2014年12月20日

◆ STAP細胞事件の総括 2

 STAP細胞事件について、まだ謎が残っているように見えるらしい。そこで詳しく解説する。 ──

 STAP細胞事件についは、すでに真相は判明した。前項で述べたとおりだ。

 (A)緑色の蛍光

 緑色の蛍光については、
  (1) 自家蛍光の誤認
  (2) 多能性マーカーの偽陽性
 という二つの概念で説明される。

 (B)キメラマウスの作製

 キメラマウスの作製については、「意図的なミス」という概念で説明される。つまり、「こういう実験結果を得よう」というふうに狙ったあげく、そのような実験結果をミスによってもたらしてしまったのだ。たいていの実験は正常になされたが、たまたま数回の実験ミスがあった。ここで、ミス実験の方を「正常な実験結果」と見なし、正常な実験の方を「ミス実験」と見なした。一種の誤認である。こうして、ミス実験の結果をチャンピオンデータとして得ることで、意図的な形でミスをもたらした。ただし本人は、どちらが真実でどちらがミスであるかを、正しく理解していなかったのである。かくて「錯誤」の形で、真偽の取り違えが起こった。
 なお、ここでは、ミス実験をもたらしたのは「コンタミ」であった。検証実験の方では、「コンタミ」が起こらない形で実験をなしたので、キメラマウスは生じなかった。一方、小保方さん自身の実験では、数%程度の実験ミス(コンタミ)があったと推定される。そして、彼女の根性で、コンタミが起こるまで数限りなく実験を繰り返したので、実験ミスはしばしば生じた。このような形で、偽りの再現性が発生したわけだ。
( ※ 詳細は前項の [ 付記 ] のリンク先を参照。)
    ※ 理研の報告書 2014-12-25 (NHK)では、「これだけ多くのES細胞の混入があると過失ではなく故意である疑いが拭えない」と述べているが、別に、そんなことはないわけだ。混入の回数が多いことは、出来事が意図的であったことを意味しない。「多数の試行 × 数パーセントのミス」という形でも、同様の数の事象は起こるのだ。これが科学的な認識というものだ。理研の報告書は、科学的な認識ができていない。

 ──

 こうして、すべての真相は判明した。というか、私が半年も前に指摘して判明していたことが、事実であると確認されたと言っていいだろう。(少なくとも (A)についてはそうだ。(B)については、特に何も証明されていないが、まず間違いないだろう。)
 
 さて。真相は判明したのだが、人々にとっては、まだ謎が残っているように見えるらしい。どうしてかというと、こういうことだ。
  ・ 検証実験で、STAP細胞の存在は否定された。
  ・ したがって論文は間違いである。
  ・ 間違い論文を意図的に書いたとしたら、不正があったのだ。
  ・ 不正がどういう形で起こったのかは、不明である。
  ・ 不正をきちんと解明するべきだ。
  ・ そのためには、小保方さんが正直に真相を語るべきだ。
  ・ 小保方さんが退職したので、真相を聞き出しにくい。困った。


 馬鹿丸出しとは、このことだ。
 「真相がわからない、困った」と騒いでいるが、これまでは「小保方さんを処分せよ、懲戒免職にせよ、再現実験よりも先に処分せよ」というふうに彼らは主張していた。で、懲戒免職のかわりに自主退職したら、今度は「聞き出しにくくて困る」と文句を言っている。自分の言った結果と同じになったのに、自分の言ったことが実現したら「困った、困った」と言い出す。まったく、馬鹿丸出し。

 あるとき、子供がいて、親に要求しました。
 「おんぶされるのはイヤだ。自分で歩きたい」
 「しょうがないわね。じゃ、自分で歩きなさい」
 「あ、歩くと疲れる。やだ〜。やっぱりおんぶの方がいい。歩くのいやだ〜」

 これと同じだ。自分の要求が実現したとたんに、「イヤだ、イヤだ」と言い出す。まったく、幼児並みの馬鹿さ加減だ。

( ※ ついでだが、自主退職と懲戒免職に、実質的に差はない。短期の有期雇用では、退職金が出るはずもないからだ。形式的には差があるが、実質的には差がないと見ていいだろう。)

