2014年08月06日

◆ 改革委と理事長の責任(STAP・笹井)

 笹井さんの重要性を示した上で、(理研の)改革委と理事長の責任を指摘する。 ──

 本項は、次の三つからなる。
  ・ 笹井さんの重要性
  ・ 改革委の責任
  ・ 理事長の責任


 笹井さんの重要性


 笹井さんを失ったことは非常に大きな痛手だと言える。それほどにも笹井さんの価値は大きい。ここを理解していない人が多いので、説明しておく。

 (1) 研究上の重要性

 笹井さんは 「ES細胞の自己組織化」という研究で、世界の最先端を突っ走っていた。ここを理解している人は世間では少ないが、研究者の間ではスーパースターである。しかも、現役バリバリだ。比喩的に言えば、大リーグのダルビッシュとか田中将大をも上回る。彼らは決して世界一ではないが、笹井さんは世界一である。
 この件は、前に次の項目で説明した。そちらを読んでほしい。
  → 眼の形成
 ここでは「自己組織化」という用語が出てくる。何のことがわからない素人が多いだろうから、説明しておく。
 ES細胞であれ、iPS細胞であれ、単に細胞ができるだけでは、意味がない。普通にやれば、そこから胚を形成して、個体が誕生するだけだ。しかし、個体が誕生してしまったら、それを再生医療に使うことはできない。なぜなら、誕生した個体を殺すことはできないからだ。たとえば、iPS細胞で個体を誕生させたあとで、その個体の腕の部分とちょん切って、どこかに移植することは可能だが、その場合、誕生した個体の方は腕をちょん切られてしまう。つまり、腕をちょん切られた個体ができてしまう。あまりにも非人道的だ。実用不可能。
 この問題を避けるにはどうすればいいか? 個体を誕生させるのでなく、臓器を誕生させればいい。では、どうやって臓器を誕生させるか? 
 仮に、皮膚とか肝臓とかの細胞ならば、その細胞を増殖させるだけでいいだろう。単に同じ細胞がたくさんできるだけだ。
 しかしながら、心臓とか肺とか指とか足とか、そういう臓器や肉体器官をつくるには、「その細胞を増殖させる」という方式では無理だ。単に細胞を培養するだけでは、ES細胞や iPS細胞から、臓器や肉体器官をつくることはできないのだ。ここで、再生医療の研究は、壁にぶつかった。
 そこに登場したのが、スーパースターである笹井さんだ。彼は何と、ES細胞から臓器を作り出してしまったのだ! その方法が「自己組織化」である。つまり、遺伝子をうまくコントロールすることで、胎児が自分の組織を作るように、細胞が自発的に組織を作るように仕向けたのだ。しかも、そこでは、特定の臓器だけを形成できるから、「個体を死なせる」「個体を損なう」というような問題は生じない。(個体はもともと存在していないからだ。)
 こうして彼はまさしく「臓器を再生する」ということが人類にとって可能であることを示した。そして、そのことは、iPS細胞が実用化されたあとでは、必要不可欠になる技術なのである。
 現時点では iPS 細胞は、皮膚のシートぐらいしかできていない。臓器を作るのは、はるか遠い先の課題だ。とはいえ、それは、ES細胞を用いることで、笹井さんが道を切り開いてくれたのだ。そして、その方法を応用するだけで、iPS細胞から再生臓器が形成されるはずなのである。
 つまり、iPS細胞による皮膚の移植が成功してから数年後に、笹井さんの自己組織化の技術を使って、iPS細胞から再生臓器が形成されるはずなのである。そのことで、人類の再生医療は大幅な進歩を得るはずなのだ。それによって助かる人命の数は途方もな医療になるだろう。非常に多くの人が恩恵を得るはずだ。
 最終的には、車椅子の人などはいなくなるかもしれない。なぜなら、たとえ足がちょん切れても、新たな足を生やすことができるようになるかもしれないからだ。少なくともそれは夢物語ではない。笹井さんの開発した技術を使えば、手のない人には手を、足のない人には足を、目のない人には目を、髪のない人には髪を、それぞれ与えることができるのである。それほどにも素晴らしい技術開発をした。そして、今もなお、その技術開発に邁進している。(世界のトップレレベルだ。)
 なのに、その最高の研究者を失ったのだ。これは再生医療にとって、途方もない痛手である。下手をすると、「ES細胞では再生臓器ができたが、iPS細胞では再生臓器ができない」というふうになりかねない。そこのところの最高の研究者は笹井さんなのだから、その笹井さんを失えば、この分野の研究は大幅に低迷してしまうのだ。
 再生医療の分野で笹井さんを失ったことは、人類にとってあまりにも大きな痛手だ。

 (2) 研究開発の重要性

 笹井さんは単に研究者として有能だっただけではない。いわゆる天才肌のスーパースターだった。比喩的に言えば、ジョブズだ。彼のようなマネジメントの能力があり、組織の全体を引っ張っていた。
 この件は、先の NHK の番組で詳しく報道されていた。それについては、下記で簡単に言及した。
  → STAP(NHK・科学雑誌)
 これと同趣旨のことが、本日 2014-08-06 の読売・朝刊に掲載されていたので、一部抜粋しよう。
 笹井芳樹氏は研究者としてだけではなく、行政機関との交渉役としても卓越した能力を発揮し、発生・再生科学総合研究センターを支えていた。
 笹井氏は予算獲得を事実上、一手に担っていたという。融合連携イノベーション推進棟の建設も提案。この建物は、笹井氏が計画や予算獲得を主導したことから「笹井ビル」とも呼ばれ、……
 改革委が笹井氏の鋼鉄を求めたのに対し、同僚研究者からはもともと「笹井氏なしでは成り立たない。研究費が取れず、研究成果が減る」と心配する声が上がっていた。……
 神戸ISの担当者は「世界的権威の笹井先生が神戸にいること自体が、大きな役割を離してきた……」と話している。

 要するに、彼は日本の再生医療全体のリーダーであったわけだ。人間でいえば、(この分野では)頭脳に当たる。その頭脳に当たるものを失ったのだから、今後の日本は(この分野では)「頭のない人間」みたいなものだ。迷走するしかないだろう。
 山中さんが iPS で細胞をリードし、笹井さんが自己組織化で臓器形成をリードすれば、日本は世界における再生医療の分野を独占的にリードすることができた。
 しかし、もはやその夢は断たれた。日本がいくら iPS研究で世界最先端を突っ走ったとしても、そのすべては無駄になる。なぜなら、iPSによる臓器形成はできそうにないからだ。今後は、それまで世界2位か3位だった人が、世界トップになる。その人は、日本人ではない。米国か欧州の人だろう。その人が再生臓器でリーダーとなる。その人が、山中さんの開発した iPSを利用して、うまく再生臓器を開発して、世界の再生医療をリードするのである。その裏で、日本は、肝心の再生医療の組織はバラバラとなって空中分解してしまうのだ。
( ※ 解体しようが解体するまいが、笹井さんなしでは瓦解するしかない。)

