2014年02月01日

◆ 小保方晴子と下村脩

 小保方晴子と下村脩には、共通点がある。どちらも「トンデモ」であったことだ。 ──

 ※ 以後の状況の変化により、本項は取り消しの扱いとします。ただし、
   過去の時点では判明していなかったことなので、削除はしません。






              (文中、敬称略)

 この二人の偉大な学者(いずれもノーベル賞レベル)は、交通点がある。他人の意見に従うかわりに、自分の信じた道を突き進んだことだ。それらが彼らに画期的な成功をもたらした。
 
 小保方晴子については、先に詳述した。
  → STAP 細胞の原理は?

 一部抜粋すると、次の通り。
 専門家たちが「変人」だと見なしていたのは、実は天才であった。そして、天才を「変人」だと見なした専門家たちが、ただの間抜けだったのである。

 今回の研究者がなしたことは、特別な技術や知識だったのではなくて、「王様は裸だ」と言うだけの「真実を見る目」だったのである。
 ただ、これは、「言うは易く、行なうは難し」だ。自分の目で見たものをそのまま信じるということは、普通の人にはできない。それをするためには、「自分は間違っていない」と断言できるだけの知識と同時に、ある種の勇気が必要となる。

 新しい真実というものは、自然のなかに見つかる。それを探りたければ、物事をゼロから考えるという方針を取るべきだ。そうすれば、既存の知識に左右されずに、物事を素直に見つめることができる。
 物事をゼロから考えるということ。物事を根底から考え直すということ。それは、発想そのものを初期化するということだ。── そのことの大切さを、彼女は我々に教えてくれる。

 一方、下村脩については、前に下記項目で述べた。
  → トンデモな科学者?
 一部抜粋すると、次の通り。(インタービュー記事の転載。)
 ぼくはアマチュア化学者だ。ちゃんとした型にはまった有機化学の教育を受けていないが、そこが強みでもある。ほとんどが独創で、自分で考え出した。先生から教えられていないから、先入観も最小限なのでよかった。
 一番、信頼でき安心できるのは自分で考えること。人の意見を聞くと、それが間違っていても、考慮しないわけにはいかない。だから学界に行くのが大嫌いだった。学界では誰かがアドバイスしてくれる。親切だけど、あまりいいアドバイスをもらったことはない。
(朝日・朝刊 2008-12-30 )

 この二人は何とよく似ていることだろう!
 二人とも、先入見にとらわれず、物事をあるがままに見ようとした。だからこそ、画期的な業績を上げたのだ。

 そして、こういう人々が研究しているのを見ると、世間の人々は「トンデモだ!」と嘲笑うのである。…… 研究者が偉大な業績を上げた、と判明するまでは。
 そして、研究者が偉大な業績を上げた、と判明すると、掌を返して、「素晴らしい」と称賛する。それまで態度をコロリと忘れて。
 世の中というのは、そういうものなのである。
posted by 管理人 at 21:05| Comment(5) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この発見って、トカゲの尻尾は生えるのに
なぜ高等な人間にはその機能が失ったかに通じて、その前提が崩れるので、まだまだ潜在能力の発掘に繋がると思います。
Posted by ひゃま at 2014年02月02日 11:28
読売の記事から。(一部抜粋)

 ────────────────

 同センターの小保方晴子さんの共同研究者として研究チームに名を連ねる山梨大生命環境学部の若山照彦教授(46)に、新発見までの道のりなどを聞いた。

 ――なぜ、手伝うことになったのか。

 「小保方さんが博士課程の3年生で米ハーバード大に留学している時、共通の知人から『多能性の判定を手伝ってほしい』とメールが届いた。刺激だけで多能性を獲得するのは動物ではあり得ないというのが当時の常識。だから、ハーバード大では誰に頼んでも判定の仕事を手伝ってくれる人が見つからず、若山に頼めば何とかなると頼んできたようだ。最初は『できるはずがない』と思ったが、あり得ないことを試すのは自分も好きだったので手伝った」

 ――多能性を確認できるまでのエピソードを。

 「判定の手法は、緑色に光るマウスが生まれてくれば多能性がある、光らなければない、というもの。当然、最初は全く光らなかった。同様の共同研究を私に持ちかけてくる人は多いが、一度失敗を伝えると、たいていの研究者は引き下がる。でも小保方さんは違った。だめだったと伝えると、更に膨大な量の実験をして失敗の原因と次の作戦を考え、『次は絶対いけるのでお願いします』と別の方法で作った細胞をすぐ持ってきた。普通とは違う熱意を感じた」

 ――小保方さんの情熱を見て、当初の「できっこない」が「もしかすれば」に変わった瞬間はあったか。

 「なかった。情熱はあってもおそらく無理だと思っていた。彼女はまだ若いし、若い頃の失敗は後々のためには良いと思っていた」
 
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20140202-OYT1T00332.htm
Posted by 管理人 at 2014年02月02日 21:42
リンク先の若山教授の最後の言葉が重すぎます。
Posted by 京都の人 at 2014年02月02日 22:15
理屈であり得ないと否定され協力も貰えない。若山教授も失敗の経験を積ませるために協力した。
実験してもやはり失敗の連続。それでも全く諦めない。まるで正解をわかってて検算してるようですね。
まさに天才。
Posted by じん at 2014年02月02日 22:58
小保方さんへのインタビュー記事(一部抜粋)

 ──

 ◆研究を続ける支えとなっているのは。

 最初に科学誌へ投稿して却下された時は、「こういう時こそ頑張らなくちゃ」と思ったのを覚えている。家族などに「頑張りなさい」と励まされ、やめないように支えてもらってきた気がする。

 ◆なぜ「STAP」と名付けたのか。

 他の現象と混同されないように、あえて意味がない単語を選んだ。論文投稿の際、いろいろ考えていた名前の中からチームの皆で話し合って決めた。

 ◆かっぽう着姿で研究しているのは。

 論文が却下された時など、とても悩み、泣いたこともいっぱいあった。祖母に「研究者の仕事は、世の中の人のためにやっているのだから、一日一日頑張ることがあなたの仕事」と言われ、いつか世界に貢献するため研究を続けている。その気持ちを忘れないために、祖母のかっぽう着を着ている。

 → http://mainichi.jp/select/news/20140207k0000m040008000c.html
Posted by 管理人 at 2014年02月06日 22:52
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