2014年10月10日

◆ 中村修二の業績

 中村修二のなした業績は何か? もちろん、青色 LED の開発だが、そこにおいて、どれほどの業績があったのか? 【 重要 】 ──

 中村修二のなした業績については、世間の誤解がある、と私は思う。というか、私自身、誤解していたようだ。そのことは、次のページを見てわかった。
  → 高輝度青色発光ダイオードの開発 - 日経テクノロジー
 
 ここでは、青色 LED の開発の歴史話が、本人のインタビューに基づいて構成されているる。長文の連載だ。時間はかかるが、ぜひお読みになるといい。特に、最後のあたり(第4回)が面白い。尻上がりに面白くなる感じ。

 さて。これを読んで詳細を理解すると、次のことが核心的だとわかった。
 「ツーフローMOCVD という方法が、青色 LED の量産化に必要だとか必要でないとか、そういう話が話題になっている。しかし、大切なのは、それが量産化に役立ったかどうかではない。むしろ、この技術によって、青色 LED の存在性を証明したことが大切だ」


 青色 LED の存在性を証明したこと。これこそが、中村修二の最大の業績なのだ。
 彼以前には、赤崎勇などの研究で、GaN が有望であることが判明していた。また、他の多くの研究で、ZnSe が有望であることも判明していた。しかしそのいずれも、開発途上であり、青色 LED というものはこの世に存在していなかった。赤崎勇の GaN は、暗すぎて、実用にならなかった。ZnSe は、十分に明るかったようだが、寿命が数秒間しかなかった。そのいずれも、青色 LED と呼べるものではなかった。青色 LED もどきであるにすぎなかった。
 この件は、下記でも述べた通り。
  → 青色 LED の業績

 そこへ中村修二が登場した。すると彼は、これまでの誰とも違って、装置を自作した。そのことによって、これまでの誰にもできなかった領域に進出した。かくて、前人未踏の領域に突き進み、彼の突き進んだ先で、とうとう青色 LED を発見したのである。
 それは、発明というより、発見に近い。それまで、人々はどの方向に進めばいいかよくわからなかった。いくつかの方向は示されていたが、その方向の先に「目的物」があるかははっきりとしなかった。ところが、中村修二は、自分の信じた方向を選んだあと、彼の独自の装置を使うことで、最終的な目標地点に到達し得たのだ。

 それはちょうど、コロンブスによる「アメリカ大陸の発見」に近い。コロンブスの場合は、インドを発見しようとして、欧州から大西洋に渡った。そのあと、最終的には、インドのかわりにアメリカ大陸を発見した。このとき、発見したものは異なるが、彼はまさしく前人未踏の領域を突き進み、「ここを通れば必ずアメリカ大陸に到達できる」ということを証明したのだ。

 中村修二がなし遂げたことも、これに近い。「この方向を進めば目的物に到達できそうだ」ということは、赤崎勇が示唆していた。しかしそれは、あくまで「可能性」であり「空想」であるにすぎなかった。「この先に青色 LED がある」ということは、誰も証明していなかった。むしろ、たいていの人は、「これより別の方向を進んだ方がいいよ」と思っていた。
 しかるに、中村修二は、まさしく証明したのだ。「この方向を突き進めば必ず目的地(青色 LED )に到達できる」と。……その意味で、未踏の領域を切り開いて、新たな真実を発見した、と言える。

 このことはとても大切だ。なぜなら、世間では、次のように理解されているからだ。
 「青色 LED が GaN で作れるという原理を示したのは赤崎勇である。中村修二は、その量産化の技術を開発したにすぎない。いわば、0から1への経路ができたあとで、1から 100への経路を生んだように」

