御嶽山の噴火のあとで、九州の川内原発についても心配する人が出てきた。「桜島や阿蘇山の噴火の影響が及ぶのでは?」という趣旨。
→ アングル:予知困難な火山噴火、川内原発再稼動で住民心理に影響も
→ 原子力規制委員長:「御嶽山と一緒に議論は非科学的」 - 毎日新聞
ま、心配する人がいるのも、おかしくはない。そこで、調べてみた。
まずは地図。
見ればわかるように、桜島の西方 50キロの位置だ。阿蘇山から見れば南西 140キロほどになる。
「こんな離れたところまで、火砕流が来るはずがない」
と思った。しかし、あにはからんや。それほど巨大な火砕流が発生することもあるという。というか、すでに発生したことがあるそうだ。
第1に、火砕流には、2種類ある。このうち、後者が重要だ。
画像出典

(雲仙岳のような)溶岩ドーム崩落による火砕流の規模は小さいのですが,火口から立ち昇った噴煙柱が崩れ落ちて生ずる火砕流は規模が大きくなり,巨大規模の噴火では到達距離が100kmを超えます.
( → 防災基礎講座 災害事例編 )
下記にも情報がある。
→ 噴煙柱崩壊型火砕流とは
→ プリニー式噴火の噴煙柱崩壊
簡単に言えば、溶岩ドーム崩落による火砕流は、山頂部に堆積した熔岩の一部が崩落するだけだが、噴煙柱崩壊型の火砕流は、噴出物の全体が空中に盛り上がったあとで、その全体が一挙に広範囲に拡散する。それゆえ、規模は大きい。
歴史上で有名なのは、ポンペイの噴火だ。町の全体が一挙に埋もれてしまった。
→ ポンペイ - Wikipedia
第2に、阿蘇山ではすでに巨大な噴火が起こったことがある。
9万年前の巨大カルデラ噴火による噴出物は600km3(ほぼ富士山の山体全部の大きさ)以上に達し、火砕流は九州の半分を覆ったと推定されている。
( → 阿蘇山 - Wikipedia )
(阿蘇山は)過去30万年間に4度にわたる破局噴火を繰り返してきた「荒ぶる神」としての素顔を持っています。特に9万年前の噴火の規模が一番大きく、この阿蘇山最後の破局噴火 (この時の噴火は「Aso4」と名付けられています)の規模は想像を絶するものです 。
もしAso4が現代で起きた場合、どうなってしまうかを簡単に記したいと思います。
噴火の瞬間 阿蘇市、阿蘇郡高森町などのカルデラ内の都市・街は消滅します。
そして大規模な火砕流が発生し、熊本県、佐賀県、長崎県、福岡県、大分県、宮崎県北半分、山口県南部はほぼ焼き尽くされます。
規模にもよりますが、迫ってくる姿は火の津波、火の壁と言っていい代物で、遭遇した場合の生存率は限りなくゼロです。
Aso4の場合、西は軽々有明海を突破して島原を焼き払い、さらに西進して長崎、佐世保などにも達しています。
これらの地域には1000万人を越す人々が住んでいますが、阿蘇山がAso4の規模で噴火した場合、発生から数時間の内に火砕流に飲み込まれるため、最悪1000万人が全滅の憂き目をみることになります。
( → もし阿蘇山が、9万年前の規模で噴火したら [一部抜粋])
これを見ると、原爆をはるかに上回る、圧倒的な規模であるようだ。
で、こういう状況では、「川内原発が大丈夫かどうか」なんていう問題は、あまりにも小さすぎて、話題にもならない。それはいわば、「大火事で燃えている家のなかで、ライターの火がつかないかと心配だ」というようなものだ。無意味。
──
結論。
阿蘇山が巨大噴火を起こすという危険性は、たしかにある。しかしそのときには、川内原発の心配をしても無意味である。仮に川内原発がメルトダウンのような問題を起こしたとしても、そのときにはすでにまわりの人間は全滅している。ここで心配するべきことは、(他地域の)日本人がうまく生き残れるかどうかだけだ。すでに全滅した 1000万人の死体について心配している余裕はない。
[ 付記1 ]
で、阿蘇山が巨大噴火を起こすという危険性というのは、どのくらいの可能性があるか?