 なお、それでも、世界2位か3位だった人が頑張ってくれれば、世界レベルでは大きな問題とはならないだろう。単に日本が競争で負けるだけだ。
 しかし現実には、世界レベルで研究が遅れる。そのせいで、あなたも私も、「万一の場合には再生臓器によって健康を取り戻す」という夢を失うことになる。

( ※ この話の続きは、最後の  【 関連項目 】 にもあります。)

 改革委の責任


 改革委は、笹井さんの不法のあとで、次のような話を示した。
 改革委員会の委員長を務めた岸輝雄東京大名誉教授の話
 「笹井芳樹氏は幹細胞研究の天才とまで言われ、さらに研究費を集める経営能力もあった。亡くなったのは幹細胞に関する基礎研究分野の大きな損失だ。私もショックを受けた。改革委の不正再発防止策は、笹井氏や理研の理事らを交代するよう提言した。潔く交代し、数年間渡米するなりして研究に専念すれば良かった」
( → MSN産経ニュース

 呆れる。どの面下げて、そう言うつもりだ? 笹井さんに最後通告を付けて、笹井さんに死を促した張本人が、改革委であろう。これではまるで殺人犯が現場に現れて、「ひどいですねえ。誰が被害者を殺したんでしょうねえ」と空とぼけるようなものだ。あきれる。
 改革委の提言書から一部抜粋しよう。
 1 STAP 問題に係る個人及び組織の責任を明確にし、相応の厳しい処分を行うこと
 (1)調査委員会は、小保方氏の研究不正行為、及びそのずさんなデータ管理のあり方の背景には、研究者倫理とともに科学に対する誠実さ・謙虚さの欠如が存在すると判断せざるを得ない、と指摘している。研究者倫理の欠如、科学に対する誠実さ・謙虚さの欠如は研究者としての資質に重大な疑義を投げかけるものであり、小保方氏の研究不正行為の重大さと共に、厳しくその責任が問われるべきは当然であり、極めて厳しい処分がなされるべきである。
(2)笹井副センター長は、STAP論文作成当時、GDとしてCDBの指導的な研究者の立場にあり、また採用の経緯から小保方氏の研究者としての著しい経験不足について十分に認識していた。しかし笹井氏は、データの正当性と正確性を自ら確認することがなく、共著者(第1論文)、責任著者(第2論文)としての責務、及び小保方氏の助言の任にあたる者としての責務をいずれも軽視し、共著者に検討の機会を十分に与えないまま、拙速に論文を作成し、研究不正という結果を招いた。
( → 改革委の提言書

 このように述べて、「不正だ」と述べつつ、その責任が笹井さんにあると示して、指弾した。
 ここでポイントを示そう。ここには、次の問題がある。
 「今回の事態を招いたのは笹井さんなどの組織のせいだ、指摘した。ただし、その問題とはあくまで、研究の失敗という意味であり、よくある研究ミスの一つであるにすぎない。にもかかわらず、それを意図的な不正であると断定した」

 この提言の事例を読めばわかるように、そこで示されている問題とは、「きちんとした選考をしなかったこと」などであるにすぎない。たしかに良くないことだが、ただの行政ミスであるにすぎない。行政能力の高い笹井さんではあったが、その笹井さんでさえミスをしたということだろう。それはそれでいい。それを指摘するのもいい。
 しかし改革委の提言書は、そのようなミスを「不正」と断言している。しかも、その論拠は一切示さない。「ただの行政ミス」をいっぱい並べただけで、「不正があった」と断定して、「理研 CDB は不正に関与した」と断定している。
 これはあまりにもひどい論理の飛躍だ。ほとんど捏造に近い。不正のないところに「不正」を認定しているからだ。
 この意味で、今回の笹井さんの死を招いたのは、改革委の提言書である。というか、改革委の提言書における虚言である。このように事実に反する虚言(捏造がないのに捏造があったと見なす虚言)こそが、笹井さんに死をもたらしたものだ。つまり、改革委は、笹井さんの死の直接の原因であり、張本人である。
 これに比べれば、分子生物学会・学術会議・NHK は、まだ罪が軽い。これらは、改革委の提言書をなぞっているだけにすぎないからだ。その一方、改革は、騒動の震源となる形で、「不正があった」と断定した。それも、不正があったという証拠は一切示さずに、だ。(示したのは行政ミスがあったという指摘だけだ。)

 それだけではない。改革委の提言は、「理研 CDB の解体」という結論まで出した。呆れる。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という過剰なる非論理。ここには論理は何もなく、単に「憎たらしいから解体してやれ」という感情論だけがある。
 これを聞いた笹井氏は大きなショックを得ただろう。これまで、理研 CDB の創設時から最大の貢献をなし、さまざまな組織や研究のリーダーとして、日本の再生医療全般を引っ張っていたのに、そのすべてを解体するという方針を改革委は出したのだ。こうなれば、笹井さんはこう思うだろう。
 「日本の再生医療を守るためには、自分が死ぬしかないな」
 それは妥当だろう。笹井さんの死をもって、「理研 CDB を解体する」という勢いはなくなるはずだ。とすれば、「自分が死ぬべきだ」と判断した笹井さんの認識は正しかったことになる。彼は、自分の命を投げ出すことで、日本の再生医療の研究全般を救おうとしたのだ。
 そして、そこまで彼を追い込んだのが、改革委である。笹井さんに死をもたらしたのは、改革委である。改革委の提言書は、笹井さんに「死ね」と言ったのにも等しいのだ。このことを認識しよう。

 ここで一つ付け加えておく。
 改革委が何を提言するにせよ、その提言は、笹井さんの命を奪うには値しない。改革委は、「日本の研究を浄化する」というような使命感を帯びていたのだろうが、それは砂上の楼閣にすぎない。なぜなら、もともと「不正」などは存在しなかったからだ。単なる「行政ミス」があっただけだからだ。そして、行政ミスなど、日本の組織においては数限りなく生じている。そもそも、改革委自体が、その役割において行政ミスをしている。なのに、行政ミスをするたびに「不正だ」と認定して、「解体しろ」と騒いで、日本中で指弾するのであれば、改革委自体がその対象となるはずだ。
 従って、改革委がなすべきことは、「自分自身を不正だと批判して解体する」ことだったのだ。
 なのに、改革委はトチ狂って、その攻撃の手を自分でなく笹井さんに向けた。そのせいで、笹井さんは「ミサイルの誤射」みたいな形で、直撃を食らって、死ぬハメになったのだ。
 では、ここでは、問題なのは、誤射をしたことか? 違う。もともと小さな問題にすぎなかったことに対して、ミサイル級の武器を持ちだしたことが問題だった。仮に、小保方さんが捏造をしたとしても、それはただの学会の隅っこの問題であり、大騒ぎするような問題ではなかった。実際、東大の捏造事件も、東大の高柳教授の捏造疑惑も、アルツハイマー病研究の改ざんも、たいして話題にはなっていない。たいていの人は、その話を聞いても、「何それ?」と思うだけだろう。そうだ。捏造や改ざんなど、学会の一部の人しか気にかけないような、小さな話題であるにすぎない。世間の人にとってはどうでもいい話題だ。
 にもかかわらず、こんな小さな問題について、改革委は大々的に取り上げたあげく、「理研 CDB の解体」というとんでもない方針を出した。それは「その地域を焦土にする」というような過剰な破壊行為だ。それはまるで、「嘘をついたから人のいる地域に核爆弾を落として処罰する」というようなものだ。(そう言えば本日は広島に原爆が落ちた日だ。それと同じような焦土化を改革委は提言したわけだ。)
 