 ──

 「不正の解明のために、新たに聞き出すべきだ」
 という見解は、朝日新聞に数多く記述されている。
 理研は検証実験を打ち切った。今後の焦点は論文不正の真相解明に移るが、理研が小保方氏の退職を認めたことで影響が出る恐れもある。
 小保方氏が退職する影響について、理研は「支障はない」とする。ただ、理研をやめた後、協力が得られにくくなる可能性もある。
( → 朝日新聞 2014-12-20
 全容解明に向けて難航も予想される。
 研究不正に詳しい愛知淑徳大の山崎茂明教授は「(実績のない)小保方氏が論文のストーリーを作ったとは考えにくい」と指摘。だれが研究の筋書きを作ったのかや十分に再現性を確かめずに発表してしまった経緯について「著者らが社会に対する説明責任を果たす必要がある」という。
 榎木英介・近畿大医学部講師は「理研は(小保方氏の)辞職で幕引きをはかっているように見える。本来は検証実験の前に研究不正を明らかにし、処分を出すべきだった。小保方氏だけが知り得ることも多く、調査への影響はあるだろう」と話す。
( → 朝日新聞 2014-12-20
 柳田充弘・沖縄科学技術大学院大教授(細胞生物学)は「再現できなかったという結果は残念ではあるが、やってよかったのではないか。うやむやにしていたら理研としても次に進めなかったのだろう。研究不正の全容解明には、小保方さん自身がどんな場であれ正直に語ることが一番だ」と話した。
( → 朝日新聞 2014-12-20
 問題がなぜ、どのように起きてしまったのかという本質が見えてこない。
 疑問は尽きない。小保方氏は、研究を始めた米ハーバード大で何を見て、発見の短所としたのか。実績のある共同研究者はなぜ再現性を調べず論文発表に突き進んだのか。
( → 朝日新聞 2014-12-20 )

 ──

 以上では、次の趣旨で述べられている。
 「不正があった。だが、退職後には、聞き出しにくい。しかし何としても事件解明のために、真相を聞き出すべきだ」

 ここに記されていることは、滅茶苦茶だ。

 (1) 法的に無理

 退職後に「聞き出したい」と思うとしても、それは法的に無理だ。もはや無関係の1市民には、何も要求できない。
 そもそも、金も払わずに時間を拘束するなんて、あまりにもブラック過ぎる要求であり、ここでは理研そのものが違法行為をすることになる。強要すれば、脅迫罪にすら相当するだろう。また、金を払えば、今度は世論から批判されるだろう。
 要するに、退職後の職員から聞き出すことは、法的にまず不可能だ。

 (2) 実施済み

 実は、真相を聞き出すことは、すでに実施されて、完了している。それは、理研の調査委がやったことだ。もはや何時間も聴取をしており、新たに聞き出すことは何もない。
 また、小保方さんが、何かを隠しているわけではない。彼女は実験の経緯についてすでに詳細を述べており、新たに情報提供するべきことなど、何もないはずだ。私としても、すでに語られたことで十分に真相は解明されたと理解している。(本項の冒頭で述べたとおり。)
 もはや真相ははっきりと聞き取られているのだ。こうだ。
 「自分は捏造などは何もしていない。すべての実験は誠実になされた。ただし、実験ミスはあったかもしれない。ただし、自分がどういうミスをしたかは、自分ではわからない」
 これですべては完全に説明が付く。そして、彼女が「自分ではわからない」という点について説明を求めても、何の意味もない。

