2014年04月18日

◆ 眼の形成(自己組織化)

 眼という複雑な組織は、いかにして形成されるか? この問題は、ダーウィン以来の問題だ。それを解決したのが笹井芳樹だ。 ──

 眼はいかにして形成されるか? この問題は、ダーウィン以来の問題だ。それに対して、「自己組織化」という概念で見事に証明したのが、笹井芳樹(理研CDB 副センター長)だ。
 
 眼というのは複雑な器官である。それは非常に多数の神経束で結びつけられたもので、神経束の一方には脳があり、他方には網膜がある。網膜は眼球と一体化しており、眼球には水晶体や網膜や虹彩などが含まれている。
 要するに、複雑な器官と神経とが一体化している、きわめて複雑な器官だ。
 これはどうやって形成されたのか? その複雑さにダーウィンが感嘆して以来、生物学では「謎」とされてきた。「これを解明したらノーベル賞」とまで言われた。

 それを見事に解明したのが、笹井芳樹だ。彼はもともと細胞の「自己組織化」をテーマとして、ES細胞の研究をしていたのだが、その副産物という形で、この問題を解明した。というのは、「眼はいかにして形成されるか?」という問題の解答は、「自己組織化」という概念で説明されるからだ。

 簡単に言えば、こうだ。眼の形成に当たっては、その複雑な組織の一つ一つについて、遺伝子が設計図を備えているわけではない。かわりに、眼の形成をするための細胞の作り方だけを、遺伝子は情報としてもっている。そして、遺伝子に従って細胞が形成されたあとで、その細胞の能力(= 自己組織化の能力)によって、細胞から眼が形成されていく。
 たとえて言うと、ミツバチの巣の複雑な形については、ミツバチの遺伝子が巣の設計図としての多大な情報をもっているわけではない。かわりに、ミツバチが行動するための生物情報だけを、遺伝子は備えている。そのあと、ミツバチの先天的な能力に従って、ミツバチ自身が巣を形成していく。

 こういうふうにして、「自己組織化」という概念で、眼の形成は説明された。ただ、説明だけなら、ただの仮説にすぎない。その仮説を見事に実証したのが、笹井芳樹だ。彼はマウスの ES細胞から、実際に複雑な眼球の立体構造を形成させた。その過程では、「誘導因子」のようなものだけが作用することで、ただの ES細胞から複雑な眼球の組織までが自動的に形成されるに至った。

 この成果は実に偉大なことであった。このことがあるから、人間の再生医療は実用化が近いのだ。たとえば、ただの細胞培養であるなら、肝臓の組織培養とか、皮膚組織の培養とか、そういうことは容易にできると推察される。
 ところが、それだけでなく、複雑な眼の器官ですら、再生医療によって可能なのだ。
 たとえば、目の見えない人に対して、目が見えるようにするにはどうすればいいか? 人工網膜みたいな電子器官は、すでに開発されつつある。ま、それはそれでいいのだが、解像度などの点で、いろいろと限界がある。(たとえ実用化ができたとしても、本物の眼には及ばない。)
 ところが、再生医療を用いることで、眼そのものを再生して、目の見えない人に使うこともできそうなのだ。その可能性を、笹井芳樹の研究は示した。それは実に大きな成果だった。



 彼の業績については、ネット上に情報がある。彼の本業はこちらだろう。
  → インタビュー『この人に聞く』

 以下では、一部を抜粋して転載しよう。(かなり長くなるが。)
 笹井さんは、複雑で精緻な脳の構造を「自己組織化」というアプローチで解明してきた。実現間近になってきた網膜再生の臨床応用にも笹井さんたちの研究が生きる。

 聞き手:
 現在の研究は、ES細胞を使って成果を上げています。ES細胞に注目し、研究に使うようになったきっかけはどんなものでしたか。

 笹井:
 私が京都大学に入学したのは1980年。その1年後には、マウスES細胞がすでにつくられていましたので、学生時代からその存在はもちろん知っていました。
 一方、私が実験対象として扱っていたのは、アフリカツメガエルです。このモデル動物は、初期の神経分化制御機構を解析するのにとても優れています。1993年から96年にかけてカリフォルニア大学(UCLA)医学部に留学していたときに、研究プロジェクトの中でアフリカツメガエルから、「Chordin」という神経誘導因子を単離することができました。Chordinは、初期胚のシュペーマン形成体という部分から分泌され、外胚葉に働きかけて神経細胞の前段階となる神経前駆細胞を分化誘導します。この研究は予定どおりに進みました。その後、京都大学に戻ってきてから、取り組んだのは主に2つのことです。
 1つは、引き続きアフリカツメガエルを使って、今度はChordinから誘導された神経前駆細胞からどのように複雑な脳ができていくのか、そのパターン形成を調べていったのです。
 もう1つは、発見したChordinによって神経ができていくしくみを、哺乳類を用いて観察することでした。この研究で使ったのが、マウスのES細胞です。ES細胞は、初期胚の「増えていく」という特徴をよく反映しています。それに、いわばまっさらな均一状態から分化誘導が始まっていくため、観察に適しています。ES細胞に対して「キレのよい細胞」という印象をもちました。
 その後は、ES細胞から神経前駆細胞を誘導する研究を行いました。そもそも、脳はどのようにできるのかという原理の解明を目指していたため、パターン形成を観察するのにES細胞が使えると考えました。