歴史的には 30万年に4回で、前回が9万年前だから、近い将来に起こったとしても不思議ではない。とはいえ、それには、誤差が数千年〜数万年レベルである。今の人間が心配するようなことではない。
また、仮に巨大噴火があるとしても、そのときには人類が予知することが可能だ。(前項で述べたとおり。)
だから、予知された段階で脱出すればいい。予知がなされないうちに心配するのは、杞憂のようなものだ。どうせ心配するなら、それよりむしろ、来年の消費税 10% の心配でもした方がいい。ひょっとして、こっちの方が致命的になるかもね。
[ 付記2 ]
「阿蘇山でなく桜島の噴火では?」
という疑問に対しても、答えは同様である。
(1) 溶岩ドーム崩落による火砕流ならば、せいぜい数キロの範囲にしか進まないので、50キロも離れた川内原発には影響しない。
(2) 噴煙柱崩壊型の火砕流ならば、どうか? 場合分けしよう。
規模が小さめならば、たとえ火砕流の端っこのあたりがわずかに到達したとしても、建物は火山灰まみれになるぐらいで、原発の機能には影響しない。
一方、規模が大きめなら、火砕流によって原発が故障するぐらいの被害をもたらすだろうし、死者の数は途方もない規模となる。阿蘇山の噴火に近い規模だ。最低でも 100万人は死んでいるだろう。あたり一帯が死者の山である。ここで「放射能漏れによる影響」を考える必要があるか? ない。なぜなら、死者が放射線を浴びても、死者が放射線障害になることはないからだ。死者は安心して、いくらでも放射線を浴びることができる。ちっとも心配しなくていいのだ。
( ※ 死んだあとの心配までしなくていい、ということ。)
放射生物質は燃え続け、放射能を出し続け、止める人が誰もいないなら、空と海に出し続けることになる。残された日本だけでなく、地球の人々はどうなるのか? 大噴火のことを考えれば、すぐに廃炉でしょう。福島の四号機でも燃料防の火災が起きれば、50年間燃え続け、世界に放射能をばらまくことになる。
そういう原発があるとしたら、私も反対です。現状ではどうかというと、その可能性が強い(対策が不十分である)ので、私も川内原発の再稼働には反対しています。
→ http://openblog.meblog.biz/article/23069088.html
本項で述べているのは、それとは別の話です。
> 大噴火のことを考えれば、すぐに廃炉でしょう。
大噴火があると思うのなら、九州の人を全員、九州から避難させる方が先決でしょう。
あなたの言っているのは、「九州の人がみんな死んでもいいから、自分だけはほんのちょっとの放射能にも さらされたくない」というエゴイズム。どうせ心配するなら、1000万人の命の心配をしたら?
──
わかりやすく言うと……
「川内原発を再稼働させるべきでない」
という主張には、同意できる。ただしそれは、現状の川内原発の再稼働がもともと危険なものだからだ。噴火による危険があるからではない。
噴火による危険を理由に「川内原発を廃棄するべきだ」というのは、理屈が通らない。それは間違った論理によって正しい結論に到達しているだけであり、マグレによってたまたま正解を得ているだけだ。そんな非論理的な主張は認められない。
きちんと計算してませんが、日本沈没のような事態になると核燃料が太平洋に拡散する訳で、数年後には世界中に拡散します。ただしその濃度は無視できるかもしれません。
原発は元々地球にあったウランを人工的に局在させた状態です。なのでエントロピー増大に準じて拡散する事が定めなのかもしれません。
達観しすぎかもしれませんが。
しかし、原発が溶岩の下に埋まった場合はどうなるのでしょうか。未来永劫復興不能な不毛の大地
になるのでないでしょうか?
チェルノブイリの「石棺」と同じでしょう。つまり、ウランが飛散することもなく、その場に閉じ込められます。最悪の場合でも、メルトダウンで、地球の中心に向かって落下していくだけです。飛散しないので、他地域に放射性物質が飛ぶことはありません。ま、現在の福島第1原発みたいなものでしょう。そばに近づけないが、それだけ。
ただし現実には、「熔岩の下」という確率はゼロです。50キロ以上も熔岩が流れることはありません。可能性があるのは、火山灰が来ることだけです。今話題になっているのは、こちら。
心配するとしたら、火山灰だけです。熔岩の心配をするのは、杞憂です。
どうせスーパーボルケーノの心配をするなら、富士山の爆発による首都圏壊滅の心配をした方がいいかも。