2014年04月16日

◆(お知らせ) 笹井さんの会見

 笹井さんの会見がありました。そのときは特に言うことはなかったのですが、後日、大事な話が見つかったので、
    【 追記1 】 〜 【 追記9 】
 の形で加筆しました。 ──

 《 以下は当日分の記述です 》

 笹井さんの会見(全文書き起こし)は、下記。
  → The Huffington Post

 ここでは、「ライブ・セル・イメージ」(表記はいろいろだが「イメージ」という語は含まれる)という言葉が現れる。この動画(前出)が加工不可能なので、捏造はなかった、という趣旨。

 しかしながら、捏造はなかったとしても、誤認はあり得る。その理由が「偽陽性」だ。(偽陽性ならば、捏造はなくとも、STAP細胞ができたという誤認が起こる。)
 ところが、「偽陽性では?」という質問はまったく出なかった。ゆえに、笹井さんの言葉がまったく意味を持たないことは、会見では指摘されなかった。
( ※ 前項で「偽陽性について質問すべし」と書いたのだが、どの記者もその質問をしなかった。)

 肝心の話がないのだから、すべては無意味。ただの茶番である。真実については何も言及されなかった。
 ゆえに、私としては、特に言うことはない。(空疎な出来事については、語るべき言葉を持たない。)



 《 以下は後日の加筆です 》



 【 追記1 】
 笹井さんの会見の参考文書が出た。
  → 会見時の資料 ( PDF あり)

 しかし、すでに述べた通り、これは説明になっていない。
 (1) ライブ・セル・イメージは、「自家蛍光」では説明されなくても、「偽陽性」で説明される。
 (2) 「ES細胞のコンタミ」は、「STAP細胞とES細胞の混合物」のことではなくて、「STAP細胞とES細胞の混合物から、ES細胞の急速増殖によって、ES細胞だけの細胞塊ができること」である。
  → STAP細胞の番外編(笹井)
 
 笹井さんは、以上の点をまったく理解できていない。それを指摘できないマスコミも同様。

 【 追記2 】
 ただし、である。
 笹井さんの PDF 文書を見ると、「偽陽性」について笹井さんが気づいている可能性もある。それは「Oct4‐GFP (多能性マーカー)を弱く発現」「多能性マーカーの発現も強くなる。LIFという増殖因子が必要」という記述だ。
 仮に、「偽陽性」と「陽性」をはっきりと区別できるのであれば、その点をはっきりと指摘した文書および実験報告が必要となる。
 それを、論文で示さないで、こんな形で示すというのは、話がおかしい。一番肝心の点が「オマケ」扱いだ。
 
 捏造論者も、笹井さんも、肝心の点を逸らし続けている。肝心の点について論じるべきだろう。
 
( ※ なお、この PDF 文書で述べていることが正しいとしたら、STAP細胞は実在する可能性が出てくる。ただし、その根拠はほとんど皆無である。笹井さんが「できる」というふうに、この PDF 文書で短く述べていることだけだ。実験のプロトコルも公開されていないし、小保方さんによる実験の現場の詳細資料も公開されていない。たったの数行の文章を書いただけで、「できます」と言っているだけだ。その信頼性はきわめて微弱である。)
( ※ ただし、笹井さんの言葉を「嘘だ」と断定することもできない。ゆえに、捏造論者もまた、非科学的すぎる。現時点では、正確には「真偽不明」と見なすしかないようだ。STAP細胞は、存在しない可能性が極めて高いが、「存在しない」とはっきり断定するまでには至っていない。最後に大逆転する可能性も、微弱に残っている。)


 【 追記3 】
 笹井さんの話を聞いて、「納得した」という人が多い。特に、はてなブックマークではそうだ。
  → はてなブックマーク

 ま、素人ならばあっさり納得してしまうのも仕方ないが、専門家がまでが納得してしまうようなので、呆れてしまう。
 どこがポイントかを指摘しておこう。
 (1) 上記の 【 追記1 】 で述べた点。(実験の認識)
 (2) 実験の不十分さ。


 このうち、(1)は上述にあるので、(2) について述べよう。
 実験の不十分さについては、すでに述べた。再掲しよう。
 では、根源は何か? これが本項の眼目となる。改めて考えたすえ、根源は次のことだ。
 「実際には成立しない実験だったのに、チームの誰一人として再現実験で確認しなかったこと」


