2015年02月12日

◆ 同性婚よりも養子制度

 同性婚はどうも実現しにくいので、代案として、養子制度(を拡張したもの)を提案する。 ──

 性的少数者にも同等の権利を与えるものとして、「同性婚」という制度が提案されているが、保守的な人々から反対が強い。
 そこで、次のような方式ができた。法的な制度というよりは、単に証明書だけを発行する、というもの。
 東京都渋谷区は12日、区内に住む20歳以上の同性カップルを「結婚に相当する関係」と認め、パートナーであることを確認する証明書を発行する条例案を3月区議会に提出すると発表した。証明書に法的効力はないが、区によると、自治体が同性をパートナーとして証明する制度は全国で初めてという。
 対象は、互いを後見人とする公正証書を区に提出するなどした同性のカップル。条例案では、多様な個性の尊重を明記し、「パートナーシップ」証明書の発行手続きなどを定める。
( → 読売新聞 2015-02-12

 これはこれで悪くはないと思うが、十分ではない。相続などの法的効力が生じていないからだ。(多額の財産を遺そうとすれば、他人扱いとなり、巨額の課税が生じる。)

 ──

 ここでより根源的に考えよう。
 保守派の人々が反対するのは、なぜか? イヤガラセをしたいからか? 優しさや思いやりがないからか? いや、そうではあるまい。
 保守派の人々が同性婚に反対するのは、権利を与えることに反対するというよりは、「結婚」という概念をそのまま用いることに反対している、と言えるだろう。つまり、ここでは「同性婚」という名前が悪いわけだ。
 だったら、名前を変えればいいだろう。といっても、実態が結婚制度をそのまま転用したものであれば、「名前だけは別物でも結婚制度を用いているだけだ! まやかしだ!」という反対が生じるだろう。
 
 そこで私のアイデアだ。
 「結婚制度を拡張するのではなく、養子制度を拡張すればいい」

 結婚と同様のものとすると反対が生じるのだから、結婚でなく養子と同様のものにする、というアイデアだ。

 ここで、普通の養子制度と異なるのは、「相互に相手を養子にできる」という点だ。どちらか一方が養親になるのではなく、どちらもが養親になれる。そういう相互的な関係だ。
 この意味で、実質的には、結婚制度とほぼ同等の権利が付与される。それでいて、枠組みとしては、養子制度の拡張だ。

 このアイデアがいいのは、「結婚」という枠組みを使わないことで、「同性愛」をほのめかさないからだ。
 「同性婚」という概念を用いると、どうしても「愛」をともなうので、「同性愛」という概念が付随する。すると、男と男であんなことをするとか、女と女であんなことをするとか、という連想が付随してしまう。すると、「気持ち悪い」「キモイ」という反応が生じてしまう。
 そこで、「養子」という概念を用いることにすれば、もはや同性愛のニュアンスは帯びることがなくなる。つまり、臭いものに蓋をして、見なくてもいいものを見ないで済むようになる。
 これなら、保守派の人々も許容可能だろう。彼らは別に、少数者を虐待したいわけではないし、意地悪をしたいわけでもない。単に「キモイものを見たくない」というだけのことなのだ。だったら、見たくもないものを見ないで済むようにしてあげればいい。それが「養子制度の拡張」というアイデアだ。
 うまいアイデアだね。ね、ね?  (^^)v
 


 [ 付記 ]
 とりあえずは、養子制度を使うといいかもね。同性愛の人々は、年の差が大きいことが多いので、一方が他方の養親になるとよさそうだ。
 だけど、こういうのが普及すると、普通の養子関係までもが「同性愛だな」と見なされかねない。
 そこで、普通の養子とは区別して、別の枠組みにするといいだろう。

 念頭に置いているのは、「親子関係の拡張」ではなくて、「兄弟」「姉妹」関係の拡張である。
 つまり、「養兄弟」「養姉妹」というようなものだ。これならば、相互性があってもおかしくない。
 また、これならば、養子と混同されることがない。



 [ 余談 ]
 ついでだが、兄と妹の近親婚は、法的には違法だが、現実にはけっこうたくさんあるらしい。違法なままの事実婚。「身近に実例を複数知っている」と証言している人もいる。(かなり田舎の出来事らしいが。)



 近親婚を扱った小説で、なかなかの名作。(直木賞受賞。)





