2015年03月04日

◆ 機雷掃海と集団的自衛権

 機雷掃海と集団的自衛権について、論理的な面から考えてみる。 ──

 政府はホルムズ海峡の機雷封鎖を念頭に、機雷掃海のために、集団的自衛権を名分とする方針を示した。
 安倍首相は28日の衆院予算委員会で、紛争に伴いシーレーン(海上交通路)に敷設された機雷の除去について、「個別的自衛権で対処できないのは明白だ」と述べ、憲法解釈を変更して集団的自衛権に基づき対処する必要があるとの政府見解を強調した。
( → NAVER まとめ の読売新聞)

 これに関して、民主党の枝野が質問をした。
 民主党の枝野幸男幹事長は、政府が昨年7月に閣議決定した「新3要件」のもとでも、中東のホルムズ海峡で自衛隊が集団的自衛権を行使して機雷を除去するケースは極めて限定的だと主張。
( → Yahoo毎日新聞

 さらに、テレビの実況画像もある。
  → 枝野氏「海峡封鎖されて石油が止まる事が、武力攻撃を受けた場合と同等なんですか?」

 これに対して、はてなブックマークでは、枝野批判の声が多い。
  → はてなブックマーク

 さて。以上は、最近の事情だ。
 一方、歴史的には、湾岸戦争のときにイラクが機雷をばらまいたあとで、日本の自衛隊が派遣されて、機雷を掃海したことがあった。これは歴史的事実だ。
  → 自衛隊ペルシャ湾派遣 - Wikipedia

 ただしこれは、戦争への参加ではない。つまり、戦争中のことではない。停戦が実施されたあとのことだ。(平和維持活動のようなものかもしれない。)

 このとき、日本の自衛隊はかなり頑張った。歴史的経緯から、日本では機雷の掃海が重視されてきたので、機雷の掃海の能力では(米国をはるかに上回って)世界1位のレベルにある。
  → 世界トップクラスの自衛隊の機雷掃海隊群

 以上のことからしても、機雷掃海ということ自体が悪いとは言えなくなっている。また、良し悪しに関係なく、すでに日本は機雷掃海のために自衛隊を派遣したことがある。そのときには(停戦中ということもあって)ほとんど問題にならなかった。

 ──

 問題は何か? これが集団的自衛権と関係あるか、ということだ。
 集団的自衛権というのは、自分でない他者が攻撃されたときに、その攻撃を止めようとすることだ。しかしこれは、機雷掃海には、あまり当てはまりそうにない。
 なるほど、ホルムズ海峡を通過するのは、世界各国であるから、世界各国の権利を守るために、自衛隊を派遣する、というのであれば、集団的自衛権が該当するかもしれない。
 しかし今回はあくまで「ホルムズ海峡を封鎖されると日本の石油が来なくなるから」というものであって、日本の都合だ。第三者の生命を守るためではない。その意味では、「集団的自衛権の行使」とは言えない。
 また、機雷から生命を守るためだけであれば、そこを通らなければいいだけだ。なのに、機雷を掃海したいというのは、生命を守るためではなくて、(石油という)経済的利益を守るためだ。そして、生命ではなく経済的利益を守るための武力行使というのは、自衛権とは見なされないのだ。
 
 仮に、自国の経済的利益を守るために武力行使をすることが正当化されるのであれば、中国がレアメタルを禁輸したときにも、日本は中国に対して武力行使ができたことになる。しかしこれを「自衛権」と呼ぶことはできない。
 石油というものがどれほど国家にとって重要であろうと、その経済的利益を守るための権利行使は、生命を守るための権利行使である自衛権とは、異なるのだ。
 以上のことからして、機雷掃海を「集団的自衛権」ないし「自衛権」と呼ぶことはできない、とわかる。
( ※ 生命を守るだけなら、通らなければいいだけだ。)

 ──

 では、どう解釈するべきか? 
 機雷の掃海それ自体は、あまり大きな問題とならないだろう。実際、湾岸戦争後の自衛隊ペルシャ湾派遣は、さして問題にならなかった。それどころか、サウジアラビアからは、ぜひ派遣してくれという要請があった。( → 出典
 とすれば、自衛隊の派遣をするにしても、そのための名分が大事だ、ということになる。ここでは、論理や法解釈が重要だ、ということになる。
 安倍首相は? あくまで「集団的自衛権」を持ち出しているが、ここでは、主客転倒になっている。彼はあくまで「集団的自衛権」を持ち出したがっているので、そのために「機雷掃海」をやりたがっているのだ。しかし、「機雷掃海」は、「集団的自衛権」にはなじまないのだ。むしろ、(生命でなく)経済的利益を守るためなのだ。