 通常、論文を提出するならば、再現実験をするのが常識だ。チームの誰かが成功したとしても、それと同じことをチーム内の別人がやって再現することが必要だ。
 ところが、今回は、それをやらなかった。特に若山さんは、小保方さんの手順を真似ようとして、何回もやったが、再現に失敗したという。( → 前出 ) ここでは明確に「再現の失敗」があった。それにもかかわらず、論文を提出した。
 これはもう、言語道断である。理研がここまでひどいとは思わなかった。世間では小保方さんの論文の書き方のデタラメさを非難しているが、根源はそこではない。理研の実験のデタラメさだ。「再現実験に失敗してばかり」という実験を、いったいどうして論文の形で報告する気になったのか? まったく、ワケワカメである。

 この「再現実験の不足」については、(ほとんどパクるようにして)別の人も述べた。こちらは、はてブで 大絶賛を博した。
  → http://synodos.jp/science/7647 (片瀬久美子)

 笹井さんは、「自分は最後に参加しただけだ」というが、自分の責任を忘れている。そこでは「再現実験がなされていなかった」という事実を知って、「ならば再現実験に成功するまで論文を提出しない」という道を取るべきだった。論文の提出を引き止めるべきだった。
 さらに言えば、「 STAP幹細胞の再現率がほとんど壊滅状態だ(誤差レベルに近い)」
という点を認識するべきだった。
  → 彼女は嘘つき? 【 追記 】
 これを見ても、「論文を提出しない」ということの根拠になる。

 笹井さんは「自分は論文を書くのを手伝ったぐらいで実験には関与していない」という弁解をしている。だが、実験が問題だったのではない。実験が不十分だったのに論文を提出したということが問題だったのだ。その問題をきちんと理解できていない。

 そして、はてブ民もまた、この問題点を理解できていない。「捏造があったかどうか」ということばかりを問題としているから、「実験ミスだらけの不完全な論文を提出したのが根本的に間違っている」という核心を理解できない。
 「 STAP細胞事件の本質は、捏造ではなく、実験ミスだ」

 というのが真相である。なのに、その真相を理解できないから、「不完全な論文を提出することを決定した(許可した)笹井さんに問題がある」ということを理解できない。それというのも、「すべては小保方さんが捏造したからだ」と勝手に勘違いしているせいだ。

 自分勝手な誤解を信じているせいで、真実を見抜けない。── そういう愚かさがある。その点、小保方さんも、批判者も、どちらも似たような知的レベルなのである。


 【 追記4 】
 小保方さんは、STAP細胞を 200回も作製しながら、そこから STAP幹細胞を作製したのはたったの数回だけだと述べている。
  → 彼女は嘘つき?
 このことからして、STAP幹細胞の再現性は著しく低いことになる。この再現性の低さをきちんと認識しておくべきだった。また、その事実を論文に記述するべきだった。
 なのに、論文にはそれを記述せず、あたかも再現性が高いかのように記述していた。これは、論文執筆の担当者であった笹井さんに責任があるだろう。
 いずれにせよ、実験の内容をろくに知りもしないで、いい加減に論文を書いたという点では、笹井さんには大きく責任がある。「実験内容も知らないで論文の文章だけ書いた」というのは、捏造とまでは言わないまでも、相当ずさんであったことになる。

 
 【 追記5 】
 STAP細胞についてざっと思い返すと、そもそも次の点が問題だった、と思える。
 「ろくに再現性を検証してもいない未熟な研究を、Nature に投稿したこと」

 ここでは、投稿先が Nature であったことが問題となる。
 これまでは、「再現性をろくに検証していなかったのが問題だ」と指摘してきた。
  → STAP細胞事件を評価する
 しかし、再現性をろくに検証していない研究など、山のようにある。それらがいちいち問題視されるわけではない。ただ、そのような研究は、「再現性なし」として無視され、歴史のなかで自然に消えてしまうだけだ。
 今回も、有名でない専門誌に投稿しておけば、同様の扱いになっていたはずだ。つまり、再現性がないまま、無視されて、自動的に消えてしまったはずだ。それならば問題はなかったはずだ。
 ところが、笹井さんが強力に研究を後押ししたせいで、ゴミみたいな研究が Nature に投稿されてしまった。また、笹井さんの名前の箔付け(権威)のせいで、「再現性はもちろん確認されているのだろう」と信用された。……ここが問題となった。
 つまり、研究がゴミだったことが問題なのではなくて、ゴミにすぎない研究が黄金のような扱いになったことが問題だったのだ。そして、それは、次の二点が理由だった。
  ・ Nature という専門誌の権威
  ・ 笹井さんの名前の権威

 ここでは、ゴミみたいな研究が黄金のように見えた、という問題があった。それは、捏造ではないが、ほとんど捏造に近かった。
 つまり、研究が捏造だったのではなくて、権威づけが捏造同然だったのだ。そのせいで、ゴミ研究を黄金と信じた人々が、まんまとだまされてしまったのだ。