 純文学みたいに深刻な話で、人間性の深みを扱っている。文章は平易なので、その意味では文学性は高くないが、扱っている内容は、純文学ふうのハイレベルだ。扱っている分野は異端ではあるが、人間性の深みや、魂の震えというものを、深く実感させる。近年の小説では、屈指の作品と言えるだろう。
 読後感はあまり良くないが、「文学の名作を読んだな」という充実感を感じられる。
 
 ただし……
 話自体は、心が押しつぶされそうなほど、重い(過酷な・残酷な)話が続く。ふだんラノベを読み慣れているような人には、とうてい耐えがたい内容だ。重い文学(悲劇など)を読み慣れて、精神力の強い人にのみ、お薦めする。
 


 【 追記 】
 憲法24条には、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」との規定がある。このことから、同性婚を結婚で認めるには改憲が必要だ、という法的解釈がある。
  → http://www.asahi.com/articles/ASH2L5JN2H2LUTFK00G.html

 この点は、かなりやっかいだ。「解釈で合憲だと認める」というのは、憲法違反を容認するようなもので、好ましくない。かといって、現状放置も好ましくない。どちらもよろしくない。
 一方、本項の方法であれば、問題なく解決する。
 そもそも、「結婚」という形式が大切なのではなく、「結婚と同等の法的権利」が大切なだけだ。だから、結婚の枠組みに含める必要はなく、結婚と異なる枠組みで結婚と同等の法的資格を与えれば問題はない。それが本項の立場だ。この立場に従えば、改憲は不要だ。
posted by 管理人 at 22:25| Comment(8) | 一般(雑学)2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
同性婚について管理者は渋谷区の制度について「十分ではない。相続などの法的効力が生じていない」という問題提起なので、相続に限っての議論です。

パートナーにすでに子供がいる場合だってありえないことではない。社会的圧力で結婚し子供をもうけたが、実は同性に惹かれている状況はありえることだ。したがって子供がすでにいる場合を考えてみる。

養子制度にする → 
親となった方が死亡した場合、もしその親にすでに実の子供が二人いれば、その子供とパートナーである養子とで財産を分与するから、パートナーの相続分は1/3となり、パートナーが配偶者相当のとき(1/2)より少なくなる。
もし子供となったほうが死亡した場合、養子に実の子供がいれば、親であるパートナーは相続権がない。
つまり、どちらかにすでに子供がいると相続は配偶者同等とならない。

養子制度で一緒になった後、子供が欲しくて本当の養子をもらったとする。養子制度で親となった方に養子をもらうのか、養子制度で子供となったほうが養子をもらうのかで、一方が死亡したときの相続が異なる。後者の場合、子供になった側が死亡すると、その本当の養子に全財産が分与され、親となっていたパートナーは相続権がない。

「養兄弟」「養姉妹」という制度にする → 
これも相続の場合、死亡した方に子供がいたら、パートナーには一切相続権がない。子供がいない場合、親が生存しているすると、親にも相続権がある。したがって一方の死亡による相続は配偶者と同等ではない。

したがって、同性婚でパートナーを配偶者と認めるという制度にしないと相続については配偶者同等にならない場合がでてくる。

そもそも同性婚を認めろという要求は、配偶者と同等に扱えということだと思う。新たに養子だとか養兄弟などの制度を作ると、相続権の制度にまた別の項目を作らないといけないから複雑になる。
単純に配偶者同等と認めてしまえばいいのだ。
Posted by 養子縁組 at 2015年02月13日 10:03
追加
従って管理者の現行制度を少し変えればという思いつきは、単なる思いつきで、同性婚を望む人の満足を得られないことがあるので意味がない。少しも「うまいアイデア」ではない。
Posted by 養子縁組 at 2015年02月13日 12:42
> 配偶者と同等

配偶者と同等にするべきかどうかは、難しいところです。
家族制度というのは、そもそも社会や生命を維持するのが目的です。それは先祖から子孫へという系譜が続いて、人間社会を維持するために必要なものです。だからこそさまざまな社会的な保護制度がある。
しかしながら同性愛は子供を生まない。この意味では社会に貢献していないし、生命の系譜を続けることにも貢献していない。ゆえに社会的に保護を受ける必要がない。自分一代だけが良ければいいというエゴイスティックな存在であり、次世代を維持することに貢献していない。(子供を産まないし育てないので。)
この意味では、仮に子供がいるのであれば、子供の方が優先されるべきであり、パートナーが優先されないのは仕方がないとも言える。通常の夫婦ならば子供を産んで育てたが、同性愛ではそうではない。過去の夫婦が子供を産んだのであれば、過去の夫婦の相続で優遇されればいいのであって、現在の同性愛同士の相続で優遇される必要はない。ゆえに、

