情報科学の進展にともなって、ロボットの開発が話題になっている。たとえば、先日も、災害用のロボット開発が話題になった。
→ 災害救助ロボットコンテストの話題
上記ではいかにも開発途上なので、「ロボットの実用化はまだまだ無理だ」と思えそうだ。とはいえ、アシモのような全身型ロボット(ヒューマノイド)のロボットはともかく、「腕だけのロボット」ならばすでに実用化されている。筋電義手と言われるものがそうだ。この件は、前にも論じた。
→ 筋電義手 (2010年01月29日)
これは4年も前の記事だ。ここでは、
「すでに実用化されているが、日本は福祉後進国なので、日本では普及しない」
と指摘している。それから4年たって、どうなったか? いくらかは改善しているようだが、まだまだ駄目だ。朝日に記事があった。引用しよう。
日本国内で普及の壁になっているのが、訓練施設と機材という「二つの不足」だ。
150万円以上になる筋電義手。補助を受けるには「習熟していること」が前提とされている。支給しても使えなくては無駄になるとの考えからだ。しかし、専門医らによると、訓練ができる医療機関は全国に20施設ほど。東京や愛知、大阪など都市部に集中しているうえ、子ども向けはごくわずかだ。さらに訓練に使う筋電義手も足りない。病院が訓練用を購入する際には、公的な補助が適用されないためだ。
( → 朝日新聞 2013年12月29日 ,朝刊 2014-01-05 )
つまり、「筋電義手を与える」という制度は一応できている。(患者負担はわずかで済む。)
ただ、「筋電義手を与える前に、筋電義手に慣れている必要がある」という前提があるのだが、その前提を満たすための訓練ができない。機材も要員も足りない。かくて制度が形骸化している。「仏作って魂入れず」というありさまだ。または、土台ができていないので、すべてが「砂上の楼閣状態」もしくは「親亀こけたら皆こけた状態」というありさまだ。
では、どうすればいいか? もちろん、その点を改善すればいい。機材や要員を投入すればいい。その上で、筋電義手を普及させればいい。
ただ、国はこの方針に乗り気ではないようだ。というのは、「筋電義手に費用をかけると、コストがかかって割に合わない」と思っているからだろう。「 150万円の機材費と、訓練のための機材と要員と施設の費用をかけると、莫大な費用がかかり、金額的に大変だ」と思っているのだろう。
だが、本当にそうか? 莫大な費用がかかるのは、無駄なのか?
──
ここで、朝日の記事からまた引用しよう。次の動画の人の例だ。
勤め先の製鉄工場で作業中、機械に両腕を挟んだ。左右とも、ひじから先を失った。当たり前だったことが、ことごとくできなくなった。歯みがきも。体を洗うのも。トイレでお尻を拭くのだって。「どうやって生きていくんやろ。全部、ひとにしてもらうんか」。ただ迷惑をかけるだけの存在になってしまったように思えて、病室の窓から3度、飛び降りようとした。そうしたら自分も、家族も、楽になれると思った。
先が見えぬ日々の中、筋電義手の存在を教えてくれたのは入院先の看護師だった。事故から3カ月後、兵庫県立リハビリテーション中央病院(神戸市西区)へ訓練を受けに行った。
3カ月間の訓練と並行して、自主練習もした。
今では職場に復帰。パソコンを使って、図面をつくる業務に携わる。筋電義手でマウスを動かし、書類をめくるのもスムーズだ。
ここでは、劇的な改善がある。
・ もともとは極度の身障者の状況だった。
・ 筋電義手があると、一人前の人間として働ける。
これを費用で見ると、次のような改善がある。
・ もともとは、生活保護費プラス身障者手当て
・ 筋電義手があると、逆に納税をする
費用対効果という点では、ものすごいプラスの収益性となる。筋電義手のトレーニングと機材の負担に比べて、圧倒的な改善効果がある。
つまり、国から見ると、筋電義手の費用負担の何倍もの収益性があることになる。国の費用負担は 200〜300万円ぐらいになりそうだが、生涯の生活保護費の削減などで、数千万円もの費用負担がなくなる。費用面では、国にとってはこれほどの改善効果が見込めるのだ。にもかかわらず、「当面の 200〜300万円ぐらいの負担がもったいない」という発想のせいで、国は筋電義手の普及におっくうがっている。馬鹿丸出しというべきか。目先の金を惜しんで、結局は大損をしている。
──
ひるがえって、次のことはどうだろうか?