 結局、今回の混乱の本質は、研究が詐欺的であったことより、権威づけが詐欺的であったことによる。そのせいで、専門分野の小さな出来事が、広く社会的な出来事となった。かくて、大混乱が起こった。
 その責任の大部分は、小保方さんという無能な女性にあるというよりは、Nature への投稿を決めた人と、Nature への論文を執筆した人にあるのだろう。(どちらも同一人物。)
 というのは、ゴミ論文をゴミ論文のまま投稿しておけば、何の混乱もなかったはずだからだ。単に「疑わしい研究」という扱いのまま、歴史に埋もれていただけであるはずだからだ。(「再現性が取れませんでした」で、おしまいとなったはずだ。)


 【 追記6 】
 理研の調査機関が、笹井さんを批判している。「小保方さんと同等の責任がある」という批判。
 理化学研究所が設置した「研究不正再発防止のための改革委員会」の岸輝雄委員長は18日、論文共著者である理研の笹井芳樹氏の責任について「(理研の小保方晴子氏と)同等の責任を持つべきだ」と批判した。改革委は理研に対し、共著者の責任を明確にするよう求めていく方針。
 同日開かれた改革委の会合後、記者団に語った。岸委員長は笹井氏が16日の記者会見で、実験ノートを見ていないと発言したことに関し「一緒に出したことが大事で、ある部分は知ってるが、ある部分は知らないということは普通はあり得ないだろうと思う」と苦言を呈した。その上で「名前を連ねた以上、応分の責任を持ってしかるべきだ」と指摘した。
 会合では捏造(ねつぞう)や改ざんなどの不正行為に加え、研究者間の情報交換が不足している点について理研に対策を求めることで一致。
( → 日経 2014/4/18

 これではまるでトカゲの尻尾切りみたいだ。シッポは小保方さんだけかと思ったら、もう一つ、笹井さんまでもシッポにして切り捨てようとしている。しかし、そんなことでいいのか?
 実は、この改革委員会は、理研の内部機関ではなくて、外部有識者に委嘱したものだ。だから、「トカゲの尻尾切りだ」という表現は不適切だろう。
 とはいえ、より広い目で見ると、科学界全体が自分たちの正当化のために、一部の人々を不当に切り捨てて、自己保身を図っている、というふうに見える。

 あらためて考え直そう。
 笹井さんは小保方さんと同等の責任がある、という点については、異論はない。ただしそれは、「この研究は実験ミスだ」ということが前提となる。実験ミスによるゴミ実験だったからこそ、そのプロジェクトリーダーには大きな責任が伴う。
 一方、「この研究は捏造だ」ということであれば、捏造を見抜けなかったことには笹井さんは何ら責任がない。捏造をすぐに見抜ける人なんかいるわけがないからだ。今回の事例でも、捏造探索マニアみたいな人が世界中から衆知を結集したからこそ、独特の探索技術を通じて不正を検出した。たとえば、下記だ。
  ・ JPEG 画像の切り貼り
  ・ テラトーマ画像の転用

 これらは、世界中から衆知を結集したからこそ、判明した。一方、Nature の査読者は気づかなかった。もちろん、笹井さんも気づかなかった。そして、この両者が不正に気づかなかったことには、何ら責任はない。
 その意味で、笹井さんが先の会見で「不正に気づくはずがなかった」という趣旨のこと(実験ノートも見ていなかった)と述べたことは、正当である。
 すると、どうなるか? 理研の改革委は、二枚舌を使っていることになる。
  ・ 画像の不正があったことは、けしからん。
  ・ 実験ミスに気づかなかったことは、けしからん。