 このような気違いじみた過剰な反応は、どこから起こったか? たぶん、改革委のスタンドプレーだろう。
 笹井さんはたしかに「STAPはすばらしい」というふうに過剰に宣伝して、かっぽう着などを使わせたりして、スタンドプレーをした。それと同様に、改革委は、ただの小さな実験ミスと行政ミスに対して、核爆弾を投下するような過大な処分を打ち出すというふうなスタンドプレーをした。そして、その過大な処分の方針(というスタンドプレー)が、笹井さんに死をもたらしたのである。
 笹井さんも、改革委も、どちらもスタンドプレーをした。その結果、笹井さんは論文のミスをした。一方、改革委は、理研 CDB の焦土化を狙い、人を死なせた。(死んだ人の数は、今のところ1名だが、1名だとは限らない。ちなみに、「彼女も死ね」と騒いでいる狂人が、ネット上にはわんさといる。)

( ※ なお、改革委の方針が上記のようにデタラメであることについては、前に別項でも説明した。内容はほぼ同趣旨。 → 該当項目

 理事長の責任


 では、正しくは、どうするべきだったか? これを考えるには、次の記事が参考になる。
 笹井芳樹副センター長(52)について、理研再生研の竹市雅俊センター長は5日、問題発覚後の3月ごろから「副センター長を辞めたい」と繰り返し申し出ていたことを明らかにした。
( → 神戸新聞 2014-08-06
 センターの男性研究者は「本人は周囲に『辞める』と何度も言っていたが、理研上層部が認めなかった。笹井氏を追い込んだ責任は大きい」と指摘する。
( → 産経 2014.8.5

 複数の人が確認しているように、笹井さんは何度も「やめたい」と申し出ていたのに、竹市センター長はそれを認めなかった。なぜ? 認めれば、自分も辞めることが必要になるから、それを厭がったのだろう。保身である。
 この意味では、笹井さんに休職の機会を与えなかった竹市センター長の責任はきわめて大きい。
 だが、話の根源を言うなら、竹市センター長が何を言おうが関係ない。彼の判断よりは、理事長の判断が優先するからだ。つまり、理事長が「竹市さん、やめなさい」と言うべきだった。
 ではなぜ、理事長は言わなかったか? 改革委が「組織解体」とまで言っていたのに、なぜ理事長は「竹市さん、やめなさい」と言わなかったのか? なぜ? 認めれば、自分も辞めることが必要になるから、それを厭がったのだろう。保身である。
 とすれば、話の根源は、理事長にあることになる。そもそも理事長が「私もやめますから、竹市さんもやめてください」と言うべきだったのだ。
 なのに、理事長は、それを拒んだ。なぜ? この件は、前にも指摘した。
  → 理研の問題は高齢化
 理事長は 75歳という高齢である。もうボケているのだ。これについては、笑い話がある。
 ある社長が知人に頼んだ。
 「きみ。私はボケてまで社長を続けるつもりはないんだよ。私がボケてきたと思ったら、いつでも言ってくれ。そのときは潔く、社長を辞任するつもりだ」
 知人は答えた。
 「ボケてから、あなたはボケたと教えても、手遅れでしょう」

 こういう笑い話と同じことが、現実に起こっている。ボケ老人の理事長が、まともな判断をできなくなっている。そのせいで、竹市センター長に引導を渡すことができず、結果的に、笹井さんに休職の機会を与えなかった。かくて、笹井さんは、抗うつ剤を飲んで仕事をし続けるハメとなり、(たぶん)その副作用で、ついには自殺することになった。
 ボケ老人のボケのせいで、世界で最優秀の頭脳が失われた。



 [ 付記 ]
 本項では、三つの話題を取り上げた。それぞれは、一応、独立している。とはいえ、三つを合わせて読むと、この事件の問題がいっそうよく浮き上がるはずだ。
 多くの人々は、「ハチャメチャな女性研究者が悪さをしたせいで、人が一人死んでしまった」ぐらいにしか思っていないだろう。だが、本当は、ここには日本全体のとんでもない問題がひそんでいるのだ。
 そのことを理解できる人は非常に少ない。だからこそ、分子生物学会や、学術会議や、NHKは、トンチンカンなことをしたあげく、人を死なせて、研究体制を破壊してしまうのである。自分で核ミサイルを爆発させるようなことをしておきながら、そのことに気づかない。何という狂気! 



     

ものぐさ精神分析      唯幻論物語


 
 狂人の最大の問題は、自分が狂人であることに気づかないことだ。
 今の日本人は、佐世保の加害者少女と、同じような状況になっている。いや、もっと悪い。精神科を受診した彼女は、自分の狂気に気づいていたはずだからだ。
 


 [ 参考 ]
 捏造論者の多くは、「犯人は誰だ?」というふうに犯人捜しをしているから、「小保方さんが悪い」とか「笹井さんが悪い」とか主張する。
 しかし、物事の本質は、「誰かが悪い」ことではない。そのことは、下記項目で詳しく説明した。
  → STAP細胞事件の真犯人
 この最後の部分を抜粋して、再掲しよう。
 ここまで見れば、物事の本質がわかる。
 今回の問題が起こったのは、誰かが意図的に捏造をしたからではない。「研究全体の統括者と、実験の遂行者とが、別々の人物である」ということがあった。そのことから、ミス実験が正常実験だと勘違いされてしまったのだ。
 とすれば、すべての根源は、「研究全体の統括者と、実験の遂行者とが、別々の人物である」ということだったのだ。
 これは一種のヒューマンエラーである。組織の統括者が誰であるかよくわからないほど無責任な体制だった。かくて、責任の所在がはっきりとしないまま、デタラメがまかり通る。……こういうことは、よくあることだ。

 結論としては、STAP細胞の事件は、「船頭多くして舟陸に上がる」という形で理解できる。船頭が一人で統括していれば、何事も起こらなかっただろう。ところが、船頭が二人いて、責任体制もはっきりしないまま、それぞれが勝手な思い込みで、ずさんな行動を取った。そのあげく、舟は陸に上がってしまったのだ。
 こうして、今回の事件は、「船頭多くして舟陸に上がる」という形で、本質を理解できる。
 つまり、これは、犯罪ではなくて、事故の一種なのである。



 【 関連項目 】
 次の過去記事もある。
  →  脳と遺伝子
 笹井さんは、再生臓器のための研究(自己組織化の研究)をしていたが、その過程で、「脳の大きさにほとんど個体差がない謎」を解明した。これは相当、大きな業績だ。
 この記事は、かなり古い記事で、私も忘れていたのだが、調べている途中で見つかった。笹井さんはこんなに大きな業績もなしていたのだ。iPS が普及して、再生臓器がいっぱい作られるようになったら、ノーベル賞は確実だっただろう。もらえる時期は、再生臓器が普及したあとなので、何十年も後のことになるだろうが。笹井さんの研究は、世間の信じていることよりもはるかに進んでいた。

