2013年12月26日

◆ ネアンデルタール人との競合

 前項 の続き。 ネアンデルタール人との間では、生態的領域が重ならないので、棲み分け競合はないはずだ……とすでに書いた。それとは逆に、本項では「棲み分け競合があった」という見解を示す。(両論併記の形になる。) ──

 ネアンデルタール人との間では、生態的領域が重ならないので、棲み分け競合はないはずだ……とすでに書いた。抜粋すると、次の通り。
 ネアンデルタール人の絶滅はどうか? やはり棲み分け競合があったのだろうか? 
 いや、どうも違うようだ。というのは、ネアンデルタール人やホモ・サピエンスの生息領域はものすごく広大であり、かつ、当時の人口は非常に少なかったからだ。
 これでは、住む領域がほとんど重ならないので、棲み分け競合は起こらなかっただろう。ネアンデルタール人が絶滅した理由は、棲み分け競合とは別のことだったろう。(具体的には、病気。詳しくは上記項目。)
( → 種の絶滅は不適者絶滅(適者生存)?
 ネアンデルタール人と現生人類は、棲み分け競合をしていたはずがないのだ。人口は非常に少なく、広範囲に分布していて、顔を合わすこともほとんどなかったからだ。
   (中略)
 このような状況では、生態的領域を共有することはないから、棲み分け競合はなかったはずだ。そう結論できる。
 それゆえ、絶滅の理由の説明として、棲み分け競合を前提とした説明は、成立しないのである。
( → 生態的領域(棲み分け領域)

 以上のように記したのだが、よく考えると、逆のことも成立するはずだ。以下のように。

 ──

 そもそも、「棲み分け競合」をもたらす理由は何か? おそらく、「生態的領域における個体数の上限」であろう。
 たとえば、ライオンは肉食獣だが、やたらと個体数が増えることはできない。もし個体数が増えすぎたら、餌となるべき草食獣を食い尽くして、ライオンもまた絶滅することになるからだ。
 このように肉食獣の個体数には、(生態的領域のなかで)上限がある。それは草食獣の生息数によって制約される量だ。
 同様に、草食獣の個体数についても、上限がある。
  ・ その場所で産出される草の量
  ・ 捕食者によって食われる個体数

 こういうふうに、草の量捕食者が、制約条件となる。

 ──
 
 このように個体数の上限があると、生態的領域における棲み分け競合というのは、腕力による闘争などは必要ない。単に生存競争があるだけだ。(その意味では自然淘汰説に似ている。)
 そして、そのような形で「種の交替」が起こることになる。特に、(異なる種でなく)新種と旧種との間で、「種の交替」が起こることになる。(長期的な進化の過程の一部分と見なせる。)
 たとえば、象の進化についても、同様だ。象には、「生態的領域における個体数の上限」があるはずだ。そして、この上限までの範囲内で、「棲み分け競合」が起こることになる。つまり、「一方が増えれば、他方が減る」という関係になる。こうして、旧種から新種へという「種の交替」が起こるわけだ。かくて、象の祖先種はどれもこれも絶滅した。(新旧の共存のあとで。)

( ※ ここでは、自然淘汰説のように漠然と「環境への適応」という曖昧な言葉で済ませることはしていない。「生態的領域における個体数の上限」というような形で、はっきりと概念を明示する。そのことに注意。)

 ──

 以上のことを、ネアンデルタール人の絶滅にも適用できる。(ここからが本論だ。)
 ネアンデルタール人の絶滅について、次の見解が成立する。
 「ネアンデルタール人の個体数は、もともと急増することはなかった。せいぜい 1万5000人程度だった(出典転載 )と推定されている。このように上限があったのは、食料によって制約されていたからだ。つまり、狩猟となる対象の動物の量が限られていたからだ。(なお、捕食者は存在しなかったはずだ。ネアンデルタール人を食べる捕食者としては、虎などが考えられるが、欧州には虎はいなかったはずだ。)
 ネアンデルタール人の個体数は制限されていた。そこへホモ・サピエンスが到来した。ホモ・サピエンスは、ネアンデルタール人よりも、明らかに狩猟が上手だった。そのせいで、獲りやすい動物をどんどん獲っていったので、ネアンデルタール人にとっては、獲りやすい動物の数が減ってしまった。そのせいで、「生態的領域における個体数の上限」が低下してしまった。かくて、ネアンデルタール人は人口を減らした。(たとえば上限が 1.5万人から 1.0万人に減ると、それに応じて、人口が減ってしまった。)
 人口を減らすと同時に、棲息領域の面積も減らした。というのは、一人にとってやたらと広い面積があっても無意味だからである。(遠くまでは行けないからである。)こうして、個人ごとに一定範囲の面積を維持したまま(= 一人あたりの面積を増やせないまま)、その領域内における動物数が減っていった。その結果、しだいに摂取カロリーが減って、人口の維持がしにくくなった。
 こういう状況が続いて、ある程度まで人口が減少すると、それぞれの領域で、ネアンデルタール人の集団が孤立した。いわば、過疎地の村のようになった。あとは、近親婚などの影響で人口が増えにくくなり、ついには一挙に絶滅した」
( ※ 個体数がある程度以下まで減少すると、種の維持が困難となる。これは生物学的に知られている事実だ。遺伝子の多様性がなくなることなどが理由。)

