魚類の性別や染色体について、不思議な現象が解説されていた。(朝日新聞 2014-05-26)
しかしその解説がおかしいと思える。「謎と解説」という形で示してある記事だが、謎はともかく解説の方がおかしい。
そこで、記事を引用したあとで、私見を示そう。3件ある。
1. ホンソメワケベラ
Q 性転換する魚も知られている。ホンソメワケベラが有名だ。
この魚はオス1匹と複数のメスの集団で縄張りを作る。オスが死ぬと、最大のメスがオスに変わる。さらに、周辺の魚の数が少ない時、相手を失ったオスが別集団に入ろうとしてメスへの性転換が起きる。
なぜ、こんな仕組みがあるのだろうか。
A ベラの性転換は「子孫繁栄」の論理で説明できる。メスは自分の卵の分しか子を残せないが、オス化して他のメスを独占できれば、より多くの子を残せる。オスも、自分の縄張りのメスが死んで相手がいなくなった場合にメス化すれば、別のオスの縄張りで子を残せる。
( → 朝日新聞 2014-05-26 )
私見
「子孫繁栄」の論理というが、それは「自然淘汰説」というよりは「利己的遺伝子説」だろう。「オス化する遺伝子をもつメスの方が、ただのメスよりも遺伝子を多く残す」という理屈。
だが、そんな理屈が成立する(*)のであれば、あらゆる種において同様の原理が成立するのだから、あらゆる種において性転換が起こるはずだ。ゆえに、(*)は誤り。(背理法。)
結局、上記の仮説は間違っているわけだ。では、正しくは?
私の考えでは、こうだ。
「このベラは繁殖力が弱い。そのせいで、産卵数を増やすために、メスを多くした方がいい。しかしメスが多くなりすぎると(= オスが少ないと)、数少ないオスが死んだときに、全員が絶滅する危険が増す。その危険を回避するために、バックアップとして、メスがオス化する機構を備えている」
この説ならば、ごく限られた種のみが性転換をする機構を備えていることが説明される。
( ※ なお、たいていの種では、その必要はない。オスとメスの比率は1対1だ。その理由は → フィッシャーの原理 )
( ※ この記事を書いた人は、フィッシャーの原理を知らないんですね。また、利己的遺伝子説も知らないんですね。進化のための競争という概念を考えるとき、オスとメスによる競争などはない。「メスよりもオスの方が有利だから、メスがオスになる」なんてありえない。「メスよりもオスの方が有利だから、メスがオスになった種が増える」ということもありえない。「メスになる遺伝子(X染色体)が突然変異して、オスになる遺伝子(Y染色体)になる」ということもありえない。「Y染色体は発現しない方が有利だから、Y染色体が発現しなくなる」ということもない。……単に、遺伝子同士での競争を考えるだけでいい。そして、それなら、フィッシャーの原理に従うだけでいい。)
2. アイナメ
Q アイナメには、スジアイナメという種の遺伝子を持ちながら、遺伝的に近いアイナメやクジメのオスと子を作り続けるメスだけの雑種集団がいる。
この雑種は、卵をつくるときに父親由来の遺伝子を捨て、母親由来のスジアイナメの遺伝子だけ残す。卵は他種の精子と受精し、精子の遺伝子も持つ子に育つが、孫に伝わるのは母親の遺伝子だけだ。
常に母系の先祖と同じ遺伝子を半分持つ「半クローン」という状態だ。他種のオスは一時的に遺伝子を提供するだけ。
なぜ?
A アイナメも説明可能だ。メスだけの雑種の集団と、オスもいる純粋なスジアイナメを比べると、全員が卵を産める雑種のほうがより多くの子どもを残せる。母系の遺伝子はずっと同じでも、父系の多様な遺伝子も持つため「疫病などで絶滅するリスクも減らせる」(宗原さん)という。
( → 朝日新聞 2014-05-26 )
私見
これも同様だ。「全員が卵を産める雑種のほうがより多くの子どもを残せる」という理屈(#)で言うなら、あらゆる種がそうなるはずだから、あらゆる種がアイナメと同様になっていいはずだ。しかし、現実にはそうではない。ゆえに、(#)は誤り。(背理法。)
結局、上記の仮説は間違っているわけだ。では、正しくは?