 なお、ここで興味深いことがある。笹井さんは「再生医療をしよう」とおもってこの偉大な発見(自己組織化の発見)をしたのではない。別のことを研究していたら、ついでの形で、自己組織化の発見をしたのだ。
 科学にはよくあることである。基礎的な真実を調べて得いたら、その過程で、非常に有用な用途が見つかった、ということ。ここでは、非常に有用な用途を探していたのではない。そのような用途を探している研究者はすべて失敗した。一方、基礎研究の分野で、まったく新たなことを研究していたら、笹井さんが素晴らしい大発見をなしたのだ。
 それにしても、笹井さんを失ったことは、取り返しの付かない大損失である。再生医療の分野は、大幅に遅れることになってしまった。
 


 【 関連サイト 】

 笹井さんの業績については、次のサイトで詳しく説明されている。一読をお勧めする。

  → 笹井芳樹博士が科学界に遺した、偉大な業績まとめ
posted by 管理人 at 20:47| Comment(36) |  STAP細胞 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
笹井氏のご冥福をお祈り申し上げます。
【市民感覚とのズレ】
 派手な広報演出はさておいて、より安全な幹細胞が発見されたと聞いたら、そりゃ難病に苦しむ患者さんやその家族は喜んで注目するよ。
 「それなら喜んで臨床研究の被験者になるよ」と言える状態を早く実現して頂きたいのであって、STAP細胞がさっぱり再現されない原因が過失によるものか、故意の捏造によるものか等という話題は、病の苦しみに耐える人々の心にはまったく響かない。
 管理人殿におかれては、真剣に期待し、その反動で大きく失望した人まで含めて、「今の日本人」などと思っておられるのか?
 笹井氏にあっては、成功確率がiPSよりも低いとわかった時点で謝罪しにいくのは山中教授のところではなく、期待させてしまった国民の方ではなかったか?
 管理人殿が縷々上げておられる故人の再生医療への貢献に注目するならば、なぜ「少なくとも一人の患者を救うまでは、いかにバッシングされようともくじけない」とは思えなかったものか?
 科学者たちが「再生医療」を口にするのは患者のためではなく、「名声」「スーパースター」「研究費」「国の特別機関」などと言った利己的な目的のためか?
 期待した患者さんたちへの遺書はないのか?
 管理人殿が言われる、船頭多くして船山に登る、などという状態は、「次は生身の人間を使った臨床研究」というようなものにはならない研究分野でやって頂きたいものだ。
【なぜメディアを使うのか】
 理研、学会、学術会議がバラバラに発言するのはなぜか。共著者がバラバラに発言するのはなぜか。
 患者たちにとっては、「よく話し合って、知恵を出し合って、共同で一致した方向で、早く再生医療を実現してほしい。」「体細胞を提供したら決して他人のものと間違わずに臓器をつくって移植してほしい」となる。手術がうまくいかなかった場合に、バラバラで責任転嫁しあい、150日たってもどの細胞を使ったのかわからないでは患者は死んでしまう。
 バラバラに発言するから、「別にただちに再生臓器が必要なようにも見えない元気なブロガー」たちが百花繚乱、甲論乙駁するだけとなり、「本当に再生臓器を再生骨髄を切望」している人々は目に涙をためて沈黙して死を待つばかりとなる。
 NHK自身も、それらに登場する人々も、メディアを通して誰に話しているつもりなのか?
 公共の電波は、利己的な弁明であるとか、攻撃的な言辞を弄するためではなく、本当に困っている人々のために使ってほしいものだ。
 関係者たちが真に再生医療で患者を救いたいという考えで一致してことにあたるなら、統一見解、合同記者会見ができるはずであろう。
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月06日 22:56
> より安全な幹細胞が発見された

 当初のその発表は間違いで、実は iPSと同程度だ、とのちに訂正されました。その時点では、何も問題になりませんでした。それから1〜2カ月足ってから、大騒ぎになったので、両者には関係はありません。

>  「それなら喜んで臨床研究の被験者になるよ」と言える状態を早く実現して頂きたい

 誤解されているようですが、次のように言われていました。
 「STAPの実用化は iPSよりもずっと後である。当面の臨床研究は iPSだけであり、STAP は、実用化が可能だとしても、iPSよりはずっと遅れる」
 発表から一週間ぐらいで、このように訂正されたはずです。したがって、上記の期待は最初から否定されています。

> 「今の日本人」などと思っておられるのか?

 読めばわかるように「捏造だ」と騒いでいる人のことです。故意に誤読するのはやめましょう。

> 謝罪しにいくのは山中教授のところではなく、期待させてしまった国民の方ではなかったか?

 そんなことを言ったら研究者は全員頭を丸めなくては。
 だいたい、基礎医学の話を聞いて勝手に期待するのは、本人が無知であることを意味するだけ。自分の無知による勘違いを、他人のせいにしてはいけない。

> いかにバッシングされようともくじけない」とは思えなかったものか?

 いじめで自殺した子供に同じことを言えますか? 

> 船頭多くして船山に登る、などという状態は、「次は生身の人間を使った臨床研究」というようなものにはならない研究分野でやって頂きたいものだ。

 相当誤読・混同していますね。前者は STAPの話。後者はiPSの高橋さんの話。全然別です。

> 患者たちにとっては、

 患者のことを考えている基礎研究者はいません。いるとしたら、もぐりだね。
 基礎研究者は、「自分の研究がものになるとしたら、たぶん自分の死後だろう」というぐらいにしか考えていません。臨床研究とは全然違います。
 患者は、基礎研究に期待するべきではありません。「うまく行けば50年後に実現化するかも」ぐらいに考えるべきです。「うまく行くと期待させやがって」なんて恨むのは、筋違い。自分の勘違いを人のせいにするべからず。
Posted by 管理人 at 2014年08月06日 23:15
誤読されているのは管理人さん、あなただ。
誰も「STAPによる被験者」とは言っていない。
「捏造と騒いでいる人」を表現するのに日本人という単語は必要ない。
故人は子供ではなく52歳だ。小生は子供に対しても言ってやるとは一言も言っていない。見当違いの例えを持ち出さないでいただきたい。
「あなたも私も、「万一の場合には再生臓器によって健康を取り戻す」という夢を失うことになる」と書いたのも管理人自身であろう。相手の誤読をうんぬんする前に自分の文章を読んではどうか。
患者のことを考えている基礎研究者がいないという根拠は?少なくとも競争的資金の申請ではそれらの情熱を口にし、論文の序論にも書いているではないか?
Posted by 科学誌印刷業者 at 2014年08月07日 00:06
失礼します。

私はすぐに陰謀論を考えてしまうのですが笹井さんが死んで結局誰が得をしたのでしょうね。

笹井さん小保方さんが執拗にバッシングされた理由は何なのでしょうか。

日本の医療技術が遅れて喜ぶ人たちがいるということですかね。
Posted by ラッキー純 at 2014年08月07日 00:08
些末なミスや不正で転落したスーパースターは

古今東西星の数ほどいる。


この社会で生きたければ、信頼を取り戻す真摯な

努力をするしかない。


マスコミ?改革委?理事長?

