2013年12月19日

◆ 女性に更年期があるのはなぜか?

 女性には更年期がある。これは自分の遺伝子を増やすためには不利である。ではどうして更年期があるのか? ──

 女性には更年期がある。閉経にともなって、更年期障害が起こる。これは不思議だ。
  ・ 閉経(出産停止)は、自分の遺伝子を増やすためには不利だ。
  ・ 更年期障害が常に起こるのは、生存のためには不利だ。

 つまり、子孫のため(遺伝子のため)にも、自分自身のためにも、閉経は不利である。そんなもの(不利なもの)は、本来ならば生物には備わっていないはずだ。
 なのになぜ、それらの形質は、進化の途上で淘汰されずに、残ってきたのか? つまり、それらの形質が備わっていない個体が生き残ってしかるべきなのに、どうしてそれらの形質が備わっている個体の方が生き残ったのか? 
 これは進化論上の謎だ。そこで、この謎を考える。


  【 注 】 長文です。原稿用紙換算 70枚。ご注意。



 0. 問題提起


 まず、この問題の発端となったのは、次のページだ。
  → 女性に更年期が存在する進化的な理由を解明英文
 ここでは冒頭部で、次の疑問が掲げられている。
 ヒトはその生存期間の途中で女性が閉経を迎え繁殖を終えるという、哺乳類の中でも特異な生活史を持ちます。閉経の存在は、自分の娘の子育てを手伝うための適応であると説明されてきましたが、およそ10年間に渡って女性を苦しめる更年期が存在する進化的な理由は謎のままでした。

 さらに、次のように説明している。
 生物を広く見渡した時に、死亡を待たずして繁殖をやめてしまう種は非常に稀です。ヒトでは女性が50歳前後に閉経を迎えますが、同じ哺乳類で閉経の存在が知られているのはゴンドウクジラとシャチだけです。進化では、より多くの子を残すことを可能にする性質ほど広まりやすいと考えられるので、閉経のように子を減らすことにつながる性質は、一見進化的には不利であるように思われます。そのため、閉経が存在する理由を解明しようと多くの研究がなされてきました。
 ヒトの閉経を説明する最も有力な仮説に「おばあさん仮説」があります。これは、高齢の女性が自分で子を生むよりも、娘の子育てを手伝い孫の成長や生存に貢献するほうが遺伝的な利益が大きいので閉経が進化したとする考えです。おばあさんは子育ての経験と知識に優れるので、子育てに加わることで未熟な状態で生まれてくるヒトの乳児の生存率を大幅に改善する効果があったと考えられます。
 しかし、おばあさん仮説で説明出来ない現象があります。それが女性の更年期症状です。女性の閉経前後には更年期が約10年間存在し、この時期には多くの女性が体のほてりや動悸といった身体的症状、不眠や気分の落ち込みといった精神的症状に悩まされます。閉経が子を多く残すための進化の産物であるとしたならば、なぜ長く苦しい更年期が存在するのでしょうか?速やかかつ穏やかに閉経を迎える性質はなぜヒトで進化しなかったのでしょうか?

 以上のように、謎がある。この謎に対して、上記ページでは「解決した」と主張しているが、その件はあとで論じよう。今はとりあえず、この謎を問題提起として示しておこう。

 1.基本


 まずは、基本だ。更年期障害とは、どのようなものか? Wikipedia から引用しよう。
 概要
 閉経(50歳前後)の女性が、エストロゲン欠乏による心身の不調(ほてり・のぼせなどの血管運動神経症状)を有していると言われている。医師により「更年期障害」と診断される人は、更年期女性の2−3割とされている。

 原因
 女性は閉経期前後になると卵巣機能が低下し、卵巣から分泌される女性ホルモンの一つである卵胞ホルモン(エストロゲン)の量が減少することにより起こる。

 症状
自律神経失調症様の症状、脈が速くなる(頻脈)、動悸がする、血圧が激しく上下する、腹痛、微熱、そのほか女性の場合はホットフラッシュ(ほてり・のぼせ)、多汗、頭痛、めまい、耳鳴り、肩こり、不眠、疲労感、口の渇き、のどのつかえ、息切れ、下痢、便秘、腰痛、しびれ、知覚過敏、関節痛、筋肉痛、性交痛、生理不順など。男性の場合は勃起不全(ED)といった生殖器症状が出現する。
 精神症状
 ヒステリー情緒不安定やイライラ、抑うつ気分など精神的な症状が現れることも多い。いずれも心身症の様相を呈することが多く、症状の強弱には精神的要素が大きくかかわってくる。
( → Wikipedia

 このように、いろいろと不都合なことが発生する。思いやりのない男性だと気づかないことが多いが、女性にとっては大変なことなのだ。なのになぜ、こういう不都合な形質が女性に備わっているのか? 

