしい。呆れたものだが。
【 関連項目 】
デニソワ人やネアンデルタール人と共通する遺伝子については、すでに詳しく述べた。
→ サイト内検索
人類の移動については、上記でも示した項目がある。
→ 人類の移動 2
→ 人類の移動 (まとめ)
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米ワシントン州で1996年に見つかった約9千年前の人骨「ケネウィックマン」のDNAが初めて解読され、アメリカ先住民の直系の祖先である可能性が高いことがわかった。骨格の特徴などからアイヌやポリネシア人に近いとされてきた定説を覆す結果で、アメリカ大陸に移住した初期の人類をめぐる論争に一石を投じそうだ。
欧米の研究チームが英科学誌ネイチャーに発表した。地元博物館から提供を受けた骨の一部のDNA解読に成功。アメリカ先住民に特有の特徴が見つかり、1千人以上の遺伝情報と比べると地元のコルビル族と近かったという。
頭骨の特徴などから先住民の直接の祖先とは認められず、一定の研究が許されていた。
→ http://www.asahi.com/articles/DA3S11861480.html
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Wikipedia にも情報がある。英文リンクが示されている。
→ http://j.mp/1V54IsF