外に責任を求める態度こそ無責任かつ卑怯。


管理人殿とは相いれない個人的感想ですけどね。
Posted by たろう at 2014年08月07日 01:49
正直私はあまり知識も見識もなく、このブログにコメントをかくにはいささか勇気が必要なのですが、ハンディキャップを持った人達の絶望を書いた内容を別のサイトでも何度か目にして、どうにも違和感が拭えなかったので、ちょっと書かせていただきたいと思います。

STAP細胞の論文に問題があったという点については結論が出ていると認識していますが、STAPの有無(正確に言うと、STAP現象の再現性がゼロか否か)については未だ結論が出ていないというのが真実だと思います。(管理人さんはミスということで断定されているようですが、個人的にはそこまで断定しかねます。)
もし再現したなら、研究を続ければiPSより優れた面も持つ技術に発展させられる可能性も否定することはできないのでは、と思います。
その光明(わずかではあるかもしれませんが)をあたかも無いものと断定し非難するようなその姿勢からは、まるで求めているのは希望ではなく、絶望であるかのような感覚を覚えます。

邪推するに、このような意見の背景には、「何らかの理由」から「こうあって欲しい」という願望があり、まだグレーのものを「黒だ」と誤認してしまっているのでは、と思っています。
「何らかの理由」が一体何なのか、想像は可能ですが、あえて言及は避けさせていただきます。
Posted by tkyouya at 2014年08月07日 02:10
> その光明(わずかではあるかもしれませんが)をあたかも無いものと断定し非難する

 別に断定も非難もしていませんよ。たぶんそちらの誤読です。
 STAPがあったとしてもすぐには実用化しない、というのは、私の意見ではなくて、山中さんなどの意見でした。(その当時の。)

> iPSより優れた面も持つ技術

 STAP独自の良さというのは、特にないはずです。STAPでできそうなことはすべてiPSでできるはずです。何か再生臓器で期待することがあるなら、iPSに期待しましょう。そちらですべて可能になるはずです。
 ただし、笹井さんが亡くなってしまったので、実用化ないし実現は、相当遅れることになるでしょう。
 再生医療の分野では、iPSかSTAPかという違いは実質的にはないと考えていいでしょう。どちらも「すべてが可能」であり、原理的には違いはありません。「iPSですべてが可能」なのだから、特にSTAPを要求する必要はありません。発表当初の論文では「酸に付けるだけ」だから、STAPの最大のメリットは「コストが低いこと」です。それは、医療保険料を払う人の問題であって、患者の問題ではありません。したがって、あなたの言う「その光明」とは、「保険料が安くなる光明」のことです。それだけです。
 一方、ハンディキャップを持った人達のような患者にとって決定的に重要なのは、細胞ではなくて、再生臓器ができるかどうかというゴール点です。このゴール点に到達するための技術の有無では、笹井さんがいるかいないかに、大きく依存します。iPSまたはSTAPという細胞がいくらできても、そこから臓器ができるかどうかは、まったく別の技術です。この技術は笹井さんの技術です。
 その技術が今回失われました。そこが肝心の点です。STAPがあるかないかは、保険料の問題ですが、笹井さんがいるかどうかは、再生臓器ができるかできないかの問題です。混同しないようにしましょう。
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 05:22
> この社会で生きたければ、信頼を取り戻す真摯な
> 努力をするしかない。

 本項で述べているのは、笹井さんの問題じゃなくて、日本社会の問題です。
 世界の再生医療をリードする最重要人物を、自分たちでいじめて死なせてしまっていいのかどうか、という社会の問題。
 比喩的に言えば、あなたの命を救ってくれる医者を、あなたがいじめて殺してしまって、あなた自身の寿命が短くなってもいいのか、ということ。
 そういう狂気が、本項のテーマです。あくまで日本社会の問題です。

 だいたい、研究上でミスをしたからといって、いちいち日本中で責め立てて死なせてしまっていたら、日本からまともな研究者は一人も生まれなくなります。仮に、山中さんが何かミスったら、山中さんを責め立てて死なせるつもりですか? 冗談じゃないよね。
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 05:25
最後に <FONT COLOR="#000099"> 【 関連項目 】</FONT> を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 06:37
どんなに価値あるものでも、社会が存在を

許さないことがあるということ。

良い悪いではなく歴史の事実。
Posted by たろう at 2014年08月07日 08:32
これだけ管理人さんが懇切丁寧に説明しても、
今だに「笹井氏に責任がある、謝れ、同情できない」などと
愚かなことを言う輩がいることに驚愕しています。

管理人さん、これからも期待しています。
知人にも紹介しました。
Posted by 読者 at 2014年08月07日 11:11
ただ、古市先生も今年3月いっぱいで退職の予定でしたから、ポストにしがみつきたい意思はなかったと思います。また、インタビューでの発言から、笹井先生の退職希望も叶えてあげたかったのではないかと推察します。しかし、CDBの責任者であるこのお二人が論文撤回や調査終了の前に辞めてしまえば、マスコミやネット民は(恐らく政府も)「無責任過ぎる」「敵前逃亡」と大騒ぎするに決まっています。野依先生も本人の保身だけではなく、組織の維持や外部への影響なども考えられた上で色んな決断をされたと推察します。西川先生のように、一足先にさっさと辞められればよかったのですが。

改革委や学術会議や分子生物学会の責任については、管理人さんと同意見です。

では理研はどうすれば良かったのでしょうか。論文撤回が遅れたとは思いません。他のケースと照らし合わせても、むしろ早かった方です。撤回までの調査はむしろ短すぎたと思います。2つの「不正」だけでなく、疑念全部に対して、小保方氏に証拠(生データ)を要求して、それを精査すべきだったと思います。おそらく、マスコミや国からの「早く」という圧力のせいでしょう。

どうすれば笹井先生を失わずに済んだかをあれこれ考えていますが、結局分かりません。同業者として人ごとではないので、もう少し考えてみたいと思います。
Posted by エノケン at 2014年08月07日 13:24
>エノケンさん
>では理研はどうすれば良かったのでしょうか。

本当に「組織の維持や外部への影響」を鑑み、「ポストにしがみつきたい意思はなかった」のであれば、組織運営の不備が原因であるとして、謝罪会見を開き、素直に頭を下げればよかったと思います。その上で再発防止対策として実験ノートによる進捗確認や再現性の確認のチェックなんてものを打ちだせばこれだけの騒ぎにはならなかったと思いますよ。
ただし、その場合は小保方さんのほうの尻尾を切ることになり、小保方さんがどうなってしまったかはわかりません。


まあ、後から何を言おうが、たらればでしかないんですけどね。遅きに失するです。
Posted by にぅす at 2014年08月07日 14:49
ちなみに管理人さんは笹井氏は小保方氏の捏造、あるいは実験ミスに気付かれていたと思いますか(論文執筆中ではなく、死の間際において)?
これだけ出鱈目でありつつも要所で都合の良いデータを持ち出している論文です。
遺書ではSTAP細胞の存在を信じる様な事を書かれていたようですが、今なお捏造あるいはミスに気付かれずにいるはずもないと思います(彼ほどの研究者が小保方氏に騙されるはずが無いと管理人さんが主張するのと同様)。
であれば、やはり責められても仕方ないのでは?