 以上を簡単に言えば、こうだ。
 「ホモ・サピエンスが進出すると、領域内の動物をいっぱい獲られてしまって、食糧不足になった。そのせいで、ネアンデルタール人は、領域内で維持できる人口数が低下してしまった。かくて、どんどん人口が低下して、最終的には絶滅した」


 ここでは、「生態的領域における棲み分け競合」という概念が、広い意味では成立している。(食料の奪い合いによる食糧不足が原因。)
 ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは、直接顔を合わせることもほとんどなかったので、直接的には競合することは何もなかった。しかしながら、狩猟の対象となる動物類を共有していたという意味で、食料については棲み分け競合があったことになる。つまり、直接的な棲み分け競合はなくとも、間接的な棲み分け競合があったことになる。
 その意味では、広い意味での棲み分け競合によって、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスとの競合に敗れて絶滅した、と言えそうだ。そういう見解は、成立するだろう。
 それゆえ、ここに書き留めておいた。新たな見解として。

( ※ これは「病気のせいで絶滅した」という説とは、別の説。両論併記の形にしておく。どっちが正しいかは、私としては何とも決めがたい。なお、両方が同時に成立することもあるので、矛盾というほどでもない。)
 


 【 追記 】
 ただし、あとでよく考えると、この説は成立しがたいようだ。というのは、いくらホモ・サピエンスが進出したからといって、欧州の動物をすべて獲り尽くしてしまったはずがないからだ。(ホモ・サピエンスの人口だって少なかったから、動物を獲り尽くすほどの人口ではなかった。) つまり、ネアンデルタール人だって十分に動物を獲れたはずなのだ。
 上記の新説のように、ホモ・サピエンスの進出にともなってネアンデルタール人の人口が減ることはあっただろう。だが、その程度は、せいぜい1〜2割程度だっただろう。ネアンデルタール人が絶滅するほどの影響はもたらさなかっただろう。
 ネアンデルタール人にしても、動物を獲れなくとも、川や海辺の魚介類や魚を獲ることができたはずだから、食糧不足で絶滅することはなかったはずだ。また、動物以外に、果物を食べることもできたはずだ。
 いろいろ考えると、本項の新説は、「ネアンデルタール人の絶滅」を説明するには、根拠不足だ。
 やはり、「生態的領域における棲み分け競合はなかった」と見なす前項の方が、正しかったように思える。



 【 関連項目 】

 → 知的な書評ブログ 「捕食者なき世界」
   捕食者の生態的な意義を解説する本。その書籍紹介。
posted by 管理人 at 18:48| Comment(2) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に 【 追記 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2013年12月26日 21:12
管理人さん、新年おめでとうございます。今年も興味深いテーマを期待しています。

>ネアンデルタール人にしても、動物を獲れなくとも、川や海辺の魚介類や魚を獲ることができたはずだから、
>食糧不足で絶滅することはなかったはずだ。また、動物以外に、果物を食べることもできたはずだ。

 ネアンデルタール人の絶滅のテーマは謎めいており、興味深いですね。
 2万年前頃に絶滅とすれば、気候的には、10万年前から始まった寒冷化が最悪になった時期です。
ネアンデルタール人およびホモ・サピエンスが、環境を変えていき(獲りやすいものは減っていく)、それまで
の生活スタイルでは行き詰まる頃に、厳しい寒冷化が襲ってきた。どうするか?

 Solecki博士らが調査した、イラクのShanidar洞窟でのネアンデルタール人の人骨9体は、6〜8万年前と推定
されています。川の近くのSapna谷にある立派な洞窟は、天然の住居として利用された。しかし、北緯30度帯は、
ハドレー循環の下降域で乾燥地帯(バクダッドの年降水量は150mm程度)。深い森はなく、背が低い木がまばら
に生えている。もし、川魚の漁を熱心にやれば食料不足を補完できたかも知れない。しかし、魚はいても簡単には
捕れない。専用の道具の発明が必要。
 6万年前頃、寒冷化が一時止まり、暖かくなったので、ネアンデルタール人はShanidar洞窟を放棄し獲物を求め
て北上したと推測される。環境が変わると適用力が問題となる。しかも、新天地にはホモサピエンスもいた。
 そして、5万年前頃から再び寒冷化が進行し始める。

 衣食住が重要。寒冷化から身を守るには、住居、衣服に創意工夫が必要。片面開放の洞窟は寒く、場所も制約。
家屋を作ること、毛皮のコート等を作ることができるかできないかは、生存可能性を左右する。過酷な冬季を食い
つなげるか? 2週間食べるものがないと死ぬ。やはり保存食を確保することは必須。農耕以前では、肉や木の実
等を保存し、計画的に食べれるか? 牧畜ができるかどうか? ヤギやウシならミルクも採れる。肉は欲しいとき
にとれる。

 新しい生活スタイルを生み出せる学習能力の差異が、ホモサピエンスとネアンデルタール人との命運を分けたの
ではないでしょうか。
 ネアンデルタール人はサルに戻れば、森に逃げ込んで生き延びることができた。なまじ人間になったため、創意
工夫が要求される事態に追い詰められ、ひと工夫の壁が越えられず投了となったのかも。
Posted by 思いやり at 2014年01月01日 17:57
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