「1年ぐらいの余命しかない癌患者の余命を、たったの1カ月ほど伸ばすために、数百万円もの治療費をかける」(抗ガン剤)
「住民にとっては不要な防潮堤を建設する。数百億円規模で、無用の税金を無駄に捨てている」
前者(抗ガン剤)では、ほんの1カ月の余命のために数百万円もの税金を投入する。
後者(防潮堤)では、プラスどころかマイナスの効果のある防潮堤のために、数百億円もの税金を投入する。(何もしなければ現状維持なのに、状況を悪化させるために莫大な金を投入する。)
こういう無駄のためには、国は莫大な金を投入する。
その一方で、筋電義手という必要な措置のためには、わずかな金を惜しむ。
あまりにも馬鹿げていますね。
で、どうしてこういう馬鹿げたことをするかというと、理由は明らかだ。
「高齢者福祉と、建設事業は、自民党の票田である or 自民党に献金する業界であるから、重視して、どんどん金を投入する。福祉分野は、自民党とは無縁だから、金をちっとも投入しない」
こうして、自民党の政策のせいで、金は無駄な部分にばかり大量に投入される。
( ※ 民主党が正しいというわけじゃない。まともな政党は一つもない。ただし現状では、自民党は駄目さが極端すぎる。)
──
さて。私がこれを危惧するのは、冒頭の「ロボット」と関係があるからだ。
「これからの時代には、ロボットが普及するだろう。介護ロボットなども大量に普及するだろう。ロボット産業は一大産業になるだろう。しかるに、政府がロボットの普及を推進するどころが阻害するようなことをしていると、日本ではロボットの普及が遅れてしまう。そのせいで、日本ではロボット産業が衰退してしまう」
これは一大事件だ。アシモが出たころは、「日本はロボット先進国だ」なんて浮かれていたが、これからは日本のロボット産業は大幅に後れを取ってしまいそうだ。それも、政府の「福祉軽視」という政策のまずさのせいで
そのことを、筋電義手の現状は教えてくれる。
[ 付記 ]
欧米との普及状況の差については、朝日の記事にある。
義手は、条件を満たせば障害者総合支援法に基づく購入費の支給制度がある。自己負担の上限は3万7200円で、2012年度の支給実績は1393件。このうち、筋電をはじめとする特別な義手は23件(1.65%)にとどまる。労災事故に遭った人への支給制度も別にあるが、こちらも筋電義手は年間20〜30件だ。義手を使う人の2割以上が筋電義手とされる欧米とは大きな開きがある。
( → 上記の朝日の記事 )
【 関連サイト 】
安価な筋電義手(ハード)
→ “材料費は2万円以下の筋電義手が大賞”
→ JAMES DYSON AWARDで2位に輝いた義手が色んな意味で未来過ぎる
→ 【家電Watch】高額な筋電義手、安価に開発
→ 筋電義手 “Handie”
安価な訓練法(ソフト)
→ 筋電義手制御のためのオンライン学習法
※ いずれも最新のIT技術を使うことで、大幅なコストダウンを実現しつつある。国が投入する金は、現状では 200〜300万円ぐらいだが、その費用は大幅に縮減が可能だ。
※ このような分野で部分的にロボットを実現することで、その先にある「一般人用のロボットスーツ」なども普及するだろう。現状では、下記のように、非常に原始的なものしか内容だが。
→ 「パワードスーツ」世界初の量産化 パナソニック
これは、“ 「つかむ」「はなす」といったアーム(腕)の操作は、使用者の手元にあるグリップで行う” ということなので、物理的な操作を行なうものである。あまりにも旧式すぎる。
一方、筋電義手は、神経の電位などを電気的に測定して、電気的に操作するものだ。(最近のロボットアニメみたい。)将来的には、こちらが主流となるだろう。(脳波を使うタイプだと、もっと未来的だ。ただ、これだと、誤作動の恐れがあるので、実用化はかなり先になるだろう。)
※ 最近のロボットアニメと書いたが、私はこの分野は詳しくない。ただ、ちょっと調べたら、次のことがわかった。
・ ガンダムは、レバーなどで操作する。旧式。
・ エヴァは、脳の意思だけで操作する。未来的。
神経で操作する筋電義手方式というのは、あるのかな? アニメに詳しい人がいたら、コメント欄にでも書いてください。
※ ともあれ、筋電義手の開発をまともにやらないと、ロボットの操作もうまくできない、とわかる。ロボットの本体ばかり研究していないで、操作法の研究もしないと駄目ですね。筋電義手の現状は、そのことを教えてくれる。
[ 補足 ]
次の反論もありそうだ。
「手のない人ならば、筋電義手方式は役立つ。しかし、手のある人ならば、手の動きを直接、圧力センサーやレバーなどで機械的に測定しても、同じことだ。ゆえに、神経電位を測定する方式は不要」
それはそうだ。ただし、次の差がある。
・ 機械方式だと、手や指が実際にあちこちに動く。
・ 電気方式だと、手や指を固定しておくことが可能。
単純な動きならば、機械方式でもいい。「前と後へ」というようなレバーの動きだけで済むなら、それでもいい。
しかし複雑な動きだと、機械は手指の運動に追従しきれない。たとえば空中でラセンを描くような運動は、機械だと追従しきれない。(機械そのものが空中でラセンを描くことは不可能だからだ。あまり複雑な動きをすると、機械そのものがこんぐらがってしまう。)
その点、神経電位の方式なら、手指がどんなに複雑な運動をしている「つもり」であっても、問題ない。手指は固定されたまま、手指にかかる力が変化するだけだ。
その意味では、正確な圧力センサーでも同様な検知が可能だろう。とはいえ、そんなもの(他次元の正確な圧力センサー)をつくるよりは、神経電位を測定する方式の方が、ずっと安価で正確なものができるだろう。現時点ではともかく、将来的にはそうなるだろう。
一般的には、電気的にできることを機械的にやるのは、筋が悪い。電気的にできることは、電気的に済ませる方がいい。その方が、筋としてはいい。それが私の判断だ。