2013年12月26日

◆ インターネットは軍事技術?

 「インターネットは軍事技術として生まれた」という俗説がある。信じている人が多いが、これは誤りだ。

 ──

 インターネットは分散通信技術である。これは1箇所が分断されても通信できる。だから核戦争に強い。そこで、「核戦争対策として米国で軍が開発した」という俗説が生じた。
  Wikipedia にも記述がある。
 1994年7月、アメリカ・タイム誌で、「インターネットは核攻撃下でのコミュニケーションの生き残りを想定して開発された」という記事が掲載される。以降、ARPANETは核戦争時のための軍事ネットであるという俗説が流布するようになる。
 一方、ARPANET立ち上げ時のIPTO責任者であったロバート・テイラーは、この記事に対して事実とは異なる旨、正式な抗議をタイム誌に対して行った。
( → Wikipedia

 具体的な真相は、どうだったか? 私がいちいち書くまでもなく、詳しく調べて書いた人がいる。そちらの記事を読むといい。
  → インターネットは核攻撃を想定して開発されたという誤った俗説
 上に詳しい話があるので、それを読めば済む。私としては、記事の紹介をするだけに留める。
 ともあれ、よく知られた俗説にも、間違いはけっこうあるものだ。現在でも、この俗説(間違い)を信じている人が多いので、心に留めておくといいだろう。特に、本サイトはIT関係者の読者が多いので、留意しておくといいだろう。

 ──

 なお、この俗説がどう間違っているかはともかく、真実はどうであるかを、私なりに整理して記述しておく。(出典あり。基本情報はすべて Wikipedia による。)

 インターネットの技術開発には、軍も関与した。特に、初期においては、重大な貢献をなした。
 とはいえ、軍が開発のすべてを担った、というわけではない。
 世界規模のネットワークを生み出すきっかけを作った先駆者J・C・R・リックライダーは、そのアイデアを1960年1月の論文 Man-Computer Symbiosis で明らかにしている。
 1962年10月、ARPA局長ジャック・ルイナは新たに創設した部門である Information Processing Techniques Office (IPTO) の部長としてリックライダーを雇い、シャイアン山とペンタゴンとSAC本部にあったアメリカ国防総省のメインコンピュータ同士の相互接続を命じた。
( → Wikipedia

 その後、ARPA はどんどん技術開発をしたが、世界各国でも技術開発が進んだ。そこで、これらを統合して共通の通信規格を導入しよう、という案が推進された。これが今日のインターネットである。
 数々のネットワーク技法が乱立しており、誰かがそれを統合する必要があった。DARPAとARPANETのロバート・E・カーンは、スタンフォード大学のヴィントン・サーフを招き、二人でこの問題を検討した。
 1973年、彼らの改善案の基本が完成した。それは、ネットワーク毎のプロトコルの差異を共通のネットワーク間プロトコルで隠蔽し、ARPANETのようにネットワーク自体が信頼性を保証するのではなく、ホストが信頼性を保証するというものである。
 その結果生まれたプロトコルの仕様は RFC 675 -- Specification of Internet Transmission Control Program として1974年12月に発表された。その中で internetworking の短縮形として internet という語が初めて使われた。
 ネットワークの役割を必要最小限に低減させたため、どんなネットワークでも相互接続可能となった。
( → Wikipedia

 こうしてインターネットというものが発明されたことになる。
 ここで、上記の「DARPAとARPANET」というのは国防省の機関だから、「軍が開発した」というのも、あながち間違いではないかもしれない。とはいえ、「スタンフォード大学のヴィントン・サーフを招き、二人でこの問題を検討した」ということだから、軍と民間との二人三脚であったことになる。軍が単独で開発したことにはならない。
 また、軍が関与したといっても、あくまで「軍が資金提供をした」というぐらいのことでしかない。当時はすでに情報技術・通信技術の開発があちこちの政府機関でなされていたが、そのうちで最も資金が潤沢であった軍が担当した、というぐらいの意味でしかない。純粋な軍事技術として開発したというよりは、重要性が高いから軍が担当したという程度のことだ。基本的には、「軍事技術」というよりは「国家の基幹技術」という扱いであり、そのために最先端の民間技術者が登用されたわけだ。
 文中のロバート・E・カーンも、軍人だったのではなくて、ただの電気技術者であったが、「国家の基幹技術」の開発のために軍の組織に属していただけだ。
 さらに、次の話もある。
 Neil Randallが書いた「インターネットヒストリー」(O'REILLY)に、Larry Roberts の興味深いインタビューが載っています。彼はARPAからの予算で研究を開始したときのディレクターで、軍から資金を引き出した張本人です。この張本人が「通信技術の発展という観点から重要であるにもかかわらず、民間企業がどこもお金を出してくれないので軍にこの話を持ち込んだ。しかし、目は常に一般市民の方を向いていた」ということを言っています。
( → インターネットは軍事ネットワークだったのか?