また不正と断ずる研究者を管理人さんはしきりに責めていますが、それもお門違いではないかと思います。
数百回の実験のうちたった数回の実験ミスを採用するなどという発想は現役研究者には持ち得ませんし、それが研究者として真っ当な思考です。
その論調で責めるならば、小保方氏という実験の基礎もまるで知らない人間に研究者の立場を与えてしまった早稲田の研究室や、笹井さんも含む周囲の先輩研究者達でしょう。
Posted by HOKO at 2014年08月07日 18:10
笹井さんを自殺に追い込んだ犯人捜しをしても意味が無いのではと思う。
そういう輩はこれだけ多くの人間が存在する以上、必ず現れる者、
それが人間ではないでしょうか。

それより、なぜ笹井さんの自殺の危機を察知し、
そこから救う人間が現れなかったのか、
こっちの方が重要ではないかと個人的には思う。

それは理研の組織マネジメントの問題で
理研の腐敗を指摘する管理人さんのご指摘通りだとは思います。
ただ、笹井さんを直接知る周りの傍観者がなぜ傍観者のままだったのか、それとも傍観者にならざるを得なかったのか、
全てを知る手段は何もないが、
もしかしたら、彼を本気で救おうとする人が誰も居なかったのかもしれない。
Posted by にぼし飴 at 2014年08月07日 18:15
> CDBの責任者であるこのお二人が論文撤回や調査終了の前に辞めてしまえば、マスコミやネット民は(恐らく政府も)「無責任過ぎる」「敵前逃亡」と大騒ぎするに決まっています。

 理研を辞めた場合にはそうでしょうが、理研には研究者として残ったまま、(副)センター長という管理職だけを辞任すれば、問題はなかったでしょう。二人の過失は、管理職としての過失であり、研究者としての過失ではありません。
 研究者としての過失は、笹井さんには少しありましたが、それは論文の取り下げの時点で解決済みです。(それ以上を求める方がおかしい。)
 大事なのは、休職できるということです。それで精神状態を落ち着けることができたでしょう。
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 19:22
> 笹井氏は小保方氏の捏造、あるいは実験ミスに気付かれていたと思いますか(論文執筆中ではなく、死の間際において)?
> これだけ出鱈目でありつつも要所で都合の良いデータを持ち出している論文です。

 執筆中には気づかなかったのは確実です。気づいていたら、論文を提出するはずがない。また、Nature が気づかなかったのも確実。気づいていたら、リジェクトしていた。
 デタラメだというのは、バレたあとでのこと。コロンブスの卵。それはいわば、推理小説の解答編を読んだあとで、「そんなの簡単だよ」と言うのも同然。カンニングと同じ。「カンニングすれば満点を取れるんだから、こんなテストは簡単さ」と同じ。無意味。

> 遺書ではSTAP細胞の存在を信じる様な事を書かれていたようですが、今なお捏造あるいはミスに気付かれずにいるはずもないと思います(彼ほどの研究者が小保方氏に騙されるはずが無いと管理人さんが主張するのと同様)。
> であれば、やはり責められても仕方ないのでは?

 だから自殺したんでしょ。あなたが言っているのは「笹井さんは自殺するべきだった。死ね」と言っているのと同じ。
 私が言っているのは、「そんなことは責められるべきだとしても、駐車違反よりも軽い罪だから、日本中が騒ぐことはない」ということ。レベルが違う。

> 数百回の実験のうちたった数回の実験ミスを採用するなどという発想は現役研究者には持ち得ませんし、それが研究者として真っ当な思考です。

小保方さんはまっとうじゃないでしょ。まっとうかどうかが問題になっているわけじゃない。「まっとうな研究者ならばしないようなことをしたから、日本中でせめて殺してしまえ」というのでは、犠牲者が多大に上ります。私はそこを問題にしている。

> その論調で責めるならば、小保方氏という実験の基礎もまるで知らない人間に研究者の立場を与えてしまった早稲田の研究室や、笹井さんも含む周囲の先輩研究者達でしょう。

 そうですね。そっちを責めるならばわかる。その点だけは同意します。ただし、責めるにも限度がある。人を死なせるほどひどく責める理由は何もない。小保方さんは人を殺したわけじゃない。単に未熟だっただけだ。それを理由に「死なせるほど責めてもいい」というあなたの論理は、ただの人殺しの論理。「いや、そのつもりじゃない」と弁解するかもしれないが、下記の言葉がある。

> 不正と断ずる研究者を管理人さんはしきりに責めていますが、それもお門違いではないかと思います。

 人を死なせるほどの行為が許されるはずがない。なのにあなたは「責めるな・許せ」と言う。それは殺人行為を是認するということです。
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 19:36
お二人が「管理職」を辞任されても、やはり「無責任」という声は上がるかも知れませんし、少なくともそのように理事長が考えたかも知れません。また、休職という、まだCDBと繋がった状態にして自殺を防げたかどうかも分かりません。研究所に毎日来させた方がまだましと理研が考えたかも知れません。自殺を防ぐには、完全に辞めて別の組織に属す(例えば臨床医とか)方がベターだったかも知れません。いずれにしても結果論ですね。

もっと前の段階で、笹井氏が精神的に追い詰められないような理研の初期対応があれば良かったのですが。。あれだけ花火を上げてしまった後では、理研がどう繕っても叩かれてしまったでしょう。
Posted by エノケン at 2014年08月07日 19:47
> 笹井さんを自殺に追い込んだ犯人捜しをしても意味が無いのではと思う。

 それが「殺そう」という悪意のよるものであれば、そうでしょう。殺人犯は真砂のごとく絶えない。
 
 しかし今回は違います。人々は「殺そう」と思ったのではなく、「善をなそう」と思って、「不正をただす」というつもりで、「悪の張本人を懲らしめよ」と思ったのです。
 そこには錯誤があります。殺意ではなく、錯誤があるのです。ここが本質です。
 前項と本項は、犯人捜しをしているのではない。人々がいかに錯誤をなし、人々がいかに狂気的になったか、ということを問題にしています。
 それはまた、本質を探れ、ということでもある。
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 19:50
南堂氏はSNKプレイモアとスクウェア・エニックスの版権問題をどうお考えですか?
私もそれをSTAP細胞関連に似た問題だと解釈していますが。
Posted by 虫宇日 at 2014年08月07日 20:14
私は、今回のSTAP問題は、やはり研究における不正(ミスコンダクト)だと考える。

現場において、研究試料や生データに対する故意のねつ造等がなかったとしても、Nature誌のゲル写真の改ざん等は疑いようがない。それがいけないことだと小保方氏が知らなかったというなら、そのよな科学研究の常識的感覚を持ち合わせていなかった人間をPIとして採用した経緯は?と考えてしまう。すると、理研で通常踏むべき採用プロセスを経ていないということが明らかになったというわけだ。

