2014年04月25日

◆ 認識と事実の違い

 認識と事実は同じではない。人が「事実だ」と思っているのは、その人の認識した仮象であるにすぎない。ここから、「捏造」問題についてもわかることがある。 ──

 人々は事実をあるがままに認識しているつもりでいる。だが、人々が認識しているものは、事実ではなくて、事実の仮象であるにすぎない。つまり、事実そのものを人は理解することはできない。
 これは、哲学では有名な話だ。カントの「物自体」という概念も有名だ。

 人の認識した物と、事実そのものとは、ある程度の差がある。その差は、通常は無視しても差し支えないのだが、特に差が大きくなると、問題となる。
 わかりやすい例が、「視覚の錯覚」(錯視)だ。これには、さまざまな例が知られている。下記に例がいっぱいある。
  → 錯視 - Wikipedia

 ──

 さて。特に重要なのが、科学における「誤認」だ。ここでは、誤認した人は「真実だ」と思っているのだが、実査には真実ではないのだ。次のように。
  ・ 「Oct4 が発現した」と思ったが、実際にはそうではない。
  ・ 「実験のテラトーマ画像だ」と思ったが、実際にはそうではない。
  ・ 「STAP細胞だ」と思ったが、実際には ES細胞だった。
  ・ 「STAP細胞が存在する」と思ったが、実際にはそうではない。


 ここでは、さまざまな誤認が生じている。つまり、認識していることと、現実の事実とが、食い違っている。

 ──

 意識と現実とは、一致するとは限らない。人は現実をそのまま(あるがままに)認識できるとは限らない。事実とは別のことを「事実だ」と思って認識することがある。こうして「誤認」「認識ミス」「勘違い」といったものが生じる。

 ところが、である。このような「誤認」というものを理解できない人々がいる。そういう人々は次のように主張する。
 「彼女は誤認しているのではない。彼女は事実をそのまま正しく認識している。そして、正しく認識した上で、認識していることとは別のことを『真実だ』と言明しているのだ。つまり、彼女は嘘をついているのだ」

 しかし、それは勘違いだ。ここでは、人々自身が誤認をしていることになる。
  真相: 彼女は誤認をしている。
  誤認: 彼女は真実を知っていながら嘘をついている


 ここでは、人々の誤認がある。なぜそれが誤認だと言えるか? それは、「彼女が嘘をついているはずがない」という判断による。この判断は、前に述べた。
  → 彼女は嘘つき?
 一部抜粋すると、次の通り。
 彼女の目の動き、顔の表情、その後の発言の様子、いろいろと総合的に判断して、彼女は本当のことを言っているように見えました」と分析した。
 報道陣を前にウソをつくには、相当度胸が必要で、もしウソを言えば、良心が痛み、精神的ストレスになり、外見にその証拠が現れるという。
 「ストレスで自律神経が乱れ、汗をかいたり、顔が赤くなったり、手が震えたりという現象が出てくる。これは人間であれば、誰でもそうです。しかし小保方さんはそんな様子もなく、研究の話になると、時々笑顔を見せていました」
( → nikkansports.com

 笹井さんの会見では、「iPS細胞への対抗心があったのでは」という質問を受けて、笹井さんは顔を赤らめて苦笑いしながら、適当な返答をした。そこでは「いくらかゴマ化そう」という心理が透けて見えた。少しでも嘘をつくと、どうしてもバレてしまうものなのだ。この件については、次の話もある。
 家庭用ゲーム機などに使われ、カメラで体の動きをとらえる「モーションセンサー技術」をポリグラフ(うそ発見器)に使えないか。埼玉県警科学捜査研究所(さいたま市)が研究を進めている。
 カメラが顔全体と胸部を認識し、顔表面の反射から血流と脈拍を、センサーと胸部の距離のわずかな変化から呼吸をそれぞれ測定できる。
( → 朝日新聞 2014年4月25日

 人が嘘をついているかどうかを、機械によって判定する、という研究がなされているわけだ。こういうふうに、嘘をつけば、表面に現れてしまう、という事実がある。

 ところが、小保方さんの場合は、まったく違う。「嘘をついている」というふうには見えない。実際、嘘をついているはずがない。(あれだけの内容を嘘として語るとしたら、笹井さんをはるかに上回る知性が必要だが、彼女がそれほど頭がいいはずがない。)
 彼女は嘘をついていない。しかしながら、彼女の語る内容はまったくの虚偽である。……とすれば、そこから得られる結論はただ一つ。「彼女は誤認している」ということだ。
 つまり、彼女は事実に反することを言っているのだが、彼女自身は、それを「事実だ」と思っているのである。