 (3) 自白の強要

 彼女はすでに真実を証言している。しかし、人々はそれを「虚偽だ」と見なして、「真相を語れ」と要求する。これはまさしく、「冤罪」の構造だ。
 犯人でもない容疑者に、「おまえがやったんだろう。おまえがやったと自白しろ」と無理に強要する。本人がいくら真実を語っても、「おまえは嘘をついている。正直に自分がやったと告白しろ」と強要する。こういう形で、冤罪をなそうとしているのが、朝日の記事のような人々だ。
 小保方さんは捏造をしていない。にもかかわらず、「不正があったのだ。不正をなしたと告白しろ」と強要する。これはつまり、「偽証しろ」ということだ。犯人でもない人に「私は犯人です」と偽証しろと要求しているわけだ。
 つまり、人々は「捏造はなかった」という真実に対して、「捏造があった」という形の捏造を要求していることになる。
 STAP細胞事件は、まさしく捏造の事件だったが、そこでは、捏造の主犯は、小保方さんではなくて、「捏造があった」と主張する人々の方だったのだ。

 (4) 真相:謎の解明

 こうして、真相は判明したことになる。
 人々は「不正の謎が解明されていない」と首を傾げる。しかしそれは、人々のいだいている謎そのものが錯誤であったからだ。
 「不正はあった」という前提のもとで、「その不正はどういうふうに起こったかが謎だ」というふうに思い込んだ。しかし本当は「不正はなかった」のだ。なのに、「不正はあった」という前提を取ったから、ありもしない謎が生じたのだ。
 つまり、その謎は、人々がいだいた妄想ゆえに生じた謎なのである。そして、人々が妄想をなくせば、謎もまたなくなる。「不正があった」という妄想を捨てれば、「その不正がどうして生じたか」という謎もまた失われる。
 人々は虚心坦懐に、事実をあるがままに認めればいいのだ。なのに、ありもしない不正をあると信じたから、藁人形論法と同様に、架空の攻撃対象が生じてしまうのである。
 風車を巨人と錯覚したドンキホーテ(ラ・マンチャの男)と同様だ。架空の対象に向かって突き進む。






 [ 付記1 ]
 今回の騒動を巡る記事では、読売の社説が一番まともだ。引用しよう。
 小保方氏の未熟さゆえの誤りだったのか、意図的な不正だったのか。著名研究者が論文の共著者に名を連ねながら、なぜ見抜けなかったのか。なお疑問は残る。
 STAP論文は、権威ある英科学誌に掲載されたため、世界のメディアが、常識を覆す発見として大きく取り上げた。だが、論文発表の時点では、仮説の域を出ないことに留意せねばならない。自戒を込め、冷静な科学報道を心がけたい。
( → 読売の社説 2014-12-20

 これは妥当である。
 「論文発表の時点では、仮説の域を出ない」
 というのは、その通りだ。STAP細胞の論文は、あくまで仮説として扱われる論文であり、もともと実験ミスのような間違いである可能性はあった。学術論文というものは、すべてが真実であるわけではない。そのうちのいくらかは、間違いの形で、あとで否定される。今回の論文もまたそのうちの一つであったにすぎない。つまり、「実験ミスによって間違った結論を下したゴミ論文」であったにすぎない。
 ところが、文科省の推進する「成果主義」みたいな結果優先の政策のせいで、研究者の側は、地道な研究をするよりも、成果をやたらとアピールすることが要求された。このことが STAP細胞事件をもたらした遠因ないし基盤となった。朝日の社説も、次のように論じている。
 STAP問題の研究者の未熟さを指摘する声は多い。だが、不正が見つかったのは何もこの研究者だけでも、理研だけでもない。東京大の著名な教授など多くの別の不正も近年相次いでいる。個別の人物や研究機関ではなく、研究社会全体の問題として改善を図るべきだ。
  ……
 これは政府や研究機関が短期的な論文ばかりで評価し、研究費や処遇を競わせる手法をとってきた副作用だ。行き過ぎを正すべきではないか。
 多くのメディアも若い女性科学者が主役という物語に飛びついた。だが「わかりやすさ」に媒介されて増幅された報道は、不正発覚とともに逆に大きく振れた。朝日新聞を含むメディアにとっても自戒が必要だ。
( → 朝日新聞・社説 2014-12-20

