ネアンデルタール人が絶滅したのは環境の変動が理由だ、という主張がある。次の書籍だ。
そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史
この本は、朝日の書評 (朝刊 2013-12-22 )で紹介されていた。
私は買って読んだわけではないのだが、そこにある紹介を読んだ上で、ネット上の書評も読んだ。
→ 書評 1
→ 書評 2
以上で簡単な内容はわかったので、それを元に私の見解を述べる。
──
(1) 環境の変動への不適応
著者が述べている基本は、次のことだ。
「環境の変動があり、それに対してネアンデルタール人は適応できなかったが、ホモ・サピエンスは適応できた。だから、前者は滅びたが、後者は生き残った」
これはダーウィン流の自然淘汰説そのまんまである.いかにも正しそうだが、とうてい支持できない。
その理由は、次項だ。転載しよう。
環境の変動は、特定の種の絶滅の理由としては、不適切だ。環境の変動は、多くの種に影響するのだから、特定の種だけが絶滅する理由にはならない。
たとえば、ネアンデルタール人の絶滅の理由を、環境の変動だと決めつけることはできない。なぜなら、環境の変動がネアンデルタール人だけを絶滅させることはありえないからだ。当然ながら、他の多くの種の絶滅に影響するはずだ。なのに、環境の変動のせいでネアンデルタール人だけが絶滅した、というのは、あまりにも不自然だ。
( → 種の絶滅と環境 )
本書の著者は、気候の寒冷化が「ネアンデルタール人の絶滅の理由だ」としている。しかし、ネアンデルタール人というのは、当時の生物では、(ホモ・サピエンスを除いて)最も知能が発達した生物だ。それほどの高度な生物が、ちょっと気温が下がったぐらいで絶滅することなど、とうていありえない。
そもそも、ネアンデルタール人は、アフリカにいる原人の一部の子孫が北方に進出したものである。とすれば、北方に進出した時点で、寒さには適応できていたはずなのだ。その理由は、たぶん、(毛皮などの)衣服と、火であろう。これらによって、気温低下への対抗力を備えていた。とすれば、ネアンデルタール人は、当時の生物では、最も気候変動に強かったはずなのだ。それが少しぐらいの気温低下(平均気温で3〜4度程度)で絶滅したとは思えない。
( ※ 地球寒冷化というのはその程度の気温低下にすぎない。 → 過去の気温変動のグラフ )
(2) 寒冷化の時期との不一致
地球が寒冷化した時期と、ネアンデルタール人が絶滅した時期は、同じではない。
・ 地球寒冷化( or 気候変動)の時期 …… 5.5万年前
・ ネアンデルタール人が絶滅した時期 …… 2.4万年前
両者は一致しないので、因果関係はないはずだ。この件は、前に詳しく述べた。
→ ネアンデルタール人の絶滅 の (*)
(3) トバ噴火の時期
現生人類が生き延びたのは、トバ噴火の時期にインドにいたからだ(だから地球寒冷化の影響を受けなかったのだ)と著者は述べている。
我々は「適切な時期に適切な場所にいる」という幸運に恵まれたのだ。
現生人類にとっての「適切な時期の適切な場所」とは、まさしくトバ噴火の直後にインドにいたことを指す。気候の悪化によりインドのサバンナが消失しはじめたころ、新しいサバンナが南東へと広がった。ある場所ではサバンナを乾いた荒野に変えた気候変動が、別の場所では熱帯雨林の縮小を促すことになり、運良くオーストラリアに辿り着くことが出来たのだ。
( → 書評 1 )
これはおかしい。
(i)トバ噴火の時期(7万年前)に、多くの生物が絶滅した、という証拠はない。学説としてあるのは、「遺伝子の変異量(分布量)から見ると、人類は個体数が激減した時期があったはずだ」(ボトルネック効果)という推定があるだけだ。多くの生物種が激減したというデータはない。あやふやな仮説に基づいた推論があるだけだ。
