まずは記事から。
世界中でテロが相次ぐ中、22日に迫った「東京マラソン2015」(読売新聞社など共催)は、かつてない厳戒下で開催される。
計3万6000人の参加者はペットボトルなどの持ち込みが禁止され、……
持ち込み禁止となるのはペットボトル、水筒に缶、瓶など。今回は金属探知機を4台から50台に増やし、入場ゲートも2か所から6か所にして手荷物検査が行われ、スタートエリアには一切持ち込めない。
持ち込みが許されるのは、未開封の紙パックやゼリー飲料のみ。その量も、1個当たり200ミリ・リットル、総量でも400ミリ・リットル以下と厳しく制限される。
ペットボトルなどは、簡単な改造で液体爆弾となり、過去のテロにも悪用された。水分補給が重要なマラソンで、持ち込みが禁止されるのは極めて異例だ。
スタート後の給水所では紙コップに入った飲み物を主催者らが提供するが、一般ランナーからは「気持ちよく走れない」との不満も寄せられている。
( → 読売新聞 2015-02-19 )
この記事を読んでの感想は、「馬鹿げている」である。論点はいくつかあるので、列挙しよう。
──
(1) 液体爆弾(ペットボトル爆弾)
「ペットボトルなどは、簡単な改造で液体爆弾となり」と書いてあるが、間違いだ。液体爆弾を作るには、液体火薬が必要だが、それは簡単には入手できない。
液体爆弾とは、液体状の火薬を使った爆弾(即席爆発装置)のこと。二種類の液体を混合することにより爆発する。
( → Wikipedia )
こんなもの、簡単に作れるはずがない。素人が入手できるのは、花火の火薬とか、農薬とか、化学製品(硝酸系)とか、その程度だが、いずれも爆発力は弱い。それをペットボトルに入れても、大きな花火ぐらいのことしかできない。むしろ、普通の花火の方が、よほど怖い。というか、ガソリンを使う火炎瓶の方が、ずっと容易だし、怖い。規制するなら、ガソリン販売を規制した方がいいね。
液体爆弾というと、大韓航空機爆破事件がしばしば話題になるが、あれは、コンポジション4という高性能のプラスチック爆弾が併用されている。飛行機を墜落させた本体は、このプラスチック爆弾の方だ。液体爆弾の方は、騒ぎを起こすぐらいの爆発力しかなかっただろう。ま、もしかしたら、もうちょっと何らかの効果もあったかもしれないが、飛行機を墜落させるために液体爆弾を使うというのは不確実すぎるし、まして、「液体爆弾が大韓航空機を墜落させた」というのは誤報だ。大韓航空機を墜落させたはあくまでコンポジション4という高性能のプラスチック爆弾だ。混同しないようにしよう。
今回も、コンポジション4を規制するならまだしも、液体爆弾を規制するなんて、見当違いすぎる。
( ※ それを言うなら、航空機の液体爆弾規制も馬鹿げている。ただ、航空機は気圧の低いところを飛ぶので「万が一」ということもあるかもしれない。一方、地上のマラソンコースで液体爆弾の心配をして、ガソリン系の規制をしないなんて、頭隠して尻隠さず。愚の骨頂。)
(2) ボストンマラソン爆弾テロ事件
ボストンマラソン爆弾テロ事件というのもあった。ここではかなり大きな被害が出たが、ここで使われたのは液体爆弾ではなかった。
2度爆発が発生、その際に3人が死亡、282人が負傷した。
爆発物はいわゆる即席爆発装置で、圧力鍋が使用されており、殺傷能力を高めるためにボールベアリングや釘などの金属片が含まれていた可能性がある
( → Wikipedia )
あらゆる爆弾は、固い金属で覆われている。そのなかで火薬が爆発して、圧力を徐々に高めたあと、限界に達したところで、金属が破裂して、一瞬にして高圧の爆風が広がる。圧力鍋が使われたのも、そういう金属被覆を使うためだ。