私の考えでは、こうだ。
「半クローン(母系の遺伝子をずっと継続して保つ)のであれば、母系の遺伝子にエラーが発生したときに、それを修復するすべがない。その場合には、その母系の系統は絶滅するしかない。その意味で、種内では多様性が減少するので、そのような種は生物としては不利である。だから、たいていの種では、そのような機構を備えていない。
とはいえ、それは致命的なほどではない。実は、似た例がある。どの生物のオスも、オスの遺伝子については同様のことが成立するのだ。(Y染色体の遺伝子についてはずっと半クローンの状態である。)実際、Y染色体はエラーが発生したときに、それを修復するすべがないので、その場合には、その父系の系統は絶滅することが多い。Y染色体の遺伝子ではしばしば系統の断絶が起こっているのである。とはいえ、種全体で言えば、健全なY染色体も残っているので、そのようなY染色体が増えればいいので、通常は問題がない。
ただし、それが成立するのは、「精子は大量に振りまくことが可能だ」という原理に依拠している。いくつかの父系が断絶しても、他の父系が急激に増えることができるから、Y染色体については「半クローン」が許されるのだ。
一方、Y染色体以外では、「遺伝子のエラーによって断絶した系統ではない他の系統が急激に増える」という仕組みは用意されているか? (精子は大量にできるが、卵子も大量にできるか?) これは、哺乳類では成立しないが、魚類では成立する。魚類は大量の卵子をもっているのだ。……それゆえ、魚類においては、半クローンという状態も許容されることになる。
とはいえ、それはあくまで例外だ。半クローンという機構は、「遺伝子の交換」や「遺伝子の組み換え」ができないので、基本的には「遺伝子の組み合わせの多様性」が低いがゆえに、(種の)進化的にも生存的にも不利である。そのような種は、不利であるがゆえに、他の種に制圧されて、生存しがたい。
アイナメの場合は、ごく限られた特殊なニッチのような領域に住むがゆえに、競合者もほとんどなく、存続し得たのだろう。もっと競争の激しい場にいたならば、このような機構をもつ種は競争に負けて存続できなかった(絶滅していた)はずだ。
つまり、アイナメがこのような機構をもつのは、「淘汰圧が低いのでたまたま奇妙な機構をもつ種が生き延びた」というだけのことにすぎない。
( ※ その意味で、「有利だからその機構をもつ」という朝日の解説は、正しくない。「有利だからその機構をもつ」のではなく、「不利であるにもかかわらず、たまたまその機構をもてた」だけだ。)
3. フナ
Q フナの性は、三角関係ならぬ五角関係。
( ※ 引用者による要旨: 2倍体、3倍体、4倍体のフナがいて、一部はメスだけとなる。それらのさまざまな個体が交配をして、全体として同一種を保つが、このようなさまざまな倍数体が共存するのは不思議だ。)
A 2倍体と3倍体では、全てメスの3倍体のほうが卵を多く産むので繁殖力は強い。やがて精子を提供する2倍体のオスを駆逐し、共倒れしてしまうはずだ。何らかの揺り戻し現象がないと共存できない。
しかし、実験用の池で繁殖させ続けても、揺り戻しは起こらなかった。
( → 朝日新聞 2014-05-26 )
私見
別に騒ぐほどのことはない。倍数体が種内で共存することは、多くの種で見られることだ。ただ、フナでは、倍数体の頻度がものすごく高いだけのことだ。
ではなぜ、繁殖力の高い3倍体が圧倒的に増えることがないのか? それは生物学的に考えるより、言語的に考える方が簡単だ。
「3倍体が圧倒的に増えることがない」ということは、「3倍体の繁殖力はあまり高くない」ということだ。なのに「3倍体のほうが繁殖力は強い」と思い込んだとしたら、それは、「卵を多く産むこと」を「繁殖力が高い」と同義だと思い込んだからだ。しかし実際は違うと判明している。ここから論理的に得られる結論はこうだ。
「3倍体の方が卵を多く産むが、それが最終的に個体数の増加となることはない」
つまり、
「3倍体の卵は生育して成魚になる率が低い」
これで説明が付く。
実際にそうであるかどうかは、まだ検証の余地があるし、違う理由も成立するかもしれないが、少なくとも、「謎だ」と騒ぐような大問題ではないことがわかる。仮に問題があったとしても、せいぜい「ちょっと未解明の点がある」という程度のことだ。
倍数体の個体数が多いことぐらい、別に、騒ぐようなことではないのだ。種によっては、そのくらいのことはあるだろう。特に、(性転換さえ起こるような)魚類ならば。
哺乳類ではあまり見られないようなことも、魚類や節足動物や昆虫類ではけっこうしばしば見られることがある。哺乳類は、生物としてきわめて高度化しているがゆえに、さまざまな規制がかかっているが、魚類や節足動物や昆虫類では、生物として低度であるがゆえに、さまざまな規制がかかっていない。それゆえ、遺伝子レベルで、例外的なことはしばしば見て取れる。(哺乳類を基準にすると)風変わりに見える生物があるとしても、別に驚くようなことはないのだ。下等な生物ほど、奇妙な現象が観察される頻度は高まる。
( ※ たとえば、昆虫で「頭から足が生える」という奇形は、アンテナと呼ばれるが、ハエやセミではときどき観察される。→ ハエの例 ,セミの例 )
【 関連項目 】
→ 下等生物/高等生物
人間は自分の世界の事情から性の問題を重大に考えすぎている気がしますね。
ただ、私の見解は、こうです。
「性があるからこそ、生物は多大に進化できた。性と進化とは不可分の関係にある」
→ http://openblog.meblog.biz/article/2256919.html
これと、その 関連項目 をご覧ください。