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まず、次の質問があった。
将来、iPS細胞などから作成した新しい細胞を少しずつ体に入れて元の古い細胞と入れ替えることによって、記憶をある程度保持したまま体全体を若い状態を保つことが可能になるのではないかと考えています。
脳の神経細胞も入れ替えることになると、記憶や性格なども変わっていくでしょうが、徐々に変わるのであれば、個体の連続性は維持できると思います。
あと50年くらい後には、脳の神経細胞も含めて体の大部分の細胞が置き換え可能になりそうに思います。脳の神経細胞の移植は、認知症や脳梗塞の治療法として、今後さらに研究が進むと考えています。
管理人さんは、どのように予想されますか?
Posted by ishi at 2014年11月14日 08:15
( → 癌と免疫療法 3 )
これについて考え直して、新たな見解が出たので、本項で示す。
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(1) 肉体
肉体については、iPS細胞による代替は可能だろう。できたばかりの時点では、赤ん坊みたいな肉体しかできないだろうが、何十年もかけて成長させれば、20歳ぐらいの若者の肉体にまで成長させることができるかもしれない。
例。40歳のときに iPS細胞でボディを作り始めて、20年後に 20歳の若者のボディを得る。そのとき本人は 60歳になっている。60歳の脳を、20歳の iPS細胞のボディに移植する。(脳移植)
ここでは、「脳移植」という難題があるが、そこを何とかクリアすれば、ボディだけを若いボディにするということは可能になりそうだ。
( ※ 脳の移植が無理なら、首から上の移植となる。この場合は、頭部の移植だ。……気持ち悪いですね。小学生のときに、こういう SF を読んで、気持ち悪さのあまり、強く記憶に刻みつけられた。本のタイトルは忘れた。)
(2) 脳
脳の細胞を部分的に iPS細胞に置き換える……というのが、冒頭の質問だった。これに、どう答えるか?
3点ある。
@ 記憶
脳細胞を移植しても、記憶は維持されない。なぜなら、記憶というものは、先天的なものではなく、後天的なものだからだ。具体的には「(シナプスによる)回路の形成」に相当する。
例示すれば、言葉の習得とか、知識の蓄積とか、そういう「知恵」はすべて失われる(赤ん坊状態になる)ので、あらためて習得し直す必要がある。
「部分的なら大丈夫だろ」
と思うかもしれないが、さにあらず。たとえば、5%のiPS細胞を導入すれば、日本語の単語の5%を忘れてしまうので、その5%を新たに勉強し直す必要がある。
しかも、その5%だけで済むわけじゃない。脳細胞は老化するので、最終的には、100%の置き換えが必要であり、100%の知識再習得が必要だ。もういっぺん、小学校や高校や大学などで勉強し直さないといけない。大変ですね。
A 人格
それでも「死なずに済むなら、それだけの努力をする」と思う人もいるかもしれない。しかし、そうしてできた新たな脳は、その人本来の脳ではない。新たな細胞と新たな学習によって生じた脳だ。ということは、そこにいるのは、あなたではなくて、あなたとは異なる別人なのである。
要するに、あなたという人間は、別人の脳に乗っ取られてしまうわけだ。その別人は、あなたの記憶を部分的に引き継いでいるが、それでも、人間としてはあなたとはまったくの別人なのである。
その別人は、遺伝子的にはクローンと同様だが、そんなことはたいして意義がない。ここでは、あなたが死んで別のクローンが生きている、というのと同然である。「あなたのクローンが生きているから、あなたは死んでください」と言われて、納得する人がいるか? いないでしょう。そんなことを欲する人がいるわけがない。
B 乗っ取られ
ところが、現実には、欲してはいないことを強制的にさせられるにも等しい。(もし iPS細胞の移植を受けたならば、だ。)
たとえば、「これから脳を毎年 10%ずつ、新たなiPS細胞の脳細胞に置き換えよう。10年間で 100%、置き換えよう」とあなたが思ったとする。
その場合、あなたの脳細胞は毎年 10%ずつ、置き換えられる。そのとき、新たしい細胞が 10%ずつ導入されるが、同時に、古い細胞が 10%ずつ排除される。そして、その排除される古い細胞とは、あなた自身の脳細胞だ。
