2014年08月24日

◆ 弥生人は朝鮮半島を経由したか?

 弥生人については、「朝鮮半島経由と、琉球諸島経由との、双方がある」と考える。
  ( ※ 美人動画 あり。) ──

 これについては、前にも述べたとおり。
  → 縄文人と弥生人 2 , 人類の移動 (まとめ)
 
 つまり、図の青線のように、中国南部を起点としてから、
  ・ 朝鮮半島経由
  ・ 琉球諸島経由
 という二つのルートが考えられる。


jomon2.gif


 ──

 一方、「朝鮮半島経由はなかった。琉球諸島経由だけだった」と主張する人も、ネットにはあふれている。どうも、「嫌韓論」に染まっているらしい。
( ※ ヒトラーは「ドイツ人はアーリア人だから、ユダヤ人とは別の崇高な民族だ」と主張したが、それと同様か。)

 ただ、すでに私が述べたように、言語的にも、遺伝子的にも、日本人と朝鮮人との共通性はかなり高い。世界のうちでもこの二つの民族は非常に近いと言える。特に、遺伝子的な近さでは、日本人と朝鮮人はひとくくりにされがちだ。たとえば、Wikipedia のこの図。


races.gif
出典:Wikipedia


 ──

 さて。話はまったく変わるが、次の話題がある。
 「日本人は白人と違って、体臭がしないが、それはどうしてか? 肉や乳をあまり食べないという食生活のせいか? 水や植物がいいという環境のせいか?」

 これについて答えた動画がある。 




 
 見ればわかるように、「遺伝子の違い」のせいである。特に、日本人と韓国人と中国人の類似に気がつく。(新モンゴロイドのせいか。)
 日本人は、新モンゴロイドと古モンゴロイドとの混血だ、ということからして、上記の動画のグラフは納得が行く。

 では、すぐ上のことから、どう判断できるか? 私は次のように考えた。

 ──

 このことからして、日本人の大部分は朝鮮半島の人々と遺伝子的にかなり共通しているとわかる。
 ただし、「弥生人は朝鮮半島経由で来た」とまでは断言できない。もともと新モンゴロイドがいて、それが朝鮮半島に行ったのが朝鮮人で、琉球諸島経由で来たのが日本人だ、とも言えるからだ。
 遺伝子の共通性だけでは、「弥生人は朝鮮半島経由だ」と断言するには至らない。
 
 とはいえ、常識的には、「朝鮮半島経由で来た人もいっぱいいただろう」と推定するのが妥当だろう。仮に琉球諸島経由だけならば、新モンゴロイドばかりがたくさん来たことを説明できないからだ。(琉球諸島経由だけならば、むしろ、新モンゴロイドでない人の方が多く来そうだ。)

 ──

 以上のことは、別項(縄文人と弥生人 2)のコメント欄に書いたことだ。
 というわけで、すぐ上のことを、暫定的な結論としたい。(明白な断定というほどではない。)
 
 ──

 まとめ。

 弥生人は、朝鮮半島経由と、琉球諸島経由との、二通りのルートで渡来した。
 言語的、遺伝子的に、朝鮮半島人との共通性が高いので、朝鮮半島経由の割合はかなり高いと推定される。
 ただし、共通の祖先が南方ルートをたどって渡来した可能性も否定できない。しかし、それが多いと見なすのは不自然だ。だからやはり、朝鮮半島経由の割合がかなり高いと推定される。
 


 【 追記 】
 あとで考え直すと、「琉球諸島経由が多い」という説も考えられる。

 (1) 対馬海峡

 対馬海峡を渡る困難さがある。
 対馬海峡は渡るのが難しい海なのです。日本の方は縄文時代から大陸に渡っていたと思われますが、それでも困難な航海だったようです。
 朝鮮半島の場合は、大陸系・騎馬系で、海をこの世の果てと考える人々です。海を渡ろうとするとは考えにくいのです。たまたま流れ着いたことはあったかもしれませんが、ごくわずかと考えるのが妥当だと思います。
( → 知恵袋

 これはごもっとも。

 (2) 船舶技術

 琉球諸島経由で来た人々が、新モンゴロイドばかりで、古モンゴロイドは少なかった……ということについては、次のことで説明が付く。
 「古モンゴロイドは、伝統的なカヌー(ダブル・アウトリガー・カヌー)を使うだけだったが、中国南部にいた新モンゴロイドは、長い航海に耐える大型船を開発した。だから、中国南部にいた新モンゴロイドだけが、日本まで到来できた」
 伝統的なカヌーでは、風や寒さに耐えきれないだろうが、屋根と船室のある大型船ならば、風や寒さに耐え切れただろう。……こうして、中国南部の新モンゴロイドだけが到来した、ということが説明される。

 ──

 以上の (1)(2) ゆえに、「琉球諸島経由が多い」という説には妥当性がある。
 とはいえ、言語や遺伝子で朝鮮半島と共通性が高いことが説明しにくい。しいて説明すると、こうなる。
 「共通の祖先がいて、それが朝鮮半島と日本に来た。一方、共通の祖先は滅びてしまった。だから、言語や遺伝子では共通の祖先となるものが残っていない」

 これはこれで説明が付くが、あくまで仮説の扱いだ。妥当性が高いかどうかは、何とも言えない。

 ──

 実は、船については、「丸太をくりぬいた船」という話題を扱ったこともある。下記項目。
  → 古代人類の航海

 ううむ。いろいろと仮説が出てくる。
 現状では、たくさんの仮説がある段階であり、はっきりと結論を出せる状況ではないようだ。



 【 関連項目 】

 → 縄文人と弥生人 2




 《 注記 》
 本項は、以下のコメント欄にも、重要な情報があるので、お読みください。実は、本文よりも、コメント欄の方が充実しています。
posted by 管理人 at 22:25| Comment(43) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
管理人さん 結論 でないですね  やはり

言語から考えると もう少し 纏まるかとおもいますが でも

確信 出来る答え 出てこないです  

 南 北  古 新  四次元の問題です


 コリア語との差 4000年以上 らしいです  射程超えてます
Posted by k at 2014年08月25日 21:03
「弥生人」の中にO3系を含めれば半島由来の割合は相当あると言えるし、O2bのみを指す場合は、主流を占めるとはいえない、ということではないでしょうか。そもそも「弥生人」が人種概念かどうかわかりませんが。
Posted by viharati at 2014年08月25日 22:33
本土日本人(大和民族)は「縄文人」と「弥生人」とのほぼ半々の比率の混血民族です。それは、「Y染色体ハプロタイプ」から見ても、
また「ミトコンドリアDNA(mtDNA)」から見てもほぼ半々の比率です。つまり男女とも半々の比率であることが分かっています。

↓Y染色体ハプロタイプ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA#Y.E6.9F.93.E8.89.B2.E4.BD.93.EF.BC.88.E7.88.B6.E7.B3.BB.EF.BC.89.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E7.B3.BB.E7.B5.B1.E5.88.86.E6.9E.90

↓2008年、住斉(すみ・ひとし)筑波大名誉教授による「縄文人特有mtDNA」と「弥生人特有mtDNA」による計算結果より
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/imgview/2009/05/24/a542e.jpg.html
(産経新聞より抜粋)

しかし、朝鮮民族は違います。

@ 朝鮮民族について、Y染色体ハプロタイプの縄文的要素を示すマーカは殆ど「0(ゼロ)」、若しくはあっても痕跡程度にしか検出されない。
A 「HLA(人白血球型抗原)」による調査結果では、朝鮮民族は満州族や中国東北部の漢民族と近い。
http://idoushi.jp/?action=common_download_main&upload_id=127

B 上記@Aにもかかわらず「常染色体」については、僅かだが「縄文的要素」が存在する。
C mtDNAについては、日本人と朝鮮民族は似た点が存在する。

上記4つの連立方程式が成り立つ回答を考えて見て下さい。
・「mtDNA」は今の朝鮮民族の姿を映していない、遥か過去2000年以上前の姿を映している。
・「朝鮮民族」の成り立ちです。ある条件で「Y染色体ハプロタイプ」の縄文的要素を示すマーカは少しずつ消えていきますが、「mtDNA」は殆ど変りません。

縄文人は、1万年〜3万年前から日本列島付近(朝鮮半島を含む)に住んでいたのでしょう。また、弥生人は今から約3000年以上前(←これは現在の常識)に、おそらく「日本列島(九州)」と「朝鮮半島(南部)」にほぼ同時期に到着したのでしょう。到来ルートはおそらく中国沿岸ルート。これは、沖縄ルートについては、南琉球を除いては、沖縄本島の琉球民族のDNAについて弥生人が中継していった痕跡が見られない為です。朝鮮半島北部ルートは可能性としてはほとんど無いでしょう。1万年前から、黄河文明、長江文明があった中国です。相当以前から、中国沿海部は、海上進出が盛んであったと考えるべきでしょう。また、フィリピン、その他にも進出しています。対する朝鮮半島については、仮に中国東北部から回って朝鮮南部へ到達したとしても、大陸中央部(山間部)の民族です。この時期(今から3000年前)、海上進出は無理でしょうし、その(海上進出)理由もありません。

弥生人が持ち込んだ「稲」の問題もあります。「稲」の遺伝子パターンが、日本と朝鮮半島では合わず(異なる)、日本と中国とは合致する。そもそも、朝鮮北部は寒すぎて「稲作」に適さない。