 ここまで考えると、次の発想が浮かぶ。
 「機雷掃海は、軍事活動(戦争活動)として行なうというよりは、平和維持活動として行なうべきだ」


 この認識であるならば、停戦後の機雷掃海は問題ない。前回の例では、イラクもまた、停戦と同時に機雷掃海に同意していたはずなので、イラクからの攻撃を受ける恐れもなかった。(そもそも掃海は公海上のことであるから、イラクは停戦中には攻撃できない。)
 一方、戦争中には、どうか? 仮にイラクとの戦争中であれば、自衛隊はイラクからの攻撃を受けかねない。下手をすれば、航空攻撃を受けて、自衛隊の艦船が撃沈しかねない。(湾岸戦争のときには、イラクの航空機は飛ばなかった。だが、次にある戦争のときにもそうなるとは限らない。)

 以上のことからして、私としては、次のように結論したい。
 (1) 自衛隊による機雷掃海そのものは、問題がない。
 (2) 特に、停戦後であれば、明らかに問題がない。
 (3) 戦争中であれば、自衛隊の掃海艇が攻撃され、撃沈する恐れがある。また、攻撃を受けて、反撃をするのは自衛権によって認められるが、そうなったら、日本が中東で戦争に参加することになる。これはまずい。(日本の自衛権とは認められない。)
 (4) ゆえに、戦争中は不可、停戦後は可、と結論したい。
 (5) これは平和維持活動の一環としてなされるべきだ。
 (6) 集団的自衛権の行使としては、認められない。その場合には、日本が中東で戦争に参加することになるからだ。(仮に戦争に参加しなければ、自衛艦が撃沈となる。)
 (7) 経済的利益を守るために戦争に参加することは認められない。(それは旧日本軍の方針だ。不可。)
 (8) ふたたびホルムズ海峡が封鎖された場合には、まずは、備蓄で対処するべきだ。その次に、該当国を米国が攻撃するのを見守るべきだ。その後、停戦の発効後に、自衛隊を派遣すればいい。(少し早めに派遣してもいい。)停戦の発行前には、自衛隊は活動するべきではない。つまり、集団的自衛権を行使するべきではない。
  ※ 石油備蓄は、193日分(2014年現在)ある。[出典

 なお、湾岸戦争は、1990年8月2日 〜 1991年2月28日 である。約半年間。機雷封鎖が起こったのは、いつになってかはちょっと調べが付かないが、どっちみち、この時期には、戦争中の海域では、タンカーなどの商船はろくに通らなかった。

 よく考えてみれば、戦争中の海域では、タンカーなどの商船はろくに通らないのだから、機雷の掃海をしようがしまいが、結果はほとんど同じなのである。実際、機雷の掃海をしたのは、停戦後のことであって、戦争中には機雷の掃海をしなかった。
 湾岸戦争においてもイラク軍がクウェート沖合いに機雷を約1,200個敷設し、戦後に日本を含む国際部隊が掃海作業を行っている。
( → Wikipedia
 ペルシャ湾の機雷敷設海域には、1991年2月28日の戦闘停止直後から、米・英・ベルギー・サウジアラビアの4か国海軍の派遣部隊が掃海作業に従事していた。
( → Wikipedia

 なのに、戦争中にのこのこと出掛けて、機雷の掃海をして、そのあげく、敵の航空機や艦船などから攻撃を受ける……というのは、あまりにも馬鹿げている。
 戦争中に機雷の掃海なんかをやる国はない。米国でさえ、戦争中にはやらなかった。なのに、日本だけが張り切っても、馬鹿にされるだけだろう。

 ホルムズ海峡が封鎖される事態になったら、まず必要なのは、戦争の終結だ。そして、戦争の終結後に、機雷の掃海をすればいい。そして、それは、集団的自衛権の行使ではなくて、平和維持活動のようなものなのである。(つまり戦争行為としての集団的自衛権の発露ではない。)
 機雷の掃海を「集団的自衛権」の例として持ち出すのは、安倍首相の論理的ペテンにすぎない。それは、ありえようのない「戦争中の機雷掃海」を持ち出して、国民を欺こうとしているだけだ。ペテン。
 


 [ 付記1 ]
 戦争中における機雷掃海は、現実的にはありえそうにない。また、世界各国が戦争中にはやらないのに、日本だけが単独でやるということは、現実的に考えられない。
 つまり、「集団的自衛権の発露」としての「機雷掃海」という形で、日本が戦争に参加することは、現実的にはありえない。
 現実的にはあり得ないことについて、ああだこうだと議論することは、ただの無駄だ。無駄論議。
 結局は、「集団的自衛権のために利用してやろう」という安倍の狙いに乗って、だまされるだけだ。