 そうではない。中村修二はまさしく「最初の1」を生み出したのだ。彼以前には青色 LED はこの世に存在しなかった。存在したのは、青色 LED もどきであり、青色 LED の可能性であるにすぎなかった。しかるに、中村修二はまさしく「最初の青色 LED」を地球上に存在させたのだ。そして、「この道を進めば誰もが同じところに到達できる」と明示したのだ。
 その意味で、中村修二は、コロンブスと同じように、「最初の発見者」としての意義がある。彼が青色 LED の存在性を証明したからこそ、以後、大勢の人がわんさと押し寄せる大騒ぎとなったのだ。
 1993年10月ころには、製品化のメドを立てることができた。輝度は1cdに達した。当時市販されていたSiCを使った青色発光ダイオードの約100倍の輝度である。
 いよいよ発表前日を迎える。日本経済新聞社の徳島支局長に成果の内容を明かすことにした。「従来製品の100倍の明るさ」という衝撃的な内容だけに、支局長も最初は信じてくれなかったという。内輪だけのささやかな発表会だったが、このニュースは11月30日付日経産業新聞の1面を飾った。
 この日から、日亜化学工業には、マスコミからの取材依頼、ユーザや同業他社からの問い合わせが殺到する。日に40本〜50本の電話攻勢である。このような状況が1週間あまりも続いた。「そんなすごいことだったのか」と社長もあわてた。電話の次は訪問攻勢である。技術提携や資金提供など、さまざまな提案を携えて、日亜化学工業を訪れる人が後を絶たない。
( → 第4回:日経テクノロジーオンライン

 「従来製品の100倍の明るさ」というものを作ったとき、まさしく「青色 LED は存在する」と証明したことになる。こうして青色 LED の存在性を証明したこと。── それこそが、中村修二の業績なのだ。
 それは真実の発見である。それは量産化したかどうかということとは関係がない。彼はまさしく、人類に、これまで知られていなかった真実をもたらしたのだ。

 ──

 一方、次のような解釈もある。
 (ノーベル賞の) 委員会が評価しているのは「低消費電力の灯り」の開発による、地球全体規模での省電力への貢献です。
 今までたかだか1年前後の寿命であった蛍光灯の灯りが10年規模まで延長され、かつ消費電力は激減した。この低消費電力であれば、発展途上国の再生可能電力源も十分に支えることができる。
( → 今年のノーベル物理学賞で最も重要なこと 伊東乾

 この人は地球規模の貢献(低消費電力)を、受賞理由に挙げている。しかし、ノーベル賞というものは、社会貢献の大きさによって評価されるのではない。社会貢献ということであれば、ボランティアをしている人や、多額の寄付をしている人も、同様に貢献していることになる。また、エサキダイードみたいに量産化されていない発見は、何の貢献もしていないことになる。また、アインシュタインの相対論なんて、役に立たない理論の筆頭かもしれない。……では、社会に貢献していない学問成果は、無意味なのか? いや、そんなことはない。ノーベル賞の受賞理由は、社会的な貢献ではないのだ。

 では、受賞理由は何か? もちろん、真実の発見だ。中村修二がなしたことは、「量産化技術の開発」ではない。この世に初めて青色 LED を存在させたことだ。つまり、「青色 LED が存在する」という真実を発見したことだ。そして、その真実を知った世界中の人々は、中村修二の示した道をなぞることで、同じ地点まで到達することができるようになったのだ。
 ここに、中村修二のなし遂げたことの、真の意義がある。

 ──

 では、彼はなぜ、それだけのことをなし遂げたのか? そのことは、冒頭に示したサイトを読めばわかる。要するに、彼はすべての装置を自作したからだ。そのことで、他の誰にも突き進めない領域まで、彼だけは到達できたのだ。
 
 このことは、比喩的に言うと、次のように言える。
 ジオン公国には、ザクという名前の ZnSe がたくさんあった。それはきわめて優秀であり、地球連邦軍の進撃を蹴散らかしていた。地球連邦軍は絶望していた。
 ところが、中村博士という天才技術者が出現して、ガンダムという名前の GaN を自力で作り上げた。これまで、地球連邦軍にも同様のアイデアはあったのだが、誰もが「ザクのまがい物」みたいなものしか作れなかったのだ。ところが中村博士は、その独創的な技術力によって、画期的な GaN を自力で作り上げた。彼はそれをガンダムと名付けて、地球連邦軍に与えた。すると、地球連邦軍は、ザクという名前の ZnSe を蹴散らかして、それまでの不利な状況を一転させ、地球連邦軍に圧倒的な勝利をもたらしたのである。
 そのあと、日亜ケミストリーという会社が主張した。
 「ガンダムを量産したのは、当社である。その量産化技術のほとんどは、当社の若手が独自に開発したものだ。量産化技術によって当社に利益をもたらしたのは、若手技術者なのだから、中村博士の貢献などはゼロに等しい。実際、当社のガンダム生産工場では、中村博士が手作りしたときの施設や技術など、まったく使われていない。つまり、ガンダムを開発したことは、すべて当社独自の成果なのである」