日本列島については「縄文人」と「弥生人」の混血となって今に至ったが、朝鮮半島については、その後の中国東北部からの別民族が何度も多数到来が繰り返され(男女の比では、結果的に男の方が多かった=Y染色体ハプロタイプの縄文的要素を示すマーカは殆ど「0(ゼロ)」、しかし「常染色体」については「縄文的要素」が僅かに存在、例えば、戦争で全滅等をした場合、それは兵士(男子)であって、女子、子供は生き残る可能性が高い(根拠となる具体的な証拠はありませんが)。

そのようにして、現在の朝鮮民族(おそらく韓国南部の一部地域はそう言える)が形成されたと考えた方がいいでしょう。韓国南部の一部地域以外の朝鮮半島については、クラスタがかなり異なることからおそらく中国東北部からの移民が大多数でしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90.E7.9A.84.E7.B3.BB.E8.AD.9C
Posted by シシリー at 2014年08月28日 19:50
↓★★★「総合研究大学院大学のプレスリリース(2012年11月1日)」日本列島3人類集団の遺伝的近縁性より、まず最後の「図4a、図4b、図5」以外は全て「縄文的要素」だけについて述べられています。(以下のプレスリリースを開き、比較しながら以下の文を読んでみてください)
http://www.soken.ac.jp/news/5276/

「ミトコンドリアDNA(mtDNA)、Y染色体ハプロタイプ、HLA(人白血球型抗原)」の調査結果から、例えば「アイヌ」には「ニヴフ(Nivkh)」の系統が混じっていると、かなり以前から指摘されていました。
【アイヌ】Y染色体(C3)=12%、mtDNA(Y)=21%
【ニヴフ】Y染色体(C3)=43%、mtDNA(Y)=66%
単純計算で「((12÷43×100)+(21÷66×100))÷2 ≒ 30%」となります。但し、「ニヴフ」は「アイヌ」との交流の他、別の民族とも交流があったと見られ、今の構成の「ニヴフ」ではなく、過去はこうであったろうと推定される「ニヴフ」との交流があったという事です。現在より「ニヴフ」の「C3/Y」が高かったと推定されるので、個人的には「20%以下」ではないかと見ています。これは、「プレスリリース」であらためて言われるまでもなく、以前から知られていた事です。

また、
【縄文系】Y染色体=DE系統D、mtDNA=M7a、M10等
【弥生系】Y染色体=NO系統O、mtDNA=Z、N9a等
であり、「本土日本人と沖縄県民」は「縄文」と「弥生」との混血、「縄文」の「DE系統D」は他の東アジア集団には、ほとんど見られないとも指摘されていました。しかし、これらは単なる「マーカ」を調査した結果であり、常染色体そのものを調査した結果ではありません。そこで、常染色体についても調査してみよう、「縄文的要素」という観点で、日本列島3集団、合わせて他の東アジア集団も調査してみようというのが、この「プレスリリース」の主旨です。

「図1a、図3a、図3b」については「横軸(PC1)」が「弥生的要素⇔縄文的要素」を示し、「縦軸(PC2)」が「弥生的及び縄文的要素と相関関係にない他要素」を示します。「図1a」の説明の中に、
・「横軸(PC1)は、左にゆくほどより縄文的要素を、右にゆくほどより弥生的要素を示していると解釈できる」
・「縦軸(PC2)は横軸で説明された分散以外」
とあります。つまり「横軸(PC1)」は、縄文と弥生との差異が分かる要素(主成分)について、分散の度合いが最大になるように「線形代数」を用いて示しているのです。だから「★縄文的要素がどれ位あるか(横軸(PC1))」と「★別の要素がどれ位あるか(縦軸(PC2))」しか分かりません。図3a、図3bは左右は逆ですが、同じ内容を表しています(但し縦軸(PC2)の距離を狭めて他の東アジア集団も図に入るようにしています)。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 19:52
「図1a、図3a、図3b」は「弥生的要素」内での差異を示すような要素は全く入っていません。あっても縦軸で示されます。つまり韓国人から「縄文的要素」を除けば、中国人(CHB=北京)と同じクラスタにほぼ入ってしまい中国人と全く区別がつかなくなります。これは本土日本人から「縄文的要素」を除いても同じ結果となります。

韓国人の「縄文的要素」は「10%」もないでしょう。「Y染色体ハプロタイプ」からも「mtDNAのM7a」も今のところ「数%」しか検出されません。しかし、比率が少なくても縄文と弥生との差異が大きいので影響も大きいという事も考えられます。よって、
・「図1a、図3a、図3b」の「横軸(PC1)」が「弥生的要素⇔縄文的要素」を示している以上、韓国人にも僅かとはいえ「縄文的要素」が存在する事を示しています(縄文的要素としてのクラスタに含まれる)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90.E7.9A.84.E7.B3.BB.E8.AD.9C

・韓国南部の一部地域は、その他の朝鮮半島とは異なったクラスタ構成を持っている。
・日本統治時代の痕跡(D1B、M7aなど)も見られる(同じような痕跡がミクロネシアでも見られる)。

-----【縄文人の正体について】-------------
「東アジアに定住したもっとも早期の現生人類とりわけチベット人集団と日本人集団の共通の起源に関するY染色体上の証拠について(2008年)」
↓英文の論文
http://www.biomedcentral.com/1741-7007/6/45
↓日本語翻訳
------------------------------------------------------
コロンから始まるURLアドレスをコピーします。
↓アドレスバーに貼り付けてEnterキー(実行)を押して下さい。
------------------------------------------------------
://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/012_4Y_chromosome_no_kennkyuu.html
----------------------------------------------
Posted by シシリー at 2014年08月28日 19:59
「総合研究大学院大学のプレスリリース」の「図4a、図4b」は上記と異なり、「標準遺伝距離を東アジアの29人類集団間で計算し、それらに対して近隣結合法(塩基の置換数による測定)により系統樹を作成した結果」とあります。まず、弥生的系統内における違いは、縄文と弥生との差異と比べると段違いに小さいという事が前提となります。それだけ縄文は他とかけ離れた存在なのです。韓国人から「縄文的要素」を取り除いた「弥生的要素」と、日本人から「縄文的要素」を取り除いた「弥生的要素」が同じであれば、韓国人は「図4a、図4b」の日本列島クラスタの「枝」の途中(根元側に近い位置)に入りますが、入っていないので、韓国人と「弥生人」とは構成が異なる事を示します。韓国人の「縄文的要素」が日本列島クラスタの方向に引っ張っているにも関わらずです。沖縄県民(琉球民族)は「図5」からもわかる通り、弥生系は同じです。「縄文系+本土日本人=琉球民族」と示しているので、中国は(起源を主張するなどは)一言も言えないでしょう。

「弥生的要素」について、韓国人と日本人とで比較対象となる「Y染色体ハプロタイプ」は(C3はここでは除かれます)
・O2B系(O2B*とO2B1)
・03
の2つとなりますが、O2B*とO2B1は同じO2B系であり差異も少ないと考えられるため除外します。そうすると残るのは中国人の「主系統」でもある「O3」です。「O3」は「他O系」と比較しても20000〜25000年(ISOGGによる)の隔たりがあり、「他O系」との差異もそれなりに存在すると考えられます。「O3」の比率を調べると、
・中国人:55〜66%
・韓国人:45〜50%(←「O3」は韓国人の主系統でもある)
・本土日本人:10〜16%

となります。一概に上記の比率通りとは限りませんが、今の韓国人の約半分(混血)近くが「中国人の主系統」、これは、朝鮮民族が強く漢民族などの影響(混血)を受けている事を示しており、またこれは「HLA(人白血球型抗原)」による調査結果「朝鮮民族は満州族や中国東北部の漢民族と近い」とも一致します。しかし、韓国南部の一部地域は除外されるかもしれません。
http://idoushi.jp/?action=common_download_main&upload_id=127

「総合研究大学院大学のプレスリリース」からまとめると、
・「ミトコンドリアDNA、Y染色体ハプロタイプ、HLA」調査結果が「常染色体」にもあてはまる(そのままの値とは限りません)。
・日本人は他の東アジア集団には見られない「縄文的要素の特異性」があらためて確認された(Y染色体ハプロタイプD1Bの事が該当します)。
・「図1a、図3a、図3b」の「横軸(PC1)」が「弥生的要素⇔縄文的要素」を示している以上、韓国人にも僅かとはいえ「縄文的要素」が存在する。
・「図4a、図4b」で韓国人が日本列島クラスタの「枝」から外れていることは、日本人の弥生的要素と韓国人の弥生的要素に違いが存在する事を示す。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:00
【Y染色体ハプロタイプ(日本人)】
・D1A
・D1B1/D1B2←本土縄文人特有★
・D1B*←アイヌ系縄文人特有★
・O1A
・O2A
・O2B*
・O2B1←弥生人特有☆
・O3←弥生人および有史以降の渡来人?☆
・C1←日本固有(徳島県に多い)★
・C3
・N

【ミトコンドリアDNA(mtDNA)(日本人)】
・D
・G
・M7a←縄文人特有★
・M7bc←縄文人特有★
・M8
・M10←縄文人特有★
・M←縄文人特有★
・A
・B
・F
・Z←弥生人特有☆
・N9a←弥生人特有☆
・Y←日本ではアイヌ民族特有
※mtDNAの特有とは、日本特有という意味ではありません。

【参考となる資料等】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97D_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97D2_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E6%B0%91%E6%97%8F#.E3.83.81.E3.83.99.E3.83.83.E3.83.88.E7.B3.BB.E6.B0.91.E6.97.8F.E3.81.AE.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90
http://ja.wikipedia.org/wiki/Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97%E3%81%AE%E5%88%86%E5%B8%83_(%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2)
-----
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:01
【日本3民族 遺伝子上(Y染色体ハプロタイプ)】
----------------------------------------
【 本土日本人 (%は混血比率)】
・DE系統D亜型D1B1/D1B2(約40〜45% YAPあり)
・NO系統O亜型O2B1(約20〜30%)
・NO系統O亜型O3(約10〜16%)