一方、金属被覆がなければ、火薬は(比較的)長い時間をかけて、徐々に燃焼する。したがって、一瞬にして高い爆風をもたらすことはなく、(比較的)長い時間をかけて弱い爆風をもたらすだけだ。イメージ的には、線香花火やネズミ花火を思い浮かべるといい。これらはものすごく長い時間をかけて火薬が燃焼するので、被害はゼロである。
だから、今回のマラソンで禁止するべきは、圧力鍋のような金属容器なのだ。一方、ペットボトルなんて、見逃してもいい。ペットボトルの蓄えることのできる圧力は小さいからだ。すぐに破裂してしまう。
ただ、ペットボトル爆弾というものはある。しかしこれは、液体火薬を使うのではなく、ドライアイスを使うのが普通だ。
→ ドライアイス入りペットボトル爆弾の威力
この意味で、ペットボトルで危険な爆弾を作ることはできる。とはいえ、それは「テロによる殺害を狙うもの」というよりは、「ケガ人を出して大騒ぎをするためのもの」であるにすぎない。これで懲役を食らったら、とんでもない愚行となるだろう。(人も殺せないテロ。馬鹿丸出し。)
で、同じようにペットボトルを使う液体爆弾は、同じような爆発力しかないから、どっちにしても効果は同様である。その意味で、ペットボトルを使う液体爆弾は、ペットボトルを使うドライアイス爆弾と同様に、無視していいのである。
(3) 阻止すべきか?
より本質的に言おう。
「マラソン会場におけるテロ」というのは、そもそも、阻止してはならないのだ。むしろ、歓迎するべきことなのだ。
なぜか? 仮にテロリストがいるのであれば、そのテロはなるべくマラソン会場のような場所(広い戸外)でなされるべきだ。なぜなら、それによって被害を少なくすることができるからだ。
ボストンの事件では、戸外で爆発したからこそ、圧力鍋という比較的爆発力の大きな爆発であったのに、死者は3人で済んだ。
一方、これがもっと危険なところでなされていたら、どうか? たとえば……
・ 満員のエレベーターで爆発
・ 地下鉄やバスの車内で爆発
・ 新幹線の線路(車両の下)で爆発
・ 都会を走行するタンクローリーで爆発
・ タンクローリー炎上で高速道路崩落 (検索)
・ 石油タンクやガスタンクのそばで爆発
こういうところを狙われたら、途方もない被害が発生する。
タンクローリー火災(炎上中)
東日本大震災 市原コスモ石油大爆発!
日本にはあちこちに、脆弱性をかかえたところがある。こういうところを狙われたら、致命的だ。(火力発電所の燃料供給路の爆破、なんてのも考えられる。) こういう場所のテロをこそ、防がなくてはならない。
一方、東京マラソンでテロなんて、かえってありがたいくらいだ。(テロそのものがありがたいのではなく、やる場所を間違えてくれたことがありがたい。)
東京マラソンでテロをやるテロリストがいるとしたら、あまりにも愚かなテロリストなのである。彼の勘違いをそのまま放置するのが、被害を最小化することにつながる。
一方、ここで規制を厳格化すれば、テロリストは東京マラソンでのテロをやめるだろう。そしてかわりに「じゃ、違うところでテロをやろう」と思うだろう。「どこにしようかな? とりあえずは、サリン事件を真似て、地下鉄にしようかな?」と思うかもしれない。そうなったら、最悪だ。
「東京マラソンでのテロをやろう」
というふうに、テロリストが思っているのであれば、その思い込み(愚かさ)を、放置するのが賢明なのだ。なのに、その愚かさを禁止するなんて、あまりにも馬鹿げている。
テロそのものを止める方法があるのならば、まだいい。しかし、テロそのものを止める方法がないまま、一つの箇所のテロを阻止すれば、別の箇所でテロが起こるだけだ。それではかえって被害は拡大する。
局所最適化は全体最適化をもたらさない。局所最適化はかえって全体最悪化をもたらす。その例が、今回の東京マラソンのペットボトル規制だ。
( ※ 頭隠して尻隠さず、の最悪の形。尻を隠して頭隠さず、という感じ。尻を叩かれるかわりに頭を叩かれて死んでしまう、という感じだ。愚の骨頂。)
