2014年08月12日

◆ いじめで殺してもいい

 いじめで殺しても構わない。死んだとしたら、死んだ方の責任である。いじめた側には責任はない。 [ 皮肉 ] ──

 「いじめで殺すのは悪いことだ」と思われている。しかし本当は、いじめで殺しても構わない。死んだとしたら、死んだ方の責任であり、いじめた側には責任はない。……これが日本人の本音である。そのことが、「笹井さんをいじめて死なせた」という事例からわかる。
 実際、笹井さんはいじめで殺されたわけだが、それを指弾する人々はごく少ない。多くの人は、「死んだ笹井さんが悪い。さっさと捏造を告白して辞任していれば、こんなことにならなかったのに」と思っている。
 このことからしても、「いじめて殺すのは正しい」というのが日本人の本音だとわかる。
 ただし、正確にはこうだ。
 「他人がいじめて殺すのは悪いことだが、自分がいじめて殺すのは正しいことだ。なぜなら自分は正しいからだ」
 こういう理屈で、いじめによる人殺しが是認される。

 ──

 実例を示そう。

 まず、防衛大生によるいじめ事件が発覚した。
 昨年6月、当時1学年だった男子学生が、上級生に服を脱がされて体毛に火をつけられ、腹部に全治3週間のやけどを負ったほか、今年5月、地元に帰省した際に休暇届を出すのが遅れたことを理由に、上級生や同級生から殴られるなどした。さらに6月には、同級生から男子学生本人の顔写真を黒縁で囲み遺影のようにして、無料通話アプリLINE上にアップされた。男子学生は、これらが原因で重度ストレス障害になったといい、現在は地元の福岡県に帰省し休養している。
 防大OBで現役幹部海上自衛官は、「こうしたいじめに耐える、いじめられないように立ち振る舞うことも自衛官としての修行になる」と話す。
 「そもそも、いじめに遭うのは動作が緩慢な者か、やたらと正論を吐く理屈っぽい者が多い。自衛隊のような戦闘組織は命令一下、たとえ理不尽な命令でも率先して動かなければならない。動作が緩慢な者はいざというときに組織の足を引っ張る。海外からの侵略や震災などの有事の際は、『何が正しいか』を議論している間に、事態が深刻化することもある。本人の考え方を自衛官らしく矯正し、もし向いていないと判断するならば、別の進路を考えさせることも防大同窓の役目だ」
( → Business Journal 8月12日

 ここでは、防衛大OBが、いじめを是認している。たとえ被害者が自殺しても、「組織のためには仕方がない」とうそぶくのだろう。

 ──

 笹井さんの死のあとでも、はてブ民が「死は当然だ」というふうな論調を示した。
augsUK 笹井氏の四面楚歌の決定打は四月の本人記者会見じゃないのかなあ。捏造が明らかな中で「有力な仮説」「STAPはreal phenomenon」って言い切った以上、会見を知ってる研究者は一気に引いた。

estragon 惜しい人を亡くしたのは事実だと思うけど、単なる誤謬や行き過ぎたデータの誇張くらいであれば、そもそもこうはなっておらず、少なくとも研究者コミュニティから四面楚歌状態にはなってなかったと思う。

material2011 幹細胞研究における天才博士も、不誠実な会見と内容、疑義があった際の画像のこっそり差し替え指示、検証結果報告日の当日の朝の自殺って流れで負けてしまったと思う。過去の栄光は誰かが発展させてくれる。

ranitor どんなに実績があって頭が良くても、彼は別に誰かのために戦って死んでしまったのではない。自分の生命を捨てるような人間に人を救うようなものを作れたとは到底思えない。
( → はてなブックマーク

 元記事は、笹井さんの偉大さを称えて、死を惜しんでいるのだが、はてブ民はその記事を見て、「死んだのは笹井さん自身が悪い」と言わんばかりの口ぶりをする人が多い。
 これはつまり、「いじめで人が死んだら、死んだ方が悪い」という理屈だ。(日頃からいじめていたせいもあるが。)

