2014年07月30日

◆ ウナギ禁漁の是非

 「ウナギを禁漁せよ」という声がある。しかし私は「ウナギを禁漁するな」と主張したい。(ウナギを食いたいから ではない。) ──

 これは例によってレトリック(アフォリズム:皮肉っぽい警句)を含む。そこで、そそっかしい人はあっさり罠に引っかかって、「禁漁に反対するのはけしからん!」と怒り狂うだろう。しかし、彼らをわざと怒り食うように仕向けるのが、本項の語り口だ。(……笑いものにしようとするなんて、意地悪ですねえ。 (^^); ) 

 ではなぜ、私は「ウナギを禁漁せよ」という声に反対するか? それは、こうだ。
 ウナギを絶滅から救う真の方法は、環境の改善である。これは 前項 で述べたとおり。ここで、「ウナギを禁漁すればいい」という発想を取ると、物事の本質を見失わせる。真実を隠蔽することになる。むしろ、真実を訴えて、物事の本質を見るためには、「禁漁に反対する」と言う方がいい。


 比喩的に言えば、こうだ。
 風邪を引いた人を治すには、体を休めさせたりして、風邪のウイルスを退治することが必要だ。一方、頭に氷を付けて体温を下げたり、カフェインを飲んで無理に動いたとしても、それは対症療法にすぎない。そんなことで無理をすれば、かえって状況を悪化させてしまう。目先はしのげても、最終的にはかえってひどい結果になる。


 ──

 なるほど、ウナギの禁漁をすれば、一時的にはウナギの減少量を和らげることができるだろう。それを見た人々は、「ウナギを絶滅から救うことができたぞ。万歳」と喜ぶだろう。しかし、そんなことをいくらやったとしても、ウナギの数は数十年前の数には戻らない。せいぜい「減少の幅が緩和する」というぐらいにしかならない。
 なぜか? ウナギが減少する真の原因は、河川環境の悪化だからである。( → 前項 ) なのに、この真の原因を放置して、禁漁によって対症療法をやったところで、「ウナギの大幅な減少」という状況はまったく改善しないのだ。
( ※ そのことは、前項の東大調査を見てもわかるはずだ。)

 というわけで、真の原因を直視するためには、副次的な原因に目をくらまされてはならない。副次的な原因を真の原因だと勘違いしてはならない。だからこそ、「ウナギを禁漁せよ」という意見には反対するべきなのだ。
( ※ 比喩的に言えば、「ウナギを禁漁せよ」というのは、ホメオパシーみたいなものである。ホメオパシーは、プラセボ効果ぐらいはあるが、正しい医療から遠ざけるというデメリットがある。「ウナギを禁漁せよ」というのも、同様だ。正しい措置から遠ざけるというデメリットがある。)

 ──

 さらに言えば、もっと大きな問題がある。次のことだ。
 「現実に減っているのは、ウナギだけではない。他の魚類や小動物類などが、こぞって減っている」
 この問題がある。この問題を解決するには、河川環境を改善するしかない。一方、ウナギをいくら禁漁したところで、他の魚類や小動物類などを増やす効果はない。

 ちなみに、私の家のそばには大きな川が流れているが、そこもコンクリ護岸ができた。すると、近年では次のようになった。
  ・ 河川に魚影が見えなくなった。
  ・ 釣り人もいなくなった。
  ・ 以前はカモメが来たのに、今ではまったく来ない。

 これらは当然のことだろう。前は土の岸があったし、水際では水草も生えていた。そこでは昆虫などの小動物が棲息できた。しかし今では、ただのコンクリ護岸があるだけだ。となると、昆虫などの小動物は棲息できない。当然、魚も棲息しがたい。となると、カモメが来ることもない。

 簡単に言えば、コンクリ護岸によって、川は死んでしまったのである。
 とすれば、大切なことは、死んだ川を生き返らすことだ。そして、それには、シラスウナギをいくら禁漁しても、効果はないのである。



 [ 付記1 ]
 コンクリ護岸をなくすとして、そのあとは、どうするか? 土の岸に戻すか? 
 それでもいいが、もう一つ、別案がある。
 「大きな石を積んで、石の護岸とする」
 この場合、石の隙間には小動物が棲息できる。隙間が大きければ、ウナギなどの魚も棲息できる。これはこれで一案だ。