※ 縄文人:D1B1/D1B2
※ 弥生人:O2B1(O3も含む可能性あり)
その他として数%「C1(日本固有)」「N」「C3」「O2B*」検出。
----------------------------------------
【 沖縄県民(琉球民族)(%は混血比率)】
・DE系統D亜型D1B1/D1B2(約50〜60% YAPあり)←本土日本人より高い
・NO系統O亜型O2B1(約20%)
・NO系統O亜型O3(約20%)
----------------------------------------
【 アイヌ民族 (%は混血比率)】←★NO系統無し
・DE系統D亜型D1B*(約80% YAPあり)←極めて高い
・DE系統D亜型D1B1(約6% YAPあり)
・CF系統C亜型C3(約10〜15%)←【*注】
【*注】オホーツク沿岸民族と推定される系統
----------------------------------------

「本土日本人、沖縄県民(琉球民族)」 と 「中国人(漢民族)、韓国人(韓民族)」とはかなり異なります。
----------------------------------------
【 中国人(漢民族 %は混血比率)】←★DE系統なし
・CF系統C亜型C3 (約 8%)
・NO系統O亜型O1A(約10%)
・NO系統O亜型O2*(約10%)
・NO系統O亜型O2A(約 5%)
・NO系統O亜型O3 (約54%)←★中国人(漢民族)の主系統
※地方差あり
----------------------------------------
【 朝鮮人(韓民族 %は混血比率)】←★DE系統なし
・NO系統O亜型O2B*(約30%)
・NO系統O亜型O3(約45%)←★中国人(漢民族)の系統
・CF系統C亜型C3(約12%)

その他として、数%「D1A」「O1A」「N」「K」「D1B」「O2B1」が検出。
----------------------------------------
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:02
朝鮮人は、O2B*とC3の混血をベースに、中国人(漢民族)が大量流入したように見える。「DE系統D亜型D1B1/D1B2」については、韓民族は全く含まれていませんから論外です。「O2B1(弥生人)」と「O2B*(韓民族)」ですが、
==============================================
・O2B*(O-M176*)→ベトナム、満州族、朝鮮民族(47z突然変異なし)
・O2B1(O-47z)→本土日本人、沖縄人(47z突然変異あり)
==============================================
「ISOGG Possible time of origin O-47z→7,870 [95% CI 5,720〜12,630] years」 「47z突然変異」は約7870年前(最小5720年〜最大12630年前 確率95%)に発生。

,,,,,,,,,,,,,,+----------------------- O2B*
O2B ---+
,,,,,,,,,,,,,,+---★------------------ O2B1
,,,,,,,,,,,,,,,,, O-47z発生
,,,,,,,,,, (5720〜12630年前)

満州族、朝鮮民族、ベトナム民族等の「O2B*」と、弥生人の「O2B1」は、約7870年前に完全に別れ、その後、何ら接触がなかった。もちろん、弥生人は朝鮮半島を経由したのかもしれないし、あるいは中国から直接来たのかもしれない。しかし、経由でも痕跡くらいは残っているはずだが、中国東北部から「O2B1」が全く検出されない為、弥生人は中国本土から直接渡来した可能性がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90.E7.9A.84.E7.B3.BB.E8.AD.9C
-----
http://idoushi.jp/?action=common_download_main&upload_id=127
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:03
「Y染色体ハプロタイプ」から「日本民族」の系統を、おおよそでまとめてみると以下の通り。

私たち、現世人類(ホモサピエンス)は、東アフリカの熱帯で誕生(約20万年前)し、約14万年間はそこで暮らしていました。いわば熱帯産まれの熱帯育ちです。そこで、部族間で顔かたちがある程度異なるような多様化をしていたと思われます。 今から70000年〜75000年前、インドネシアのスマトラ島にある「トバ火山」で、極めて大きな大噴火が発生し、噴煙が地球を覆って、地球規模の大寒冷化を引き起こしました。アフリカも、深刻な寒冷化、大干ばつが発生し、サピエンスを襲いました。 しかし、これをきっかけとして、今から約6万年前(もう少し早かったのではという説もありますが)に、生まれ故郷であるアフリカの熱帯を後にして、東へ向かったサピエンスが現れました。それが今、アフリカ以外の世界中に広まり、私達の元となった「CF系統」「DE系統」の民族です。(出アフリカを6万年前として以下にまとめてみます)
-----------------------------
・AとBはアフリカに留まりました。
・CF系統から約70000年前(アフリカ内)でCが産まれました(CF系統C)
・CF系統から約45000年前(インドあたり)でFが産まれました(CF系統F)
・DE系統から約68000年前(アフリカ内)でDが産まれました(DE系統D)
・DE系統から約55000年前(中東あたり)でEが産まれました(DE系統E)
-----------------------------
・CF系統C → 後のモンゴル人です(その他の民族もあります)。
・CF系統F → 後のヨーロッパ民族(白人)、東南アジア、中国人、朝鮮人、そして「弥生人」です。
・DE系統D → 後のチベット人、そして「縄文人」です。
・DE系統E → 後に中東、地中海沿岸、アフリカに広まった民族です。
-----------------------------
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:04
「DE系統DE」と「DE系統D」は、アフリカを出て東へ向かいましたが、中東付近で「DE系統DE」は留まりました。しかし、「D」は更に、東へと向かい、途中、インド洋のアンダマン諸島に一部を残して、更に東へと向かって、今から4〜5万年前に、初めて東アジアに到達しました。東アジアに到達した「D」は、今から3万8千年前に、2つに分かれ、その一方は、日本列島に向かって、今の日本人(大和民族)、アイヌ民族、琉球民族の3民族の元となった民族(D1B、すなわち縄文人)となりました。そしてもう一方は、チベット、ブータンに至った民族(D1AとD1C)となります。さて、中東付近に留まった「DE系統DE」は、こちらも2つに分かれ、新たに産まれた「DE系統E」は中東、アフリカ、ヨーロッパ地中海沿岸(ギリシャ、イタリア、エジプト、その他)へと向かいました。しかし、2つの系統「D」と「E」を産み出した「DE系統DE」は、その後、地球上から消えてしまいます。
★日本人と「チベット民族、そして中東、地中海沿岸民族」とは近縁であるというのは、こういった経緯があるからです。そして、日本列島では、しばらくの間(1万年〜2万6千年間)、縄文人(D1B)だけの世界が続きます。

↓ 「wikipedia」を参照して下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97D_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97D2_(Y%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E6%B0%91%E6%97%8F#.E3.83.81.E3.83.99.E3.83.83.E3.83.88.E7.B3.BB.E6.B0.91.E6.97.8F.E3.81.AE.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C#.E7.8F.BE.E5.9C.A8.E3.81.AE.E5.AD.A6.E8.AA.AC

「DE系統D」と同じ祖を持つ「DE系統E」
http://www.eupedia.com/europe/Haplogroup_E1b1b_Y-DNA.shtml
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:05
さて次に、やはり6万年前にアフリカを出て東へ向かった、別の系統「CF系統F」です。「CF系統CF」から「CF系統F」が誕生し、中央アジア(インド付近)に留まります。その後、幾たびかの変遷を経て、東アジアで一般的な「NO系統O」の民族が誕生します。2万年〜2万5千年前に「O3」が誕生し、今の中国人(漢民族)となります。また「O2B」も誕生しますが、こちらは今から約7870年前に、2つに分かれ、その一方は、ベトナム人、満州族、韓国人(韓民族)の「O2B*」、もう一方は「弥生人」の「O2B1」となります。 「O2B1」に「O3」も加わって、有史以前の、今から3千年ほど前に日本列島に渡来しました(有史以降の渡来は少数です)。日本列島へ「弥生人(O2B1とO3)」が渡来した後、「縄文人(D1B)」との混血として今の日本人(大和民族)と琉球民族が誕生します。しかし、アイヌ民族は、弥生人と混血する事はありませんでした。
↓「総合研究大学院大学のプレスリリース(2012年11月1日)」
http://www.soken.ac.jp/news/5276/
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:05
Y染色体ハプロタイプDも名称が変わりました。内容に変化はありませんが、名称が以下の通りかわりました。

今までは
D1←チベット民族
D2←日本人(アイヌ、琉球含む)
D3←チベット民族
D4←フィリピン・マクタン島住民
でしたが、

D1→D1A
D2→D1B
D3→D1C
D4→D2

とISOGG(遺伝的系譜国際学会)により変更になりました。日本人については、なじみ深いD2からD1Bとなりました。※「Wikipedia」では、まだ変更しきれていない部分があります。また、本来は「D1b」と記述しますが、見やすいように「D1B」と記載しています。
ISOGG(遺伝的系譜国際学会)
http://www.isogg.org/tree/
http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpD.html
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:06
以上から、以下の内容となります。

本土日本人(大和民族)は「縄文人」と「弥生人」とのほぼ半々の比率の混血民族です。それは、「Y染色体ハプロタイプ」から見ても、
また「ミトコンドリアDNA(mtDNA)」から見てもほぼ半々の比率です。つまり男女とも半々の比率であることが分かっています。

↓Y染色体ハプロタイプ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA#Y.E6.9F.93.E8.89.B2.E4.BD.93.EF.BC.88.E7.88.B6.E7.B3.BB.EF.BC.89.E3.81.AB.E3.82.88.E3.82.8B.E7.B3.BB.E7.B5.B1.E5.88.86.E6.9E.90