 ──

 さらには、笹井さんを「人殺しの殺人犯」と非難する人まで出てきた。
 僕は笹井さんに同情しない。笹井さんはやらなければいけないことが沢山あった。そこから逃げ出して、周りを、笹井さんを大切に思う何人もの人を傷つけた笹井さんの行為を、僕は絶対認める気はない。
 自殺は殺人です。殺人行為は認めません。
( → BLOGOS

 いじめのせいで自殺に至ったら、「可哀想」と思われるどころか、「殺人犯」と非難されるハメになるのだ。呆れる話だが。
( ※ これはまあ、BLOGOS というメディアがもともと気違いメディアであるせいもあるが。だから気違い記事を掲載する。以前は私も名指しで批判されたことがあった。BLOGOS に批判されたという点では、笹井さんと私は共通するな。 (^^); )

 そう言えば、片瀬久美子という人は、いじめの常連だった。やたらと「ニセ科学!」「トンデモ!」と叫んで、頭の弱い人や異端の人を攻撃するのが大好きな性格なのだ。大隅典子という人も、同傾向にあるようだ。

 ──

 というわけで、日本という社会では、いじめで人が死んだら、死んだ方が悪いのだ。いじめた方は悪くはないので、人が死んだあとでも平然としていられる。マスコミから批判されることもない。
 日本はそういう社会になっているのだ。そのことをよく理解しておこう。悪貨が良貨を駆逐する。猿の惑星では猿がご主人様である。
  


  

 


 [ 余談 ]
 どうせ誤読して、文句を言ってくる人がいるだろうから、注釈しておきます。
 「いじめで殺してもいい」というのは、私の意見じゃないですからね。日本社会の意見であって、私の意見ではない。……その点、お間違えなく。
 「いじめで殺してもいいは何事だ!」と怒鳴りたくなったら、自分の鏡に向かって言うといいですよ。
 


 【 関連項目 】

 (1) 本項の本題に当たる項目として、下記の項目がある。下記の項目のテーマに沿って、揶揄(やゆ)したのが、本項に当たる。
  → 社会的バッシング(STAP)
 
 (2) 関連して、下記の項目もある。
  → なぜ人を殺してはいけないのか?

 ここでも述べられているように、「人を殺してはいけない」ということはない。人を殺してもいいのだ。その一例が、「いじめで殺してもいい」ということだ。
 とにかく、日本という社会では、「人を殺してはいけない」ということは成立せず、「人を殺してもいい」ということが成立する。
 次の記事も参考になる。
  → 「すき家」過酷労働明らかに“過労死ライン”超えも
 
 (3) 似た話題で、下記項目もある。
  → 嘘つきは殺人よりも悪か?(STAP)

 (4) この (3) と関連する話として、次の事件もある。
  東京女子医大 不正麻酔 事件
 この事件では、小児 12人が死亡した。業務上過失致死容疑で警察が介入し、不正使用があったことが確定的に判明した。にもかかわらず、誰も処罰を受けていない。
 また、マスコミも学会も「不正だ」とも「人殺し」とも騒がない。Wikipedia も同様で、東京女子医科大学病院の項目には、この件の記述が皆無である。(2014-08-12)
 Wikipedia の「プロポフォール」という項目には記述があるが、サブ項目の扱いだ。それでも一応、簡単な情報はあるので、読むといいかもしれない。
 マスコミの報道は「朝日新聞」の報道があるが、政府も及び腰であるし、マスコミも腰が引けている。実際、誰も処分されないまま、事件は終了らしい。12人も殺した不正だというのに。(論文不正の比ではない。嘘つきではなく殺人だ。)

