レプトケファルスとは、ウナギなどの幼生段階で、クラゲのように透明な肉体構造をもつものだ。次の動画を見るとわかる。
この動画を見ると、いかにも不思議な生物だと見える。まるで水木しげるの描いた妖怪「一反木綿」(画像)みたいだ。
ではなぜ、このような奇妙な形態の生物が存在するのだろう?
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実は、このような形態は、幼生段階だけに限られる。幼生段階のあとでは、変態が起こる。すると、体の大部分を占める水分が絞られて、体が小さく収縮する。
変態時にゼラチン質の体が脱水収縮して体組織の濃縮が起こるため、変態の前後で体は小さくなる。
( → レプトケファルス - Wikipedia )
つまり、次のような変化が起こる。
収縮前:透明で水分の多いクラゲのような体
↓
収縮後:水分の少ない普通の生物らしい体
このような変態が起こるのだ。
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ではなぜ、このような変態が起こるのか? それについては、次の原理を理解しておくといい。
「個体発生は系統発生を繰り返す」
これは、ヘッケルの反復説と呼ばれる概念だ。
→ ヘッケルの反復説
この概念(または原理)に従えば、次のことが推定できる。(あくまで推定!)
「レプトケファルスから普通の体へ、という変態が起こるのは、それが過去の進化の歴史をなぞっているからだ。つまり、過去の歴史では、ウナギなどの祖先種はクラゲのような体を持っていたはずだ」
この考え方は、化石などからわかる進化の歴史と整合的である。つまり、次のようになる。
「エディアカラ生物群には、クラゲのような生物が多かった。そのうちの一部で、《 レプトケファルスから普通の体へ 》という変態が起こったのだろう。このような変態が起こったものだけが、のちの脊索動物などに進化した」
このことは、次のことも意味する。
「幼生段階でレプトケファルスという形態を取るものは、原始的な魚類だけである。原始的な魚類は、幼生段階において、祖先種の形態(レプトケファルスのような透明な形態)を残していた。一方、もっと進化した魚類(硬骨魚類)では、祖先の形態を捨てた。だから、たいていの魚類では、レプトケファルスという段階を経由しないで、卵から普通の体へと成長するようになった」
以上のように考えると、整合的である。(一応は)
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では、上のことは正しいか? 実は、事実に対して整合的ではない。次の矛盾が生じる。
「レプトケファルスという形態を取るものは、原始的な魚類だけであるはずなのだが、実際にはそうではない。進化した魚類である硬骨魚類のうちの、特定の1グループ(カライワシ類)だけが該当する」
このことは、次のサイトにある。
→ カライワシ類の単系統性を検証
一部抜粋しよう。
レプトケファルス幼生は他人のそら似ではなく,カライワシ類の共通祖先がもともともっていた特徴だったのです.それが,その後に出てきたウナギやアナゴなどにも連綿と引き継がれてきたことが初めて示されたのです。
レプトケファルスという奇妙な形の仔魚は一体いつごろどのようにして出てきたのでしょうか.進化的な起源を探るには系統的位置の他にも分岐年代を推定しなければなりません.そこでミトコンドリアゲノムデータにあらゆる化石情報を組み込み,最新の年代推定解析を行ったところ,レプトケファルスの起源は 3 億 1 千万年前から 2 億 3 千万年前の間と推定されました。
真骨類の祖先種が淡水から海水への進入する際になんらかの必要性があって身につけたのがレプトケファルスという仔魚期の形態だったと考えられます.
このことから、次の結論が得られる。
「レプトケファルスの形態は、たしかに進化の上で重要な意義を持つのだが、5億年以上前のことではなくて、3億年ほど前のことにすぎない。したがって、5億年以上前の遺伝形質をそのまま残しているとは言えない」
つまり、先の推定は成立しないことになる。(残念!)
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では、結論としては、どうなるか? 先の推定はまったくの虚偽なのだろうか?
あれこれと頭をひねって考えたすえ、一応、次のような結論に至った。
「現在のカライワシ類のレプトケファルスは、太古の形質をそのまま残しているのではなくて、その後になって新たに獲得された形質である」
実際、動画を見ても、レプトケファルスはきわめて高速に遊泳している。古代のクラゲはブヨブヨしていたはずだし、そこから進化したばかりの生物も、かなりのんびりと動いていたはずだ。動画のように高速に遊泳できたはずがない。だから、今日の種に残るレプトケファルスは、太古の形質がそのまま残ったものではなくて、新たに獲得されたものだろう。
とはいえ、その一方で、次の推定もできる。
「太古においても、レプトケファルスの変態と同様のことがあったのだろう。つまり、水分を絞る形の収縮という形の変態があったのだろう」
つまり、レプトケファルスの変態とは別に、それとよく似たことがあったはずだ、と推定できるわけだ。これならば、さまざまな点で整合的である。
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この推定を取れば、次のように結論できる。
「地球にもともと存在していたのは、クラゲのようなブヨブヨの生物だけだった。それは固い体をもつ普通の生物とは違っていた。ではなぜ、クラゲのようなブヨブヨの生物のあとで、固い体をもつ普通の生物が出現したのか? それは、(レプトケファルスのような)変態という機能をもつ生物が出現したからだ」
つまり、こうだ。
6億年ほど前、ほとんどの動物は、クラゲのようにブヨブヨしている肉体をもつものばかりだった。いくらか運動するものも出現したが、それは、鈍い運動をするものだけだった。
ところがあるとき、これらの仲間のうちで、(レプトケファルスのような)変態をなすものが出現した。その生物は、水分を排出して急激に収縮して、固い体をもつようになった。
こうなると、固さゆえに運動能力が高まる。筋肉質になるようなものだ。おかげで、運動能力と捕食能力によって、どんどん成長することができった。最初は収縮して小さいのだが、以後はどんどん食べてどんどん大きくなった。そして普通の魚のような体をもつようになった。
つまり、(レプトケファルスのような)変態という機能をもった生物が出現したがゆえに、クラゲのようにブヨブヨしている肉体から、普通の固い肉体へと、進化が起こったのだ。
今日のほとんどの生物は固い肉体をもつが、それは、5億数千万年前に、「(レプトケファルスのような)変態」という能力を持つ生物が現れたからなのだ。
こうして、今日のほとんどの動物が、いつどのような進化を経て、普通の固い肉体をもつようになったかについて、歴史的な事実を推定することができる。
( ※ あくまで推定である。推定ですよ。推定!)
【 関連項目 】
エディアカラ生物群や、カンブリア紀の生物については、前項で解説した。そちらを参照。
→ クシクラゲの進化と系統