(ii)仮に、トバ噴火の時期に、多くの生物が絶滅した、としたら、その時期にネアンデルタール人も絶滅していたはずだ。しかし現実には、ネアンデルタール人は 2.4万年前まで生き延びた。矛盾。
(iii)トバ噴火の直後にインドにいたのが人類の祖先だとしたら、人類の祖先は人種的に(インドにいた)古モンゴロイドだったことになる。しかしこれは、人類の人種的な展開という学術成果に明白に矛盾する。(詳細は → 人類の進化(総集編) 2 )
(4) 人類の大移動
すぐ上のリンクには、人類の大移動の過程が示されている。
人類は比較的短期間(数万年間)のうちに、ユーラシア大陸を横断して、ベーリング海峡を越えて、南アメリカ南端まで達した。それは長大で困難な過程だった。
一方、著者は次のように考える。
これまでの研究が、現代の国境線や地理的区分に囚われすぎているのではないか、と批判します。たとえば、アフリカ北東部は現生人類(ホモ=サピエンス)の起源地として有力視されていますが、そこから現在のモロッコ領であるアフリカ北西部まではたいへん長い距離となるのに、現生人類の「出アフリカ」と比較して、現生人類のモロッコへの進出は軽視されている、と批判します。アフリカ北東部から現在のモロッコ領であるアフリカ北西部までの距離は、アフリカ北東部からインド半島(インド亜大陸)東部までの距離に匹敵します。
( → 書評 2 )
しかしこれは、著者が人類の移動について無知であるからだろう。
人類は、上記のように、多大な移動をなしてきた。それに比べれば、「スエズ地峡からモロッコまで」という進出は、地中海沿岸の穏やかな領域を、海辺伝いに進むだけだから、きわめて容易だったはずだ。実際、たいしたことはなかったはずなのだ。
(5) ホモ・フロレシエンシス
著者は、ホモ・フロレシエンシスを「初期人類の末裔」というふうに評価している。
本書では、人類の拡散にさいして、制限要因となったのは生物相・気候よりも水の確保だろう、との見解を提示しています。
本書はその根拠として、更新世フローレス島人(ホモ=フロレシエンシスと分類するのが主流です)を挙げています。更新世フローレス島人は、その原始的特徴からアウストラロピテクス属から進化したと考えられ、350万年前以降にアフリカからアジアへと進出したのではないか、というわけです。その後、鮮新世後期の寒冷化と森林の縮小によりそうした初期人類は孤立し、早期に絶滅するか、更新世フローレス島人のように更新世末期まで孤島で細々と生き延びたのではないか、いうのが本書の見解です。
( → 書評 2 )
この場合には、ホモ・フロレシエンシスは、ホモ・エレクトスからネアンデルタール人やホモ・サピエンスへと連なる人類の進化とは別系統をたどっていた、ということになる。
しかし、ホモ・フロレシエンシスは、ホモ・エレクトスの一種だろう、というのが、私の判断だ。そして、この判断は、近年では次々と裏付けられている。下記項目を参照。
→ ホモ・フロレシエンシス
→ フローレス原人の祖先はジャワ原人か
このような最新的な研究報告があるのだが、著者は知らずにいるらしい。
(6) 真相
では、ネアンデルタール人の絶滅の理由は、何か? 真相は、何か? 私は、次のように考える。
(a) 共通の伝染病
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、ほぼ同一種であるがゆえに、同一の病気に感染した。特に、ホモ・サピエンスに感染した病気が、ネアンデルタール人に感染した。そのせいで、ネアンデルタール人は、病気の感染で絶滅した。
→ ネアンデルタール人の絶滅
(b)家畜の病気
なぜ、病気の経路は、
ホモ・サピエンス → ネアンデルタール人
だったのか? なぜ、その逆ではなかったのか?