 2.生理的な機構


 更年期障害が女性に備わっている理由はともかく、それが発症する過程(生理的な機構)については、かなりわかっている。引用しよう。
 閉経が近づくと卵巣からの女性ホルモン(エストロゲン)の量が減りますが、体はけなげに、この変化に何とかついていこうと頑張ります。つまり、脳は「エストロゲンを出しなさい」という指令を出しつづけようとするのです。ところがそもそもの卵巣の機能が衰えているので、頑張ってもエストロゲンは増えません。
 すると、この過程で体が混乱してしまいます。特に女性ホルモンの脳の司令塔(視床下部)は自律神経のコントロールにも関わっているので、いわゆる『自律神経失調状態』の症状が強く出るといわれています。実は、このとき表れる症状が一般に『更年期障害』と呼ばれているものです。

 つまり、閉経前後の女性の変化は以下のしくみで進むわけです。
 1、閉経前後
 2、卵巣機能の低下→女性ホルモン(エストロゲン)の分泌の低下
 3、脳と体の食い違いで混乱=更年期障害
 4、 副腎からの女性ホルモンの分泌と、男性ホルモンの女性ホルモン転換が始まる。
 5、体がその移行(変化)に慣れてくる=更年期障害が収まる
( → 女は早く終わった方がいつまでも艶っぽい!?
<更年期はなぜ起きる?>
● 脳の視床下部からすぐ下にある下垂体を刺激するゴナドトロピン放出ホルモンが放出される。視床下部は卵巣ホルモンを調節するはたらきがある

● 下垂体からゴナドトロピンが分泌され、卵巣に対し、卵巣ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の分泌を促す

● 更年期に入ると、卵巣が老化し、卵巣ホルモンの分泌が減少する。すると、視床下部や下垂体から卵巣ホルモンの分泌を促す指令が出るが、だんだん応えられなくなり、視床下部が「なんとかしなくちゃ!」と興奮する

● 視床下部の近くには自律神経を調整している中枢もあり、視床下部が興奮すると自律神経にも影響が出る。すると、自律神経失調症に似た症状(のぼせやほてり、発汗、頭痛、イライラなど)が更年期の症状として現れる
( → 更年期障害とは?

 二つの記事を引用したが、どちらも同じようなことを記している。
  ・ 肉体は自然に、卵巣ホルモンの分泌の減少が起こる。
  ・ 脳(など)は、対応して、卵巣ホルモンの分泌を促す。
  ・ その脳の働きの副作用で、バランスの崩れが起こる。
  ・ これが症状として表れると、更年期障害となる。


 では、これで説明されたのだろうか? いや、そうではない。
 上記の説明では、「不都合な症状が発生する機構」はわかった。だが、それがどうして多くの女性に備わるのかはわからない。
 上記の説明は、一種の「病気の説明」だ。しかし、「病気」であれば、ごく少数の例外的な人だけに発症するはずであり、大多数の女性に発症するはずがない。しかるに現実には、更年期女性の2−3割が発症する。( 上記 Wikipedia )
 しかも、それは病的なほどひどい場合だけだ。もっと軽度のものであれば、大半の女性が発症する。
 自律神経性更年期障害の代表的なものは、ホットフラッシュ(顔ののぼせ、ほてり)、発汗などの症状です。ホットフラッシュは閉経女性の40〜80%に認められ、1〜数年間続き、長期にわたる場合もあります。しかし、そのうち治療を要するものは25%とされています。
 精神症状としての憂うつは、閉経女性の約40%に認められています。また、最近の調査では、日本の更年期女性の特徴として、ホットフラッシュよりも肩こりや憂うつを訴える頻度が高いことがわかっています。
( → 更年期障害 - goo ヘルスケア