 以上のように、この不正による殺人(死亡)事件の扱いは、ごくごく軽い。その一方、STAP細胞については Wikipedia はとても詳しい。分量を見たら、原稿用紙換算 120枚だった。すごい量ですね。たかが画像2枚の不適正使用ぐらいがあったぐらいなのに。
posted by 管理人 at 17:50| Comment(24) |  STAP細胞 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
少なくない日本の中・高校生がいじめに遭って、孤立無援の絶望感の中で、命を絶っている。
共通する特徴は、反撃しない弱い立場のものを、ますます嵩にきてエスカレートする過剰で理不尽な攻撃、
守れる立場の者たちが、見て見ぬ振りをして救いの手を差し伸べない。

 今回、大隅典子氏、片瀬久美子氏他は大変優秀な研究者を死に追い詰めた、過剰で執拗な攻撃は罪深い。
先端科学で新奇性のあるテーマは、成功する確率は“千三つ”位の覚悟がいる。STAP細胞研究に可能性を
嗅ぎ取り研究を支援した笹井氏、研究に挑んだ小保方氏には敬意を表したい。論文に不備があったことは
事実だが、同業研究者として何か支援の手を差し伸べたか? 真逆に、それを凶悪殺人犯のごとく非難を
続けた姿は、常軌を逸していた。特に、大隅典子氏は分子生物学会の理事長にふさわしくないと思える。
「妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズム」の研究を連想した。
http://www.nirs.go.jp/information/press/2008/index.php?02_12.shtml


 笹井氏の遺族が、笹井氏の遺族へ宛てた遺書の概要とコメントを発表された。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140812/waf14081219410020-n1.htm

遺書(概要)
 妻及び実兄宛の遺書として
 今までありがとう、という感謝の言葉と、先立つことについて申し訳ない、というお詫びの言葉が記され
ていました。
 また自ら命を絶つことになった理由については、マスコミ等からの不当なバッシング、理研やラボへの責任
から、疲れ切ってしまったということが記されていました。
 遺書の趣旨は上記のようなものです。
 遺書の原文については、公開をすることは故人の遺志にそぐわないものであり、また、遺族の心情として
耐えがたいことから、上記の範囲でのご説明にとどめさせていただきます。
Posted by 思いやり at 2014年08月12日 21:16
最後に <FONT COLOR="#000099"> 【 関連項目 】</FONT> を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2014年08月12日 21:21
結局、社会からいじめはなくならないし、なくす術はないということでしょうか。

”なぜ、いじめはいけないか”を理解させ得る論拠も存在しないとするのが妥当ともしたくないのですが...
Posted by 作業員 at 2014年08月12日 23:20
> 社会からいじめはなくならないし、なくす術はないということでしょうか。

 下記項目を参照。
 → http://openblog.meblog.biz/article/18493280.html
 「いじめの根源は、いじめをする本人がそれを「いじめだ」と自覚していないことだ」

 いじめをしている人々が、「これはいじめだ」と自覚することが、第一歩となります。
 本項を人々が読むようになれば、いじめはいくらか減るかもね。
Posted by 管理人 at 2014年08月12日 23:29
>いじめをしている人々が、「これはいじめだ」と自覚することが、第一歩となります。

おっしゃるとおりなのですが、自覚できる、或いは、自覚させる術はあるのでしょうか。
Posted by 作業員 at 2014年08月12日 23:46
あえて禁忌を言えば、いじめがなくならないのは「いじめが
面白く、楽しいから」ですよね。努力をせずに優越感が味わ
える、これに尽きると思います。なによりの証拠に、反撃さ
れる可能性のある「強者」に対しては絶対にいじめは起きない。