 [ 付記2 ]
 集団的自衛権の行使は、戦争に参加するということを意味する。とすれば、敵の攻撃を受けて死者が出ることも、十分に考えられる。
 なのに、「停戦後の機雷掃海」という例ばかりを念頭に置いて、「敵の攻撃を受けないから死者は出ない」と思っているのが、保守派の人々だ。
 「戦争中の状況について、停戦後の状況を適用する」
 「戦争中なのに、敵が攻撃しないと思っている」
 「戦争中なのに、戦死者が出ないと思っている」
 おめでたいとしか言いようがない。こういう人々は、朝ドラの「マッサン」でも見るといい。人々は「千人針があれば弾が当たっても死なないだろう」とか、「まめで くるみ まつ」、なんて思っているが、そう思っているところへ、戦死公報が届く。
 戦争に参加するということは、戦死者が出るということなのだ。なのに、そこを理解しないで、「集団的自衛権でドンパチやろう。世界中のどこの国も戦争中は機雷掃海をしないのなら、日本だけが機雷掃海をしよう」なんて思っている。……彼らには、「備蓄を使う」という発想がないのだ。
 200日分の備蓄があれば、ホルムズ海峡で 75%が止まっても、残りの 25%と合わせて、270日ぐらいはもつ。他の国から買い付ければ、300日ももつ。LNG などの利用も増やせば、360日ぐらいは持つ。それだけの時間があれば、戦争は終わるだろう。あわてて機雷掃海をする必要はないのだ。
 だいたい、こういうときのために、備蓄というものはある。いざというときに使わないのであれば、備蓄をした意義がない。
 要するに、自衛隊派遣をするかわりに、備蓄を取り崩せばいいのだ。備蓄が半分ぐらいに減ったころに、戦争は終わる。

 [ 付記3 ]
 日本が単独で機雷掃海をすれば、敵の攻撃を受けて撃沈となりかねない。これを防ぐためには、どうするか? どうしようもない。
 たぶん保守派の人々は「イージス艦を派遣せよ」なんて主張するだろうが、イージス艦を派遣したら、もはや日本が海外で本格的に戦争をすることになる。おまけに、日本本土が丸腰になる。日本本土を守るイージス艦は、ほんの数隻しかないのに、それを中東に派遣したら、「頭隠して尻隠さず」どころじゃない、大間抜けだ。ゆえに、「イージス艦を派遣せよ」というのは、成立しない。
 
 [ 付記4 ]
 あとで調べたところでは、次の記事があった。
政府は、現地が「事実上の停戦状態」であれば武力行使を伴わない国際協力活動とみなし、機雷掃海ができるとの立場だ。
( → 毎日新聞の転載

 政府は、「事実上の停戦状態」の状況で、機雷掃海をするつもりらしい。しかしそれなら、「集団的自衛権」ではなくて、記事中にもある「国際協力」の形を取ればいい。
 どうも安倍首相は、戦争中であるのかないのか曖昧なヌエ的な状況をことさら選ぶことで、「安全だけれど集団的自衛権を行使したい」という状況を選ぼうとしているようだ。話が本筋からどんどん逸れて、おかしな揚げ足取りふうの枝葉末節ふうの領域にまぎれこんでいく。馬鹿げているね。
 議論そのものが愚劣。法律逃れの脱税を試みているようなものだね。法律ペテン師。
 
 [ 付記5 ]
 とはいえ、上記の記事によれば、安倍首相は「停戦前の機雷掃海」は意図していないらしい。また、「停戦後の機雷掃海」は論点となっていない。あくまで「実質停戦後の機雷掃海」だけを狙っていることになる。
 とすれば、世間が「石油は日本にとって死活的に重要だから、停戦前であっても、日本は独自に機雷掃海をするべきだ!」なんていきり立っているのは、まったくの無駄論議であることになる。安倍首相自身が、それを狙っていないからだ。世間が「自衛艦を派遣せよ」と命じても、首相自身が、「いや、私はそんなつもりで言ったんじゃないんです」と尻込みしそうだからだ。
 世間の保守派は、まったくの無駄論議をしていることになる。無駄、無駄、無駄。
posted by 管理人 at 22:14| Comment(1) |  戦争・軍備 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わかりやすくまとまっていたので、twitter引用させていただきました。
https://twitter.com/hibari_sun
Posted by hibari_sun at 2015年03月18日 17:49
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