 聞き手:
 笹井さんの研究では、「細胞の自己組織化」がキーワードとしてよく出てきます。この考えに思い当たったきっかけは何でしたか。

 笹井:
 米国UCLAから帰国した1996年、私は「10年後に自分はどのようなことに取り組んでいるのがよいのだろうか」と考えを巡らせたのです。そこで、自己組織化という系のしくみを研究することになっていきました。何もないところから体の組織になっていく細胞がつくられるES細胞が使えるということも大きかったと思います。

 聞き手:
 そもそも、自己組織化とはどのようなものなのでしょうか。

 笹井:
 パターンのないところから自発的にパターンが形成されるということです。自己組織化の身近な例としてあげられるのは、雪の結晶です。多くの雪の結晶は六角形をしていますが、六角形のもとになるパターンがあったわけではありません。内因性プログラムによって、さまざまな六角形を表現しているのです。ほかにも、海岸などで見られる砂の風紋も、自己組織化の例といえます。
 脳については、自然に複雑な構造が形成されていくパターンができているわけです。それは遺伝子の中で内因的なプログラムが働くことによって起きます。つまり、自己組織化があるということです。
 脳のパターン形成シグナルとしては、他にも「ヘッジホッグ」というタンパク質があります。こうした物質が、大まかに脳がつくられていく方向性を決めるのですが、脳の複雑で精緻なしくみまでを決めているとは考えにくい。局所では、細胞同士の相互作用が働いているのではないかと考えました。
 しかし、脳の自己組織化を観察しようにも、その実験系が確立されていませんでした。そこで、私は1998年から10年間かけて、実験系を構築してきたのです。言ってみればこの10年間は自己組織化を見るための系を確立するために費やした時間でした。その中で、副産物的な成果として、各種細胞の分化誘導に成功したというわけです。

 聞き手:
 自己組織化を見るために、具体的にはどのような実験系を開発したのですか。

 笹井:
 ヒトのES細胞に対して同様にSFEB法を行っても、なかなかうまくいかないのです。ES細胞を一つずつバラバラにしてから新しい培養皿に移し、そして一つ一つの細胞から細胞塊をつくっていきます。このとき、ヒトES細胞をバラバラにすると、ほとんどが死んでしまうのです。
 そこで、ヒトES細胞の死を防ぐための阻害剤をいろいろと試みました。そうした中で、Rhoキナーゼ(ROCK:RhO-associated Coiled-coil forming Kinase)というリン酸化酵素が活性することが、バラバラになったES細胞が死ぬ引き金となっていることがわかりました。そこで、Rhoキナーゼ阻害剤を培養液に添加したのです。すると、ほとんどのヒトES細胞は生存するようになりました。

 聞き手:
 2011年4月には、マウスES細胞から立体的な人工網膜組織をつくることに世界で初めて成功したと発表しました。


 笹井:
 網膜というのは、光の刺激を受けてそれを大脳に伝え視覚をつくる神経組織です。先ほど話した色素上皮細胞を含め、いくつもの層構造をなしているのが特徴です。発生学的には、初期胚の間脳が突出してできる脳由来の組織です。時とともにその形が変わっていき、遠位の先端部が陥没してカップ状の「眼杯」を形成します。さらに培養を続けると、生後のマウスの眼と同様の多層構造をもつ神経網膜が形成されたのです。
 ES細胞から立体構造をつくったわけですが、胚移植をするのは比較的容易なので、できるだろうという思いはありました。
 網膜の構造をめぐっては、ドイツの発生学者ハンス・シュペーマン(1869-1941)が、両生類の実験をもとに、眼杯が形成されるとき水晶体や角膜の組織は不要である可能性を主張していました。しかし、その後のニワトリの胚などを使った実験で、水晶体や角膜などの前駆組織がないと眼杯は形成されないという報告が行われ、議論になりました。眼杯は水晶体が押してつくられるのではないか、角膜が眼胚の形を決めるのではないかなどの説もありました。
 しかし、そうではありませんでした。ES細胞を使ったシンプルな系によるこの実験で、網膜自体の内因的なプログラムによって形が変わっていき、眼杯や何層もの網膜の形をつくることが明らかになったのです。
 眼の構造の複雑さについては、チャールズ・ダーウィン(1809-1882)も「進化論で説明するには複雑すぎる」と考えていました。このダーウィンの悩みも、自己組織化という概念で解決されたことになります。
( → インタビュー『この人に聞く』




 [ 付記 ]
 笹井さんの最新の研究として、次の論文もある。眼だけでなく、さらに様々な組織について、自己組織化の原理を究明する。
  → 動物の体を相似形にするメカニズムを発見

( ※ こちらが本業だから、STAP細胞の方は、あくまで余技だろう。どうでもいいオマケ。私にとっての Openブログ みたいなものだ。……そんなことに時間を取られたくない、という気分だろう。)



 【 関連項目 】

 コーディンについては、以前、私も言及したことがある。思い出して検索したら、見つかった。
  → 脳と遺伝子
 6年ほど前の記事です。われながらよく覚えているな。
posted by 管理人 at 20:14 | Comment(3) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
眼球のという臓器の発生を説明しているのであって
進化論的に説明できたわけではないですよね。
Posted by 774 at 2014年04月21日 18:33
眼球の進化についての話。
 → http://openblog.meblog.biz/article/17248219.html
Posted by 管理人 at 2014年05月10日 14:39
 上のリンクは(みぶろぐなので)リンク切れです。Seesaa では、次の URL となります。

  → http://openblog.seesaa.net/article/435849984.html
 「眼は一つか二つか」 (眼球の進化の話)
 
Posted by 管理人 at 2018年04月22日 20:04
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