↓2008年、住斉(すみ・ひとし)筑波大名誉教授による「縄文人特有mtDNA」と「弥生人特有mtDNA」による計算結果より
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/imgview/2009/05/24/a542e.jpg.html
(産経新聞より抜粋)

しかし、朝鮮民族は違います。

@ 朝鮮民族について、Y染色体ハプロタイプの縄文的要素を示すマーカは殆ど「0(ゼロ)」、若しくはあっても痕跡程度にしか検出されない。
A 「HLA(人白血球型抗原)」による調査結果では、朝鮮民族は満州族や中国東北部の漢民族と近い。
http://idoushi.jp/?action=common_download_main&upload_id=127

B 上記@Aにもかかわらず「常染色体」については、僅かだが「縄文的要素」が存在する。
C mtDNAについては、日本人と朝鮮民族は似た点が存在する。

上記4つの連立方程式が成り立つ回答を考えて見て下さい。
・「mtDNA」は今の朝鮮民族の姿を映していない、遥か過去2000年以上前の姿を映している。
・「朝鮮民族」の成り立ちです。ある条件で「Y染色体ハプロタイプ」の縄文的要素を示すマーカは少しずつ消えていきますが、「mtDNA」は殆ど変りません。

縄文人は、1万年〜3万年前から日本列島付近(朝鮮半島を含む)に住んでいたのでしょう。また、弥生人は今から約3000年以上前(←これは現在の常識)に、おそらく「日本列島(九州)」と「朝鮮半島(南部)」にほぼ同時期に到着したのでしょう。到来ルートはおそらく中国沿岸ルート。これは、沖縄ルートについては、南琉球を除いては、沖縄本島の琉球民族のDNAについて弥生人が中継していった痕跡が見られない為です。朝鮮半島北部ルートは可能性としてはほとんど無いでしょう。1万年前から、黄河文明、長江文明があった中国です。相当以前から、中国沿海部は、海上進出が盛んであったと考えるべきでしょう。また、フィリピン、その他にも進出しています。対する朝鮮半島については、仮に中国東北部から回って朝鮮南部へ到達したとしても、大陸中央部(山間部)の民族です。この時期(今から3000年前)、海上進出は無理でしょうし、その(海上進出)理由もありません。

弥生人が持ち込んだ「稲」の問題もあります。「稲」の遺伝子パターンが、日本と朝鮮半島では合わず(異なる)、日本と中国とは合致する。そもそも、朝鮮北部は寒すぎて「稲作」に適さない。

日本列島については「縄文人」と「弥生人」の混血となって今に至ったが、朝鮮半島については、その後の中国東北部からの別民族が何度も多数到来が繰り返され(男女の比では、結果的に男の方が多かった=Y染色体ハプロタイプの縄文的要素を示すマーカは殆ど「0(ゼロ)」、しかし「常染色体」については「縄文的要素」が僅かに存在、例えば、戦争で全滅等をした場合、それは兵士(男子)であって、女子、子供は生き残る可能性が高い(根拠となる具体的な証拠はありませんが)。

そのようにして、現在の朝鮮民族(おそらく韓国南部の一部地域はそう言える)が形成されたと考えた方がいいでしょう。韓国南部の一部地域以外の朝鮮半島については、クラスタがかなり異なることからおそらく中国東北部からの移民が大多数でしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E6%B0%91%E6%97%8F#.E9.81.BA.E4.BC.9D.E5.AD.90.E7.9A.84.E7.B3.BB.E8.AD.9C
-----

以上、上記までの文章に著作権等はありませんから、ご自由にお使いになってかまいません。そもそも、誰が見ても同じような結果となるでしょう。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:09
Y染色体ハプログループの系統分類に使われる突然変異として、例えば「O2B」は、一塩基多型(SNPs:スニップス)で判別します。しかし「D1B(旧D2)」は「YAP」と呼ばれる特異な配列(約300塩基)を持っています。Y染色体長腕部「Yq11 DYS287」にある塩基配列に「YAP」が存在します。

【Y染色体】
DXYS1Y Yp11
PABY Yp11.3
DYS1 Yq11.2
DYS287 Yq11 ←★YAPが存在する位置
DYZ8 Yq11

元々、人の遺伝子の約13%に、SNIEというDNA配列があります。SNIEは、逆転写された RNA分子を表現する短いDNA配列であり、本来ならtRNA、rRNA、その他の核内低分子RNAに転写されるべきものであるのが、DNAに配列挿入されてしまったものです。生体内での使用目的は、まだ判っていません。最も多く見られるSNIEとして、Alu 配列(Alu sequence)があり、蛋白質コード配列を全く含みません。制限酵素AluIで認識されるため、「Alu(アル)」と呼ばれます。YAP(Y Alu polymorphic element)は、Y染色体の特定位置「Yq11 DYS287」に、SNIEの主要となるAlu配列が飛び込んでしまったY染色体ハプログループマーカで、約300塩基で構成されています。インターネットで「Alu 配列」などで検索するといいでしょう。 「生体内での使用目的は、まだ判っていません」←と記載しましたが、常染色体にAlu 配列が飛び込む場合、規則性があり、ある特定の塩基配列にだけ入り込むことが分かっています。しかし、遺伝子がぶっち切れることに変わりなく、その遺伝子の機能が無くなってしまうかどうかがよく分かりません。しかし、ロバストネスもあるので、救済される場合もあるのかもしれません。タンパク質コードがないので、そのままでは遺伝子としては機能しないと考えますが、それが進化(新規形質の取得)等にどう影響するか等がまだよくわかりません。 Alu配列は、めずらしくもなんともない、ありきたりの遺伝子配列(遺伝子としては機能しない)ですが、Y染色体の特定のエリアに飛び込んでしまったという点がめずらしいという事になります。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:13
よくある疑問点として、縄文系とか弥生系とか言われていますが、結論としては、日本人は混血となります。
@ 人間の染色体は46本で、2本は性染色体、44本は常染色体です。
A Y染色体は親(男性)から子(男性)に継承される→Y染色体ハプロタイプ(ここではo2b1)も「Y染色体(性染色体)」によって、親(男性)から子(男性)に継承される。
B 殆どの遺伝子は「常染色体」にあって、「Y染色体(性染色体)」の引き継がれ方と連動せずに引き継がれる、つまり、「常染色体」と「Y染色体(性染色体)」の引き継がれ方に「相関関係」は全く無い。

-----------------------------------------------------------------------------
【O2b1の男性O】(つまり弥生系)
Y染色体.............常染色体
.Y(O2b1).....X(o01)..X(o02)..X(o03)..X(o04)..X(o05)..X(o06)---
.X(----).....X(o21)..X(o22)..X(o23)..X(o24)..X(o25)..X(o26)---
※目の一重二重、顔かたち等の容姿も含め殆どの遺伝子は常染色体にある

+(プラス)

【D1B(男性)の子(女性D)】(つまり縄文系) ※分かりやすいように「★」で示す。
Y染色体なし.........常染色体
.X(----).....X(★01)..X(★02)..X(★03)..X(★04)..X(★05)..X(★06)---
.X(----).....X(★21)..X(★22)..X(★23)..X(★24)..X(★25)..X(★26)---


【上記の子(男性)】
Y染色体.............常染色体
.Y(O2b1).....X(o01)..X(★02)..X(★03)..X(o04)..X(o05)..X(★06)---
.X(----).....X(★21)..X(o22)..X(o23)..X(★24)..X(★d25)..X(o26)---
↑Y染色体はそのまま引き継ぐ
-----------------------------------------------------------------------------

C 上記より【上記の子(男性)】のY染色体ハプロタイプのマーカは「O2b1」のままだが、常染色体は混じった状態となる。また、上記のイメージとは別に、減数分裂の際の遺伝子間の一部組み換えも発生する。つまり、常染色体は代を重ねる毎に、複雑に混じり合います。

D 目の一重二重、顔の形態はY染色体ではなく常染色体にあるから、「Y染色体=O2B1」にもかかわらず、目が二重で、立体的な顔となる場合もあるし、逆パターンの「Y染色体=D1B」なのに、目が一重で、平べったい顔の場合もあります。

E 約3000年の経過により、縄文系と弥生系が完全に混じっていますので、例えば目が一重なのに、髭が濃く、髪が癖毛であるなど、混在しており、それは、混血である日本人の「個性」と考えればいいでしょう。


ほんの僅かな数の遺伝子ですが、マーカとともに引き継がれる遺伝子も、例外としてあります。
それは、Y染色体そのものに入っている遺伝子です。この遺伝子だけは、Y染色体と一緒に引き継がれる。つまり「相関関係」がある遺伝子となります。 縄文人の全部ではありませんが、統計的に、縄文人にその傾向が見られ、弥生人には見られない事象であったと考えられ、そして、現代の日本人の「D」にその傾向が見られ、「O」には見られない事象、つまり、Y染色体ハプロタイプのマーカと連動するものもあります。極めて数は少なく、今確認されているものを以下に示します。↓

http://www.jsog.or.jp/PDF/56/5609-612.pdf#search='%EF%BD%99%E6%9F%93%E8%89%B2%E4%BD%93%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97+%E7%94%A3%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E7%A7%91%E5%AD%A6%E4%BC%9A'
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:15
上記の「日産婦誌56巻9号」は、まだ「O2B1」の由来が問題視される以前なので、「朝鮮半島から」との記載がありますが、そこは無視していいでしょう。。