要するに、あなたの脳細胞が毎年 10%ずつ失われて、代わりに、他人の脳細胞が 毎年 10%ずつ導入される。こうして、あなたは古い人間から新しい人間に生まれ変わった……と見えるが、実際には、そうではない。10年間かけて、あなたという存在は失われて、かわりに別人の脳があなたの肉体を乗っ取ったのだ。
では、そのとき、あなたはどうなる? 毎年 10%ずつ消滅して、10年後にはあなたは完全に消滅してしまう。
要するに、これは、自殺と同じである。本来なら存在し続けているはずの自分という人間を、毎年 10%ずつ強制的に消すことで、毎年 10%ずつ自殺するのと同じことになる。
(その分、あなたの脳細胞は失われるからだ。)
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以上からわかるだろう。
「iPS 細胞によって不老不死が実現できる」
というのは、個体レベルで言えば、可能かもしれない。しかし、そこでは、人格が不老不死になるのではない。人格が別の人格に乗っ取られるだけだ。
そして、元の人間にとっては、本来の寿命が来る前に、別の人間に乗っ取られるせいで、本来の寿命よりも早く人格が消えてしまうことになる。
たとえば、50歳のときに 10年かけて脳細胞を新品に交替させたとしたら、60歳のときには本来のあなたは消滅してしまうことになる。本来ならばあなたは90歳ぐらいまで生きることができただろうと思えるのに、あえて脳細胞を新品に交換したせいで、あなたという人間そのものが交換されてしまうことになる。あなた自身は、あなたの脳細胞とともに、ゴミ箱に入れられてしまうわけだ。(一種の自殺。)
ただ、この真実に、たいていの人は気づかない。なぜか? ここで新たに生じた人格が、あなたと遺伝子が同じであるクローンであるからだ。あなたという人格は、あなたのクローンに乗っ取られるのだが、見た目では、あなたとあなたのクローンとは、同一である。だから、他の人は、「あなたが若返った」と思う。
しかしそれは勘違いだ。本当は、あなたは寿命が来る前に消されてしまう。そして、あなたと遺伝子が同じであるクローンが、あなたの記憶を引き継いで、あなたを乗っ取ってしまったのである。
ま、そういう形でクローンが生きればいい、と思う人もいるかもしれない。そう思うのであれば、さっさと自殺するといいだろう。そしてあなたの DNA だけを冷凍保存しておけばいい。そうすれば、いつか、その DNA を使って、あなたのクローンができるだろう。それで満足できるのであれば、さっさと自殺してしまえばいいのだ。
( ※ 記憶を引き継ぎたければ、自叙伝でも書いておいて、クローンに記憶させればいいだろう。)
[ 余談 ]
おっと。大切なことを言い忘れておいた。
実はね。あなたは、昔の人のクローンなんだよ。あなたは元の人間じゃなくて、ただのクローンなんだよ。あなたは試験管から生じた、クローン生物なんだ。……今まで気がつかなかったでしょう? だからここで、本当のことを教えて上げたんだよ。
……というような SF 映画は、いっぱいあります。(検索したら、山のようにたくさん見つかった。)

管理人さんは前にセンサーを数億個・数兆個開発すれば脳科学は飛躍的に発展すると言ってましたが、そのレベルになると電脳ができあがると思います。
そしてバックアップをとっておき、脳の交換後インストールすれば良いと思います。
予想としては200年後ぐらいですかね?
「史上初めて、自己を滅ぼすための新種を誕生させた、アホな生物」として記録されるかも。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21068977
現在10回まであるシリーズなんですが、これを見た限りでは滅ばないんじゃないかと思います。
自分を殺すために子供を作る親はいないでしょう。
命題:それを実際にやったら、人類は絶滅
人類絶滅はありえない。
───────────────────────────
結論:それを実際にやらない
こういったことは人間哲学の問題につながると思います。
人格、乗っ取られあたりを見て、ふと気になったことでいきなりつかぬことを聞きますが、
管理人さんは「脳の活動で精神が作られる」という唯物論者でしょうか?