 以上をまとめて言おう。
 インターネットは、軍事技術として開発されたのではなくて、国家の国家の基幹技術として開発された。ただし、その開発の担当機関が、軍の組織であった。もっとわかりやすく言えば、インターネットの開発には、軍の開発資金が使われた。そのせいで、組織上は、開発組織は軍に属していた。……それだけのことだ。

 なお、これをもって「インターネットは軍事技術として開発された」と表現するのは、話がおかしい。この理屈が通るなら、軍が料理のレシピを考案したのも、「このレシピは軍事技術として開発された」というようなことになる。具体例は、下記。
  → 海上自衛隊のカレーレシピ
  → 海上自衛隊の洋食レシピ
 これらのレシピは、自衛隊で開発されたものだ。では、これらのレシピは、軍事技術なのだろうか? もしそうなら、レシピ情報を漏洩した人は、「国家秘密漏洩」の罪で逮捕されるのだろうか?
 馬鹿馬鹿しいですね。 (^^);

 「インターネットは、軍事技術として開発された」という説は、それと同じぐらい、馬鹿馬鹿しい説なのである。

  → 冗談ページ

 【 追記1 】
 「核戦争対策として米国で軍が開発した」という説は、根本的に成立しないだろう。理由は、次のことだ。
 「核爆弾が 10発ぐらいならば、生き残りの通信網というものが意味を持つ。しかし、核爆弾が 1000発ぐらい到来したら、もはや都市は壊滅して、通信網はずたずたに分断され、残っているのは孤立した過疎地だけである。それらが点在するだけだ。点在する少数の通信網が生き残っていても、それはもはや通信網としては意味をなさない」
 そもそも、このような時点では、アメリカ合衆国民滅亡の状態になる。国民が滅亡した状態で、通信網だけが生き残っても、意味はない。
 「核戦争のあとでも合衆国は生き残れる」
 なんていう発想そのものが、根本的に狂っていると言えるだろう。そんな馬鹿げた発想をする人は、広島や長崎の写真でも見ればいいのだ。
  → 原爆の写真
 ごく小さな原爆でさえ、これだけの被害をもたらす。開発当時のソ連の核ミサイルがすべて襲来したら、その1万倍以上の被害がアメリカにもたらされる。そこにおいて「生き残り」の対策を考えるなんて、狂気の沙汰だ。「核戦争があっても十分に生き残れる」と思い込む、軍事的保守派の妄想だろう。認識が甘すぎ。

 【 追記2 】
 「インターネットは軍事技術として生まれた」
 というのは、よく考えると、ありえない話だ。
 というのは、当時すでに、民生目的の利用のための研究開発がなされていたからだ。
 一般に、通信という語で当時考えられていたのは、電信(モールス信号)とか、電話とか、そういう文字・音声の通信であったはずだ。とすれば、その時点で、通信というものには多大な民生利用がなされていたことになる。ただし、軍事利用での通信もあった。
 この時点で、通信をデジタル化して広範囲に適用することは、十分に考えられた。また、軍事目的では大きな実利があることも考えられた。それでも、民生利用の方でいっそう大きな実利があることは、自明であったはずだ。
 とすれば、インターネットを開発しているときには、「それが軍事目的にも民生目的にも使われる」ということは、自明であったはずだ。開発者は、「これは軍事目的にも民生目的にも多くの実利をもたらすはずだ」と信じていたはずだ。逆に、「軍事目的が主目的であって、民生目的なんかどうでもいい」と思っていた人は、一人もいないはずだ。
 とすれば、「インターネットは軍事技術として生まれた」ということは、およそありえない話なのだ。「インターネットは、軍事目的にも民生目的にも使われることが最初からわかっていた」と考えるのが妥当だろう。そのくらいの知恵は、当時の人にもあったはずだ。過去の人々を猿扱いするのは、やめた方がいいね。