誤解しやすい点について述べます。一般的な遺伝子(DNA)検査で、個人レベルの「民族」判定は出来ません。 「ミトコンドリアDNA」、又は「Y染色体ハプロタイプ」の「マーカ」自体の「ルーツ」を調べる事はできますが、ご自身(個人レベルで)の「ルーツ」を調べる事はできません(結論として、一般的なDNA検査では、ご自身が「大和民族」「漢族」「韓民族」なのかを識別する事はできません。これはDNA「マーカ」というものの性質上そうなります)。

日本人の例として(D1Bは、旧D2で示します)、
---------------------------------
・ミトコンドリアDNA=M7a1a3 (ハプロタイプM7a)
・Y染色体ハプロタイプ=D2a1a1 (DE系統D亜型D2)
---------------------------------
というように、1種類ずつしかわかりません(上記は日本人「大和民族」で検出される、わりと多いマーカですが、これが出たからといって「大和民族」であるという保証にはなりません。また他のマーカが出たからといって「大和民族」ではないという事でもありません。日本人は混血民族であり、結局は何が出てもおかしくはないのです)。


「ミトコンドリアDNA」「Y染色体ハプロタイプ」で民族の系統分析が出来ます。しかし、これらは大規模な集団についてはその比率において民族の違いが判別できますが、個人レベルでは不可能です。例えば、日本人でよく検出される「Y染色体ハプロタイプ」の主なマーカは「D1B1」「D1B2」「O2B1」「O3」「C1」「N」です(アイヌの人達は「D1B*」「D1B1」「C3」)。日本人集団の中でその占める比率は、日本人であるあなた個人の体の、混血比率となります。マーカ「D1B1」を持っている日本人と、マーカ「O3」を持っている日本人、それと日本人女性(Y染色体を持たない)も、その混血比率はほぼ同じです。


しかしながら、マーカはその人(男性)が偶然もっているだけで(mtDNAについては男女ともあります)、個人に対しては何の意味もなさないのです。例えば、韓国の人の中にも、数こそ少ないながら、マーカ「D1B1」を持っている方がおそらくいるでしょう。しかし、その人の混血比率は朝鮮民族の比率であって、日本人とは違うのです。その人は遠い過去にあったマーカ「D1B1」を偶然持たされただけにすぎません。「マーカ」はいわば気まぐれカードです。色々なカードがある中で、偶然それを持っているだけにすぎません。Y染色体ハプロタイプにしても、またミトコンドリア遺伝子にしても、「マーカ」は「大規模な集団」については強力な判別情報となりますが、「個人レベル」では全く意味をなさないのです。有名な良い例をもう一つ上げますと、どこからどう見ても白人のイギリス人なのに、黒人の「Y染色体ハプロタイプA系統」を持っている人がいます。これも同じです。「マーカ」は、その比率のみ、その集団を他と識別する情報となる意外、何にも使えないという事を理解しておいて下さい。特に個人レベルでは全く判別不能です。有史以前から日本人として続いている家系でも、Y染色体ハプロタイプ(もちろんmtDNAも)では何が出ても不思議ではなく、また何の意味もなさないという事です。

唯一、中国人、韓国人、日本人を、個人レベルで、おおよそで区別ができそうなのは、現在のところ「DNAマイクロアレイ」による分析だけと推定されます(一般的な検査ではありません)。
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=73749&type=0
http://ja.wikipedia.org/wiki/DNA%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%A4


JAPAN DNA Project
https://www.familytreedna.com/public/japan/default.aspx?section=yresults
https://www.familytreedna.com/public/japan/default.aspx?section=mtresults

↑注意:Y染色体ハプロタイプについては、以下のISOGG(遺伝的系譜国際学会)を参照し、
http://www.isogg.org/tree/
http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpD.html
http://www.isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpO.html
例えば「O-47z = O2B1」と読み換えて下さい。Y染色体ハプロタイプの「Haplogroup」は、現在、突然変異名で記載されています。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:16
-----------------------------
・AとBはアフリカに留まりました。
・CF系統から約70000年前(アフリカ内)でCが産まれました(CF系統C)
・CF系統から約45000年前(インドあたり)でFが産まれました(CF系統F)
・DE系統から約68000年前(アフリカ内)でDが産まれました(DE系統D)
・DE系統から約55000年前(中東あたり)でEが産まれました(DE系統E)
-----------------------------
・CF系統C → 後のモンゴル人です(その他の民族もあります)。
・CF系統F → 後のヨーロッパ民族(白人)、東南アジア、中国人、朝鮮人、そして「弥生人」です。
・DE系統D → 後のチベット人、そして「縄文人」です。
・DE系統E → 後に中東、地中海沿岸、アフリカに広まった民族です。
-----------------------------

「↑・CF系統F → 後のヨーロッパ民族(白人)、東南アジア、中国人、朝鮮人、そして「弥生人」です。」も疑問に思ったでしょう。

私たち現生人類(ホモサピエンス)は東アフリカで誕生しました。そして、出アフリカ(約6万年前)以前の現生人類(ホモサピエンス)の肌の色は、皆、「黒」若しくは「褐色」であったと推定されます。私たち日本人も、そしていわゆる白人と呼ばれている人達も同じです。

突然変異とは「DNAの塩基の並びの変化」です。例えば、細胞分裂の際の「コピー(複製)ミス、(SNIE含)」、染色体レベルでは「欠失、重複、逆位」で発生し、この変化は子世代に引き継がれる場合があります。それが子世代にとって生存や繁殖に有利な変化であれば、「新しい手直し」としてそのまま引き継がれていきます。しかし、進化(新規形質の獲得)は単純ではない事が判っています。ここでは、目に見えて確認できる変化を「表現型」として説明します。遺伝子とタンパク質の間にネットワーク構造(遺伝子制御ネットワーク)があり、その中で、まず前提として、遺伝子制御ネットワークによって、突然変異が生じても、目に見える違いとして現れにくい性質があります(頑健性:ロバストネスと言います)。そのため、
●通常は表現型に影響を与えないまま保持される中立変異があり、環境的変化を受けると目に見えて多くの変化を生じ、適応的な新規形質を生じる可能性が高まります。
●生物はまず、環境変化に、遺伝的変異によらない対応で変化し順応する。その後、その変化を作り出す遺伝的変異が生じ、環境に対応した表現型が固定する。
●多くの新規形質は、別の表現型で利用されていた遺伝子ネットワークを利用し、新しい表現型を作り出す。
ということが判っています。

つまり、表現型に出てこない中立の突然変異が、常に起こっており、表に出ない状態で、ダムにせき止められた水のように、どんどんと蓄積されていく。そうなると、ほんの僅かな突然変異をトリガとして、まるでスイッチが切り替わったかのような、大きな変化、早いスピードで表現型の変化が起こりうるという事です。その変化は何処でも発生しているが、アフリカでは、紫外線が強いという制約があります。極端な例ですが、母親の卵子を作るさいの、ほんの僅かなコピーミス(突然変異)をトリガとして、「黒人」の両親から、メラニン色素減少、肌が白、連動して目が青、金髪の子供が生まれるという事も十分にあり得るという事です。しかし、アフリカは紫外線が強いため、その子は選択されず、集団としては変化がない、つまり、黒い肌が「選択」され、「固定」してしまったという事です。しかし、出アフリカとなると、紫外線が強いという制約が無くなります。そうなると、目に見えて多くの変化を生じ、「適応的」な新規形質を生じる可能性が高まる。つまり、制約、枠が無くなったので、変化が次々と発生し、集団を作っていくという事です。もちろん、集団の密度、隔離度、その他のもろもろの条件も影響するでしょう。結果として、その環境に適合したもの(つまり肌が黒ではない)が「選択」「固定」され、結果として、今の世界の民族となったという事です。

実際には、「肌の色が黒い集団」が突然「肌が白く、目が青い集団」になった訳ではないようです。約10000年前の「黒海周辺」の地域で、「目(つまり虹彩)が青」の民族が突然変異で発生したと推定されています。また「金髪」は北欧で発生したと推定されています。つまり段階的に突然変異により発生した模様です。
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:17
DNA分析による遺伝学が進歩したことも加わって、「人種」と言う分類法は用いられなくなりつつあり、かわりに民族集団や連続的な遺伝的特徴(例えばクライン)といった概念が用いられるようになってきています。世界的な「Y染色体ハプロタイプ」の調査が1990年後半から始まり、2000年代になってだいたいの状況が判明してきています。そして、それまでの定説が次々と覆されています。「現生人類」は「ホモ・サピエンス」一種のみです。2万年前には別の種「ネアンデルタール人」がいましたが、今はもういません。人種とは、ヒト・人間を分類する用法の1つですが、 生物学的な種や亜種とは、異なる概念であり、現生するヒトは、遺伝的に極めて均質であり、種や亜種に値する差異も存在しません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE

↓例えば、「アメリカ先住民」はDNA上、ヨーロッパ民族と近縁の模様です。
http://jp.sciencenewsline.com/articles/2012113020150001.html

「ネイティブアメリカン」は「Y染色体ハプロタイプ」では「Q2」の民族です。「Q2」は一般的なヨーロッパ民族(R1A/R1B)と近縁の民族です。また、このDNA(マーカ)は日本では全く検出されません。
-------------------------------------------
【 アメリカ先住民(南北アメリカで混血比率は異なる)】
・QR(P)系統Q亜型Q2(多数)←ヨーロッパ民族と近縁の系統
・CF系統C亜型C3(僅か)←モンゴル人等と同じ系統
-------------------------------------------

つまり、失礼な言い方ですが、基本的な考え方として、
「アメリカインディアン」+「漂白剤につける」=「イギリス人、フランス人、ロシア人」
と考えればいいでしょう。単なるメラニン色素の量の問題ということですね。遺伝的にはゴミみたいな違いでしかないのです。
「アフリカ大陸内」の民族は、その他の大陸の民族全てより多様性が高いのです。もちろんメラニン色素による違いを除けばですが。