 学校での逮捕やパワハラでの訴訟は、弱者が公権力に助け
を求めることで一転して「強者」の立場に立ち得ることが可能
になった結果でしょう。

 学生時代にいじめを受けた経験からすれば、いじめる側が
よく使う文言に「(いじめられる側に問題がある)俺は(それ
を)教えてやっているのだ」がありますが、そう言っている人
間が頑健な運動部の有段者にケンカを売っているのを見た事は
無いですね。
Posted by 七氏井 at 2014年08月13日 00:07
真に公平な見方をするならば、これらの問題を未然に防ぎ、加害者を改心させ、被害者を救っている多くの人々の努力に光があたらないのがくやしい。
 もっとも彼らは「当然のことをしたまでであって、別にとりたてて報道されるようなことではない。」とおっしゃるのが常であるが。
 小生が常にもっと改善事例に目を向けよ、と主張するのは、もっと彼らの努力が報われるべきと思うからである。
 あたかも現場で懸命に努力している人々まで含めて「日本の社会」などという十束一からげの表現はしてほしくない、と切実に思う。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月13日 00:09
> あたかも現場で懸命に努力している人々まで含めて「日本の社会」などという十束一からげの表現はしてほしくない、と切実に思う。

 そんなことしていません。
 そもそもあなたの言っていたのは「球場で野次を飛ばしているようなごく一部の人」でしょ? サイレントマジョリティとは違いますよ。私もサイレントマジョリティのことを言っているのではありません。大声を上げて非難していた人たちのことだけを言っています。
Posted by 管理人 at 2014年08月13日 00:13
科学誌印刷業者様

>...これらの問題を未然に防ぎ、加害者を改心させ、...

どういった理屈で改心できたのか興味のあるところです。
Posted by 作業員 at 2014年08月13日 07:08
今回の事について言えば、専門家の立場に近い人ほど厳しい意見を言っていて、
一般の人はむしろ小保方さんに同情的な人が多かったように思う。
専門家だから絶対に正しいと言う事は無いのですが。
Posted by Mac at 2014年08月13日 17:14
>Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月13日 00:09
 であれば、最初から「一部のマスコミやブロガー達」と表現すればよいのであって、わざわざサイレントマジョリティ達がドン引きしそうな「日本という社会は」等という表現は使わなければいい。
 本気で今の一部のマスコミの風潮をなんとかしたいと思うならば、より多数の人々の共感を得るように心がけるのが常道というものである。
 もうどうにもならない、どうせ自分の意見は少数派のままだ、と思って鬱憤ばらしをしたいのであれば、アドバイスのしようもなくなるが。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月13日 20:12
>  であれば、最初から「一部のマスコミやブロガー達」と表現すればよいのであって、

 何回言ってもわからないようだけど、サイレントマジョリティは影響しないんです。「発言者の声はどうか?」という調査をするときに、無言でいる人がどれほどいようが関係ないんです。
 商品で言えば、ベンツはベンツを買ってくれる顧客の好みだけを考えればいいのであって、ベンツを買えない一般大衆のことを考える必要はない、ということ。
 
> サイレントマジョリティ達がドン引きしそうな「日本という社会は」

 サイレントマジョリティは無関心だし、「おれのことじゃないよ」と思うので、どん引きするはずがありません。あくまで他人事です。
 あなた、もしかして、被害妄想タイプなんじゃないの? 