 [ 付記 ]
 歴史の歪曲……という話題で、ついでに一つ。
 「飛行機を初めて開発した(成功した)のはライト兄弟だ」
 というのが、今日では常識である。とすれば、最初からその常識が通っていただろう……と思うだろう。だが、違う。
 当初はこの事実は隠蔽され、別のこと(虚偽)が「真実」として通っていた。人々が「真実」と思っていたのは、実は真っ赤な嘘だったのだ。というのは、当時、歴史は捏造されていたからだ。
 ライト兄弟(ウィルバー・ライト,オーヴィル・ライト)は、飛行機の開発に成功したのだが、その事実は歴史から抹消されていた。下記の通り。( Wikipedia から。)
 ライト兄弟の成功と飛行技術に関する特許取得は、飛行機が兵器として注目されていたこともあり、争いや妬みの対象にもなった。特に兄弟にあからさまな敵意を向ける2人の人物がいた。
 その1人はチャールズ・ウォルコットである。有人動力飛行に失敗したラングレーの後を継いでスミソニアン協会会長の地位に就いた彼は、民間人であるライト兄弟の偉業を決して認めず、スミソニアン博物館航空史に「ライトフライヤー号」を一切展示しなかった。
 もう1人はグレン・カーチスである。腕の良い飛行家だった彼は、航空会社を設立し、何かとライト兄弟と特許に関して係争した。しかし、冒頭の裁判所の判断もあり、ことごとく敗訴していた。
 カーチスはライト兄弟のパイオニアたる地位を否定すれば特許について有利な立場になれると考えていた。……実験結果を受け、ウォルコットは、スミソニアン協会年次報告に「初めて飛べる飛行機を作ったのはラングレー」との声明を発表、……国立博物館に展示した。
 すでに兄を亡くしていた弟オーヴィルは抗議したが、協会は一切無視、それどころか年次報告に執拗なまでに声明文を繰り返し掲載した。そのため、一般にも世界初飛行に成功したのはラングレーだと思い込む者が増えた。
( → Wikipedia

 スミソニアン協会会長が、歴史を歪曲して、ライト兄弟の業績を「なかったこと」にしてしまったのだ。歴史の抹消である。
 このことは、何十年かたって是正されたのだが、そのときにはすでに、ライト兄弟の兄は死んでしまっていた。兄は生きているうちには、世間から「飛行機の開発者」とは見なされなかった。どちらかと言えば、「飛行機の開発者でもないのに、そうであると詐称した、トンデモ野郎」というふうに批判されていた。
 何しろ、スミソニアン協会会長がライト兄弟の業績を否定していたのだ。こういう偉い人が何かを言えば、「偉い人の言うことが正しい」と思う人は多いだろう。
 今日でもそうだ。いわゆるトンデモマニアは、「偉い人の言うことに逆らうやつはトンデモだ!」というふうに批判して、異論を唱える人を攻撃する。
 こういうことは、歴史上、しばしば起こるのである。

 逆に言えば、そういうことがあるからこそ、ライト兄弟でもない人が「飛行機の開発者」と見なされることもあるし、「インターネットは軍事技術として開発された」と見なされることもある。
 世間には、虚偽というものが出回りやすいのである。(ググることもしない人が多いせいで。)
 
 とりあえず、下記の検索をクリックしてみて欲しい。
  → 「インターネット 軍事」 - Google 検索
  → 「ライト兄弟 スミソニアン」 - Google 検索
posted by 管理人 at 21:00| Comment(3) | コンピュータ_03 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
正しくは、
「Internet の基幹技術(=プロトコル)のいくつかは、最初、軍用ネットワークのために開発された」
です。
Internetが成り立つための基幹技術を理解できてない人がこれを聞くと、短絡して、Internetは軍用ネットワークのために開発された、と読むんでしょうね。
Internetは、最初からオープン化を目指したネットワークなので、基本クローズな軍用ネットワークとは相容れないです。使ってる技術は同じだとしてもね。
Posted by T.M. at 2013年12月27日 17:12
インターネット及び携帯電話の普及は「何かをアブリ出す目的」と思えてなりません、、、
Posted by 岡本奈生己 at 2013年12月31日 18:06
池上彰が今日の放送で
「インターネットは軍事技術として開発された」
と言い切っちゃってましたね。
ボードに書かれていたのは、ぎりぎり間違いじゃない表現だった気がしますが。
「インターネットは軍事ネットワークを元に開発された」だっけかな、書かれていたのは。少し違う気がしますがこんな感じの表現。
でもまぁ、無害な間違いなんであまり目くじらたてなくてもいいのかもしれません。
軍事技術がインタネットの成立に大きく貢献したのは事実ですしね。
Posted by T.M. at 2014年02月10日 22:25
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