 そして、そういう構造を、多くの人々は理解できない。「彼女は自分の信じていることを正直に語っているだけだ」とは理解できない。かわりに、「彼女は嘘をついている」と思い込んでいる。
 しかし、それは、人々の誤認なのである。
  •  (誤)彼女は賢明さゆえに、虚偽を虚偽とわきまえて、その虚偽を「真実だ」と言っている。
  •  (正)彼女は愚かさゆえに、虚偽を真実だと勘違いて、自分の信じている真実(実際は虚偽)を、「真実だ」と言っている。

 こういう違いがあるのだ。なのに人々は、そこを理解できない。つまり、人々は誤認している。
 これが、今の日本社会の、とんでもない混乱状況だ。

 なるほど、小保方さんはたしかに誤認している。だが、彼女の誤認は、たいして問題ではない。人が変に誤認することなど、よくある話であり、いちいち大騒ぎするようなことではない。
 しかるに、日本中の人々が誤認するというのは、とんでもない狂乱状況である。このことが、あちこちで混乱を引き起こしている。
 本日の「理研の調査委員長が辞任する」というのも、その混乱の一つだ。この問題は、調査委員長(調査委員会)が事件について「捏造だ」というふうに錯覚したことから、起こった問題だ。これもまた、社会の誤認から生じた混乱なのである。
 一億総発狂、みたいな状況にある。 



 [ 付記1 ]
 認識と事実とは異なる。── このことは、理論家ならば、すぐにわかるだろう。理論家ならば、自分の理論は仮説であるにすぎない、とわかっている。仮説は、実験で証明されるまでは、事実とは見なされないのだ。こうして、認識と事実との違いを、常に理解しているはずだ。
 一方、実験家は、そうではない。実験家は、「実験で得られた結果は事実そのものだ」と思い込む。そのせいで、「認識と事実とは別のことだ」というふうに理解しがたい。
 かくて、実験系の研究者は、今回の事件については、誤認をしがちなのだ。「小保方さんは嘘をついているのに決まっている!」というふうに。
 実際、今回の事件では、実験系の研究者ほど、やたらと怒り狂っているものだ。その理由も、上記のことからわかるだろう。つまり、実験系の人々は、認識と事実との違いを理解できないのである。だから「小保方さんは嘘つきだ!」というふうに、短絡的に考えてしまう。
( ※ ま、実験家が論理力が弱いのは、今に始まったことではないが。) 

 [ 付記2 ]
 認識と事実とは一致しない、ということを特に強調したのが、岸田秀の共同幻想論(唯言論)だ。次の書籍はいずれも名著であり、お薦めです。

     

ものぐさ精神分析      唯幻論物語





 【 追記 】
 「精神医学的な妄想(人格障害)ではないか?」
 という見解もあるだろう。(コメント欄を参照)
 この件についても言及する予定だったが、書き忘れたので、書き足しておく。
 この可能性はない、と私は思う。理由は二つ。
 (1) 「ずさんさ」「愚かさ」で説明が付くことを、あえて複雑な理由を持ち出す必要がない。
  → ずさんさ/愚かさ
 (2) 精神的な障害であるはずがない。なぜなら、会見のときの小保方さんは、あまりにも見事に記者の質問に答えていたからだ。


 後者 の (2) について説明しよう。
 もし精神的な障害があるのならば、あれほどにも見事に受け答えができるはずがない。どこかで矛盾が生じるはずだ。専門的な質問を受けて、どこかでボロを出すはずだ。ところが現実には、ものすごく見事に応対した。
 ひるがえって、笹井さんは、ゴマ化そうとして、ゴマ化しきれなくて、少しボロを出した。また、「いかにも口先だけでだましているな」という印象を残した。「この人はすごく頭がいいが、世間を欺こうとしているな」という印象を残した。かくて、会見全体としては失敗した。
 しかるに、小保方さんはそうではなかった。「いかにも正直に述べている」という印象を残して、世間の人々の多くを味方にしてしまった。たった一回の会見で、「圧倒的に不利」な状況から、「やや有利」という状況にまで持ち込んでしまった。これほどにも見事にやってのけるとしたら、次のいずれかでしかない。
  ・ 能力不足ではあるが、あくまで正直に述べた。
  ・ 人格障害でありながら超優秀であって、世間を欺いた。