ひとつひとつの要素は、うっかりミスや無知によるものだったり、採用プロセスの省略も現実には他にも存在している程度のものじゃないかと思う(公には言えないが)。しかし、そのような要素が絡まって生じた今回の問題は、やはり「ミスコンダクト」である。英語のコンダクトの意味は、誰もが是と言えるような正しいありよう、道徳的、倫理的な振る舞い(方法、やり方)のことで、ミスコンダクトはこれを打ち消す言葉。もともと、研究において使われる「不正」という日本語は、この英語のミスコンダクトから来ており、一般にイメージするニュアンスとは違うかもしれない、と思った次第。

Natureの論文はRetractionされた。笹井氏がここで死ぬ必要性などなかったと思うが、彼はこれまでも自らのプレゼンスを示してきたわけで、最後も自殺という形で世に自らの存在を示したかったのではないかと私は感じています。

ご冥福をお祈りします。
Posted by えりざべす at 2014年08月07日 20:32
しかし本当に自殺なのかなぁ。遺書をワープロで打った理由って何だろう。筆跡が分からないから笹井さんのだと分からないよね。家族宛の遺書がないのもおかしい。遺書の内容が毎日新聞にリークされたのは何故。どうして階段の踊り場で首をつったんだろう。他殺も十分にあるんじゃないの。
Posted by ラッキー純 at 2014年08月07日 20:44
> SNKプレイモアとスクウェア・エニックスの版権問題

 私が扱っているのは、小さな範囲の善悪ではなくて、日本人全体の狂気です。お間違えなく。
 
 → コメント at 2014年08月07日 19:50
Posted by 管理人 at 2014年08月07日 21:13
笹井さんが亡くなった真相を推測しても仕方がない。理研はこれまでもそうであったようにこれからも組織の防衛第一に対処する。組織は組織に属する個人を「積極的に」守らない。個人は自分で自己を守らないと組織やハイエナのようなマスコミ、野次馬に潰される。小保方さん、実験のミスがあったかもしれないが、自分の夢のためにしたたかに生きてほしい。下らない外野のせいで死んではいけない。
Posted by 多田野仁志 at 2014年08月07日 21:23
少なくとも同じ研究者には責める権利あると思いますよ。
研究分野のポジションや資金獲得は言うまでもなく激しい競争なわけで、小保方さん一人がDC1や理研で採用されたことでポジションを取れずに路頭に迷った研究者や、普通の研究室よりはるかに潤沢な研究費が実体のない研究に回されていたわけですから。
かくいう私もポジションこそ確保できましたがDC1は最終面接で落とされました(たぶん小保方さんが通った同年)。
DC通ったかどうかは結構研究歴として大きい。

また、税金使ってるんだし国民にも責める権利がないとは言えない。
それをどの程度の権利と考えるかは個人個人の裁量でしょう。
Posted by OKO at 2014年08月08日 06:13
>しかし今回は違います。人々は「殺そう」と思ったのではなく、「善をなそう」と思って、「不正をただす」というつもりで、「悪の張本人を懲らしめよ」と思ったのです。
>そこには錯誤があります。殺意ではなく、錯誤があるのです。ここが本質です。
>前項と本項は、犯人捜しをしているのではない。人々がいかに錯誤をなし、人々がいかに狂気的になったか、ということを問題にしています。
>それはまた、本質を探れ、ということでもある。


僕のコメントにお返事ありがとうございます。
個人的には人々に「殺そう」と思った殺意がなく、
「善をなそう」とした行動の結果、というのは管理人さんと全く同意見です。

ただ、それを人々が錯誤と狂気に陥っている。
本質を探れ、と仰せですが、、
個人的意見ではその錯誤と狂気そのものが人の本質だと思います。

人は思い込み、狂気を持ち、人が集まると暴走する。
それが人、世間の本質ではないかな、と。
殺人犯は真砂のごとく絶えないように、狂気と錯誤に陥る人々も絶えることはないでしょう。
Posted by にぼし飴 at 2014年08月08日 06:26
> 少なくとも同じ研究者には責める権利あると思いますよ。

 Web 上で批判するぐらいなら、言論の自由があるので、権利はあるでしょう。しかし学会やらNHKやらが、根拠も示さずに「不正だ」と断定して大批判するほどの大罪を犯したのか? 駐車違反以下だが、というのが私の判断です。また、他の捏造事件とのバランスはどうなのか? 

 あなたの理屈だと、些細なエラーをした人を見つけて、吊し上げて、死なせてしまえ、ということになる。文化大革命みたい。(わかるかな?)それと同じ狂気がある。そこを問題にしている。しかし本人は自分が狂気だと気づかない。
Posted by 管理人 at 2014年08月08日 07:23
我々全てが冥福を祈ると同時に大きく反省しなければならない。錯誤で人を殺める様なことは悲し過ぎる。
細かい処を突ついているコメントに違和感を感じます。

人は紅衛兵の様になりやすい。冷静に考えよう。
管理人さんが哀しみと怒りに打ち震えながら、なるべく冷静にしたためた内容です。弔辞ととらえました。
あやをつけるのはお門違い。
Posted by 京都の人 at 2014年08月08日 07:57
自分達がマスコミを使って大々的に発表したから、同じくマスコミも含めて叩かれ方も大きくなる。
問題を知っている母集団が多いから、たくさん叩かれる。
加藤茂明や小室一成なんかも2chでは口さがない悪評が飛び交っているが、母集団が少ないから目に付く頻度が少ない。

極めて自然なバランスだと思います。
もちろん自殺者が出た以上今後は自重すべきという考えは分かりますが、これまでの経緯自体はバランスが取れています。


>駐車違反よりも軽い罪だから、日本中が騒ぐことはない」ということ。レベルが違う。

STAPレベルの研究の不正が暴かれずにそのまま放置となった場合、数十人(あるいは国外も含めれば数百か)レベルの研究者が数年を無駄にした結果ポジションを失いますよ。
ちなみに理系研究者の自殺率は非常に高く、一人二人は死んだかもね。
とらぬ狸の何とやらですが、それは自殺するから批判するなという意見と根は同じ。
誰も笹井氏に死ねとまで言っていないし、笹井氏が原因(の一端)で死ぬ人もいたかもしれない。
Posted by HOKO at 2014年08月08日 08:08
私もHOKOさまの意見に賛同します。批判されて当然です。

管理人さまのいいたいことも分かりますが、私は、上にも書いた通りこれは不正(ミスコンダクト)であると思います。確かに大罪ではありません。一般に刑事責任を問える類いのものでもない。いやむしろ、だからこそ、研究倫理から大きく逸脱していながらその原因や経過が明確にならない本件を、多くの人々や学術界やメディアは強く批判する。

当事者らは、論文を取り下げる結果を招いた一連の経過に対して、批判を受け止め、弁明や状況を説明する責任を負っていると思います。同様のことが繰り返されないためにも。かなり推測できるようにはなってきましたが、しかし未だに曖昧なまま残されていることも多いです。