↓目の色、つまり青い虹彩は、レイリー散乱で青く見えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%BC%E6%95%A3%E4%B9%B1

メラニンが極端に少ない事を示し、実際に青い色素がある訳ではありません。メラニンは、主に黒褐色の真性メラニン(eumelanin)と、橙赤色の亜メラニン(Pheomelanin)の2種類があります。

日本人で多い茶色の目(虹彩)ですが、メラニンが減少すると「茶→緑→青→紫」と変化します。「構造色」と言います。東北地方では、日本人なのに青い目の方がいます。メラニンが極端に無くなると、白くならず、虹彩の構造で「青」になります。もっと進むと、血液の赤とまざって「紫」になります。鮮やかな青で知られる「モルフォ蝶」の実際の羽の色は無色です。青の波長は乱反射しやすい為、青く見えているだけです。空が青く、夕日が赤いのと原理は同じです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%88%E3%81%AE%E8%99%B9%E5%BD%A9%E3%81%AE%E8%89%B2#.E3.83.96.E3.83.AB.E3.83.BC.EF.BC.88.E9.9D.92.E8.89.B2.EF.BC.89

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%B3

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E5%B1%9E
Posted by シシリー at 2014年08月28日 20:17
シシリーさん。
 興味深い話をありがとうございました。
 しかし、これほどの長文だったら、ご自分のブログに書いてから、リンクをここに書くだけの方が良さそうな気もしますが。   (^^);
 いや、文句を言っているわけじゃないんですけどね。私のサイトが充実するわけで、けっこうなことなんですけど。   (^^);

 ──

 疑問点が二つあります。

 (1) 弥生人の由来は、朝鮮半島経由でもなく、琉球諸島経由でもなく、中国沿岸部から……という説ですね? 
 それは考えられなくもない。黒潮に乗って今でも中国のプラスチックが漂着しますから。しかし、距離的には 1000キロ程度になるので、ちょっと無謀すぎます。そこに日本という国があることをあらかじめ知っていない限り、自殺行為になる。発達した船があればできるが、それが可能なのはかなり近代的な造船技術ができてからなので、時代的には無理そう。

 (2) 本題の弥生人とは関係ありませんが出アフリカの時期はトバ爆発とは関係なく、もっと古い時期だ、という考古学的な証拠が挙がっています。これについては別項で論じたので、そちらを参照。
  → http://openblog.meblog.biz/article/10984215.html

 上記の(1)(2) 以外は、私の主張(すぐ上のリンク)と、おおむね整合的です。ただ、私の主張にはオーストラロイドの記述もある。また、デニソワ人やネアンデルタール人との混血があり得ないことも示している。

 ──

 目新しく感じたのは、縄文人の由来です。そちらの説によると、

> DE系統D → 後のチベット人、そして「縄文人」

 とのことなので、縄文人は南方由来ではなくて、北方由来であり、
 「チベット方面からシベリア・バイカル湖付近経由で日本に到達したあとで、シベリア・バイカル湖付近の同種民族がモンゴル人によって滅ぼされた」
 ということになりそうです。

 ただし、これは私の説と整合的です。
  → http://openblog.meblog.biz/article/11005737.html

 この説では、古モンゴロイド(北方系)は、イランからカザフスタンを経て中央アジアへ、となっているので、整合的。
 古モンゴロイド(南方系)は、それとはべつだが、シシリー産の話によると、古モンゴロイド(南方系)は、古モンゴロイド(北方系)とは、まったく別の系統だということになり、「古モンゴロイド」という(ひとつの)概念が成立しなくなりそうです。
 それはそれで、私の説とは矛盾しません。もともと、古モンゴロイド(南方系)と、古モンゴロイド(北方系)とを、区別しているので。
 とはいえ、「古モンゴロイド」という(ひとつの)概念が成立しなくなるというのは、ちょっとショッキングですね。

 ──

 なお、Wikipedia 「Y染色体ハプログループ」の項目では、一番最初をハプロタイプAとしています。それは良いのですが、ハプロタイプAをアフリカと書くのは乱雑すぎて、正しくは英語版の方の地図にあります。
 → http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup
 → http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/ca/World_Map_of_Y-DNA_Haplogroups.png
 この地図に従えば、ハプロタイプAは、コイサン人とナイル人。ナイル人は、マサイ族など。このマサイ族は、私が「人類の始原はエチオピア人だ」と述べたときのエチオピア人に相当します。
 この件は、別項を参照。
  → http://openblog.meblog.biz/article/10867051.html
  → http://openblog.meblog.biz/article/10884281.html
Posted by 管理人 at 2014年08月28日 21:48
よく考えてみたら、上の (1) は否定されます。

>  (1) 弥生人の由来は、朝鮮半島経由でもなく、琉球諸島経由でもなく、中国沿岸部から……という説ですね? 

 それが起こりそうにないことは、すぐ上でも示しました。それが常識的な考え方です。そもそも島々を伝うのが最も簡単なのに、それを避ける理由がありません。
 また、仮に高度な航海術があれば、もともとの琉球人を制圧できるはずなので、島々を避ける必要がありません。

>> 到来ルートはおそらく中国沿岸ルート。これは、沖縄ルートについては、南琉球を除いては、沖縄本島の琉球民族のDNAについて弥生人が中継していった痕跡が見られない為です。

 これがそちらの説ですが、すでに「沖縄ルートがない」というのが誤りだと判明しているので、引用文の「痕跡がない」は理屈として妥当ではない、とわかります。あとは、その説明をするだけです。
 説明は、たとえばこうです。
 「当時は人口密度が低かったので、人々の間で争いは起こりにくかった。もともと沖縄本島にいた縄文人は数が少なくて、しかも内陸部で採集生活を送っていた。一方、渡来人は船で来て、沿岸部で漁業生活をしていた。両者は琉球諸島の各島のなかで、テリトリーが重ならずに、別々に過ごした。その後、長い年月がたち、渡来人が来なくなると、沿岸部は放置され、無人の領域となった」
 これで、痕跡がないことは説明されます。
 南琉球に少し痕跡が残っているのは、渡来人の人口が多かったので、そこに定住した人もいたせいでしょう。一方、他の島では、渡来人の人口も少なかったので、そこに定住せずに、本土へ移動していったのでしょう。
 ここでは次のこと大切です。
 「中国本土から沖縄本島まで来るのは大変だが、いったん沖縄本島まで来たら、あとはごく容易に九州まで達せる。沖縄本島と九州とは、ほとんど地続きといってもいいぐらい、(離島伝いで)交通しやすい」
 つまり、沖縄本島まで来るのは大変だとしても、いったん沖縄本島まで来たら、あとはイカダに乗っているだけでも、黒潮のおかげで、九州まで達せる。沖縄本島は、そこに来るのは困難でも、そこから出ていく(本州に達する)のは容易な場所だ。内陸部の縄文人は黒潮に乗ることはできないとしても、沿岸部の渡来人は黒潮に乗ることができた。とすれば、渡来人の痕跡が残らないのは、何ら不思議ではない。
Posted by 管理人 at 2014年08月28日 23:09
↑なるほどね。
Posted by シシリー at 2014年08月29日 20:16
あとで思い直したが、朝鮮半島経由は、弥生人ではなくて、縄文人の方でしょう。
 2万年前の陸続きのときに、朝鮮半島から縄文人がやって来て、日本に土着した。そのうちの一部は、(琉球諸島経由で渡来人が来る前に)九州から沖縄本島まで出向いた。これはイカダでは無理なので、たぶんボートで。
 2万年前の時点で、原始的な言語はすでにできていたので、朝鮮半島と日本とで、わずかながらも言語の類似性が見られる、ということでしょう。

 p.s.
 カヌーの移動量は、1日20〜70キロぐらい。
  → http://hirumanonagareboshi.hamazo.tv/c584399.html
 沖縄諸島の島の距離感覚は、このくらいだから、島から島へは1日ボートを漕ぐだけの距離。(二人乗りで交互に漕ぐのならば、その倍の距離を進めるか、または、個人の負担が半分になる。)
 縄文人でも、九州から沖縄に到達するのは容易でしょう。たとえ黒潮があっても。(島伝いなので。)
Posted by 管理人 at 2014年08月29日 20:53
古モンゴロイドについて、

モンゴロイド的特徴(寒冷地適応)を経ているか(新モンゴロイド)、若しくは否か(古モンゴロイド)を区別する上で作り出された名称です。古モンゴロイドをプレモンゴロイドと呼ぶ事もありますが、これだと、イギリス人、フランス人も古モンゴロイドとなりますね。モンゴロイド的特徴は「ベルクマンの法則(1847年)」とか「アレンの法則(1877年)」を基にした考え方です。

【ベルクマンの法則】温保持との関わりで、恒温動物は、常に体温を一定に保つために体内では常に熱を生産している。この熱は、筋運動やさまざまな代謝によって生み出される。他方、体表面からは熱が放出され、それを促進するためには発汗による気化熱が利用される。したがって体内での熱生産量はほぼ体重に比例し、放熱量はおおよそ体表面積に比例する。つまり放熱量は体長の2乗に、熱生産量は体長の3乗に比例する。これは、体長が大きくなるにつれて体重当たりの体表面積は小さくなることを意味する。いわゆる2乗3乗の法則の例の一つである。温暖な地域では体温を維持するためには放熱を十分に行う必要があるから体重当たりの体表面積は大きくなければならず、小型であるほうがよい。逆に寒冷な地域では放熱は簡単であり、むしろ体温を維持するためにはそれを抑える必要があり、そのためには大型であることが有利となる。