> 実の子供が二人いれば、その子供とパートナーである養子とで財産を分与するから、パートナーの相続分は1/3となり、パートナーが配偶者相当のとき(1/2)より少なくなる。

というのは、それなりに合理的です。この程度の違いは、法の裁量の範囲に収まる。

ま、「配偶者と同等にしてくれ」という要求に、私としては特に反対するつもりはないが、「養子と同等にしてくれ」という見解があったとしても、それを否定するつもりもない。1/3 と 1/2 の差ぐらいは、どっちでもいい。
現状ではゼロなので、それに比べれば、ゼロでなければどっちであってもいい、というのが私の感想です。
それよりは、意見がまとまらないまま、埒が明かずに、ゼロの状態がいつまでも続く方が問題だと思えます。

そもそも、同性婚よりは、夫婦別姓の方が喫緊の課題なんですが、これでさえ自民党の反対で実現できていない。とすれば同性婚は遠い夢の話。夢ばかりを狙っていて何も得られないのでは意味がない。……夢ばかりを狙って会社倒産みたいになったマッサンと同様でしょう。

 ※ 本項の目的は、「同性愛者にとって最も満足度が高いのは何か?」ではなくて、「最も実現性が高いのは何か?」です。話題は満足度ではなく実現性です。お間違えなく。
Posted by 管理人 at 2015年02月13日 13:00
「同性愛は子供を生まない。この意味では社会に貢献していないし、生命の系譜を続けることにも貢献していない。ゆえに社会的に保護を受ける必要がない。」
ものすごい主張ですね。「子供のいない夫婦は社会的保護を受ける必要がない」といっているんですよ?

「相続などの法的効力が生じていない」から「養子制度」を利用しよう、あるいは「養兄弟」制度を作るのがいいアデアだと管理人は主張しているんですよ。
それ対してして、別にいいアイデアでもないと、例をあげて意見を述べたら、「現状ではゼロなので、それに比べれば、ゼロでなければどっちであってもいい」というのが反論ですか?

いいアイデアかどうか知りませんが、同性婚に反対する人が管理者の提案する同性婚のための制度変更を認めると思います??そんな管理者提案の制度はごまかしというのがバレバレで、同性婚を望む人でも反対でしょう。
Posted by 養子縁組 at 2015年02月13日 14:13
> 管理者の提案する同性婚のための制度変更

そんなことはありません。誤読。
「同性婚じゃない」というところがキモなので、「同性婚のため」ということはありません。

社会的保護を与えることだけが目的であって、そのために、同性婚と社会的保護を分離する、というのが本項のキモです。

社会的保護を与えることだけなら、これに反対する人はあまりいないでしょう。実際、今回の区役所の例でも、反対する人はいないのだし。従来の結婚制度に影響しない限り、保守的な人々も反対はしないものです。そこに着目したのが本項のアイデア。

> 同性婚を望む人でも反対でしょう。

現状より改善することに反対するなら、それでOK。「ご要望通り、改善をやめて、現状維持します」と結論して、それで万事解決となります。何もしないで解決するんだから、これこそ簡単。

 ──

 なお、本項の提案では、形式は結婚とは異なるが、内容(=社会的保護の実態 = 権利)は結婚と同じです。(必ず同じとは限らないが、法律しだいでまったく同じ内容にすることも可能です。新法なんだから、いくらでも自由に決めることができる。)
 同性婚と実質的には同じ内容(権利)が得られるのに、同性愛の人が反対するわけがないんですよね。また、保守派の人だって、結婚とは異なる枠組みであれば、反対する理由はない。別に「同性愛の人を社会から抹殺せよ」というふうに(ユダヤ排斥みたいに)弾圧したがっているわけじゃないんだから。
Posted by 管理人 at 2015年02月13日 19:13


>本項の提案では、形式は結婚とは異なるが、内容(=社会的保護の実態 = 権利)は結婚とは同じです。(必ず同じとは限らないが、法律しだいでまったく同じ内容にすることも可能です。新法なんだから、いくらでも自由に決めることができる。)