 一方では、画像の不正を批判している。「JPEG 画像や、テラトーマ画像は、不正だからけしからん」というふうに。
 他方では、実験ミスを批判している。「プロジェクトリーダーがずさんな実験ミスを放置したのはけしからん」というふうに。
 しかし、この双方は同時には成立しないのだ。
 画像の不正があったのだとすれば、その責任は、小保方さんだけにあり、笹井さんにはない。笹井さんが見抜くことは不可能だし、見抜けなかったからといって責任を問われるはずもない。
 実験ミスがあったのだとすれば、小保方さんと笹井さんの双方に責任があるが、その責任は、きわめて小さい。「不正だ」と大々的に批判されるようなものではなくて、ただの無能さによるミスであるにすぎない。それは「愚かだ」と馬鹿にされることはあっても、「悪だ」というふうに批判される筋合いのものではない。
 この両者は、別々のことだ。なのに、理研の改革委は、その双方を都合よくつまみ食いしている。
 そもそも、事実というものは一通りしかない。なのに、二通りの事実を都合よくつまみ食いしているのだ。あるときは、「事実は画像の不正だ」と述べて、小保方さん一人を指弾する。あるときは、「事実は実験ミスだ」と述べて、小保方さんと笹井さんの双方を指弾する。……あまりにもご都合主義だ。これでは、理研の改革委が事実認定を捏造しているのも同然だ。
 結局、理研の改革委は、「こいつらは悪党だ」という結論を先に決めて、その結論に合うように、事実認定を捏造している。本来ならば、先に事実認定をして、その事実認定に従って、結論を出すべきだろう。なのに、その順序が逆になっている。結論に合わせて、その場その場で、ご都合主義で事実認定を変えている。かくて、理研の改革委自体が、事実認定を捏造している。呆れるばかりだ。
 では、正しくはどうするべきか? 
 もちろん、先に事実認定をするべきだ。つまり、「故意の捏造か」「無能さゆえの実験ミスか」という事実認定をするべきだ。そして、その事実認定の上に立って、「小保方さんや笹井さんにはどういう責任があったか」を判定するべきだ。
 ちなみに、私はこう判定した。
 「小保方さんは未熟さゆえの実験ミスをした。笹井さんは、チェック不足で、その実験ミスを見逃した。いずれも大きなミスがあった。とはいえ、それはミスであって、不正行為ではない。もちろん、意図的なものではない」
 これが私の判定だ。
 あるいは、捏造説のように、次の判定をするのでもいい。
 「小保方さんはものすごく知能の高い詐欺師だった。彼女はその抜群の知性によって、天才的な知性をもつ笹井さんをも見事にだました。笹井さんがだまされたのは仕方がない。たしかに笹井さんはノーベル賞クラスの知性を持つが、小保方さんはそれをはるかに上回る知性の持主であり、しかも、アカデミー賞クラスの演技力の持主だ。かくて、彼女はその抜群の知性と演技力によって、笹井さんをだましたのだ。笹井さんは、だまされただけであり、被害者であるにすぎない。悪いのは、人々すべてを手玉に取った稀代の悪女である。天才クラスをも上回るような、圧倒的に高い知性をもつ彼女こそが、真の悪なのだ」
 こういう判定をするのでもいい。それはそれで、筋が通る。
 いずれにせよ、このように事実認定を先にするべきだ。そして、事実認定の後で判定が来るべきだ。
 ところが、理研の改革委は、その逆である。事実認定を後回しにして、先に「小保方さんが悪い」とか、「笹井さんが悪い」とか、感情論みたいにして決めつけている。かくて、裁判で言えば、「先に判決を下してから、その後で証拠調べをする」というような、本末転倒的な倒錯が生じている。
 科学者ならば、まずは事実認定を先にするべきだ。事実認定もしないで、先に「小保方さんが悪い」とか、「小保方さんと笹井さんの双方が悪い」と決めつけるなんて、あまりにも非科学的すぎる。それは冤罪も同然である。
 理研の改革委がまずなすべきことは、事実認定だ。そして、それもしないうちに結論を先に出すようであれば、理研の改革委は「私たちは事実認定を捏造しました」と反省して、さっさと解散するべきだろう。


 【 追記7 】
 理研の調査機関(改革委)の方針には、根本的な矛盾がある。それを示そう。
 まず、基本として理解すべきことがある。この調査機関の目的は、「 STAP細胞の真偽」を問題にしているのではなくて、「画像の不正はあったか」を問題にしているということだ。
  → 研究論文の疑義に関する調査報告書
 では、画像の不正はあったか? 画像の捏造はあったか?
 ここで、「捏造はあった」と仮定しよう。その場合、笹井さんは「捏造を見抜く」ことが必要となった。では、捏造を見抜いたら、どうなったか? そこが問題となる。
 もちろん、捏造を見抜いたら、捏造を是正しただろう。その場合、次のようになるはずだ。
  ・ TCR の画像は、切り貼りの前の、正しい画像に置き換えられた。
  ・ テラトーマの画像は、博士論文所収でない、正しい画像に置き換えられた。

 いずれも、正しい画像に置き換えられたはずだ。こうして、捏造は阻止されることになる。
 では、それでいいか? 笹井さんは、このような画像の置き換え(修正)をすれば良かったのか? なるほど、そうすれば、捏造論者の言う捏造は阻止できた。しかし、そのかわり、「 STAP細胞は存在する」という証拠ができてしまうのだ!
 結局、捏造論者であれ、改革委であれ、「捏造するな」という主張は、「 STAP細胞は存在するという証拠を出せ」と主張していることになる。しかし、その証拠は、捏造ではないが、虚偽のものなのである。(実験ミスがあるからだ。)
 つまり、捏造論者や改革委が主張しているのは、「画像の捏造はけしからん」ということであるが、同時に、「実験ミスによる証拠を、真正のものとして出せ」と言っていることになる。「実験ミスによる虚偽を真実として示せ」と言っていることになる。
 つまり、彼らは、「画像の捏造をやめよ」と言うのと同時に、「論文の捏造をやれ」と言っているわけだ。なぜなら、「 STAP細胞が存在するという正しい証拠を出すべきだった」と主張しているからだ。( STAP細胞は存在しないのに。)

