2014年07月03日

◆ 人体実験には死刑囚を

 iPS 細胞の実用化が近づくので、人体実験が必要となっている。そこで死刑囚を使うといいだろう。 ──

 前日項目では網膜の移植について「普通の患者で臨床研究をする」という話を述べた。
  → iPS臨床研究が中止?
 ここでは、「臨床研究」という言葉が使われているが、研究室の試験管やパソコンで行なわれるような研究ではなくて、人体によって行なわれる研究だ。どうせなら正直に「人体実験」と呼ぶ方がいいだろう。

 で、どうせ人体実験をするのであれば、普通の一般人の体で人体実験をするよりは、死刑囚の体で人体実験をする方がいい……というのが、私の見解だ。

 ──

 「死刑囚で人体実験を」というのは、別に、目新しい話ではない。私も前に聞いたことがあるので、ググってみたところ、そういう見解はいろいろ見つかった。ただし、反対論が強い。次の理由で。
 「死刑囚にも、生きている限りは、人権がある。その人権をないがしろにするのは、悪魔の所業だ」
 というような理屈。
 しかし、これは妥当ではない。

 (1) 執行までに猶予期間がたっぷりある死刑囚を使うのであれば人権侵害であるが、執行の時期が来た死刑囚に限定して使うのであれば、問題はない。
 (2) つまり、その時点における死刑囚には、次の二者択一となる。
  ・ 法に従って、死刑の執行
  ・ 人体実験を条件に、死刑の延期

 このどちらかを死刑囚本人に選ばせる。
  ・ 死刑執行を選んだなら → 人体実験はない
  ・ 人体実験を選んだなら → 本人が了承済み

 従って、どちらでも問題はない。
 (3) 仮にこの新制度を許容しないとしたら、「人体実験よりも死刑執行の方が人道的だ」というふうになる。それは理論が破綻している。
 (4) 人体実験を続けている限り、死刑囚はいつまでもずっと生き続けることができる。最終的には、寿命が来るだろうが、その場合には、死刑から無期懲役に減刑されたことになる。これは、「自分の体を社会貢献のために提供した」ということであるから、ご褒美が与えられてもいいだろう。
 (5) ついでに死刑囚に対して、人体実験の最中にはごちそうを上げるといい。これもご褒美。
 (6) 人体実験といっても、非人道的なことをやるわけではない。普通ならば一般の患者が受けるような「実証研究」であるのだから、ちっとも非人道的ではない。
 (7) 仮にこの新制度を取らないとしたら、一般の患者が人体実験にさらされることになり、そっちの方が問題だろう。
 (8) かといって、あらゆる人体実験を禁止すれば、iPS 細胞の移植のための研究が進まない。それは最悪だ。

 ──

 実を言うと、以上の問題のすべてをなくす、素晴らしい案もある。次のことだ。
 「人体実験を、人体実験という言葉で呼ぶのをやめて、臨床研究と呼ぶ。このことで、人体実験を行いながら、人体実験を行っていることを隠蔽する」
 これはまあ、真実の隠蔽であり、詐欺である。国民をだまして、「人体実験なんか行なわれていないんですよ」と言ってゴマ化す。こうやってゴマ化しながら、無知な患者を欺いて、網膜移植などの人体実験に参加させる。
 真相:「患者にとってはたいしてメリットはない。ただし一定の危険はある。だから人体実験に参加してほしい」
 虚偽:「患者にとっても素晴らしいメリットがありますよ。一方で危険はほとんどありませんよ。人体実験じゃなくて、ただの臨床研究です。最先端の医学を無料で受けられますよ。お得ですよ。大儲けできるようなものですよ。無償で大儲けできるチャンスです。だから、さあ、この承諾書にサインして下さい」
 これはまあ、悪魔や詐欺師が契約書にサインさせ得るときの、常道だ。
 で、こういう名案(悪魔的かつ詐欺師的な方法)がある。その名案が、現実には取られている。  (^^);
 しかし、このような名案(悪魔的かつ詐欺師的な方法)は、医者にとっては好都合だろうが、国民にとっては好都合とは言えない。
 そこで、「人体実験は人体実験であると正直に記す」という方針の上で、「人体実験は死刑囚に対して行う」という方針を、私としては呈示したい。

( ※ これを「非人道的」と呼んで、一般人に人体実験をやるなんて、ひどすぎるよね。そういう悪魔的な方法の方が、よほど非人間的だよね。悪魔は人間じゃないから当然だが。)