 ほとんどお笑いである。だが、この比喩が現実に近い。
 それゆえ、私は本項で、何が真実であるかを提示した。彼がなし遂げたことは、会社に利益をもたらしたことではなくて、地球を救ったことなのだ、と。
 彼は大きな世界的貢献をなした。ただし、貢献をなそうとして貢献をなしたのではない。彼はただ、真実を発見したのだ。その真実の発見が、世界的な規模の貢献を結実したのである。(この順序を間違えてはならない。)



 [ 付記1 ]
 前にも紹介したが、日亜化学の主張は、これだ。
  → http://bit.ly/1y3YMGr (PDF)
 ここには、次の記述がある。
 当社が中村氏に充分な研究環境を用意していたこと、研究開発および事業化には会社が全てのリスクを負っていること

 しかし、これは真っ赤な嘘と言うものだろう。そのことは、(冒頭で紹介した)中村修二の詳細な証言を読めばわかる。細かなメモ類も多数あり、証拠はたっぷりだ。

 日亜化学の主張が嘘であることは判明した。かくて日亜は、「青色 LED で真赤な嘘」という芸を披瀝したのである。おもろいね。 (^^);

 [ 付記2 ]
 冒頭で紹介したページは、1995年の時点の記事だ。当時ならではの記事で、なかなか臨場感がある。写真も若かりし日の中村修二だ。
 この写真のそばに、次の記述がある。
 この高輝度青色発光ダイオードの開発をほぼ独力でやり遂げたのは、当時40歳(1995年時点)の研究者、中村修二氏である。
( → 該当記事

 この「開発をほぼ独力でやり遂げた」というのを読んで、変だ、と思う人もいるようだ。「他の社員の強力も多大にあったはずだ」と。
 しかしそれは勘違いだ。この記事は 1995年に書かれたものであり、それまでの開発の話しか書いていない。以後の開発の話は書いてないのだ。つまり、「1995年〜2014年」の開発については、ここでは言及していない。(1995年3月の記事なのだから、当り前だ。)

 [ 付記3 ] 
 中村修二が日亜化学にもたらしたものは何かというと、(ツーフローの)404特許そのものではなくて、404特許によって日亜という会社そのものを形成したことだろう。彼以前には、日亜という会社はただの小さな町工場にすぎなかった。それが最終的には世界トップレベルの企業になった。
 中村修二が日亜に与えたものは、小さな技術ではなくて、会社そのものだったのである。ところが、それを理解できない人々が、「おれたちは儲かる技術をもらっていないぞ」と言い張る。……実は、小さな金儲けのタネではなくて、自分の生命そのものを もらい受けたのだ、ということを理解しないで。

 恩知らずというものがどういうものか、日亜ほど赤裸々に示してくれる企業はない。中村修二は先代社長の御恩を何度も語っているが、日亜はそれとは正反対のことをなしているのだ。

 


