利己的行動の対極は、利他的行動か? 「そうだ」と思う人が多いだろう。そう思う人の一人に、渋滞学の研究者がいる。彼は「利己的行動のかわりに、利他的行動を取れば、渋滞が起こりにくくなる」と主張する。次のように。
2本の高速道路が合流する場合、どうすればすんなりと車線変更できるかを探っている。
車の代わりに人間が二つの道を歩く。合流する直前まで互いが見えない状況ですぐに車線変更しようとすると、ぶつかりそうになったり、詰まったりする。危ない。そこで合流地点から一定の距離を車線変更禁止とする。するとその間、互いを見合い、譲り合いながら車線を変えられるようになる。
われ先に走るよりは、まわりとコミュニケーションを取りながら運転するほうが、結果的に速くなる。
この実験は「利他的精神実験」と銘打たれている。西成教授が強調するのは、他のドライバーへの思いやりだ。目先のプラスばかりを追わず、長期的視野を持て。情けは人のためならず。損して得とれ、とも。
( → 朝日新聞 天声人語 2014-05-06 )
動画もある。
実験そのものは、科学的な実験であり、問題ない。問題は、その解釈だ。ここで示された「利他的」と呼ばれるものは、本当に利他的なのだろうか?
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まず考えると、「利他的」という言葉の原義は、次のことだ。
「自分の利益を他者に与えること」
「自分の利益を削って、他者の利益を増やすこと」
この原義に従えば、戸口に入る実験で、「利他的行動」をとる人は、次の行動を取るはずだ。
「自分の方が先に戸口に近づいても、隣の人に順番を譲る」
つまり、自分の権利を、他人に譲るわけだ。
では、誰もがそういう利他的行動を取ったら、どうなるか? 次のようになる。
「たがいに『どうぞ』『どうぞ』と相手に譲り合うばかりで、どちらも戸口に入ろうとしない。譲り合う礼儀ばかりが延々と続いて、結局、誰も戸口に入らなくなる」
つまり、人が真に利他的行動を取れば、誰も戸口に入らなくなる。最悪の渋滞となるわけだ。
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では、実験で見られた行動は、何なのか? それは、次の行動だ。
「少しでも先にいる人に、優先権を認める。優先権のない人は、自分の利己的行動を抑制して、少し引き下がる」
ここでは、「利他的行動」があるのではなく、「利己的行動の抑制」がある。そして、この両者は、別々のことである。注意!
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一般に、過度な利己的行動は、利己的行動と利己的行動との争いを生むので、全体状況が悪化することがある。(わがままな我と我の張り合い、と言ってもいい。)
こういう状況では「利己的行動」を抑制する方がいい。通常、何らかのルールが導入されて、そのルールに基づいて、一部の人々の利己的行動が抑制される。そのことで、全体状況が改善される。……上の動画で示されたのは、そういうことだ。
一方、利他的行動では、利他を利己に優先させる。これは、利己的行動を抑制するだけでなく、それ以上の過剰なことをなす。
比喩的に言うと、「右に曲がりすぎると危険だから、少し中央に戻せ」というのが「利己的行動の抑制」である。一方、「中央に戻すだけでなく左に曲がれ」というふうに逆方向の行動を取るのが「利他的行動」である。
「右に曲がる」という行動を取っているのに比べると、「中央に戻す」というのも、「左に曲がる」というのも、同様のことに見えるかもしれない。しかし、その両者は異なるのだ。
別に比喩で言うと、「加速の程度を弱める」というのは、「減速する」というのとは異なるのだ。
以上のようにして、「利己的行動」とは異なるものとして、次の二つを示した。
・ 利己的行動の抑制
・ 利他的行動
この二つをはっきり区別するべきだ。このことが、渋滞学の話から、よくわかる。
[ 付記1 ]
本項は、渋滞学の研究を批判する趣旨ではない。他人の間違いを知ることで、新たな知見を得ることができた、という趣旨だ。その意味では、渋滞学の研究には感謝している。(そこに間違いが含まれるとしても。)
[ 付記2 ]
「利己的行動の抑制」は、それだけだと長たらしい言葉だし、概念に否定的概念が含まれるので明瞭でない。
そこで、この概念を「協調的行動」と呼ぶといいだろう。こうすると、次の三種類があることがわかる。
・ 利己的行動
・ 協調的行動 (= 利己的行動の抑制)
・ 利他的行動
典型的な例で言えば、次の三つとなる。
・ 利己的行動 …… 他人の富を奪う泥棒
・ 協調的行動 …… 自分の富の一部を納付する納税
・ 利他的行動 …… 他人に富を与える寄付(慈善)
それぞれ、別々の概念である。これらの区別をすることが大切だ、ということが本項からわかる。
【 関連項目 】
(1)
渋滞学については、前に軽く言及したことがある。
→ 渋滞解消の方法
(2)
「利己的/利他的」という概念は、生物学でよく使う概念だ。
→ サイト内検索 「利己的 利他的」
【 関連サイト 】
渋滞学と利他的行動についてのサイト
→ 渋滞学に学ぶこれからの世界 東大教授・西成活裕インタビュー
→ 渋滞学に学ぶこれからの世界。個人主義の後に続く、次なるスタンダードとは
都市圏に住めば“交互合流が基本”という常識が身についているはず
法則さえ知れば利己も利他も関係なく渋滞を緩和できるかもしれない
管理人様が仰っていることも、その通りだと思います。