 明白な(治療を要するほどの)症状でなくとも、「つらい思いがする」という程度であれば、大半の女性に症状が発生するのだ。こうなると、もはや「例外的な病気」というふうに済ませるわけには行かない。
 むしろ、「更年期障害は女性にとっては本質的に備わっている形質」と見なす方がいい。
 ではなぜ、不利である形質がわざわざ備わったのか? 大いなる疑問となる。
( ※ つまり、「発症の機構を解明する」という従来の方針では、根本的な理由がわからない。)

 3.遺伝子的な機構


 そこで、今回の新たな研究が出た。これを紹介しよう。
 研究チームは進化の数理モデル(補足1)を用いてこの血縁関係の歪みが閉経のタイミングに及ぼす影響を理論的に調べました。すると実際の閉経前後において、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が逆の機能を発揮しようとする時期が存在することが分かりました。研究チームはこれが更年期であると考えたのです。
 更年期より前では、娘が保持する両親由来の二つの遺伝子はともに娘に自ら繁殖するよう促します。反対に更年期より後では、これら二つの遺伝子はともに娘に繁殖の終了を促します。しかしながら更年期では、遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする結果、この二つの遺伝子は娘に対し相反する命令を出すことが予測されます。父親由来の遺伝子は閉経を促します。これは父親由来遺伝子を共有する個体が周囲に沢山いるので、自らの繁殖を止め、そのような近親者の子育てを助ける方が得だからです。反対に母親由来の遺伝子は繁殖の続行を命じます。なぜなら母親由来遺伝子を共有する個体は周囲にあまりいないので、閉経して他者の子育てに加わることは損だからです。どちらの親由来かによって相同な遺伝子の働きが異なるこのような現象をゲノム刷り込みと呼びます。
 研究チームは、二つの遺伝子が異なった命令を出した場合の帰結をゲーム理論(補足2)のモデルで予測しました。その結果は、二つの遺伝子の対立が原因となって女性ホルモン量が大きく振動するというものでした(図2)。事実、更年期における女性ホルモン量の不安定な乱高下が、更年期症状の一因であることはよく知られています。
( → 研究報告(前出)

図2    
kounenki.jpg

  ※ 以上は、一部抜粋である。詳しくは、原文を読んでほしい。

 さて。この研究報告は、妥当だろうか? 私の評価は、こうだ。
 「原理を説明する数理モデルは、まったくの間違いだ。ただし、乱高下が発生するという指摘だけは、妥当だ」
 この件について、以下で説明しよう。

 4.進化論的な理由?


 (i) 自分の遺伝子
 研究報告は、次のように述べる。
 父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子が逆の機能を発揮しようとする時期が存在することが分かりました。研究チームはこれが更年期であると考えたのです。
 更年期より前では、娘が保持する両親由来の二つの遺伝子はともに娘に自ら繁殖するよう促します。反対に更年期より後では、これら二つの遺伝子はともに娘に繁殖の終了を促します。しかしながら更年期では、遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする結果、この二つの遺伝子は娘に対し相反する命令を出すことが予測されます。

 ここでは、「遺伝子それぞれが自らのコピー数を増やそうとする」という文言がある。これは、ドーキンスの言う「利己的遺伝子説」の発想だ。つまり、「生物は自分の遺伝子を増やそうとする」という発想だ。
 しかし、「利己的遺伝子説」は学界の定説ではない。特に、そのうちの「自分の遺伝子」という説は、完全な誤りであることが証明されている。
  → 自分の遺伝子 1 (シリーズの1回目)
  → 自分の遺伝子 5 (結論) 《 重要 》
 要するに、ドーキンスの言うような「自分の遺伝子」なんていうものは、存在しない。「血液型がA型となる遺伝子」とか、「鎌形赤血球の遺伝子」とか、具体的に明示できる遺伝子ならば存在する。しかし、「自分の遺伝子」なんていうものは、存在しないのだ。
 たとえば、「血液型がA型となる遺伝子」をもっている人がいて、「血液型がA型となる遺伝子は、自分の遺伝子だ」と主張したところで、ナンセンスである。それは、彼の父(または母)の遺伝子でもあるだろうし、別の先祖の遺伝子でもあるだろうし、逆に、彼の子孫の遺伝子でもあるし、はたまた、彼とはほとんど無関係の他人(どこかのアフリカ人)の遺伝子でもある。このような遺伝子を「自分の遺伝子だ」と主張したところで、ナンセンスでしかない。(遺伝子単体でなく、遺伝子セットだ、と主張しても同様である。 → 個体は遺伝子の乗り物か?