 【 追記 】
 日亜の主張を、もうちょっと詳細に示しておこう。
 ( ※ かなり長いし、細かい話だ。関心のある人以外は、いちいち読まなくてもいい。)
 そのために中村氏が開発したのが,「ツーフローMOCVD(有機金属を使う化学的気相成長法)」を使ったGaNの成膜装置でした。要は,当社の社員だった中村氏が1990年に出願した特許第2628404号(404特許)の装置です。これにより,赤崎氏と同水準のGaNの良質な結晶膜を作製することができました。
 これをもって中村氏は「同装置がなければ(404特許を使わなければ),低コストかつ高輝度な青色LEDが作れない」と主張するのですが,それは大きな間違いです。
 当社から言わせれば,中村氏は実用化に向かう研究のための下地を作っただけ。既に世の中に存在していた,赤崎氏が生み出したものと同じ水準の試料を,違う方法で作ることができただけなのです。
 量産までこぎ着けるには,この試料を基にさまざまな応用技術を投入することが必要でした。中でも,量産化に一番貢献した技術が「アニール」です。アニールとは「焼きなます」という意味で,こうしないと工業的に青色LEDは作れないのです。
 LEDではpn接合の半導体を作るために,n型の半導体(膜)とp型の膜とを組み合わせる必要があります。ところが,GaNはそのままではn型の膜にしかなりません。そのため,p型の膜をどうやって作るかが世界中の研究者の目標になっていました。一般の半導体はMg(マグネシウム)を不純物としてドーピング*2するとp型になります。しかし,GaNはMgをドーピングしてもp型にはならず,絶縁体になってしまいます。Mgに付いている水素がp型になることを妨げるからです。
 それをアニール,つまり600℃前後で加熱するとp型に変わること(アニールp型化現象)を世界で初めて発見しました。この温度で熱すると水素が除去され,Mgの活性を取り除いてp型になるのです。
 これを発見したのは,中村氏ではありません。中村氏とともに働いていた若手の研究員が,幸運にも偶然発見したものでした。この研究員がアニールp型化現象を中村氏に報告しましたが,当初中村氏は「そんなはずがない。間違っているだろう」と否定していたくらいです。
 既に青色LEDや,それを基にした白色LEDの市場には世界でざっと50社が参入していますが,アニールの工程なくして商品化している会社は1社もありません。世の中に全く存在しなかった技術を発明したという意味で,アニールp型化現象の発見の方が,既に存在していた平滑なGaNの膜を得ることよりも重要度や貢献度は高いのです。
( → ニュース速報Japan

 これが嘘だらけだということは、次の点でわかる。
 @ 「赤崎氏と同水準のGaNの良質な結晶」「既に世の中に存在していた,赤崎氏が生み出したものと同じ水準の試料」というが、中村修二の作り出したものは、従来の 100倍の水準だった。ここで初めて青色LEDが出現したのだ。同水準どころではない。仮に、会社の言うことが事実であれば、日経の記事が世界的な大反響を呼ぶはずがない。かくて会社側の主張は嘘だと判明する。
 A アニールは量産化のためには必要だとしても、アニールが重要性を帯びたのは、中村修二があらかじめ青色LEDを開発したからだ。すでにあるものの量産化技術が重要であるのは、それが「すでにある」と判明しているからだ。つまり、土台があるからだ。土台なしでは、量産化技術はあり得ない。アニール技術は、あくまで土台の上に追加された技術であって、土台である根幹技術ほどの重要性を帯びない。
 B アニールを他の社員が発見したとしても、それを統率していたプロジェクトリーダーは中村修二なのだから、その貢献の主体は中村修二のものとなる。たまたま実験結果を発見した下っ端作業員が偉いのではない。(エサキダイオードの場合と同様。発見した下っ端が偉いのではなく、何かを発見するように作業しろと命じたプロジェクトリーダーが偉い。)
 C 「世の中に全く存在しなかった技術を発明した」というが、それはアニールに限ったことではない。青色LED にはたくさんの特許が含まれている。それらすべての特許は新規開発されたものだ。特許というのはそういうものだ。……ただし、それら多くの特許のすべての土台は、赤崎勇と中村修二が構築したのだ。この土台を無視して、「おれのアニールの特許には新規性がある」と自慢して、「土台なんて価値はない」と言うなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。自己の無知をさらけだしているだけだ。
 D 「アニールp型化現象の発見の方が,既に存在していた平滑なGaNの膜を得ることよりも重要度や貢献度は高いのです」 → 「中村修二のノーベル賞受賞を剥奪しろ」と主張しているのも同然だ。笑うしかないね。無知も極まれり。(本当は、ただの無知ではなくて、故意の嘘つきであろう。馬鹿のフリをした、頭のいいペテン師。その嘘に、多くの素人はだまされる。)

 ──

 実を言うと、青色LED というのは、特定の1技術によって構成されるものではない。いくつもの技術が組み合わさって構成されるものだ。そして、そこでは、赤崎と中村の貢献が圧倒的に大きかった。それに次いで、天野や、日亜社員のアニール技術があった。これらの貢献も、もちろん大きい。
 だから、「中村修二が一人で開発した」という見解は正しくない。しかし、そんなことは当たり前のことであり、いちいち言うほどのことではない。
 先にも述べたが、中村修二の業績は、「最終的に量産化したときに使われた技術を開発したこと」ではなくて、「青色 LED を発見したこと」つまり「青色 LED を作製する原理を明かしたこと」だ。ここでは、原理の解明が大切だ。そのあと、この原理を使って、実際に量産化するときの技術がいろいろと多様に開発された。ただ、それらの具体的な技術は、あくまで原理という土台の上に成立するものであり、原理という土台を否定することはできない。(日亜はしきりに土台を否定しようとしているが。)