 今回の騒動をもたらしたのは、小保方さんのなした不正ではなくて、よくある実験ミスの一つを見て大騒ぎした社会全体にあるのだ。最初は「世紀の大発見」と大騒ぎして、最後は「世紀の大捏造」と大騒ぎする。しかしそこでもたらされたのは、大山鳴動ネズミ一匹だった。
 ただし、付随して、二つの傷が生じた。
  ・ 再生医療の研究の後退
  ・ 笹井さんの死
 
 反省するべきは、小保方さんではなくて、マスコミを含む社会なのである。そしてまた、明かすべき謎は、「なぜ不正が生じたか」ではなくて、「なぜ不正があると錯覚したか」なのである。
 人々が明かすべきは、自分自身の愚かさについてのなのだ。

 [ 付記2 ]
 そのへの回答を言うなら、こうだ。
 「人はみな、自分のなした過ちには気づきにくい」

 つまり、小保方さんであれ、笹井さんであれ、社会であれ、人々は誰しも、自分のなした過ちには気づきにくいのだ。
 笹井さんと若山さんが再現実験をしなかったことも謎に思えるかもしれないが、別に、不思議ではない。今回の問題の根源は、「再現実験をしなかったことにある」と初めて指摘したのは、私だ。
 では、根源は何か? これが本項の眼目となる。改めて考えたすえ、根源は次のことだ。
 「実際には成立しない実験だったのに、チームの誰一人として再現実験で確認しなかったこと」
( → STAP細胞事件を評価する[2014年03月26日] )

 この直後に、これをそっくりパクった形で、片瀬久美子さんが同趣旨の記事(パクリ記事)を書いた。
  → 片瀬久美子の発言の検証(STAP) の (6)

 ともあれ、「根源は再現実験をしなかったことによるミスの看過だ」と指摘したのは、私である。
 一方、世間は、「捏造をした、捏造をした」と騒ぐばかりで、再現実験をしなかったこと(ミスを看過したこと)が根源だ、とは理解しなかった。
 なぜか? 世間の人々はそれを「ミスだ」と理解しなかったからだ。「ミスだ」と理解すれば、「再現実験をしなかったからミスが看過された」とわかる。しかし世間は、「捏造だ」と思ったので、「再現実験をしなかったことが根源だ」とはわからなかった。
 ま、捏造をしたのであれば、再現実験をする必要など初めからないのだから(というかそもそも実験そのものが必要ないのだから)、「再現実験がなかった」という問題点に気づかないとしても、やむを得ない。
 ただ、愚かしいのは、いまだにその勘違いに気づかないことだ。再掲しよう。
 研究不正に詳しい愛知淑徳大の山崎茂明教授は「(実績のない)小保方氏が論文のストーリーを作ったとは考えにくい」と指摘。だれが研究の筋書きを作ったのかや十分に再現性を確かめずに発表してしまった経緯について「著者らが社会に対する説明責任を果たす必要がある」という。
 実績のある共同研究者はなぜ再現性を調べず論文発表に突き進んだのか。

 こういうことを書いて、平気でいる。自己矛盾に気づかない。呆れる。
 捏造という形の不正があったのであれば、再現性を調べる必要などは最初からないのだ。ES細胞の捏造であれ、超伝導の捏造であれ、捏造犯が再現実験などしていたはずがない。そこでは捏造があって、実験はなかったのだから、再現実験などは無意味なのだ。
 一方、STAP細胞事件では、再現実験がなされていれば、問題は生じなかったはずだ。ということは、これはあくまで実験ミスであって、捏造ではなかった、ということだ。ミスはあったが不正はなかった、ということだ。
 にもかかわらず、人々は「不正があった」と思い込む。その上で「再現実験をするべきだった」と主張する。頭が論理的に狂っているとしか思えない。「正常な実験ではない」ということだけを理解して、「捏造」と「ミス」との区別ができなくなっている。
 今回の騒動の根源は、人々のこのような論理的な錯乱にある。要するに、社会的な狂気だ。
 このような社会的な狂気が、特定の犠牲者を攻撃して、いけにえの羊となした。
 ひつじ年は来年なのだが、うま年である今年のうちに、いけにえの羊を死なせてしまったのだ。ひどいものだ。
 