唯物論であれば、脳細胞の置換で元の自分が失われる考えは当然だと思います。
ちなみに自分は唯物・唯心論どちらでもなく、心身二元論を支持しているので、
新たな脳細胞が少しずつ置き換わる程度では元の自己がなくなることはなく、
その自己が新たな脳細胞にも乗り移る可能性もあると思っています。
まあ脳細胞置き換え技術が実用化したところで様々な深刻な問題が出るでしょう。
あり得ないと思います。記憶とは過去の体験の再現なので、過去に体験しなかったことを記憶することはできません。
たとえば、あなたの初恋の人(Aちゃん)の記憶があるのは、Aちゃんと会って、いろいろな経験をしたからです。その経験もなしに、脳細胞だけがあっても、Aちゃんの記憶は形成されません。したがって、新たな脳は、Aちゃんとの初恋の記憶をすっかり失っています。その他、あなたが人生で行なったすべての記憶を失っています。覚えているのは、脳移植後の出来事の記憶だけです。そのような脳は、あなたの脳ではありません。それは、あなたの人生のすべての記憶をもたない(体験していないがゆえに記憶をもたない)別人の脳です。
そのいずれも 19世紀以前の古臭い哲学なので、すべて捨ててしまった方がいいでしょう。
> 「脳の活動で精神が作られる」という唯物論者でしょうか?
「脳の活動が精神そのものである」と見なすべきです。精神というものが独立的に存在しているわけではありません。
こういうことを理解するには、20世紀哲学に属する現象学を学ぶ必要があるのですが、これを書くとすごく面倒臭くなるので、私は(ブログでは)言及しないことにしています。
即超人類機を創造する為に用意をすませておくのでは?
相互確証破壊の様に。
もっと言えば非核相互確証破壊として『後は電源をONにするだけ』になるまで超人類機を製作しておけば
核兵器全廃も可能な気が……。
どうでしょうか。
とりあえず
◆ 走鳥類は翼を失った?http://openblog.meblog.biz/article/23227901.html
のコメントのお返事下さい。
もっとも脳にダメージを受けた時に記憶・知恵が失われてしまう現状を考えると、二重化機構なんて備わっていないか、ダメージによりマスターとバックアップが同時に失われてしまう貧弱な実装なんでしょうね。
クローン羊のドリーは、生まれたときに既に母体の羊のテロメア長だったため、母体の羊の余命分しか生きられなかった。
仮に、40歳の自分の皮膚細胞からiPS細胞を作り人間として20歳まで成長させたとする。仮に、脳の記憶がシナプス結合
の強弱構造であり、コピーできるとして、60歳の自分の記憶を20歳の体に移すとすれば、どうなるか?
60歳の自分と、20歳の体の自分がいる。60歳の自分は何も変わらない。若返った実感を得るためには、脳の記憶をコピー
し終えた瞬間に60歳の体を廃棄しなければならない。
問題は、20歳まで成長した自分の分身は、それなりの人生経験をして人格を形成し、人間関係を形成している。その時点
で頭脳だけ乗っ取ると、混乱を引き起こす。そもそも倫理的に許されるのか? という大問題がありそうです。
もし、体のテロメアをリセットする方法が発見されれば、それらの問題は起きなくなります。50歳(余命30年)のとき、
テロメアのリセットをすれば、余命80年になり、体の細胞がどんどん更新されるので、1年後からは再び若々しい体になる。
テロメアのリセットの費用が高額であれば、大金持ちのみが200歳等の長寿命になります。コストダウンされると、多く
の人が200歳の寿命になります。人が不老不死のようになると、子供を滅多に生んではいけない(人口爆発を防ぐため)。
そうすると結婚する理由も弱くなり、100歳なのに未婚者が普通になりそう。また、親の愛のような無償の愛は減りそう。
「150年前に大きな津波が来た」等という経験があるので、防災面では賢くなりそうです。逆に経験が邪魔をして技術革新
は減り、既存の文化や技術を洗練化する成熟技術・文化の時代となりそうです。人間が更新されないので、友好関係を築く
能力の高い人は輪が広がり楽しい人生に、友好関係を壊しやすい人は排除されて寂しい人生になりそうです。
たとえば、皮膚の細胞なら、何度も分裂して新陳代謝するので、テロメアの影響があります。古い細胞は死んで垢となり、新しい細胞が生じます。その新しい細胞が若々しければ、若返ったように見えます。
ところが神経細胞は、ずっと昔のまままです。だからこそ、記憶も保たれる。
ちなみに、神経細胞が分裂したら、若さを保てるのではなくて、脳が赤ん坊状態になります。これまで蓄積した知識は垢となって失われ、まっさらの赤ん坊の脳だけが残ります。白痴化するわけですね。
管理人さんの以上の意見に対して
自分の子供を助けるために命を捨てる親もいます。
自分が親になる前はよくわかりませんでしたが、親になってみると、子のために命を含めてすべてを捨てることも有ると思うようになりました。
自分のクローンのために自分の命を捨てる人は多くはなくてもきっといると思います。
恋人だった二人のうちの女の方が死んでしまい、男の所に女のクローンがやってきます。オリジナルの男と女のクローンはしばらく一緒に生活します。その後、オリジナルの男が死んでしまい、男のクローンがやってきます。女のクローンと男のクローンがはじめて出会うところでこの話は終わります。
元の恋人だった二人の遺伝子は二人のクローンに受け継がれています。はたして二人の想いは受け継がれているでしょうか?