 ここまで見れば、本質がわかるだろう。
 捏造論者や改革委は、「画像の捏造はけしからん」と主張する。その意味は、「画像の捏造をするべきではない」ということであり、「真正の画像を示すべきだった」ということである。
 しかし、その論理には、前提がある。それは、「真正の画像を示せば、真実が示される」ということだ。なるほど、そのことは、過去の捏造事件には当てはまる。過去の捏造事件であれば、真正の画像を示せば、真実が示されるはずだからだ。(超伝導であれ、ES細胞であれ、捏造しない画像を示せば、虚偽でない真実が示されたはずだ。「そんなものは存在しない」という真実が。)
 ところが、今回には当てはまらない。つまり、「捏造していない画像を示せば、真実が示される」ということは成立しない。なぜなら、実験そのものがミスであったからだ。ここでは、「真正の画像を示せば、真実が示される」のではなく、「真正の画像を示せば、ミスった結果(虚偽)が示される」のである。
 とすれば、ここでは、「捏造を見抜くべきだった」「真正の画像を示すべきだった」と言って、笹井さんを批判しても、何の妥当性もない。それは、「ミスった結果(虚偽)を、真実として示せ」と言っているのと同じことだからだ。

 重ねて言う。今回の事例では、「捏造画像を防ぐこと」が大切なのではない。そんなことをしても、「ミスった結果(虚偽)が、真実として示される」だけだからだ。
 では、かわりに、どうするべきか? 「ミスった結果(虚偽)が示されないようにすること」つまり「実験ミスをなくすこと」が必要だった。それが根本的に大事だった。そして、そのためには、「再現実験をすること」が必要だったのだ。

 こうして、捏造論者や改革委の言っていることが、いかにトンチンカンであるか、よくわかるだろう。彼らは「捏造はけしからん」と主張する。しかしそれは、「真正の画像を示すべきだった」ということであり、「ミスった結果を、真実として示すべきだった」ということだ。そのとき、「実験はミスだった」「実験は真実でなく、虚偽を示すだけだった」という肝心の点を、すっかり見失っているのだ。

 結局、捏造論者や改革委が狙っているのは、「真実の隠蔽」つまり「捏造」である。彼らは、「実験ミスゆえに、すべての実験は虚構だった」という真実を隠蔽すべきだと主張する。「不正でない真正の画像を用いることで、ありもしない STAP細胞をあるというふうに見せるべきだった」と主張する。「正しい TCR 画像や正しいテラトーマ画像(いずれも実験ミスによって生じた真正のもの)を用いることで、STAP細胞が存在すると正しく示すべきだった」と主張する。
 しかし、「正しく示す」ということは、もともと問題にはならないのだ。なぜなら、すべては実験ミスによる虚構だからだ。

 以上のことはわかりにくいかもしれない。そこで比喩的に言おう。
 「地球はほぼ球形だ」という真実がある。これに対して、「地球は平面だ」という学説(虚偽)があるとしよう。この学説を主張するために、誰かが証拠を提出したとする。そのとき、その証拠は、実験ミスによる間違いの証拠だった。しかも、その証拠は、加工されたものであり、もともとの証拠ではなかったとする。
 ここで、「その証拠は加工されている! けしからん!」と非難するべきだろうか? いや、それはあまりにも馬鹿げている。「加工しないで真正の証拠を出すべきだった」というふうに批判する人もいるだろうが、仮に真正の証拠を出したとしても、もともと実験ミスによる間違いの証拠なのだから、意味がない。仮に、「真正の証拠を出すべきだった」という主張に従って、間違った真正の証拠を出すことで、「地球は平面だ」ということが証明されたとしても、そんなことには何の意味もない。そのすべては茶番である。
 理研の改革委がやっているのは、それと同じことだ。彼らが真面目にやればやるほど、「地球は平面だという正しい証拠を出すべきだった」という馬鹿げた方針となる。自分たちのやっていることが茶番であると理解できていない。
 ここで何よりも大切なのは、「地球は平面だ」という証拠があったとしてもそれは実験ミスだ、ということだ。同様に、「 STAP細胞は存在する」という証拠があったとしてもそれは実験ミスである、と気づくべきだ。そのことを理解しないまま、「証拠は不正だ」というふうに手続き論ばかりを語ったとしても、本質を見失っているがゆえに、そのすべては茶番にすぎないのである。(間違いではないが、馬鹿げた喜劇だ。)
 そういう馬鹿げた議論をするよりも、まず、「この実験のすべては、実験ミスだった」という事実を認識するべきだ。そうすれば、「証拠は不正だ」という議論のすべてが茶番であることに気づくはずだ。