【アレンの法則】恒温動物において、同じ種の個体、あるいは近縁のものでは、寒冷な地域に生息するものほど、耳、吻、首、足、尾などの突出部が短くなる」というものである。これも体温維持に関するもので、このような体の突出部は体表面積を大きくして放熱量を増やす効果がある。温暖な地域では、そのような部分の拡大は放熱量を増やすことで体温維持を容易にすることになる。逆に寒冷な地域ではその部分から体温を奪われるという点と共にそのような部分の体温を維持するのが困難なため、凍傷になりやすいという問題点がある。

「寒冷地適応」は、考古学的、または遺伝学的な根拠もなく、上記を無理やり当てはめた名称です。遺伝学がある程度進んだ現代では使いません。

↓★「総合研究大学院大学のプレスリリース(2012年11月1日)」でも使われていませんね。
http://www.soken.ac.jp/news/5276/
Posted by シシリー at 2014年08月29日 20:58
新モンゴロイドが寒地適応した……という説については、私はすでに否定しています。

 理論的にあり得ない。
  → http://openblog.meblog.biz/article/4047648.html

 ハプロタイプで否定されている。
  → http://openblog.meblog.biz/article/11005737.html

 つまり、この件は、本サイトではすでに言及済みです。

 ちなみに、人種差については、私は、鼻頬角の方を重視しています。鼻頬角については、サイト内検索をしてください。(左の欄)
Posted by 管理人 at 2014年08月29日 21:12
弥生人の渡来ルートについて

沖縄ルートなのか、中国沿海ルートなのかは、はっきりした証拠がある訳ではないので、わからないというのが正解だと考えます。管理人さんの言う通りのルートかもしれません。沖縄本島のDNA結果だけから推測している訳なので。しかし、沖縄ルートもかなり危険ですよ。それよりは中国大陸の海岸線が見える近海を北上していった方が楽ではありませんか。何かあったら岸につけられます。ちょっと冒険して朝鮮(南部)、日本列島(九州)までといった具合です。ある時期突然向かったのではなく、少しずつ時間をかけて日本までのルートが確立していったのかもしれません。
Posted by シシリー at 2014年08月29日 21:23
> 沖縄ルートなのか、中国沿海ルート

 対立するのではなくて、両方では? 
 (1) 前半は中国沿海で台湾まで。
 (2) 台湾から先は琉球諸島経由で。

 私は最初からそのつもりで話しています。(1) は自明だと思ったのでいちいち書かなかったけど。

 なお、東シナ海を横断する長距離ルートはあり得ないと思っています。対馬海峡を渡るのに比べて圧倒的に困難なので。
 また、対馬海峡を渡った場合には、「朝鮮半島経由」に含まれます。(ただし人間は、朝鮮人ではなくて、中国人になるが。……しかしこれは、あまりにも長大な航海になるので、当時の航海術では不可能でしょう。大型船舶が構造可能になるには、あと 1000年ぐらいかかります。)
Posted by 管理人 at 2014年08月29日 21:31
お二方の興味深い話を拝見しておりました。
一つ申し上げたいのは、日本人でも体臭が気になるという人がかなり居るということです。私もその一人です。英語で耳垢を「イヤー・ワックス」というとおり、欧米、アフリカ系人種の耳垢は湿っており、日本人でも沖縄、東北、北海道にはそういう人が一定数います。私もそうです。私もその出身地で、耳垢湿ってワキガです。
弥生人が到来する前に縄文人の国家らしきものが存在していると思われ、その代表が古事記、日本書紀に出てくる「古志(越)」の国です。新潟県糸魚川市付近に中心があったとされ、糸魚川市長者原遺跡からは5千年前から7千年前のヒスイ加工跡が見つかっています。このヒスイは縄文時代から広く日本に伝播しており、アイヌの支配地だった地域の遺跡からも見つかること、新潟県の地名でアイヌ語由来のものが散見されることから、縄文国家「古志」とアイヌは対立関係にはなかったものと考えられます。
古志がヤマト王権に吸収される前に、出雲と平和裏に統合し、それがヤマト王権に征服されたものであると考えられています。
ヤマト王権は稲作文化であり、中国南部の遺伝子を有する水稲栽培の文化であることはシシリーさんがおっしゃるとおりです。
ただしこの水稲は中国遼東半島付近の気候では栽培に適さないため、朝鮮半島を経由して入ってきたものとは考えら得ません。韓国全羅道付近を経由するなら考えられなくもないのですが。このあたりからは日本と同じ遺伝子の稲はみつかりません。

糸魚川のヒスイの話をしましたが、弥生時代末期になると、この時代の朝鮮半島南部の豪族等の墳墓の遺跡から糸魚川のヒスイが出土します。これは、縄文人国家「古志」が「ヤマト」と完全に統合し、古代日本が朝鮮半島まで進出していた証拠になるのです。この時の捕虜などが日本に連行され、その遺伝子が日本人に残っていると考えるのはまったく無理な話ではありません。
朝鮮半島から渡来した遺伝子は「弥生人」ではなく、弥生時代後期に日本による朝鮮半島南部支配によって流入した遺伝子だという仮説も成り立ちます。
Posted by 傍観者 at 2014年08月29日 22:42
それと、中国、朝鮮半島には縄文人と同じく耳垢が湿った人は殆どいません。湿った耳垢は子孫にかなり高い確率で現れる「優性遺伝」なので、縄文人が中国、朝鮮半島経由だとしても現在はほとんど「殲滅」された状態だといって良いと。
逆に現在でも樺太、カムチャッカ、北海道に湿った耳垢の人が多いことから、北方系縄文人は樺太経由という説が妥当だと思います。
Posted by 傍観者 at 2014年08月29日 22:49
> 北方系縄文人は樺太経由という説が妥当だと思います。

 こっちで詳しく論じています。
 → http://openblog.meblog.biz/article/10915066.html
Posted by 管理人 at 2014年08月29日 23:03
↑「傍観者」さんへ。「殲滅」という言葉も、実は根拠がなく一人歩きした言葉だと考えます。結論的には、「Y染色体ハプロタイプD系統」の集団は、氷河期最寒気によって日本列島とチベットに分断された可能性があり、一度分散した集団が、氷河期最寒気等によって、また集まり、遅くとも、今から8000年前には、チベット近辺をうろついていたと考えられます。遺伝子「マーカ」は便利なツールでして、以下からある程度読み取れるものがあります。「Y染色体ハプロタイプD系統」は「弥生人等」と異なり、土地に根ざさない「狩猟採集」集団です。

-----【縄文人の正体について】-------------
「東アジアに定住したもっとも早期の現生人類とりわけチベット人集団と日本人集団の共通の起源に関するY染色体上の証拠について(2008年)」
↓英文の論文
http://www.biomedcentral.com/1741-7007/6/45

↓日本語翻訳
------------------------------------------------------
コロンから始まるURLアドレスをコピーします。
↓アドレスバーに貼り付けてEnterキー(実行)を押して下さい。
------------------------------------------------------
://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/012_4Y_chromosome_no_kennkyuu.html
----------------------------------------------

↑日本語翻訳のずーと下の方の「図3 D-M174系統のY-STRネットワーク」をご覧ください。一概には言えませんが、

・「D1」と「D3」は一度広く分散した。
・図は広く広まった「D1」「D3」を調査したのではなく、限られたチベット内の民族を調べた結果である。つまり、一度分散した集団が、氷河期最寒気と、狩猟対象の動物の群れの移動の関係でしょうか、また集まってチベットへ向かったと見る事もできます。このように考える事も可能なので、「殲滅」という言葉は根拠がないと言えます。もちろん、ある程度集まっても、取り残された集団はある程度いたでしょう。それが、中国人(漢民族)から、ほんの僅か検出される「D1」と見る事もできます。
Posted by シシリー at 2014年09月01日 01:02
チベット人は約「8000年前」の突然変異によって標高4000メートル以上の高地に適応、「8000年前」は、少し使える槍などを使い、自分の足で走って追いかけ回す程度の戦力の時代です。
Posted by シシリー at 2014年09月01日 01:08
中国人(漢民族)は、「Y染色体ハプロタイプD系統」が大方、日本列島方向と、チベット方向へ行ってしまい、ほぼ無人に近い状態となった中国大陸に進出していった可能性が高いということです。ヨーロッパにおける(氷河期の覇者といわれた)ネアンデルタール人の滅亡の一因の一つとして氷河期最寒気が考えられています。もちろん「Y染色体ハプロタイプO系統」が土地に根ざした農耕を用いて、広く拡大していったため、アイヌ民族と同じように、だんだんと「Y染色体ハプロタイプD系統」の行き場が無くなっていったかもしれません。
Posted by シシリー at 2014年09月01日 01:36
> 湿った耳垢は子孫にかなり高い確率で現れる「優性遺伝」なので、縄文人が中国、朝鮮半島経由だとしても現在はほとんど「殲滅」された状態だといって良いと。

 「殲滅された」ということはなく、縄文人の遺伝子は今なお東北地方などに多く残っています。そのことは下記を参照。
 → http://j.mp/1vANvwg

 なお、遺伝子発現で「優性」であるからといって、自然淘汰的に「優者」となって増えるということはありません。耳垢の性質は、次世代の増減にはほとんど影響しないので、最初の集団における遺伝子分布がそのまま次世代に受け継がれます。これを「ハーディー・ワインベルクの法則」と言います。
 詳しくは、Wikipedia のその項目を読んでください。
Posted by 管理人 at 2014年09月01日 03:11
>「殲滅された」ということはなく、縄文人の遺伝子は今なお東北地方などに多く残っています。そのことは下記を参照