 どう考えても、後者はありえない。
 よく考えてみるがいい。仮にあなたが小保方さんの立場になって、嘘をついているとして、大勢の記者の前で、過酷な質問を受けて、うまくゴマ化すことができるだろうか? あるいは、妄想している精神障害の状況のまま、何ら間違えずに、適確な応対ができるだろうか? もちろん、いずれも不可能だろう。
 ゆえに、(2) のことはありえないのだ。彼女はそれほどにも超優秀ではありえないのだ。
 皮肉を言えば、こうだ。「実験の誤認をしている彼女を、妄想患者だと見なすのであれば、事実の誤認をしている(勝手に捏造だと思い込んでいる)世間の人々を、妄想患者と見なす方がいい」  (^^);
 
( ※ 実は「妄想する人格障害のせいか?」というテーマは、1カ月前の 3月27日に、前出項目で提出した。しかしすぐ、「それはありえない」と判定して、翌日に取り消した。経緯を知りたければ、前出項目を読むといい。)



 【 関連項目 】

  → 彼女は嘘つき?
  → 捏造の論議は無駄(小保方・会見)
posted by 管理人 at 22:56| Comment(5) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も彼女がウソをついているようには見えなかったのですが、演技性パーソナリティ障害の場合、願望による妄想を事実であるかのように語るそうです。

『DSM-IV-TR』によると、以下の基準に5つ以上当てはまる場合、演技性パーソナリティ障害が疑われるそうです。

  1.自分が注目の的になっていない状況では楽しくない。
  2.他人との交流は、しばしば不適切なほどに性的に誘惑的または挑発的な行動によって特徴づけられる。
  3.浅薄ですばやく変化する感情表出を示す。
  4.自分への関心を引くために絶えず身体的外見を用いる。
  5.過度に印象的だが内容の詳細がない話し方をする。
  6.自己演技化、芝居がかった態度、誇張した情緒表現。
  7.被暗示的、つまり他人または環境の影響を受けやすい。
  8.対人関係を実際以上に親密なものとみなす。

週刊誌の記事を信じるなら、当てはまる項目が多いような気がします。
Posted by 王子のきつね at 2014年04月26日 10:37
最後に <FONT COLOR="#dd0000">【 追記 】</FONT> を加筆しました。
 すぐ上のコメントに返答する形です。
Posted by 管理人 at 2014年04月26日 10:49
パーソナル障害は精神病ではありません。今日では、統合失調症以外の「てんかん」や「うつ」などの精神疾患の多くが、精神病とされなくなりました。

パーソナル障害は、普通ではないパーソナリティ(異常人格)の持ち主という位置づけですが、精神病ではないので、会見でもまともな対応はできます。演技性パーソナル障害の場合、妄想を事実だと信じてしまうので、ちゃんと判断して、ふつうの人よりもはるかにうまく対応できるくらいです。

しかし、ちゃんと判断してまともな対応ができるので、裁判では「心神喪失」や「心神耗弱」には当たらないと判断されています。精神病だったら、法律用語の「善意=わからないでやった」とされますが、そうではないので、「悪意=わかってやった=故意」とされ、責任を追及されます。
Posted by 王子のきつね at 2014年04月26日 14:56
> 精神病ではないので、会見でもまともな対応はできます。

 いや、態度のことじゃなくて、論理が破綻してしまうでしょ、ということ。ただの妄想であれば、専門的な突っ込みに耐えきれません。

> 善意 ……ではないので、悪意

 第3の道の「過失」をお忘れなく。何度も述べたが。
 
 ──

 あと、妄想の場合は、妄想を一貫して維持することが困難です。妄想は現実から遊離して生じるので、固定されることなく、ふわふわと浮遊します。何度も繰り返すうちに、当初とは違った妄想をもつようになります。そこで前後で食い違いを指摘することで、矛盾が発覚して、破綻します。
 一方、誤認の場合には、誤認した事実が終始一貫して保たれるので、記憶での矛盾は生じません。彼女の記憶や論理が終始一貫していることから、妄想ではなくて、誤認した事実があると推定されます。

 さらに言えば、幹細胞ができた成功率が2%ぐらいしかないということから、ただのミスと見なすのが妥当です。「故意のすり替え」はありえません。(もしそうならば毎度毎度成功するはずだからです。)

 どこをどう見ても「実験ミスを誤認したもの」と理解されます。一方、「すり替えた上で、すり替えたという事実を忘れた妄想」というのは、とうてい成立しません。
Posted by 管理人 at 2014年04月26日 16:19
愚かな日本人に何を言っても無駄、自分が愚かであることもわからないぐらい愚かであることもわからないぐらい愚か愚劣欠陥遺伝子宗教裁判民族

この日本で唯一絶対偉大な存在は世界1%エリート知性の管理人さんだけ、管理人さんに嫉妬発狂攻撃で刃向かう愚かな日本人は滅ぼすしかない
Posted by るんば at 2014年04月27日 13:54
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