 なお、仮に小保方さんが故意の捏造をしたのであれば、真正の画像を提出させることで、「実験は捏造だった」ということが証明されるだろう。しかし、小保方さんが故意でない実験ミスをしたのであれば、真正の画像を提出させることで、「実験は捏造だった」ということは証明されないのだ。にもかかわらず、改革委は、「真正の画像を提出させることで、実験は捏造だったということを証明しよう」としている。しかしそれは、改革委が事実認定を捏造しようとしている、ということだ。ありもしない「捏造」という事実を、勝手に作り出そうとしているからだ。これこそ捏造だ。

( ※ とはいえ、おのれのやっていることの愚かさを理解できる人は、きわめて少ない。誰もが「悪を指弾するのは正しい」と思い込んでいる。彼らにとって興味があるのは、自分が正義漢になることなのだ。正義のヒーローになることなのだ。つまり、「月にかわってお仕置きよ」と言いたいだけなのだ。彼らにとっては、真実の探求なんかは、どうでもいいことなのだ。だからこそ、「すべては愚かさゆえの実験ミスだった」という真実に目をふさごうとする。彼らは、自分が正義漢であることを証明するために、悪党という存在を捏造したがっているのだ。)
 

 【 追記8 】
 STAP細胞の不正の問題では、理研・神戸(CDB)の組織的な関与があったことが、関係者の証言で明らかになった。これは毎日新聞の記事だ。詳しくはそちらを読んでほしい。
  → 毎日新聞 2014年05月22日

 以下では一部抜粋しよう。
 CDBの幹部会議が、小保方晴子・研究ユニットリーダー(30)の採用段階から、秘密保持のため審査の一部を省略するなど例外措置を容認していたことが明らかになった。組織ぐるみで秘密裏に研究を進めたことが、ずさんな論文発表につながった可能性が高い。
 関係者への取材によると、CDBは2012年10月から研究室主宰者(PI)の募集を開始し、小保方氏を含む5人を採用した。その際、CDB運営の重要事項を決めるグループディレクター会議(幹部会議)は、STAP細胞研究について論文発表まで秘密とすることを容認。その結果、採用を審査する人事委員会は、小保方氏の審査で、1次選考を通過した候補者に通常求められる公開セミナーを実施せず、非公開の面接と質疑応答のみとしたという。
 実績がなかった小保方氏について、人事委は過去の論文を精査せず、研究実態の確認もしないなど、慎重な検討をしていなかったとみられる。CDBにはPI採用に関する明文化された規定がなく、例外的対応をとる場合のルールもなかった。
 STAP細胞研究を検証したCDBの自己点検からは、自身の記者会見で「文章の書き直しに加わっただけ」と主張していた笹井芳樹・CDB副センター長(52)の深い関与も浮かんだ。小保方氏の採用時から始まった理研の秘密主義に笹井氏による小保方氏の「囲い込み」が加わり、客観的な検証もデータ確認もないまま、論文発表に突き進んだとみられる。
 笹井氏は論文1本の責任著者に入り、研究リーダーに就任した小保方氏が担うはずの人事や物品管理などを取り仕切り、特許申請の発明者にも名を連ねた。竹市氏が笹井氏に期待した研究の指導という枠を超え、論文に直接関与するまでのめり込んだことで、他の共著者の検証機会を奪い、小保方氏への教育もないがしろになった。
 後に「不適切だった」として撤回されたSTAP細胞とiPS細胞を比較した資料は、笹井氏が記者会見の前日夜に作り、広報担当者との協議をせずに出席者に配られていた。
 4月16日の記者会見で、笹井氏は「論文の最後の2カ月強に参加した。多くのデータは若山(照彦・山梨大教授)さんがチェックしたのを前提に見ていた」などと述べ、関与の小ささを強調していた。調査では、若山氏ら他の共著者についても、実験の再現性やデータの確認に消極的だったと確認されており、(以下略)

 というわけで、今回の STAP細胞の事件では、理研の組織的な関与(特に笹井さんの関与)が大きかったわけだ。この点は、私が何度も述べた通りだ。特に、最初に述べたのは下記だった。
  → STAP細胞事件の解明3 (2014年03月19日)
  → ずさんさ/愚かさ (2014年03月28日)