 なお、日亜の主張が正しいとしたら、「中村修二が彼一人でなし遂げたのではないから、彼には金を払わない」ということになるのではなく、「彼以外の貢献者たちにも金を払う」ということになる。他の技術者たちは、「中村ばかりが金を取るのはけしからん」と言うべきではなく、「会社はおれたちにも金を払え」と言うべきなのだ。
 なのに会社は、そこで論理を倒錯させる。「彼以外にも金を払うべきだ」となるはずの根拠を、「彼以外には金を払っていないから、彼にも金を払いたくない」と結論する。(ブラック企業の論理。)
 これは論理ペテンだろう。そして、この論理ペテンに、多くの人々はだまされてしまうのである。「そうか。他の人には金を払わないのなら、中村修二にも金を払うべきではないな」と。……物事の本質を見抜けない人々というものは、詐欺師にあっさりとだまされるものなのだ。
( ※ 仮に会社の主張が正しいとしたら、会社は多額の金を社員に払うべきなのだが、会社はちっともそうしようとしない。これすなわち、会社の主張がデタラメであることを、自分で証明していることになる。)
 
 《 参考 》

 中村修二の開発について、詳しい話は下記にもある。(アニールの話もある。)
 → 中村修二 (武田賞受賞) [PDF]
 ここには、次の話もある。興味深い。
 会社の中での風当たりは強く、中村の開発を支援してくれる状況ではなかった。1990 年の 3 月には、日亜の新社長は社外の専門家の勧めに応じ、中村に対して、青色LEDの開発を中止して、携帯電話用のHEMT(高速電子移動トランジスタ)用のガリウム砒素を製造することを命じている。しかし中村は今この開発を中止すれば、前社長の了解の下に、多額の開発費を受けていることに応えるため、および自らの決断を実現するため、解雇を覚悟で開発を続けた。その結果、これまでとは全く異なるのツーフロー方式と名づけた製膜法が開発された。


 また、中村修二よりは天野浩の業績に絞った話として、下記の文書が興味深い。お読みすることをお薦めする。
 → 天野浩 (武田賞受賞) [PDF]
posted by 管理人 at 23:20| Comment(7) | 物理・天文 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
えーと、よくわかんないのですが、輝度を増すにはp型化が必要で、そのp型化の手法を見つけたのが

http://techon.nikkeibp.co.jp/NEWS/nakamura/mono200406_3.html
>1991年に入社した岩佐氏が,わずか6カ月後の同年9月末に,加熱処理によるGaN単結晶のp型化(アニール p型化現象)を偶然発見した
※791特許

で、中村さんとは別人の日亜社員
100倍の輝度!って発表したのは1993年なら、日亜社員発見の技術もあって実用的ダイオードができたのに、その791特許も中村さんが発見したように語られ、全部中村さんのおかげって言われてる、ってことが問題とみなされてるのではないんでしょうか?

p型化にかんしては下記記事などを読んで、重要と考えました。
http://denkou.cdx.jp/Opt/LED01/LEDF1_4.html
Posted by 791特許等の発明者が中村氏という事になってるのが問題なのでは? at 2014年10月11日 09:22
> また、アインシュタインの相対論なんて、役に立たない理論の筆頭かもしれない。

アインシュタインは相対論ではノーベル賞とっていません。
という話は別にしても、一般相対論はGPSとかカーナビで使われています。
役に立つかというと、たまたまこういう使い道があった、という程度かもしれませんが。
Posted by tetsu at 2014年10月11日 16:52
> アインシュタインは相対論ではノーベル賞とっていません。

→ http://page.freett.com/kiguro/zzz/z-jousiki/ain.html
Posted by 管理人 at 2014年10月11日 19:10
最後に <FONT COLOR="#dd0000">【 追記 】</FONT> を加筆しました。アニールの話など。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2014年10月11日 19:32
赤崎勇氏の話が興味深い。
「ノーベル賞の赤崎勇氏、不可能だった「青色LED」実現した逆転方法」
http://withnews.jp/article/f0141007003qq000000000000000G0010401qq000010946A#