 [ 付記1 ]
 「健康な人間に対してやるのはけしからん」
 と思う人もいるだろうが、別に、特に危険な移植実験ではないはずだ。……ここが重要である。
 一般に、新薬の副作用を調べるというような実験であれば、副作用が予想されるので、毒物を飲ませるのと同様であり、たしかに非人道的である。
 一方、iPS細胞の移植の場合には、患者自身の細胞を移植するだけだ。その場合には、特に危険性はないはずだ。
 仮に、ここで危険性があるようであれば、「死刑囚にやるのはけしからん」と騒ぐ前に、「一般の患者にやるのはけしからん」と騒ぐべきだろう。たとえば、「網膜の細胞の移植実験はけしからん!」というふうに。 
 どうも、「人体実験」という言葉に惑わされて「人体実験に反対!」と思い込む人が多いようだ。しかし、本項で述べられているのは、名前は「人体実験」であっても、実態は「臨床研究」であるにすぎない。だから、反対するのであれば、「人体実験に反対」というより、「臨床研究に反対!」と述べるべきだ。それなら、論理が通る。
 一方、単に「人体実験に反対!」と叫ぶ人は、頭が言葉にだまされていることになる。
 「人体実験と呼べば反対。臨床試験と呼べば賛成。実態はどうであれ、言葉の呼び方しだいで、賛否を決める」
 というわけだ。言葉しだいで、態度が正反対になる。……詐欺師にだまされるタイプですね。 (^^);

 [ 付記2 ]
 オマケで言うと、医学的にもメリットがある。
 現状では、何らかの疾患のある患者に対して、移植実験をすることになっている。しかし、どうせなら、健康な患者に対して実験をする方がいい。
 たとえば、肝臓の移植実験であれば、肝臓が病変している患者よりは、肝臓が健康である死刑囚に対して移植実験をする方がいい。その方が条件はいいから、実験としては適している。
 普通の新薬の治験であれば、病人を対象とするべきだが、移植の実験であれば、被験者は健康である方が好ましいのだ。

 [ 付記3 ]
 本項は「高橋さんの網膜の臨床研究を中止せよ」という趣旨ではない。その件については特に何も論じていない。本項は、個別の臨床研究については言及せず、一般論の形で言及している。
 ただ、本項の提案が生かされれば、本来ならば死刑執行されて死んでしまう人の命が、いくつか救われることになる。その方が人命救済の効果があるのだ。
 医者、患者、死刑囚、という三人がすべて喜ぶ win-win みたいな関係になる。だからこそ、本項の提案は意味がある。
 なお、死刑囚の被害者の遺族は、死刑延期に伴って不満になるかもしれないが、「死刑囚が社会貢献のために自分の体を提供している」と思えば、たぶん喜ぶことになりそうだ。この場合、4人(4方)がすべて喜ぶことになる。
 最高のグッド・アイデアかもね。

 [ 付記4 ]
 「被験者である死刑囚にはメリットがないぞ。病気でもないのにモルモットにされて、メリットがない!」
 という反論も来そうだ。だが、とんでもない。最大のメリットがある。それは、
 「死刑の執行を延期されて、当分の間、生き続けることができる」
 ということだ。つまり「死者」となる人を「生者」にする、という効果だ。これほどにも大きな効果のある新薬は、いまだかつて存在したことがない。

 しいて言えば、フランケンシュタインぐらいかな。この場合は、死者をよみがえらせたことになる。 (^^); 



     
posted by 管理人 at 19:36| Comment(10) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
死刑囚といっても、冤罪の可能性がある
Posted by 豆 at 2014年07月04日 06:33
> 冤罪の可能性がある

 だからこそいっそういいんです。そうでしょ? よく考えてください。
Posted by 管理人 at 2014年07月04日 07:09
人体実験で731を想像するのでしょう。
毒薬などへの耐性試験とか。
そして後遺症を得たあと冤罪が晴れる。
その時はどうするんだ‼︎人権蹂躙も甚だしいぞ。
でも生きているんです。ありがたいですね。
稀有な事例に対しては補償制度を充実すれば良いと思います。
Posted by 京都の人 at 2014年07月04日 08:06
731部隊は全くのフィクションです。
反日の内外人が喚いているだけですよ。
アメリカ軍の調査結果も単なる疫病の防疫医学の組織だったという結果が出ています。
Posted by 長崎の人 at 2014年07月04日 08:17
冤罪の可能性について理解できない人が複数いるので解説しておきます。

 冤罪の可能性があるからこそ、「即時執行」を回避する権利を与えるわけです。
 この権利を与えることを批判するのであれば、「冤罪の可能性のある人を即時執行」で処刑せよ、ということになります。その方がいいんですか? 違うでしょ?
 このくらいのことは、小学生レベルでもわかるはず。ちょっとは頭を働かせましょう。

 頭が先入観で凝り固まっていると、「こいつは馬鹿だ」と妄想・曲解したあげく、勝手に誤読することになります。そういう人がけっこう多い。
Posted by 管理人 at 2014年07月04日 12:39
医師が行う行為が医療行為とみなされるためには、以下の要件をみたさなければならない。

   1.治療を目的としていること
   2.承認された方法で行われていること
   3.患者本人の承諾があること

 ただし、例外的医療行為として、以下のものがあげられる。

   1.輸血用血液の採血
   2.実験的治療行為
   3.先端医療
   4.幼児、精神障害者、意識不明者など患者本人の承諾がとれないとき
   5.緊急時の医療