 [ 付記3 ]
 「再現性へのチェックが足りないのはけしからん」
 と思うかもしれない。
 とはいえ、小保方さん自身は、自分では何度も実験を再現させているのだから、本人は(方針の)落ち度はない。単に無能であっただけだ。
 周囲の人が再現実験をしなかったのは、問題かもしれない。しかしこれも、「主任研究者である小保方さん」を差し置いて責任があるというほどでもない。笹井さんや若山さんはあくまで副次的な立場だったのだから、道義的には責任があっても、ことさら大非難するほどでもない。(見逃した責任ぐらいはあるだろうが、些細な問題にすぎない。社会でお大騒ぎするような問題じゃない。)
 ここではとにかく、「船頭多くして」という根源があり、その根源から問題が派生したにすぎない。

 一方、もっと問題なことがある。それは、「再現実験はこの分野ではあまり重視されていない」ということだ。たとえば、次の例がある。
  → 東大の高柳広教授の疑惑
 この人の研究は、再現性がないらしいのに、世界的な業績であると見なされて、東大の教授にまでなってしまった。こっちの方がはるかに大問題なのに、人々はまったく ほったらかしだ。
 結局、人々が騒いでいるのは、科学的な真実かどうかじゃなくて、「美人による犯罪的行為(捏造)」というスキャンダルだけなのだ。東大という総本山みたいなところで再現性のない虚偽が真偽とまかり通っていても、知らんぷり。
 人々がどれほどいい加減で、どれほどスキャンダル好きか、よくわかる。物事の真偽を冷静に考えている人は、ほとんどいない。たいていの人は、ただ騒いでいるだけだ。……自分の妄想に従って。(小保方さんよりも、はるかにひどい妄想。)
 


 【 シリーズ項目 】

  → 総括 1
  → 総括 3
  → 総括 4
  → 総括 5
posted by 管理人 at 10:44| Comment(13) |  STAP細胞 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
写真の取り違えなどの意図的行為が不正だあ。というコメントを予想。
Posted by 京都の人 at 2014年12月20日 11:22
世間を騒がせたものに対する成敗意識って
国民性によって異なりますね
Posted by 先生 at 2014年12月20日 11:35
国民性?
確かに国によって振れ幅はあるかもしれませんが、教育水準でくくればある程度似通るでしょう。

今回遠い国は叩きすぎだとの意見が出てたりするが、身近に起これば反応は同じだと思いますよ、私は。

それは死刑制度禁止の国でテロが起こった際、死刑だと騒いでることを見ればわかる。
距離が遠ければ遠いほど理想論に意見が近づく。

だから社外取締役や第三者委員会が大切なのでしょ?
近すぎると間違いに気づけないのですよ、人間ってやつは。
Posted by かーくん at 2014年12月20日 12:42
管理人さんのおっしゃる通りなら、
今、小保方氏には同情を禁じ得ません。
どうして出来ないのか、小保方氏のコメントの「困惑」は文字通りでしょう。
Posted by M.F at 2014年12月20日 12:52
管理人さんの真剣な話題で創作を張る息抜きはお茶目で好きなんですが、
ほどほどにしないと管理人さんが軽薄な人間だと印象付かれてしまいますよ。
Posted by 虫宇日 at 2014年12月20日 14:21
Nature論文でESではない根拠をさんざん書いてるんですけどね。コンタミであるなら、あの部分は意図して捏造したことに他ならない

丹羽氏の報告にあったけど、論文のペーハーが間違っていたという時点でエア実験確定でしょ
Posted by 掲示板常連 at 2014年12月22日 09:42
> エア実験確定でしょ

遠藤さんの調査でも、実験データは「ES細胞を使った」というふうに判定されています。
まったくデタラメなデータを出したのならともかく、「ES細胞を使った」という実験データを架空のものとして出すとしたら、ものすごい構想力が必要です。素人にはとてもできない。笹井さんや Natureの査読者を見事にだました構想力があったことになる。
小保方さんがそんなに優秀なわけがないでしょう。「成功かくにん」ぐらいしか書けない知性の持主なのに。
小保方さんをそれほど優秀な(笹井さんやNature査読者をだませるほど優秀な)研究者と見なすのは、明らかに買いかぶりです。あなたは小保方さんを過大評価しています。小保方さんの能力を、誤認または捏造していますね。