> 本気で今の一部のマスコミの風潮をなんとかしたいと思うならば、

 そんなこと本気で思うわけがないでしょうが。マスコミが1ブロガーの声を聞いて態度を改めるなんてことは、あり得ません。そんな妄想癖は持っていません。

> 鬱憤ばらしをしたい

 何回言ってもわからないようだけど、本サイトの目的は「真実の探求」だけです。それ以外のことは目的としていません。
 あなたは学術肌じゃないから、そういうことを理解できないだけです。本サイトの読者は、研究者がほとんどです。商売をやっている人は、本サイトには向いていません。「読んでも一文の足しにならない」と思うのが関の山。
 成果や結果ばかりを求めるあなたは、本サイトには向いていないから、読まない方がいいですよ。悪口を書き連ねて、コメント欄を汚して、他の読者の迷惑になるのが関の山。
 あなたが読むべきサイトは、「ライフハック」系のサイトです。「これで生活改善」とか「これで商売繁盛」とかいうハウツー・サイト。そちらへ戻りましょう。そこがあなたの住む場所です。
Posted by 管理人 at 2014年08月13日 21:14
いじめる側はそもそも心理的にネガティブな動機を持っていますから、標的を見付けると理由は自在に捏造します。そして深層レベルで自己正当化が起こるようです。良心の呵責を感じないようにそうなるようなのですが。攻撃の同調・増幅が起こり、傍観・嘲笑・無関心やらが結集して磁場がある一定のレベルを超えると、賛同や賞賛すら発生し半ば公認のやりたい放題状態に進行します。子供から大人までこれは種としての病なのではないでしょうか。
深刻な結果に我に返っても、無意識レベルから意識レベルへの詭弁に進み、張本人の自覚や反省は中々得られないようです。張本人が如何にも脳天気に見えましても、良心の痛みを感じない状態自体が深い苦しみ=病の中なのでしょう。

どうすればいじめているという自覚が得られるのか?
あるいはいじめは哀しいという認識が得られるのか?
自分の大切な存在がいて、同じ様な悲惨な境遇を慟哭する程に体験すれば可能性が出てくると思います。けれどそれを報復という形で行為すれば、負の連鎖と合併症で全体として病状はさらに深刻化してしまうだけ。謝罪だけされても失われたものは返ってきませんし、人が手を下さなくとも必要な体験は必ず学ばされる事になると思いますが。

いじめはなくならないのだろうか?
全体として体質改善が為されるまでは治癒する事もないのでしょう。
ある地域に同じ事がくり返し起こるとしたら、それは意識から生じる磁場に関係があるかも知れません。科学的には証明されておりませんが。もっと大きな時代の要因が背景にあるならばその影響はさらに巨大になって、個人で抗うことは限りなく難しく…。追い詰めた側が涙を流せば、連鎖反応的に病因が解消する可能性があると思われ、痛ましい犠牲も報われるのですが。そうでないのなら時と場所と人を変えて、同じ事がまた起こらないとも限りません。病を生み出す体質は何も変わっていないのですから。
Posted by 小平の義太郎 at 2014年08月13日 21:15
>Posted by 作業員 at 2014年08月13日 07:08
作業員様、以下、回答します。
【問題を未然に防ぐ方法】
 作業員様の職場でも行われているかもしれませんが安全対策でやっているヒヤリ・ハット情報を集める活動が最も有効でしょう。元々労災を未然に防ぐのが主眼の方法でしたが、今や慶大医学部をはじめとして労災だけではなく、研究不正や各種ハラスメントの防止にも使われだしている。問題の芽を深刻化する前に発見できるので、指摘された側も必死に保身に走る様子はみられないし、もちろん懲罰もない。ひたすら前向きな是正対策があるのみである。
【加害者を改心させる方法(1)】
 相手が個人の場合、小ワザから最終的には小生が職場で「リアル半沢直樹」と呼ばれたような荒技まであるのだけれど、共通するのは相手に「周りから見た客観的な自分」を見つめ直させる作業と言ってよいでしょう。そのためには、まず自分自身が「もうひとりの自分から見た自分」を意識できないといけない。最終的に決着させたい相手の心理状態をゴールに見定め、いかなる時でも客観的に自分を見る修練ができたなら、あとはデール・カーネギーの「人を動かす」や孫子、戦国策などに例示されている技巧を状況に応じて使い分けるだけとなる。見事に次男のクラスのいじめ問題を解決した担任の手帳を見せてもらったことがあるが、出来事だけではなく、一日の終わりに生徒の眼からみて自分がどうだったかを必ず反省している記述があり舌を巻いたことがある。
【加害者を改心させる方法(2)】
 相手が組織の場合、例えばマスコミの一人の記者を改心させたところで効果は薄いから(当然それは並行して試みてもよいが)、改心というよりも、こちらの思う方向に誘導することが主な作戦になる。政府や警察が「マスコミをうまく誘導した事例」なんて暴露本に山ほど事例がある。相手がマスコミの場合、彼らが常にスクープに飢えていることに着目して、手持ちの情報を道具に使って自在にマスコミ各社間の離反策や個別懐柔策を駆使している。関心が高い事件で、しかも入手できる情報が少ない場合、マスコミが想像意見を集めて紙面を埋めようとすることなど、ちょっと考えたらわかることだろう。外野からはマスコミは使いにくいが、手持ちのカードを持っている当事者ならば、いかようにも利用する方法がある。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月13日 22:11
科学誌印刷業者様
御回答ありがとうございます。
順序は異なりますが、