[ 付記1 ]
すぐ上の発想は、ペットボトル爆弾についても当てはまる。ペットボトル爆弾は、爆発力が比較的弱いので、どうせならペットボトル爆弾を使うように誘導する方がいいのだ。「ペットボトル爆弾を禁止されたからガソリン爆弾をつかおう」なんて思うようになったら、それこそ困る。
そもそも、ガソリン爆弾というのは、ナパーム弾のようなものである。ほとんど軍事兵器だ。こんなものを使われたら、たまったもんじゃない。
ベトナム戦争時代のナパーム弾はベンゼン、 ガソリン、ポリスチレンを混ぜて造った。燃焼中ずっと炎が表面を這い、消そうったって消えない、残虐非道な混合液。あんなの民間人が合法的に使える状況など想像もつかない(それ言うなら軍事利用だって同じだ)。
ところが、あのヴィンテージのナパーム弾に近いものは、発泡スチレンをガソリンのバケツに浸してしばらくかき混ぜて残るドロドロを貯めれば、実はできるのだ。火をつけたら最後。たぶん消せない。
( → 絶対作ってはならない日用品兵器 : ギズモ )
こういうウルトラ危険な軍事兵器まがいのものに誘導しないためにも、どちらかと言えばオモチャに近いペットボトル爆弾に留めておいた方がいいのだ。
[ 付記2 ]
実を言うと、「ペットボトルの持ち込み禁止」には、重大な見落としがある。
それは、「参加者に禁止する」という点だ。ボストンの例では、圧力釜爆弾を爆発させたのは、参加者ではなくて、沿道にいた観衆である。したがって、テロの阻止のためであれば、走っているランナーではなくて、観衆の方をこそ規制するべきなのだ。観衆ならば、小さなペットボトルどころか、大きな圧力釜でも何でも持ち込み可能だからだ。
なのに、観衆を放置して、参加者のペットボトルだけを禁止するなんて、まったく無意味だ。尻抜け。
「ペットボトル」という点にばかり目を奪われて、広く全体を見ることができなくなっている。そのせいで、テロ阻止がまったくの無効になっている。

ペットボトル(■)ばかりに着目するせいで、
残りの大部分(白領域)をすっかり見失っている。
警察はなぜこういう馬鹿げたことをやるか?
それは、彼らの目的が「テロの阻止」ではなくて、「警備しやすいところを警備する」ことだけだからだ。こういうことはよくある。(阿呆というのは、たいていがそうだ。)
[ 付記3 ]
当日の沿道。( 吾妻橋 )
家の前に東京マラソンのコースができててびびった pic.twitter.com/mBOwuJXWJx
— よしの (@ysk_623_33) 2015, 2月 22
クリックして写真を拡大できる。
見ればわかるように、多数の観衆がいる。これらのなかにテロリストがいて、爆発物を持っていれば、防ぐことはできない。しかも、観衆のなかで爆発すれば、被害は甚大だ。
一方、路上のランナーがペットボトル爆弾を爆発させたって、被害者は限定的だ。たぶん、自分のほかにあと1人にケガを負わせるぐらいだろう。また、人々に注目されているさなかで爆発させれば、あっという間に逮捕されてしまう。
というわけで、ランナーがペットボトル爆弾を持っているということなど、あり得ないのだ。一方、観衆が爆弾を持っているということは、考えられなくもない。テロ対策をするなら、観衆の方だろう。
というか、マラソンに限らず、一年中、大都会を監視しているべきだよね。(馬鹿げているが。)
ひるがえって、マラソンの最中にランナーを警戒するなんて、「一番ありえそうにないところを警戒する」ようなものだ。愚の骨頂。
なお警備員は、ランナーの方を向いているが、テロ対策ならば、ランナーでなく観衆の方を向いているべきだ。テロリストは観衆のなかにいるのだから。(もし、いるとすれば。)
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