 ※ シェーンならばIQはすごく高かっただろうが、小保方さんはそうではない。このくらいのことは理解しましょう。
Posted by 管理人 at 2014年12月22日 12:31
こんにちは、皆さん。再現性について思うことを書きます。

大隅先生が「STAP狂奏曲のエピローグ」というブログを書かれていて、人による受け止め方の違いに言及される中で

「今よりも研究人口が少なかった世代と、大学院重点化以降の世代では温度差が大きかったように思う。「このような研究不正は稀なことであり、また、不正論文は再現性が無ければ引用されなくなり忘れ去られる」という考え方は、「でも不正論文を出すによってポストや研究費で得をすることになるのはおかしい」と思う世代の研究者には受け入れがたいものがある。」

と書かれています。私なんかはまさに研究人口の少なかった時代の人間です(もうじきリタイヤします)。

私などの世代の「研究評価」というのは、「遅れて評価される」のが当然だったのです。論文と言うのは、「それだけ」で価値があるものではなく、その論文に基づいて次の学術研究や技術開発が起こり、そういった後から起きることがある程度起きてから、「あの論文がエポックメイクだった」と評価されるようなイメージがあります。そういう「遅れて評価される」のが普通の時代には、論文に書かれた内容が再現性を持つことは、まさに「自分が評価される上の必須条件ですから、ことさら「再現性」を煩く言う必要もないという意識があったわけです。

現代においては、論文がその場で評価される面があるわけですね。研究ポストや研究費の形で非常に短期間の評価で反映される。それが、日本人の選んだ「研究の評価方法」であるわけです。それが日本人にもたらすものが、過去の「遅い評価」よりもハッピーなものだと信じているということなのだろうと思います。
Posted by 分析化学者 at 2014年12月22日 16:39
疑問なのは科学雑誌二誌から、その内容について疑問を提され、また管理人さんが指摘している内容は当然耳に入っているだろうに、いまだに往生際の悪い発言ばかりをしているのがなぜなのかさっぱり理解できない。

>予想をはるかに超えた制約の中での作業となり、細かな条件を検討できなかった事

本当に成功したと思ったのですが、それは実験ミスによるものでした。申し訳ありません、といえばもっと早くから事態は沈静化したろう。笹井さんも邪推されず亡くなる事もなかったのでは
Posted by gunts at 2014年12月23日 07:18
> 実験ミスによるものでした。申し訳ありません、といえば

 本人は真実だと思っているのだし、実験ミスだとは思っていないのだから、仕方ない。
 そもそも実験ミスをしたからといって世間にお詫びする必要はない。そんなことをした科学者は史上、一人もいないだろう。科学に実験ミスは付きものだ。いちいちお詫びしていたらキリがない。
 それよりもたかが実験ミスを「捏造だ」と大騒ぎして、人を死なせるほど攻撃した人々こそ犯罪的であり、お詫びするべきだろう。
 本項でもいまだに小保方さんを攻撃しながら、自分ではお詫びの一言も書かない人がいますね。こっちの方がよほど問題ですよ。小保方さんを殺しかねない。
 実験ミスは人を殺さないが、悪意ある非難は人を殺す。

 ──

 あとね。小保方さんはもともと頭が悪いんだから、実験ミスだと認識するだけの知性があるとは思えない。ずっと真実だと思っているはずだ。
 一方、世間では、小保方さんよりもずっと頭のいい人がたくさんいるはずだ。実験の知識もいろいろある人たちがいるはずだ。
 これらの人々は、「捏造ではない」と理解するだけの知性があるはずだ。なのにいまだに「捏造ではない」と認識せず、「実験ミスだ」とも認識できない。

