2014年08月04日

◆ 仮設住宅の問題の根源

 仮設住宅はあまりにも馬鹿げている。ではなぜ、仮設住宅は推進されるのか? その謎を考える。 ──

 仮設住宅はあまりにも馬鹿げている。それは「莫大な金を投じて、人々を不幸にさせ、かつ、人々を殺す」という事業である。
 どうせ人々を殺すのであれば、さっさと津波に水没させてしまえばいい。(あるいは毒殺でもいい。)また、人々を不幸にしたいのであれば、素っ裸にして野ざらしにすればいい。いずれにしても、金はほとんどかからない。なのに政府は、同様のことをするために、莫大な金を投じる。何千億円か何兆円かの金を。それだけの金を投じて、人々を殺したり不幸にしたりする。
( ※ その具体的な例は、多岐多様にわたるので、ここでは示さず、後述する。)

 では、なぜか? なぜ政府はそれほど馬鹿げたことをするのか? 

 ──

 その謎に答えよう。こうだ。
 「政府がそれをやるのは、被災者がそれを望むからだ」

 つまり、被災者が「仮設住宅をほしい」と思うから、政府は仮設住宅を与えるのだ。
 ではなぜ、被災者は「仮設住宅をほしい」と思うのか? 「そうすれば幸福になれる」と思うからだ。つまり、錯誤しているからだ。
 この錯誤は、次の二点からなる。

 第1に、「仮設住宅はきちんと住める」という錯誤だ。実際には、仮設住宅は「風雨を防げる」という程度のもので、防音性や断熱性などはろくにない。「テントよりはまし」という程度のものにすぎない。なのにそれを「恒久的な住宅と同程度のものだ」と勘違いしている。で、あとになって予想と違う状況になると、「これじゃ住みにくいから、きちんと住めるようにしてくれ」と注文を出す。かくて、追加工事やら何やらで、やたらと余分な費用がかかる。そのせいで、最初から普通の家を建てるのよりも、ずっと高額になってしまう。(最初から普通の家を建てるだけなら、少なくとも、仮設住宅という余分な費用はかからない。仮設住宅を建てれば、その分がまるまる無駄になる。おまけに追加費用もかかる。)

 第2に、「普通の家に住むと不幸になる」という錯誤だ。ここで、「普通の家」というのは、被災地にはないから、地元から離れた遠隔地になる。具体的には、日本中の各地だ。日本中には空き家がたくさん余っているから、日本中の各地の空き家に住めばいい。
  → 「空き家」戸数 過去最多を更新
  → 総務省、空き家率13.5%と過去最高に「住宅・土地統計調査」
  → 空き家 最多7万6900戸
  → 「空き家率」が上昇している状況を可視化(地図化)してみた

 ところが、被災地の人々は、故郷から離れたがらない。……実は、これが根源だ。

 ──

 被災地の人々は、故郷から離れたがらない。これについて考察しよう。
 仮設住宅に住んでいるのは、どういう人々か? 実は、そのほとんどが、年金をもらうような高齢者だ。(朝日新聞・朝刊 2014-08-04 の記事を見るとわかる。写真からして高齢者ばかりであり、中年や若手はいない。)
 これは当然だろう。中年や若手は、(一時的な土建業ぐらいしか)仕事のない地元を離れて、(恒久的な仕事に就ける)都会に出る。具体的には、東京周辺に出る。そこで第二の人生を開始する。
 ところが老人は、そうしない。故郷から離れたがらないからだ。実を言うと、今なら新幹線もあるから、埼玉(大宮)から福島 or 仙台までは 66〜69分で到達できる。通勤圏内といってもいいぐらいの短時間で済む。なのに老人は、東京や埼玉をひどく遠い土地だと思って、大都会に移住するのを拒むのである。
 本当ならば、栃木や群馬や埼玉あたりに住むのがいいだろう。空き家がいっぱいある。(福島に近い茨城だと、空き家はほとんどないらしいが。) ちょっと足を延ばして、神奈川や静岡あたりなら、立派な家が激安で借りられることもある。(ただし駅から遠くて、築 40年以上の場合。)こういうところに住むのが本来のあり方だろう。
 なのに老人たちはそうしない。故郷から離れたがらないからだ。これは、合理的な行動ではなく、非合理的な行動だ。そして、この行動は「津波が来たときに家から離れようとしないで溺死してしまう」という発想とそっくりだ。
 老人たちは、津波が来たときには、家にいつまでも留まろうとして、溺死する。うまく逃げた場合には、仮設住宅に居続けて、健康悪化で死んでしまう。……いずれにしても、非合理的な行動を取りたがるのである。
 そして、その非合理的な行動に迎合して、「だったら仮設住宅を作ってあげますよ」と言って仮設住宅を作るのが政府だ。それによって人々を不幸にする( or 殺す)ことになるのだが。

 ゆえに、なすべきことはわかる。
 政府は、被災地の人々の望みを聞くべきではないのだ。彼らは「こうしたい」と望んでいるが、その望みは、彼らが不幸になる道であり、彼らが死ぬ道である。そして、そのようにするために、莫大な金を出すことになる。そんなことはなしてはならない。
 かわりに、どうするか? 被災者の望みを聞くかわりに、別の道を提示するべきだ。次のように。
 「仮設住宅は作りません。復興には十年以上の時間がかかるので、仮設住宅は大量に用意できません。また、県営住宅なども用意できません。かわりに、全国各地の空き家に住んでください。そのための住宅費は提供します」