日本ではやはり集団主義的な文化を感じますが、私には、彼が外野の批判に押しつぶされ、追いつめられたことだけが自殺の原因とは思えません。一要素ではありえますが、やはりミスコンダクトを招いた自分の行いに対して、自らの誇りが生きて行くことを許さなかったのではないかと推測しています。それぐらい崇高で強い方だったと。本当に悲しい結果ですが、私はそのように信じています。
Posted by えりざべす at 2014年08月08日 10:03
本当にいなくなった方が国家のために良かった連中は、分子生物学会の理事連中でしょう。
研究や技術の世界は、論理が第一義的に尊重されなくてはなりません。
できるかできないか、働くか働かないか。
本人たちは、桁外れのバッシングを受け、理研が事実を見極めるために再現実験に取り組んでいる。
それを中止して本人たちの懲戒が先だというのは、技術論よりも、政治論を上に置く、あるいは、
気に食わないやつをつぶせという感情論を上に置く主張です。
研究や技術の世界は、事実が最も尊ばれるべき世界です。
その中で、そこらへんの与太話ではなく、存在感があるはずの分子生物学会が、執拗にバッシングを繰り返すとは、
彼らがこういう論理を理解できない、三文研究者の集合であったということです。
製造会社を経営をしてきた私の実感では、技術の世界では、おそかれはやかれ、事実が発現するため、
口先三寸の人間は、ごまかし続けることはできません。事実から論理を組み立てる、それが経営の神髄です。
若手研究者は、先輩たちの背中を見て育つものです。
事実よりも、感情的な、バッシングを優先する分子生物学会というゆがんだ空間で、研究者たちは、論理的に育っていけるのでしようか。
現在の塵、芥の集合体と思える理事連中の総退陣、出直しを希望します。否定的集団としての存在は不要です。
この国の技術人層を貶める前に、識見を備えた理事長の登場を期待します。
Posted by 経営者B at 2014年08月08日 13:34
そもそも再現実験はSTAP細胞の有無を判定するものであって、不正の事実を判定するもんではありません。
不正の事実に関しては、研究者間の一般的なルールにとして疑われた側が証拠を示すことで潔白を証明しなくてはなりません。
だから不正などしていなくも、疑われた時のためにノートは最低5年間は保管し続けなければならないのです。
今回の場合は実験ミスにしろ捏造にしろ、提出した小保方氏の実験ノートがお粗末過ぎて証拠足り得ず、調査委員により不正と認定されました。
対応の遅れなど問題はあったものの、これは極めて当然の流れです。
管理人さんは不正と断定する事を批判していますが、それなら一体どの段階で不正の有無を判定すればいいのでしょう?
実験ノートに不正の事実が記載されていた時ですか?
あるいは本人の自白ですか?
それとも曖昧なままお茶を濁しますか?

繰り返しますが、仮に実験ミスであったとしても、小保方氏や笹井氏側がその証拠を示さない限りは研究のルールにおいては不正です。
Posted by HOKO at 2014年08月08日 14:15
そら論文は不正、著者はSTAP細胞はありますっていってたら、
本当はどうなの?って国民もマスコミもそうなるわ
そんな状況を作り出したのは、発表は共同でしといて
世間が騒いだら、論文不正をさきにあげた、理研の対応である。
雑誌に踊らされている現代の学術の在り方の問題から研究所としての本質を見失っている証拠である。
そういう本質を見失わなないで研究所を運営していく理事長などは科学者としての本質が問われるってだけ
Posted by ひゃま at 2014年08月08日 14:33
> by HOKO
> 研究のルールにおいては不正です。

研究のルールなら、研究者だけで論じていればいい。そのときは「不正」の定義もその定義でいい。

日本中の人々が騒いでいるのは、それとは別件です。「不正」という語を用いるときには研究者間だけの定義を用いて、非難するときには研究者でもない人々が自己の基準で勝手に非難するというのでは、用語の拡大解釈と誤用でしょう。

あなたの主張からは「外野は黙っていろ」ということしか出てこない。「外野が勝手に自己流に非難して他人を死なせてもいい」という論拠にはならない。自分の論拠に従って「外野は黙っていろ」と結論するべきです。

そもそも、あなたの主張する「疑わしきは罰する」というのが成立するのは「論文掲載」の話です。論文掲載が取り下げられた時点で、論文はもはや無効になるので、「疑わしきは罰する」は成立しなくなります。過剰に罰する論拠にはならない。
 「疑わしきは罰する」というのは、あくまで研究者間の倫理の問題であって、過剰に「罰する」ことの論拠にはなりません。あなたはそこを勘違いしている。あなたの主張からは、「小保方さんを死刑にしろ」ということになりそうだが、馬鹿馬鹿しいことこのうえない。研究の話と法的処罰とを混同している。
 あなたの論拠が破綻していることは、ただの一文でわかる。「 STAP事件以外の捏造はすべて放置」。これで論拠崩壊です。
 要するにあなたは、いじめたい相手をいじめているだけ。

> 一体どの段階で不正の有無を判定すればいいのでしょう?

実験ミスだと判明した時点で、真相は判明する。その時点で「不正だ」「捏造だ」と論じることのバカバカしさも判明する。
Posted by 管理人 at 2014年08月08日 19:18
HOKOさん何が言いたいやら。
担当者たちが潔白であるとは本人たちを含めだれも思ってはいません。大きな間違いはあった。 けれど、現象全体を否定するには、根拠がはっきりしない部分があるので、検証をしているということです。ここまで公開されて、お茶を濁すことなどありえません。不正という言葉にこだわって、問題の本質を見ないあなたの姿勢は、研究者として魅力がなかったのかもしれませんね。
Posted by 読者 at 2014年08月08日 22:24
では、何の為のルールであり法なのだろうと。誰が為に裁くのか。ルールや正論が優先されて、立場を脅かし希望を閉ざし徹底的に追い詰めたあげく、自業自得であるからと片付ける我々の在り方に問題はないのだろうか?

そもそも炎上してしまう動機がそれぞれの内側にある事に気付くべきなのです。ストレスなのか嫉妬なのか、満たされる事のないナニモノかが既にあって、欲しているのは<口実>です。標的になって貰う為の理由なのでしょう。

理事長と改革委の采配には失望しました。長であるならば真っ先に自ら責任を負うべきです。不正と裁くならばその根拠を明示すべし。判断を間違えてしまう以前の問題としてリーダーの意識になっていないのです。

『レ・ミゼラブル』という物語のジャヴェール警部は、法に背く者はそれが自分であっても許さない人物として描写されます。厳格で冷徹な法の番人なのですが、彼の根底にあるのは<人間に対する不信感>だと思われます。対称的な人物として主人公に銀の燭台を与える司教がいます。注目したいのは、主人公の罪を無かった事にする方法論ではなくて、司教は心底人間を信じている。信じようとしているという事なのです。

人生をそれでも小保方さんに託されたのでしょう。額面通りの意味ではなくて<生きて下さい>という命を振り絞ったエールではなかったのか。笹井さんの哀しい選択から何を受け取るべきなのか。罪を見逃せ、単純に許せという事ではなく、等身大の責めでよかった。
我々が人間(の可能性)を信じているならば、人の行く道を絶ってしまって平然としていられるはずがなく、全く別な<生かす対応>ができるはずだと思うのです。
Posted by 小平の義太郎 at 2014年08月09日 01:14
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

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