それは、ホモ・サピエンスの感染した病気というのが、ホモ・サピエンスの飼育していた家畜から感染した病気だからだ。特に、インフルエンザが有力だ。豚や鳥とは言わないが、犬を含めて、ホモ・サピエンスはいろいろと家畜を飼っていたのであり、その家畜から、いろいろと病気が感染した可能性が高い。
この「家畜」という観点からすると、ネアンデルタール人の絶滅が比較的近年(2.4万年前)であったことも、説明が付く。このころに人類は家畜の飼育を始めたのだろう、と推定すればいいからだ。
→ ネアンデルタール人の絶滅
(c)衛生観念
家畜から病気をもらうとして、どうしてネアンデルタール人だけが滅んで、ホモ・サピエンスは滅びなかったのか? それは、衛生観念の有無による。
ホモ・サピエンスは衛生観念があったから、食料の水洗いや、加熱や、日干しなど、いろいろと雑菌を取る手間を取った。一方、ネアンデルタール人は、衛生観念がなかったから、生肉や腐肉を食べて、雑菌から食中毒や伝染病という病気にかかって死んだ。
( → ネアンデルタール人の絶滅 2 )
以上の (a)(b)(c) が、私の考えだ。これならば、2.4万年前にネアンデルタール人が急激に滅びたことを、うまく説明できる。
なお、この理由は、「環境の変動」ではない。「人類の進化」が理由である。(脳が発達して衛生観念を持つようになったこと。)
一般に、似たような種の一方が進化すると、他方は絶滅してしまう、ということは、しばしばある。そして、この場合には、その競合する2種のうちの一方だけが絶滅することになる。特に環境の変動などはなくとも。
次項でも述べるが、何でもかんでも「環境の変動のせいだ」というふうに決めつけるのは、ダーウィニズムの信者の悪いところである。それはほとんど宗教的な思い込みだ。
生物の進化や絶滅には、さまざまな複雑な要因が絡み合う。「環境の変動のせいだ」というふうに馬鹿の一つ覚えみたいに唱えるのは、あまりにも単細胞であり、視野狭窄であり、非科学的である。生物学者ならば、もっと生物学的に、多様な面から生物を理解するべきだ。「環境の変動のせいだ」というふうに、地質学者みたいに主張するのは、生物学者としては好ましいことではない。
[ 付記 ]
書き忘れたが、朝日の書評には、次の趣旨の話があった。
「欧州では森林が減って、平原が増えたから、森林に適応していたネアンデルタール人の住む場所がなくなったのだ」
引用すると、こうだ。
著者が用いたのが気候変動と環境変化というより大きなダイナミズムだ。
森林に暮らしていたネアンデルタール人は筋骨を発達させ、大型動物を狩るのに適した体型になっていった。ところが当時の地球は寒冷乾燥化が進み、平原が広がり始め、彼らの居住域である森林が狭くなっていった。しかしその変化が逆に現生人類にはプラスに作用する。我々の体はしなやかで持久力に富んでいたため、平原での狩猟にも対応できたという。
( → 朝日の書評 )
だが、これはとんでもない勘違いだ。次の項目を見るといい。
→ 開墾による森林消失
ここに、次の二つの図がある。
* 8000年前
* 現在
見ればわかるように、欧州で森林が消失していったのは、8000年前以後のことだ。つまり、比較的新しい時代になってからのことだ。ネアンデルタール人の絶滅した 2.4万年前には、まだまだ森林は豊かだったのである。
→ 地球環境の変化(緑地減少)を画像で見る
この項目の後半に、欧州の画像がある。ひどい森林破壊がある、とわかるだろう。それは、ほとんど「森林を丸裸にする」というような、森林の破壊行為だった。
とはいえ、欧州で森林が消失したのは、人類が森林を焼き払って耕作地にしていった時代のことだ。それは比較的新しい時代のことだ。
著者は、次のように考える。
「ネアンデルタール人は、森林で狩猟生活をしていた。だが、森林の減少にともなって、狩猟がうまくできなくなって(森林に存在する獲物が少なくなって)、絶滅した」
しかし、「森林の減少」は、ネアンデルタール人が絶滅してから、はるかに後の時代のことだったのだ。
ゆえに、「森林の減少」がネアンデルタール人の絶滅の理由になった、というような理屈は、成立しないのである。
[ 付記 ]
本項では、一冊の書籍についての講評を加えた。ただし、「これを買え」という趣旨ではない。(むしろその逆。)
どうせ買うならば、次の書籍がいい。
和書 洋書
人類の進化 大図鑑 Evolution: The Human Story
この本についての講評は、次の項目で記した。
→ ネアンデルタール人の顔
( ※ 顔の復元模型が素晴らしい、という趣旨。)