>【加害者を改心させる方法(2)】
これは”改心”させる方法に当たらないと思いますが...

>【加害者を改心させる方法(1)】
加害者に己れの行為を客観的に見つめさせ判断を促すということと受け止めました。確かに己れの行為をいじめと自覚できていない加害者には一定の効果はあるかもしれません。

しかしながら、自覚しても尚、”いじめが露見したらその時点ペナルティを課されればいい”、或いは、”いじめても発覚しなければいい”と考える加害者が存在するのも否定できません。

当然、自覚できていないNHKのような例もありますし...(個人ではありませんが)

”改心させられる場合もないわけではない”、といった程度ではないでしょうか。
Posted by 作業員 at 2014年08月14日 00:46
管理人様、
 やれやれ、学術肌の方々と出版界の方々の双方に接点を持つ立場から小生の見方を述べてきたが、真実の探求の参考になされるつもりは持っておられようがないようだ。
 なお、サイレントマジョリティ達の関心度合いはオンライン版でのアクセスカウント数には反映されていて、その分析を委託されている我々業者から、紙版での増刷部数の手応えとともに版元に報告され、ジャンル毎の論文掲載比率の検討にも反映されている。うちは分析していないがグーグル他への検索エンジンにも反映されているのは衆知のことだろう。分析サイド、編集サイドはそれら「声なき声」をゼロとはカウントしていない。
 学術肌の方たちが気にされているインパクトファクター数にもまわりまわって影響しているよ。実際問題として。
 作業員様のように小生の意見に関心を示してくださった方には申し訳ないが、小生の見方は現在真剣に科学への信頼が揺らいでいることを憂慮されている学術肌の方たち、科学誌出版界の方たちに提供することとしよう。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月14日 00:46
作業員様、
 おっしゃる通り、(2)は改心させる手段というより、被害者が反撃する手段ですね。
 現場では「いくらあなたがいじめのつもりではなかったと言っても、それを判断するのは第一義的には被害者であり、最終的には司直の判断になる」と聞くと、さっと血の気の引く加害者が多いですね。
 小生が一番多用している技巧は孫子の「欠囲」です。加害者側を完全に包囲したり、論破するのではなく、逃げ道を用意してやる。もちろん、その逃げ道を、加害者・被害者ともに救われる方向に設定するのが腕の見せどころになります。
 それでも開き直る加害者に対しては半沢直樹的手段(実は誘導尋問および脅迫罪だが)をも駆使して、せめて被害者だけは救済する、といった対応をしています。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月14日 01:16
騒動の重責を背負った上にさらに次々と負荷を掛けられ、そこからの開放も進路変更も許されなかった。社会の不特定多数の存在から、個人へのいつ終わるとも知れぬ重圧という構図なのです。自殺は自己否定であり殺人行為であるというのは正論ではありますが、同時に思考硬直した決めつけでもある。形の上では自死であっても、実質的には殺人に等しいものでしょう。

日本人の集団意識では、いじめで死ぬやつが悪い=よって殺しても構わないと隠された本音ではやはりなっているのかも知れません。
現実に人の命が失われてしまったのに、痛みを感じるどころか正論で片付けバッシングを正当化してしまう倒錯現象。こういう風潮がいじめという病を発症する基になるのではないでしょうか。集団的な暴力=いじめに特効薬があれば良いのですが、確かに組織の中で常時いじめについて話し合う機会も必要ですが、監視をすり抜けて潜在化するものまで阻止できず、巧妙になれば実質的にはいじめであっても麗しい正論の並ぶ別の看板を掲げて当時者は涼しい顔をしております。それが大人の世界、それも指導者であるべき頭脳集団の現場で起こったというのが末期的です。大人がやるなら子供もやっていいのだと、子供の現場でいじめが加速しないか憂慮します。