私は、遺伝子がそうであるように、ヒトの想いも受け継がれると思います。
お付き合い、握手、キス、抱擁、歌、詩、小説、踊り、会話、手紙、電子メール、プログ、、、、
文字によって、絵によって、造形によって、音楽によって、身体表現によって、、、
ヒトの想いは伝わり、受け継がれていくものだと思います。
あと、たいていのクローンは、双子とは違って、年が異なります。クローン同士なら、年が同じであることもある。
なお、人間の人格は、先天的要素と後天的要素が、どちらもあることが判明しています。先天的要素が同じでも、後天的要素が異なれば、かなり異なる人間となります。(双子の研究でわかっている。)
>記憶とは過去の体験の再現なので、過去に体験しなかったことを記憶することはできません
では、自己の人格とは過去の記憶の積み重ねによって成り立っているのでしょうか?
それと、ここで言う人格は意識そのものとは違うものでしょうか?
>そのいずれも 19世紀以前の古臭い哲学なので、すべて捨ててしまった方がいいでしょう。
管理人さんは何の心身論を支持しているのかが気になりますね。
>「脳の活動が精神そのものである」
ところからすると、物理主義的一元論に近い心脳同一説だと思えますが。
唯物論が古臭いなら物理主義が現代的な思想でしょうか。
ところで、二元論にも大きく二つ分けられていて、精神と体が独立している実体二元論と、
一つの実体(ここでは人間そのもの)が心的性質と物的性質の両方を持つ性質二元論があるそうです。
前者は古臭そうというか宗教的な思想で、現在では後者のほうが支持されているようです。
ただ個人的には、二元論の中でどちらを支持するのにはこだわっていませんでした。
参照:Wikipedia
「実体二元論」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F%E4%BD%93%E4%BA%8C%E5%85%83%E8%AB%96
「性質二元論」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E8%B3%AA%E4%BA%8C%E5%85%83%E8%AB%96
他に、心・意識の問題についてWikipediaで以下のページも参考に読みました。
「心の哲学」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6
「心身問題」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E8%BA%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C
ちなみに現象学についても少し見ましたが、理解しにくい内容でしたので、後で勉強しておきます。
ちなみに、Wikipedia を見ても、「ノエマ/ノエシス」の小項目は、解説が皆無。お手上げらしい。
「体験そのものを科学する学問」ですかね。
しかし、この場合の科学は自然科学的な物質的な解析ではなく、体験そのものを論理的に理解しようというものです。
体験は個人によって当然ことなるもので、しかも個人の中であっても、共有する人が変わればその意味すら変わってしまうきわめて主観的なものですが、しかし一方で「ああ、それそれ、そうだね」と誰もが共有できる部分もあるわけです。
この法則を解き明かそうとするのが現象学です。
手法として、無意識も含まれる体験を意識下で言語化しようとするので、本質的に真理に到達できるのかという問題もあり、周囲から様々な角度で到達しようとするので、同じものを見ようとしても全く別の表現になったりもします。
しかし、自然科学も数学的言語で解析できるはずという、証明されていないものに立脚していることや、たとえば超次元の物体の振る舞いの4次元的断面であったり、平行宇宙からの影響などがあったりする可能性を考えれば、我々から観測できる宇宙から真理に到達できるとするのも、また同じ特性および限界を抱えていることになります。
ですので、自然科学も、現象学も、真理に到達しようとする形を変えた手法である、という表現もできるかと思います。
駄文失礼いたしました。