すみません。これは私の記述不足で、中国・朝鮮には「耳垢」の湿った人は殆どいません。だから中国、朝鮮から殲滅されたという意味です。

私の湿った耳垢も東北地方由来の遺伝子だと思います。
私の祖先は、父方、母方をさかのぼると両方とも桓武平氏です。遠いご先祖様は皇室です。皇室の方々のハプロタイプは不明ですが・・

あと、古代の人口移動は主に食料確保から起こっていることを考えると、長江、黄河流域の肥沃な地帯から大挙して他の地域に移動するというのは極めて考えにくい話です。
黄河文明をつくった民族は昔からそこに滞在していたのではないでしょうか。
当然顔かたちの違うハプロタイプD型は、そこに侵入するのは「戦争」となるから、回避しながらアムール川沿岸で狩猟、魚労などをへながら、食料確保の適地を目指して樺太、北海道、東北と南下したと考えるのが自然だと思います。

日本の稲はもちろん長江周辺がルーツだと思いますが、稲のDNAの解析から祖先が極めて少ないことが分かっており、稲は大民族移動によって持たされたものでないと思われます。南方からきた縄文人は漁労民だと思われるので、船に積んだ食料にコメがあり、それを日本に到達した時に栽培し、それが今のジャポニカ種が選抜され、伝播したのでしょう。

中国華北平原付近で現在でもハプロタイプDがいないのは一つは「殲滅」(他のハプロ型民族の侵入による虐殺)があった、もしくはハプロタイプD型民族が河北平原は侵入を試みて戦いを挑んだが負けて侵入できず、北や南周りで移動していき、日本に到達してきた・・・これは一つの仮説です。
Posted by 傍観者 at 2014年09月04日 22:00
「殲滅」という言葉よりは、「追放」という言葉の方が自然です。民族間の領土争いはしばしばありますが、領土の支配だけで終わるのが普通であり、相手民族の殲滅までやることは稀です。


> 樺太、北海道、東北と南下した

 樺太から来た縄文人はアイヌだけで、これはハプロタイプも系統も違います。

 本土の縄文人は、朝鮮半島から陸地伝いに九州へ渡った人です。当時は対馬海峡は陸続きだったので。

 ……と思ったのですが、あとで調べ直したら、この学説はすでに古くなっているようです。最新の学説では、次の通り。
  ・ 対馬海峡が陸続きになったことはなかった。 → http://j.mp/WfI2eD
  ・ 南西諸島はアジア(中国)と陸続きだった。 → http://j.mp/1rOg6gW

 というわけで、本土の縄文人は、朝鮮半島から陸続きで来たのではなく、中国から台湾経由で南西諸島を陸続きで来たようです。
Posted by 管理人 at 2014年09月04日 23:01
いろいろコメントありがとうございます。
>樺太から来た縄文人はアイヌだけで、これはハプロタイプも系統も違います。

これには異論がありまして、東北方面の縄文人は先にやってきた民族と、その後に入ってきたアイヌと二段階で考えることが、かなり有力なのです。

これは、縄文時代の人口分布を分析した資料があるホームページですが
http://www.komenet.jp/bunkatorekishi02/24.html
縄文時代前期の日本全体の人口分布は、東北地方と九州が密度が濃く、関西・中国は薄いのです。
つまり端的に言えば、北方からきた縄文人と南方から来た縄文人がいるという一つのエビデンスになります。
東北方面に居た縄文人は、記紀のような文献はなくあくまでも考古学上の分析でしかないですが、新潟県糸魚川市にある長者が原遺跡は、およそ7千年前からヒスイの加工をして、そのヒスイや佐渡で採取される赤玉石を加工して勾玉を作り、それは東北一円と北海道南部の遺跡で発見されています。
この縄文時代の食料は狩猟鳥獣と考えられがちですが、実際はこのホームページにあるようにドングリなどの堅果類を主食にしてい可能性も高いのです。新潟から東北一円の植生は広葉樹林帯です。ドングリは長期保存が可能なので穀物と同じように半栽培に近いかたちで食料を確保していたかもしれません。
この新潟を中心として北海道まであった縄文人の集団は、記紀にでてくる「古志の国」でしょうか。(仮に古志とします)神武天皇即位より昔に出雲と平和裏に統合し、ヤマトとの戦いに負けてヤマトに従ったと考えると合理的です。
皇室の三種の神器とは、剣と勾玉と鏡ですが、剣は出雲をあらわし、勾玉は古志をあらわし、鏡はヤマトをあらわすとすると、国家統合の象徴という仮説もなりたちます。
この縄文人の古志の国が北海道まで勾玉が伝播するくらいの影響圏であったのちに、後にアイヌが侵入してきて戦争が起こり、北海道の縄文人の集落が陥落し、関東まで進出してきてそれが江戸時代まで続くのです。
東北縄文人とアイヌは別民族だと思います。東北縄文人は現在も東北地方に住んでいるハプロタイプDの人たちでアイヌより早く日本の東北に到達した人たちだと思います。
Posted by 傍観者 at 2014年09月05日 22:47
> 縄文時代前期の日本全体の人口分布は、東北地方と九州が密度が濃く、関西・中国は薄いのです。
> つまり端的に言えば、北方からきた縄文人と南方から来た縄文人がいるという一つのエビデンスになります。

 それは知りませんでした。情報をありがとうございます。
 しかしながら私としては、次の事実を重視したい。
 「東北地方の縄文語と、沖縄地方の縄文語は、きわめて類縁度が高く、同一の民族から分岐したと見なせる」
 
 古い日本語は、日本の中央部だけが別で、東北と琉球とで言語的に共通性があります。このことからして、両者は共通民族から分岐したと見なせます。北と南の双方から別々に来たとは見なせません。

 人口密度は、次のことでも説明可能です。
 「もともと琉球から来た人々が、九州に住んだ。そこで滞留した人々と、そこから北進した人々がいた。北進した人々は、途中で止まらずに、どんどん先へ進んでいった。だから日本の中央部では人口密度が上がらなかった」

 こういう形で、「停留」と「移動」とに別れて二極分化した、と解釈できます。
(本当にそうかどうかは、自信がないが。ひとつの仮説。)
Posted by 管理人 at 2014年09月05日 23:36
管理人さんの説も完全には否定できません。ただ言語は「蝸牛考」の説のように畿内から放射状に言語体型が残っている、後世に発生した要因も考えられます。近畿、西日本は漁業に適した場所ですから、ここに縄文人が滞留せずに分岐していくのは考えにくい。弥生時代には関東関西に人口重心が移るので、最初は関西は人がいなかったのでしょう。一番最後に縄文人が到達したかもしれません。古事記では出雲の大国主命と古志の奴奈川姫の出会いと結婚です。
Posted by 傍観者 at 2014年09月06日 09:02
ヤマトがアイヌとの戦いにあれだけ執念を燃やしていたのは、東北に対する進出侵略の野望からではなく、古志とヤマトの失われた領土の回復だったかもしれませんね(笑)
Posted by 傍観者 at 2014年09月06日 09:22
> 近畿、西日本は漁業に適した場所ですから、ここに縄文人が滞留せずに分岐していくのは考えにくい。

 ご紹介のリンク
  http://www.komenet.jp/bunkatorekishi02/24.html
 では、近畿、西日本の人口密度が極端に低い。なぜか? よく考えると、これは人為的なことが理由であったとは思えません。
 そこで思いつくのは、「植生のせいではないか?」ということ。
 リンクの記述によると、ドングリが主食であるという話があります。
 したがって、近畿、西日本の人口密度が極端に低いのは、当時の植生では、この地域のドングリの量が少なかったから、ということで説明できそうです。

 実際に、ドングリを実らすブナ科の カシ・ナラ・カシワ 地域・植生を調べてみました。
 → http://blogs.yahoo.co.jp/tatsuya11147/folder/1555691.html?m=lc&p=4

 近畿、西日本では少なく、北日本が豊かです。
 というわけで、「漁業よりはドングリのせいで、北日本に住んだ」と説明できそうです。

 p.s.
 関東は? 東京湾の干潟にはアサリがたっぷりあったので、ドングリのかわりに貝類だと説明できそうです。(今では干潟はすべて埋め立てられてしまったが。)
 あと、広大な平野も、居住に適していた。
Posted by 管理人 at 2014年09月06日 09:45
縄文人の主食はドングリじゃないか?はかなり有力で栗を栽培してたのではないかと思います。関西にもクヌギ、シイはありとは思いますが…
一番不明なのは新潟県糸魚川のヒスイが数千年前の北海道の遺跡で見つかることです。ヒスイの勾玉はヤマト王権の豪族の象徴なんですね。東北のハプロタイプDは一旦数千年前に入り、その後にシベリアの北方民族のアイヌが進攻してきた。と考えると無理がない。なぜこんなことを考えるようになったかと言うと、古事記にアイヌの支配地と思われるような、東北の記録が少なからずあり、高校生時代からずっと疑問であったのです。
Posted by 傍観者 at 2014年09月06日 10:14
こちらのブログは弥生人をメインにしているようでこれで止めようと思いますが、縄文人が堅果類を主食として平原には住んでおらず、揚子江流域の稲をもった民族が南方から来て主に西日本に入って稲作を始めた。住み分けが出来て紛争はあったものの統合して、今の日本人が出来た。
ただ東北のハプロタイプDはアイヌとの混血による可能性は少ない。それは南方由来かどうか?ですが管理人さんは南方由来説、私は縄文時代の人口分布で北方由来説ということで整理して、傍観者はまた「傍観」することにします。
Posted by 傍観者 at 2014年09月06日 10:52
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