 こうすれば、はるかに低い費用で、はるかに良い結果をもたらすことができる。東北の寒い土地で暮らしていた人々が、温暖な土地で暮らすようになって、長生きできるようになる。
 また、国全体としても、「空き家の有効利用」という形で、効率的に資源を配分できる。「一方で家を新築して、他方で空き家を放置する」という無駄がなくなる。
 また、空き家の家主には家賃が入るので、彼らも潤う。彼らは家賃収入を得ることで、そのうちのいくらかを税金として収める。その結果、政府が払った金のうちの何割かは、また政府に戻ってくる。こうして誰もがハッピーになる。

 ──

 以上のことは、今すぐなしておくべきだ。なぜか? 遠からず、大地震が再来するからだ。関東大震災かもしれないし、南海トラフ地震かもしれないが、そういう大地震が遠からず再来する。そのとき、またしても「仮設住宅を作る」なんてことをやっていたら、またしても莫大な死者を出すことになる。
 そういう愚を繰り返してはいけないのだ。だからこそ、今すぐ方針を転換するべきなのだ。
 幸い、政府はその方針転換の方針を取りつつある。
  → 仮設住宅からの転換
 この方針を徹底するべきだろう。

 ──

 結論。

 人々は故郷にこだわる。高齢の人々ほど故郷にこだわる。そのせいで合理的な判断ができなくなる。あえて自分自身を不幸にして、自分自身が死ぬような道を選ぶ。
 ここでは、政府はその錯誤を指摘して、正しい道を教えるべきだ。なのに政府は、間違った人々に迎合して、あえて危険な人生を進ませる。そして、そのために巨額の金を投じる。
 こういう愚劣なことをやめるべきだ。



 [ 付記1 ]
 仮設住宅がダメであることについては、最近も報道が出た。読売新聞 2014-08-04 朝刊から、要点を抜粋すると、次の通り。
  ・ 耐用期間が過ぎて不具合が起こる。
  ・ 雨漏り・カビなども。浸水も。
  ・ 断熱性がひどくて住みにくい。
  ・ 雪止めや庇がない。
  ・ 玄関の隙間から雪が入る。
  ・ 修繕費に巨額の金がかかる。
  ・ 基礎が腐る。アリやシロアリも。
  ・ 基礎のコンクリート化だけでも数十万円


 [ 付記2 ]
 仮設住宅がダメであることについては、本サイトでも何度か言及した。詳しくはそちらを参照。

  → 仮設住宅を建設するな
  → 仮設住宅は人を殺す
  → 仮設住宅はやっぱりダメ
  → 地震で仮設住宅を設置するな
  → 仮設住宅は持ち腐れ
  → 仮設住宅からの転換

 仮設住宅がダメである理由は、上の各項に細かくいろいろと説明してある。

 [ 付記3 ]
 仮設住宅がダメである最大の理由は、人が死ぬということだ。特に、「仮設住宅に入りたい」と思って、体育館などにいつまでもいると、冬の寒いときには死者が続出する。体力は低下するし、インフルエンザにもかかりやすくなる。
 さっさと温暖な地に移住すればいいのに、「仮設住宅に当たる順番を待つ」というふうにしている間に、天国に行く行列に並んでしまう。
 政府は仮設住宅に入る人にばかり、数百万円もの大金を与える。(現物支給の形で。)……で、それをもらいたがるという欲の皮が張った人々が、どんどん死んでいく。
 政府は人々を死なせるために、金で釣っているわけだ。
 「ほら。数百万円もの大金を上げますよ。だから並んでください」
 と言って、寒風の吹く寒い場所に高齢者を並ばせる。かくて並んでいる高齢者はどんどん死んでいく。
 悪魔の企み。

 [ 付記4 ]
 仮設住宅でなく、公的住宅の建設も、同様である。
 たとえば、陸前高田では、高い防潮堤を建設してから、その先の場所で土地造成をして、公的住宅を建設する方針だ。しかしながら、その防潮堤というのが、津波には耐えられない規模である。(深い内陸部ではなく、比較的海辺に近い地区だから、高い津波が来ると、耐えられない。2011年と同じ規模が来たら、水没してしまう!)
 こんなところに造成するために莫大な金を投じているありさまだ。
  → 陸前高田の盛り土
 これもまた、「人を死なせるために巨額の税金を投入する」という愚行である。
 栃木あたりに移住することにすれば、こういう馬鹿げたことをしなくて済むのに。
posted by 管理人 at 23:58| Comment(2) |  震災(東北・熊本) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おそらく お年寄りにとっては、知らない土地でひっそりと暮らすぐらいなら もう人生を終えてもいいと思っているのではないでしょうか? 

「そうすれば幸福になれる(極楽浄土に行ける)」


でもそれは自ら選ぶ道ではないし(苦痛を伴う)、行政が行うこともあり得ない
Posted by P助 at 2014年08月05日 12:13
仮説住宅の問題点については納得できるところが多いにありますし、全国の空き家を利用するというのは効率が良いと思いますが、
憲法22条1項より「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」
のですから、被災地の近くに住みたいというのも権利です。そこを否定しちゃうのはちょっとまずいかと思います。

せめて、全国の大家さんに空き家がある場合は被災者受け入れ住宅として登録される制度と、住民票に被災した場合の選択肢を登録するというのはどうでしょうか?
全国の空き家に転居、被災地近郊に留まる 等の意思が登録できるようなもの。
予め統計があれば、被災者の意を出来る限りくむことが出来ますし、仮設住宅を作るにしても、最低限の建設数で済むように感じます。

最後に、管理者様の考え方はとても合理的で、正論であるところがたくさんあると私は感じます。だからこそ、感情論で考える方の居場所も考えた文章であると、より共感が得られるのではないかと感じました。
Posted by あさかたな at 2014年08月05日 13:21
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