赤崎氏によれば、
1)「ガス状の原料を、サファイアの基板の上に降り積もらせ、1千度ほどの高温で結晶化します。
 ところが、サファイアと窒化ガリウムは、結晶の中の原子の間隔を表す格子定数が16%も違うんです。
 その差は1%でも結晶はうまくできません。木に竹を接ぐようなものです」
2)「材料は窒化アルミニウムを選びました。軟らかい層にするため、通常の温度の半分にあたる約500度
 で作るよう、名古屋大の研究室の大学院生だった天野浩君(現・名古屋大教授)に伝えました」
3)「でも、彼はすぐには試しませんでした。彼なりのこだわりがあったのでしょう。こんな温度では結晶に
 なりませんから。ところが、あるとき電気炉の調子が悪く、温度が上がらなかった。これでうまくいったんです。
 低温でできた層の上に、通常の1千度で窒化ガリウムを成長させると、きれいな結晶ができた。
 あまりに無色透明だったので、材料を流し忘れたと思ったそうです。85年のことです」

 TV報道によれば、天野浩氏が「低温バッファ層を挟む方法」を発見したようなニューアンスであった。
それは凄い独創だと感心したが、実情は少し違うようだ。
 赤崎氏の話が本当なら、赤崎氏が、「低温バッファ層を挟む方法」のアイディアと方法を天野氏に指示した。
天野氏はそのやり方には気が乗らず、別の方法にのめりこみ失敗ばかりしていた。偶々電気炉の調子が悪かった
とき、赤崎氏の宿題をやっておくかと実効したら、うまくいったことになる。
 そうすると、天野氏は師の指示通り動いて結晶ができたことになる。そういう場合は、賞をもらえないことが
普通なのでラッキーでした。
Posted by 思いやり at 2014年10月11日 22:47
↑ そういう俗説が広がっていますが、本文最後の PDF を見ると、真相がわかります。
 上記のこと(低温バッファ層)は、天野氏のノーベル賞のポイントではありません。天野氏の独創性は、その次の成果(p型ドープ)にあります。だからこそ受賞できた。
 その詳細が、PDF に記述してあります。

 天野さんの業績については、相当、誤解されていますね。もっと詳細を報道して上げた方がいい。

 赤崎・天野・中村の三氏は、いずれもそれぞれ重要な業績を上げています。初めてちゃんと光る青色 LED を開発したのは、天野氏です。(実用レベルには足りなかったが。)
Posted by 管理人 at 2014年10月11日 23:19
ノーベル賞の選考委員会は3人の受賞理由について、
「3人の発明は革命的で、20世紀は白熱電球の時代だったが、21世紀はLEDによって照らされる時代になった。
誰もが失敗してきたなか、3人は成功した。世界の消費電力のおよそ4分の1が照明に使われるなか、LEDは地球環境
の保護にも貢献している。LEDは電力の供給を受けにくい環境にある世界の15億人の生活の質を高める大きな可能性
を秘めている」とコメントしています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141007/k10015208931000.html

 LED照明は、驚異的な超寿命と節電により、地球環境の劣化と資源枯渇に対する強烈な防御となる革新です。受賞は
万人にとって納得でき祝福できるものです。

 ただ、マスコミの報道はいただけません。天野浩氏の功績が「低温バッファ層の発明」として報道しています。それは、
赤崎先生のアイディアと指示のもとで実現されたものであるので、助手の働き程度は受賞理由とはなりません。天野氏が
師に対して忠勤に励んだため、温情で受賞したのかなと誤解します。
 
 管理人さんが引用されたレポートは、天野氏の功績を正当に描いていますね。
天野 浩「窒化ガリウム青色発光デバイスの開発における情熱、苦闘そして克服」
http://www.takeda-foundation.jp/reports/pdf/ant0203.pdf

 天野氏を追いかけ報道するのに、天野氏の真の業績は何かをきちんと調べて報道せず、娘さんとメールしたような話に
持っていくばかりでは、科学報道の質は高まりませんね。
Posted by 思いやり at 2014年10月12日 12:46
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