小保方さんの割烹着からの発想で、こちらにおいては割烹義太郎というHNでした。実験室に割烹着で立つ個性的な科学者を肯定するという意味ではありました。味方ですという気持ちも入っています。でもこれを別の意味に捉えられかねず、粗忽であったと思い至りました。こういう悪意不在の愚かさもいじめの現場では構造に荷担していると思います。
自分はいじめないという強い意思表明が必要でしょう。味方がいるという事実と存在が事態光転の助けになることを思います。
Posted by 小平の義太郎 at 2014年08月14日 01:58
科学誌印刷業者様

>加害者側を完全に包囲したり、論破するのではなく、逃げ道を用意してやる。...
 それでも開き直る加害者に対しては半沢直樹的手段(実は誘導尋問および脅迫罪だが)をも駆使して、せめて被害者だけは救済する、といった対応をしています。

緊急避難的であっても被害者を救済しなければならないのは当然です。

しかしながら、結局、加害者は改心に至るのでしょうか。次の攻撃対象を探すメディアのように、標的が他に移って繰り返されるような気がします。

いじめをなくすという根本的な目標に向かっているのでしょうか。
Posted by 作業員 at 2014年08月14日 13:29
作業員様、

 個人相手に、荒技を使ってしまった場合、改心はさせられるが、今度は加害者がボロボロになるのがやっかいなんだわ。減俸処分(たいてい賞与時に減俸分をまとめて減額される)で家族にも当然ばれるし、職場では完全に出世の望みも絶たれて、周囲から白眼視されながら過ごすことになる。たいてい加害者は40過ぎで転職もままならないからそのまま生ける屍のようになってしまう。「半沢直樹」の浅野支店長のように加害者が出向先で第二の人生が送れるような甘い業種はそんなにあるわけではない。
 いじめをなくすという根本的な目標には確実に進めるけども、そして自ら荒技を仕掛けておいて言うのもなんだけども、こうなる前にもっとなんとかならなかったのかという虚しさが残る。
 だから組織内ではヒヤリハットを活用して予防していくのが常道だと思う。
 相手がメディアのような組織体の場合、私たちが学ぶべきことは、うまく活用できた事例になる。ジダンは人種差別的な言葉に激怒して発言者に頭突きをし一発レッドカードをくらってメディアにも怒りの言葉を発したが差別撤廃の議論は盛り上がらなかった。アウベスは投げ込まれたバナナを表情を変えることなく食べ、平然とプレーに戻り、ネイマールから政治家に至るまでバナナを食べる動画がアップされ一気に差別撤廃の機運が盛り上がった。
 冷静な対応と、目先の取材者ではなくその向こう側の一般大衆を味方につけることができるかどうかがカギであり、10年スパンで見れば彼らの対応が「よい方向」にメディアを向かわせているのがわかると思う。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月14日 21:13
高熱により体内の病巣を死滅させる働きなので、風邪の時に解熱剤で闇雲に熱を下げるのはよくないのだとか。安静にして体力を温存し、経過させるのがよいようです。
いじめも社会的規模で拡大すれば、それはもう魔女狩りと呼ぶべきレベルでしょう。これもまた病なのであれば、病巣をあぶり出し死滅させる現象と云えそうです。しかしそこで焼かれるべきは人の命ではないはず。我々の心の中に巣くう病巣こそです。

