この小説は Amazon の読者評価でもきわめて評価が高い。
クリスティの作品は多くが傑作ではありますが、これは隠れた名作ではないでしょうか?
『そして誰もいなくなった』や『オリエント急行』の派手さも、『アクロイド』のケレンもないが、本書の深い心理描写の素晴らしさは隠れた代表作に相応しい完成度。
ロバート・バーナードの秀逸なクリスティ論『騙しの天才』においての高い評価が頷ける傑作。
人物造形が紋切型と批判されることの多いクリスティだが、本書ほど総ての登場人物たちの陰影が読後も永く心に刻まれ、細波のように感動が残り続ける作品は滅多にない。
各人各様の回想から浮かび上がる意外な真相に至る巧妙な伏線・・・そして悲痛で残酷、かつエレガントなラストシーンの鮮やかさはクリスティ作品中屈指であろう。
評価はいずれも ★ 五つだ。
私も読んだが、上記の評価と同様である。心理描写や人物造形が素晴らしい。文章もとてもよく、小説として優れている。中期の脂ののりきった時期の作品で、著者の力量が十分に発揮されている。文学作品としてみた場合、クリスティの作品でもベストだと言えるだろう。非常に感心した。私としては強く推奨できる。
( ※ ただしタイトルが悪い。そのせいで人気が出ないようだ。その意味で「隠れた名作」と言えるだろう。通好みかな。)
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さて。これを読んで思っていたのが STAP事件との共通性だ。
「毒入りのコップか瓶をすり替えたんじゃないの? すり替えだったら、STAP事件みたいだな。どこでどうやってすり替えたんだろう?」
と考えていた。(読んでいる途中で。)
で、結果はどうかというと、「アッと驚く意外な結末」である。いかにもクリスティらしい意外さ。
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これで思ったが、やはり、クリスティは騙すのがうまい。トリックの複雑さではなくて、心理的に読者を引っかけるのがうまい。それゆえ読者は「うまく騙された」という快感を味わう。と同時に、最後には、「パズルのすべてのピースがきっちりと嵌まった」という納得感を得る。
ひるがえって、STAP事件はどうか? 「捏造だ」と唱える人が多いが、「捏造だ」という発想ではあまりにも矛盾点が多すぎる。
・ 小保方さんに笹井さんが騙されるということは、ありえそうにない。
・ 間抜けな小保方さんが、最高峰の Nature を騙せるはずがない。
・ 論文が掲載されても、再現しないのですぐにバレる。すぐにバレる捏造をするはずがない。
・ あまりにもずさんな性格の小保方さんが、緻密な捏造計画を練る能力はない。
捏造説はこれらを説明できない。ゆえに捏造説は、推理小説における、「間違った推理」なのである。それは「いかにも怪しそうな容疑者」であり、誰もが「こいつが真犯人だ」と思うのだが、あちこちで証拠との矛盾が生じるがゆえに、結局は真犯人たりえないのだ。
では、真犯人は? もちろん、「すべての証拠にぴったりと当てはまる容疑者」である。その真犯人なら、「あらゆるパズルのピースがきちんと嵌まる」という感じの結論になる。
ただし、それは、「見てすぐにわかる」というものではない。なぜなら、そこに至る前に、多くの人々は「勘違い」をしているからだ。
「これこれの証拠がある。これこそ彼女が真犯人である証拠だ」
と人々は思っている。だが、その証拠は実は、彼女が真犯人ではないことを示す証拠なのだ。人々はそういう勘違いをしている。
たとえば、NHK の番組では、小保方さんの研究室に若山さんの ES細胞がたくさん残っていた。これを見て、
「これぞ小保方さんが ES細胞を盗んだ証拠だ!」
と騒ぎ立てる人がいた。
→ Nスペ『STAP細胞 不正の深層』 - 小保方晴子は若山研からES細胞を盗んでいた
しかし、仮に ES細胞を盗んでいたなら、その証拠を廃棄していたはずだ。廃棄するための時間は、たっぷりとあったのだから。
だから、ES細胞があったということは、逆に、彼女が ES細胞を盗んだわけでもなく、捏造したわけでもない、ということを示すのである。換言すれば、そこには犯意はまったくない、ということを示すのである。
彼女は、犯罪とか不正とか捏造とかをした意識は、まったくない。ただ、結果的には、そういうことをしたのと同様の結果になった。……とすれば、結論はただ一つ。「彼女は実験ミスをした」ということだ。(ただし単純な実験ミスではなくて、意図的な実験ミスだ。 → 前出項目 )
なのに、実験ミスを「捏造だ」と思い込んだところに、人々の勘違いがある。
そして、それは、「五匹の子豚」の場合と、ほとんど同様だ。「五匹の子豚」の容疑者は、殺人をしたわけではないのだが、「殺人をした」と誤解されるようなことをした。そのせいで、多くの人々が、「彼女は殺人をした」と思い込んだ。……しかし、それは、人々の勘違いだったのだ。勘違いゆえに、殺人とまぎらわしいことを見て、「殺人だ」と思い込んでしまったのである。
本当の真実と、真実に似た虚偽とは、区別されるべきだ。しかしながら、たいていの人には、その知恵がない。真実に似た虚偽を見て、「真実だ」と思い込む。
そして、何が真実かを理解するには、名探偵の登場を待つしかないのだ。
五匹の子豚 (ハヤカワ文庫)
※ 以下は、イヤミです。
[ 余談 ]
どうせ「泥棒だ」と騒ぐのなら、はっきりとした盗用をした人で騒げばいい。特に、ネット上で著作権のある画像を転用する人がいる。たとえば、次の画像。
→ アン・ハサウェイの画像
→ ジョン・ハートの画像
こういう画像(著作権のある映画の中の画像)を、勝手に無断に使って、自分のブログやツイッターの画像にしている人がいる。こういうのこそ「泥棒」と言える。
小保方さんを「泥棒、泥棒」と騒ぐぐらいだったら、画像の泥棒をするような人を、「泥棒」と呼ぶべきだろう。
【 関連サイト 】
→ Nスペ『STAP細胞 不正の深層』 - 小保方晴子は若山研からES細胞を盗んでいた