 2と3がここでいう「人体実験」に当てはまるだろう。

 健康な人が実験台になる場合には、もともと健康なだから病気が治るといった利益はありえず、かえって健康が損なわれるという不利益をこうむる可能性しかない。つまり、「非治療的実験」だ。

 もっとも、非治療的実験だからといって、それだけで「行ってはならない」というわけではない。実験台になる本人がこうむるかもしれない不利益にくらべて、他の患者にもたらされる利益や医学への貢献度がかなり大きいと見込まれる場合には、本人が実験内容を十分に理解した上で積極的に実験台になる意思を表明しているならば、非治療的実験でも認めてよいといえることがある。ただし、その場合でも、単に本人がインフォームド・コンセントを与えたというだけでは不十分で、本人に死や重い障害など重篤な危害が生じる危険性がないこと、実験台になる人を(手近にいるからとか同意を得やすいから選ぶのではなく)同じ条件の人々の中から公平に選んでいること、などの条件を満たす必要がある。

 死刑囚の場合、「実験台になる人を同じ条件の人々の中から公平に選んでいること」に抵触するのではないでしょうかね。

 そもそも死刑囚(死刑確定者)は、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の第123条で、「未決拘禁者としての地位を有する」とあり、一般の受刑者とちがって、未決被告人と同一の処遇を受ける。つまり、死刑執行までは、「塀の中」にはいるが、「推定無罪」の被告人と同じ扱いをしなければならない。

 また、同法第32条に「死刑確定者の処遇に当たっては、その者が心情の安定を得られるようにすることに留意するものとする」とある。人体実験で、「心情の安定」が得られるんでしょうかね。

 そこで、提案なんですが、ブログ主が自ら人体実験に志願なさってはいかがでしょうか? そうすれば、他の患者にもたらされる利益や医学への貢献度がかなり大きいので、賞賛されこそすれ、誰も文句を言わないと思うんですが…。いかがでしょう。
Posted by 王子のきつね at 2014年07月04日 14:25
こういう記事書くやつって
常に傍観者面なんだよなぁ
Posted by a at 2014年07月04日 15:39
2と3じゃなくて、2だけだった。
まちがって、ごめんなさい。
Posted by 王子のきつね at 2014年07月04日 17:22
この議論って、死刑囚に対して権利(選択の余地)を与えるものですよね。
「『心情の安定』が得られ」るかどうかについては、専門家らの説明を受けた死刑囚自身にも判断の余地を与えれば良いのではないでしょうか。
いつ執行されるかわからない状態よりも、実験が続く限り執行されない状態を望む死刑囚もいるかもしれません。
また、死ぬ前に社会貢献をしたいと考える死刑囚への救済にもなり得ます。

ところで、管理人様が人体実験に参加されることで、どういう結論が得られると言うのでしょうか。
人体実験の有用性でしょうか。
Posted by 通りますよ at 2014年07月04日 18:30
> by 王子のきつね
> 医療行為とみなされるためには

 誰もそんなことは言っていません。どこからその妄想が来たのか? 

> 健康が損なわれるという不利益をこうむる可能性しかない。

 死刑を免れる利益、と書いてあるのに、読めないんだろうか?

> 実験台になる本人がこうむるかもしれない不利益

 そんなもの、あるわけがないでしょう。利益があるだけです。(2) で説明済み。
 つまり、イヤなら拒否できます。最低でも拒否できるのだから、最悪でも現状維持(プラスマイナスなし)です。数値で書くと、
     X ≧ 0

> ブログ主が自ら人体実験に志願なさっては

 それは私が死刑囚で、死刑がもうすぐ執行されるということが前提の発言ですね? どうしてそう思ったのか、教えてくれませんか? 
 
 書いてないことを書いてあると理解し、書いてあることを書いてないかのごとく扱う。わけワカメ。妄想狂か?
 それとも、死刑囚でもない一般人で人体実験をしようという、マッド・サイエンティストか? 
 本サイトにはときどき、本物の気違いが来訪するみたいだ。

> by a
> こういう記事書くやつって 常に傍観者面なんだよなぁ

 そりゃまあ、私は死刑囚じゃないので、当事者じゃありません。で、そういうあなたは、当事者(死刑囚)なんですね? あるいは、死刑囚になる予定があるんですね? さすが。

 ──

 それにしても、本項はわざと「毒のある記事」という形で、釣り記事ふうにしたのだが、これほどにもアホがホイホイ釣れるとは思わなかった。
 政府はもっと日本語教育をきっちりとやるべきかもね。英語以前に、日本語を読めない人が多すぎ。

 コメント欄が「動物園の猿の檻」みたいになってきたので、コメント受付を停止します。
Posted by 管理人 at 2014年07月04日 19:01
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