 こっちの頭の方がよほど問題だろう。批判するのなら、こっちだ。馬鹿を「馬鹿だ」と批判しても意味がないが、利口を「馬鹿なことをするな」と批判するのは意味がある。
Posted by 管理人 at 2014年12月23日 07:36
管理人氏の「実験ミスは捏造ではない。」は確かにその通りだと思う。しかし、Obokoさんが謝罪をする必要はないけれど、自分たちの提案した方法ではSTAP細胞を再現できなかったことは素直に認めた方が良いな。記者会見までしてSTAP細胞は簡単にできると喧伝したのだから。Obokoさんも往生際が悪い。この頑迷さがSasai氏をして縊死せしめた理由のひとつなのだろうね。彼の中ではObokoが「実験ミスをしました。」と表明し、「指導が行き届きませんでした。」と言って幕を引きたかったのではないか。そんなSasai氏に対してもObokoさんは「STAP細胞はありま〜す。」と譲らなかったのではないだろうか。Sasai氏の遺言と言われる「STAP細胞を必ず再現してください。」はObokoさんに向けた恨みの言葉のようにも思える。Obokoさんは、人知れず、どこかで、死ぬまで細胞に酸を振りかけ続けるだろう。最早、呪いだ。

>それよりもたかが実験ミスを「捏造だ」と大騒ぎして、人を死なせるほど攻撃した人々こそ犯罪的であり、お詫びするべきだろう。

これには、真っ先に思い浮かぶ人がいる。下記の人だ。

>大隅先生が「STAP狂奏曲のエピローグ」というブログを書かれていて、人による受け止め方の違いに言及される中で、、、、。

このOsumiさん、「STAP狂奏曲」を日本の科学の国際的信頼性の失墜、国税の無駄遣いによる国民への裏切りなどと称し、「大問題化」させるのに一役買った。火をつけておいて、さっさとエピローグとは笑止。教条主義は文化大革命の江青夫人か?さすがに今年の分子生物学会の総会では「研究不正」で騒がないで欲しいと年会長に言われたようだ。

 そもそも、「研究不正」とは何なのか。捏造によって他人の競争的研究予算を詐取したように言われているが、多くの研究者は仮説を実証するために研究提案をする。仮説が間違っていることは往々にしてある。それは不正でも何でもない。

 捏造した画像を根拠に研究提案を行ったのであれば、それを見抜けなかったのは審査員が未熟なのだろう。そんな連中が審査員をやっている位だから、日本の科学力も以て知るべしである。RIKENなどのネームバリューで判断している。寄れば大樹の陰で、Obokoさんのような駄目研究者もいる。審査と事後評価をきちんとやるべきだ。科学界がやるのは、まず、此の所じゃないか。Osumiさんは科学界の一員として自戒すべき立場でしょう。ブログには「サイエンス エンジェル」の記述があるが、それが若手研究者の育成につながるのだろうか?チャラチャラしている感じは割烹着に通ずる。「同類相憎む」なのかな?

 また、このブログ、旅行の記事が多いが、出張費は研究費目から正しく支出されているのだろうか?そうでなければ、それも「研究不正」に直結する。他人事ながら心配である。「人の振り見て我が振り直せ。」とは昔から上手く言ったものだ
Posted by おばこ at 2014年12月23日 12:22
> 記者会見までしてSTAP細胞は簡単にできると喧伝したのだから。

 それは小保方さんがやったことじゃなくて、理研という組織(特に古市・笹井)がやったことです。
 この両名に最大の責任があったという趣旨は、確かにその通りで、本日の項目で書く予定です。下書きは書いてあるのだが、コメント欄で先に書かれてしまったかな。 <TT>(^^);</TT>
Posted by 管理人 at 2014年12月23日 13:01
この問題について追求できる人は、実験ミスが原因とわかる。しかし本人は認めてないから一般的には捏造なのか区別ができない、というか実験ミスが原因なんて思いつかないだろう。
だとしたら捏造不正と疑われて叩かれるのも、人間心理としてしょうがない。
Posted by gunts at 2014年12月24日 09:27
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