 ここで述べたように、STAP細胞の事件は、「小保方さんが一人で画像や実験を捏造した」というものではなかった。むしろ、「笹井さんが決定的な立場から指導したあとで、小保方さんがハチャメチャに実験を実行した(そして実験ミスをした)」というものだったのだ。
 そして、私がそう述べた通りであったことが、今回の毎日新聞の記事で判明した、と言えるだろう。
 



 【 追記9 】 ( 2014-06-06 )
 あれからだいぶ経過して、2014-06-06 の時点で考え直すと、次の見解に至った。
 「この事件の主犯は、笹井さんである。小保方さんは脇役にすぎない」

 理由は、以下の通り。

 そもそも小保方さんはまったくの無能である。捏造を計画して実行する能力などはまったくない。
 ではなぜ、Nature に論文が掲載されたか? また、なぜ「 iPS細胞をしのぐほどの画期的な大発見」というふうに大々的に話題になったか? そのすべては、笹井さんがやったことだった。
 まず、笹井さんがその能力を駆使して、ただの実験ミスを「見事な論文」に仕立て上げた。さらに、Nature に掲載されたあとはマスコミを招いて大々的に宣伝した。「 iPS細胞をしのぐほどだ」というふうに。(のちに山中さんから指摘されて、撤回したが。)
 仮に、小保方さん一人でやったならば、実験ミスを見事な論文に仕立て上げることはできなかったし、Nature に掲載されることもなかっただろう。
 結局、笹井さんの力のせいで「ゴミみたいな研究が黄金のように見えた」という結果になったことが問題だったのだ。
 ……ここまでは、すでに述べた通り。( 【 追記5 】 の箇所。)

 だが、話はそれでは済まないことが判明した。もともと無能だった小保方さんをあえて抜擢してユニットリーダーに据えた、という理研の組織的な方針があったのだ。
 締め切り日を過ぎて応募した小保方氏の申請書を受理したうえ、一部の審査手続きを省略するなど、採用の経過は異例ずくめだったことも分かった。報告書案は、STAP細胞の研究成果がもたらす利益をセンターが強く意識するあまり、過去の論文などのチェックも不十分なまま、小保方氏を拙速に採用したと断定している。
( → 小保方氏、異例の採用…高評価英文に「コピペ」 2014-06-05
 理研は、2012年10月にリーダー級研究者の公募を開始し、当時客員研究員だった小保方氏のSTAP細胞研究が話題となり、採用を担当する人事委員会側から11月、小保方氏に応募を打診した。
 締め切り日を過ぎても小保方氏の申請書を受理。英語の面接など採用の過程を一部省略する“特別扱い”で、STAP研究がもたらす利益を重視した、笹井氏らの拙速な対応が厳しく問われそうだ。
( → zakzak 2014-06-06

 ここで示されているように、理研・神戸による小保方さんの採用の過程からして、とんでもないことをやっていたのだ。そして、その主導者は笹井さんだった。

 さらに、笹井さんは小保方さんの研究を(外部に漏らさないという趣旨で)秘密にした。そのせいで、研究所内で自己チェックをする機能が働かなかった。かくて、ずさんな実験ミスが報知され、再実験による検証も進まなかった。
 自身の記者会見で「文章の書き直しに加わっただけ」と主張していた笹井芳樹・CDB副センター長(52)の深い関与も浮かんだ。小保方氏の採用時から始まった理研の秘密主義に笹井氏による小保方氏の「囲い込み」が加わり、客観的な検証もデータ確認もないまま、論文発表に突き進んだとみられる。
 関係者によると、笹井氏がSTAP細胞研究を知ったのは、2012年12月21日の小保方氏の面接時が最初。そこで竹市雅俊・CDBセンター長から論文作成の支援などを依頼された。笹井氏は小保方氏とともに面接のわずか1週間後、英科学誌ネイチャーに投稿する論文1本のたたき台を作り上げたが、小保方氏の過去の実験データを確認することはなかったという。
 その後、笹井氏は論文1本の責任著者に入り、研究リーダーに就任した小保方氏が担うはずの人事や物品管理などを取り仕切り、特許申請の発明者にも名を連ねた。竹市氏が笹井氏に期待した研究の指導という枠を超え、論文に直接関与するまでのめり込んだことで、他の共著者の検証機会を奪い、小保方氏への教育もないがしろになった。
 笹井氏の研究姿勢については、「秘密主義」と周辺の研究者が毎日新聞の取材に証言している。笹井氏は当時、CDBの予算要求担当を務めており、STAP細胞研究の影響の大きさから、新しいプロジェクト予算の獲得につながると期待した可能性があるという。
( → 毎日新聞 2014年05月22日