病巣は実際にあぶり出されました。研究不正と断じた関係学会やマスコミとその他諸々のバッシング。一見正論・正義に見えるのですが、根拠不明の決めつけ批判行動。いじめの現場ではいつもそうです。暴力を正当化できる道理はないのですが。動機に矛盾があるのが解ります。同じ事が起こっていても標的は責め、それ以外は放置です。目的も手段も犠牲者への精神的な暴力なのですが、症状が末期化しているので、表面上は紳士的に事が運ばれています。一人の命が力尽きてしまいましたが、保身の為に正当化の御旗は降ろさないようです。闇が深いなと思います。それを暴力と認識できていないからです。

学校現場で指導者を強かに取り込んだり潜伏化したり、指導者がまさかの先導をして遂行される壮絶ないじめの場合。謝罪は引き出せても、心からの改心は現実望めないと思われます。改心できる心の持ち主がそこまで凄惨な行為にはそもそも至らない。なりふり構わず避難するしかないと思われます。
説得は無理というもの。対象者の保護が急務です。

これはもう不治の病なのであり、この絶望的な状況の中で奇跡的な希望があるとしたら、暴力を行使した側の心からの懺悔です。それはその人にしかできません。そして我々全員の<真実の探求>=<理解・傍観者からの脱却>なのではないかと。全体として体力が回復しないと治る見込みのない病なのですから。
Posted by 小平の義太郎 at 2014年08月14日 22:07
小平の義太郎様、
 その通りだと思います。ただ、もはや加害者と被害者の両方を救えるレベルではないほどの状態になってしまっていた場合に、しかも被害者の避難できる場所がない場合に、次善の策として被害者の保護と、加害者の除去に向けて立ちあがるには、半端ない覚悟が必要だった。
 すなわち被害者が受けている以上のバッシングの矢面に立ち、それに耐え、しかも確実に加害者を仕留めなければ被害者を救えない。
 加害者が改心するのは保身が破壊された後でしかない。
 マスコミがタチが悪いのは彼ら自身が国民になりかわって「真実の探求」をしていると標榜していることです。小生がアウベス選手の行動が賞賛に値すると思うのは、当事者でもなくマスコミでもなく市民自身が「自分で判断できる」という状況を提示できたことにほかなりません。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月15日 00:25
科学誌印刷業者様、

アウベス選手は怒りではなく、しなやかなユーモアで応えた。ここにも鍵がありそうですね。本当に強い人は淡々としております。共感の連鎖反応が広がれば事態は光転する。ミラクルな実例でしたね。
健康な場であれば、疑問が提示されて、通報者がいて、指導者が対処。いじめはいじりのレベルで収束する。今はそんな自然治癒力が失われてしまっているようです。皆が保身に走ってしまう。時には教師までもが。

色々な局面があって、葛藤もあるかと思います。
深層レベルでは被害者も加害者もないわけです。いじめの構図では加害者であっても、精神的には何処かで傷を抱えて被害者意識になっている。それがいじめに走らせる。どちらも救われねば本当の解決はないものの、荒技を行使しなければ更に事態は悪化する。
本当の改心がいつなのか分かりませんが、その時が来れば、感謝できる心が戻っていることを信じたい。防波堤になってくれた人の存在はそのきっかけになるかもです。
Posted by 小平の義太郎 at 2014年08月15日 01:39
いじめの対象を造り出す人々は手を下さない。対象者を少し避ける、少したしなめる、または少しいじる。その場ではイジメにはならない。そのあとアホな奴がいじめっ子になる。
自分がそういう風にたしなめる事が正義だと思っている事も多く、口は立つ事が多い。たまに圧倒的な力を持つ者に対しても、弱みを見つけるとそういう矛先を向ける。でもその矛先は相手に直接突き刺さらないから厄介。周りの空気を醸成するだけ。サイレントマジョリティに混じって矛の方向を変えるだけ。でもこういう人が一番厄介なんでしょう。匿名で好き勝手言うけど、面と向かって言う事は無いから、攻撃される事は無い。ヤジと同じですわ。
Posted by 京都の人 at 2014年08月15日 20:29
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