本文のどこに「内容(=社会的保護の実態 = 権利)は結婚とは同じ」と書いてあるのですか?
管理者は、姑息な手段として養子、養兄弟制度を改変/創設せよといっているんですよ。何もないよりましだろと言っているんですよ。ちがいますか?
私は管理者の提案する制度では社会的保護は結婚と同じにならないといっているんです。あくまでも相続についてね。同じにするためにはあちこち改変しないといけないのでは?それだったら配偶者と同等と定義したら簡単だといっているんです。すぐにはできないだろうというのは管理者と同じ意見だと思います。
私は、管理者が新法だから自由にできるというけど、姑息的な変更だったら同性婚のためなので、保守的な人は反対するだろう、同性婚を希望する人も本来の希望ではないから反対するだろう、と言っているんです。すぐに実現されると思います?

>「同性婚と社会的保護を分離する、というのが本項のキモです。」
は?「生命の系譜を続けることにも貢献していない。ゆえに社会的に保護を受ける必要がない。」
だから異性婚で子供のない場合も社会的に保護を受ける必要がないのですね?いわんや独身者にも社会的保護は与えない。素晴らしい発想ですな。戦前の産めよ増やせよですかね。
子供が欲しくてもできない夫婦がいるのをご存知ですよね。逆撫でしているのをご承知なんでしょうね。
Posted by 養子縁組 at 2015年02月13日 20:54
> 本文のどこに「内容(=社会的保護の実態 = 権利)は結婚とは同じ」と書いてあるのですか?

「実質的には、結婚制度とほぼ同等の権利が付与される。」
 と書いてありますよ。あなた、本文を読んでいないでしょ? あるいは誤読しているでしょ? だから勘違いしている。

> だから異性婚で子供のない場合も社会的に保護を受ける必要がないのですね?

 新規に追加的に措置を取る必要はない、という意味です。ここで話題になっているのは新規の立法措置であり、既存の法律の変更ではありません。
 同性婚の人には特に新規に立法措置を取る「必要」はないと思います。あった方がいいとは思うが、「必要」というほどではない。だからずっと放置されている。
  ※ 本人にとっては必要だとしても、社会全体にとっては必要でない、という意味。
 子供ができない人は? やはり新規に立法措置を取る必要はない。既存の法律を利用すればいいのだから、それで十分。
 なお、「必要がない」というのは「拒否せよ」とか「剥奪せよ」とかいうのとは違います。
 また、異性婚で子供のないのは、「まだない」のか「絶対にあり得ない」のかは区別しがたいので、いちいち区別しないでしょう。

 あと、そちらの解釈は誤読ですよ。私の話は「この意味では」というふうに、話が限定されています。あなたの解釈は話が拡張されすぎている。

 比喩。
 私 「傘は雨のときに使うものだ。この意味で、晴れの日には傘がいらない」
 あなた 「傘がこの世に不要だというのか? 雨が降ったらどうするんだ! 雨の日のことを考えろ! 雨で濡れて困る人のことを考えないなんて、あまりにも人でなしだ!」

 こういう滅茶苦茶議論です。
 そもそも、異性愛は、本件とは話題が別です。全然別の話。
 揚げ足取りみたいな喧嘩論調は慎んで下さい。

 ※ 話の本筋を逸らして喧嘩をしたがる人は、原則、コメント禁止の扱いになります。ご注意下さい。
Posted by 管理人 at 2015年02月13日 21:43
> あくまでも相続についてね。同じにするためにはあちこち改変しないといけないのでは?

 話を相続に限るなら、相続のための法律をちょっと変えるだけで済みます。大問題になることもない。
 ただし、その前に、同性愛者の身分を確定することが必要となります。その制度が、本項。
 本項で同性愛者の関係が確定すれば、あとは、相続の法律をちょっと改正するだけで済む。
 一方、本項の制度がなければ、同性愛者の定義や認定やらで、ものすごい処理が必要となるので、とうてい相続の法律では処理できない。まず、不可能でしょう。
 だからこそ、相続の法律とは別に、本項の制度の実現が有益となります。本項の制度が実現すれば、あとはたいして手間はかかりません。
Posted by 管理人 at 2015年02月14日 00:27
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