 これに加えて、マスコミに大々的に宣伝した、ということがあった。(ゴミを黄金に見せかけた。前述。)これもまた、笹井さんがやったことだ。
 論文の報道発表でも、笹井氏の対応は異例だった。理研は通常、論文の筆頭著者か研究室主宰者(今回の場合はいずれも小保方氏)が広報と調整するが、今回は笹井氏が広報に準備の指示を出し、文部科学省への連絡に関する打ち合わせも担当し、小保方氏はほとんど関与しなかった。後に「不適切だった」として撤回されたSTAP細胞とiPS細胞を比較した資料は、笹井氏が記者会見の前日夜に作り、広報担当者との協議をせずに出席者に配られていた。
( → 毎日新聞 2014年05月22日

 以上を見ると、笹井さんの関与がいかに大きかったかがわかる。

 では、小保方さんはどうか? 小保方さんはまったく無実か? よく考えると、「イエス」と答えていいだろう。理由は次の二つだ。
 (1) Oct4 発光という現象は「偽陽性」という現象で、たしかに存在した。
   → STAP細胞の真相は Oct4 発現の偽陽性
 これを見て、「多能性の発現だ」と誤認したことは、仕方ない。世界的に未知の現象なのだから(他の誰も理解していなかったのだから)(というか現時点でも私以外には明確に指摘した人はいないのだから)、これを誤認したこと(偽陽性を真の陽性だと思ったこと)はやむを得ない。
 (2) 実験ミスによる誤認ということなら、他にも多くの人々がやっている。それは特に珍しくもない、ありふれたことだ。たとえば、下記。
  → 続々・光速よりも速い粒子
 いったん「光速よりも速い粒子が観測された」という実験の報告がなされたあとで、「実は実験ミスでした」という訂正が出たわけだ。
 ここで、「実験ミスをした人はけしからん! 捏造だ!」なんて騒ぐのは馬鹿げている。実験ミスぐらいは、ありふれた現象なのだ。
 ただ、この実験では、次のことがあった。
  ・ 「これは実験ミスかもしれません」ともともと告知されていた。
  ・ 「他人の検証を求む」というふうに、他人の関与を求めた。

 この二点があったからこそ、実験ミスがあったとしても、特に問題視されることはなかった。
 一方、STAP細胞の場合には、この二点がなかった。そして、その二点がなかったことは、笹井さんの責任なのだ。
  ・ いかにも正しいというふうに見せかけた。(黄金に見せかけた)
  ・ 他人による検証をさせなかった。(秘密主義)

 この二点が STAP細胞事件が大問題になった理由だ。そして、その二点を取ったのは、笹井さんだったのだ。
 一方、小保方さんがやったことは、ただのずさんな実験にすぎなかった。それは、世の中にありふれた、無数のゴミのなかの一つにすぎなかった。そんなゴミはもともと無視されるだけになるはずだった。
 ところが、笹井さんがしゃしゃり出たせいで、ただのゴミが黄金に化けてしまったのだ。

 ここまで見れば、STAP細胞事件の主犯者が誰であったかは、もはや明らかだろう。
 比喩的に言えば、こっそり煙草を吸っていた人が悪かったのではない。煙草の上から莫大なガソリンをぶちまけた人が悪かったのだ。こっそり煙草を吸うぐらいのことなら、よく見ることだが、大量のガソリンをぶちまけるというのは、めったにない特別なことだからだ。……ここで大火災が起こったとしたら、「煙草を吸っていた奴が悪いんだ」と見なすのは、本質をはずれたことであると思う。
 そして、その大量のガソリンを用意したのは誰かと言えば、もちろん、理研(という組織)である。……その意味では、今回の真の犯人は理研だ、というしかあるまい。
( ※ だからこそ理研は、真犯人を隠蔽するために、別の個人を身代わりに仕立て上げようとしているのだろう。そして、その策略に引っかかって、「あいつこそ真犯人だ!」というふうに魔女狩りをしているのが、世間の人々なのだろう。)
  
  ※ 理研とは、理研神戸のこと。




 [ 補足 ]
 笹井さんに責任はあるが、それはあくまで、「学問的な正確さに対する責任」であるにすぎない。
 世間から圧倒的な非難を浴びるような責任(捏造の責任)、という意味ではない。そういう意味の責任は皆無である。勘違いしないように。

 ※ 捏造はもともと存在しなかったのだから、捏造への責任も存在しない。
   不正確だったこと(間違えたこと)の責任があるだけだ。
posted by 管理人 at 19:05|  STAP細胞 | 更新情報をチェックする
  ※ コメントが掲載されるまで、時間がかかることがあります。

過去ログ