 [ 付記2 ]
 では、そのための石はどこからもってくるか? 石を見つけるのは簡単ではないが。
 実は、そのために、うまい方法がある。捨てられた墓石を使えばいいのだ。下記を参照。
  → 継がれず無縁、さまよう墓石 不法投棄続々
 現状では、捨てられた墓石は、処置に困っている。通常は、破壊されたあと、道路の砕石として使われるだけだ。しかし、これではせっかくの石がクズ扱いだ。もったいない。(墓石は、御影石など、すり減りにくい高価な石が使われている。それをクズ扱いするのは、もったいない。)
 そこで、これらの墓石を、適当な大きさに砕いたあとで、コンクリ護岸のかわりの「石の護岸」に使うといい。これで一石二鳥だ。(石だけに、文字通り一石二鳥だ。)



 【 参考 】

 御影石の価格は、かなり高額である。墓石だと、数十万円もする。
 一方、小さなものは、アマゾンでも買える。
  → [ 白御影石 ] 建材石材花崗岩板石長方形平板 (Amazon)
 




 これは何に使うか? 犬のためのクーラーだ。これを冷暗所などに置いて冷やしたあとで、室内に置いておくと、その上に犬が坐って、「涼しいな。嬉しいな。わんわん」と喜ぶ。
 愛犬家にはお勧めである。愛猫家にも。
 大理石等の板状のものはワンコの体温を下げるのにとても便利です!
 硬いところが嫌いな犬には向かない方法ですが、大型犬等の暑がりワンコはこの方法で体温を下げている子も多いですよ。
( → 室内犬の夏の暑さ対策
posted by 管理人 at 23:05| Comment(4) | エネルギー・環境2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
河川を単に水路とみなすためコンクリート三面護岸(川床も)を進めています。河川浸食を停止する画期的工法かつ土建屋大儲け、洪水も淀むことなく一気に鉄砲水。上流はダムで水と土砂を止めるのでダム下は岩盤露出。下流に土砂が堆積することも無い。下流デルタ地帯は上流からの土砂で干潟であったはずですが、土砂が供給されないと波浪浸食でデルタ地帯が減退。それを防止するためにコンクリとテトラで囲われ、擬似岩礁となります。港にはもってこいですが、ドンブカで底はヘドロ。干潟にあった生物の棲息環境は著しく消失。
河川も同じで、岩盤露出やコンクリ水路に棲息環境はなく、水溜りからユスリカや蚊などが発生するだけ。(それらを捕食する生物が棲めない)。
都心にカワセミ出現と言って喜んでる人も多いけど、本来カワセミが住みやすい上流の荒廃が酷い。
と、便利さなどと引き換えにたくさんの何かを失ってますね。
数十年に一度の水害も、降雨による山林の浸食も本来の姿です。さらに杉や檜などの根の浅い針葉樹の低い保水力、伐採後の放置材が水害で流れて橋を壊すなど、本来あり得なかった様々な何かが被害を拡張し、さらに屋上屋を重ねようとしているみたいに感じます。
いずれ根本的に、総合的に手を打たないと、河川、山林、干潟、いずれも荒廃消失してしまいそうです。
ウナギだけじゃない問題です。
Posted by 京都の人 at 2014年07月31日 07:53
メタボリック川が流れている私は禁食したいくらいです
がそれは無理ですな
Posted by 先生 at 2014年07月31日 08:51
ご無沙汰しております。

北海道でも、開発局が中心になって河川破壊が蔓延し、酷い有様ですよ。

川をコンクリート3面張りにしたうえで、堤防に『みんなの川を大切にしましょう 開発局』という看板を建てています。

あれは前世紀最大の皮肉ではないかと思いますが、今世紀に入っても土建屋は似たようなことばかりしていますね。

脱ダム宣言については、私も賛成していたのですが。

防災は大いに結構ですが、本当にそれが必要なのかがまったく分からない工事というのは、たいていどこかで不正の臭いがしているもので、地元の土建屋だけが潤い、取り返しがつかないほど自然が破壊されるシステムは、本当にうんざりです。
Posted by Kuri at 2014年07月31日 17:06
参考記事:
「コンクリート護岸からよみがえった川 神奈川・大和市の引地川」
 → http://www.thinktheearth.net/jp/waterplanet/report/post-86.html

> 川が復元されてからおよそ15年、引地川には水遊びを楽しむ市民でいつもあふれています。なぜコンクリートを剥がすことになったのか? 川を取り巻く環境はどう変わっていったのか?「みずのがっこう」では、川復元プロジェクトの立役者となった4名に話を伺いました。

> 【整備前】3面コンクリートブロック張りで、直線的だった引地川

> こうして1993年、「ふれあい広場」に沿っておよそ200m両岸のコンクリートを剥がし、近自然工法による日本初の自然護岸が誕生したのです。
Posted by 管理人 at 2014年07月31日 19:23
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