 というわけで、「自分の遺伝子」なんていうものは、ナンセンスである。そのことは、ドーキンスによる血縁淘汰説の説明が破綻していることからもわかる。
  → 血縁淘汰説 [ 核心 ]
  → [補説] ミツバチの利他的行動 2
 そして、間違った原理である「自分の遺伝子」なんていうものに頼って説明している限り、その説明もまた間違ったものとならざるを得ない。前提が間違っているならば、「親亀こけたら皆こけた」「砂上の楼閣」となるしかない。科学としては当然のことだ。
( ※ なお、仮にたまたま結論だけが正しいとしても、それは偶然の一致に過ぎず、科学的な根拠は皆無である。 → 項末の「補説」を参照。)

 (ii) 振動の存在
 振動の存在を指摘していることは、重要だ。
 ただし、ここで大切なのは、「振動が現実として存在している」ということだけだ。このことは、今回の研究報告とは何の関係もない、ただの科学的な事実である。
 一方、今回のモデルが振動を示していることは、それはそれなりに興味深いが、だからといって、今回のモデルが妥当だということを意味しない。
 実際、振動を起こすようなモデルなら、このモデル以外に、いくらでも思い浮かべることができるだろう。一般に、反対方向に働く力が二つあって、それらに(フィードバックによる)せめぎあう力が働けば、振動が起こるのは当たり前のことだ。
 今回のモデルは、単に「反対方向の力が働く」ということを示しているだけだ。そして、そのことは、今回のモデルに頼らなくても、従来の知見で、もともとわかっていたことなのである。
( ※ 詳しくは前出の視床下部の話を参照。)

 (iii) 理由になっていない
 振動の理由を、遺伝子間の競争というモデルで説明しても、説明不足である。なるほど、そのモデルは、発症のメカニズムにはなるだろう。しかし始祖のことは、従来のモデルでも同様だ。(すぐ上に述べた通り。)
 問題なのは、その(反対方向の作用をもつ)ペアが存続したことだ。つまり、今回のモデルは、
 「その遺伝子構造があれば発症すること」
 を示すことはできるが、
 「その遺伝子構造がなぜあるのか」
 を示すことはできない。
 仮に、論者の主張がすべて正しいとしても、
 「どうしてこの遺伝子に限り、このような遺伝子構造があるのか」
 を説明できていない。ゲノム刷り込み(= ゲノム・インプリンティング)によって発症する、というふうに構造を説明することはできても、
 「なぜそのような特殊な構造が備わっているのか? なぜそのような構造が消えずに残っているのか?」
 という肝心の点については、何も説明できていない。「自分の遺伝子を増やすため」という奇妙な(間違った)前提を取るにしても、何も説明できていない。
 この研究報告が説明しているのは、
 「こういう原理があると仮定すれば、発症した理由がわかる」
 というものだ。しかしそこでは、
 「こういう原理がなぜ備わっているのか」
 という肝心の点について、何も説明できていない。

 (iv) ゲノム刷り込み(ゲノム・インプリンティング)

 ついでだが、ゲノム刷り込み(ゲノム・インプリンティングについては、別項で詳しく論じた。
  → 異種間交雑が起こりにくい理由(ゲノム・インプリンティング)
 ここでは、「ゲノム・インプリンティング」として、「哺乳類に備わっている安全装置が働かないこと」(父親の染色体と母親の染色体が 1セットずつ正常に揃わなければ発生できないよう、安全装置が働かないこと)を示している。
 一方、今回の「ゲノム刷り込み」は、それとは少し違っていて、別のエピジェネティック的な効果のことを言っているようだ。文中では、次のように表現されている。
 ヒトは父親と母親から遺伝子を一つずつ受け取りますが、父由来か母由来かによってその働きが変わる場合があり、この現象はゲノム刷り込みと呼ばれています。

 普通のゲノム・インプリンティングは、個体発生に関わるもの(胎児期のみに発現するもの)であるが、今回の研究報告におけるゲノム刷り込みは、女性の更年期にのみ発現するものであるようだ。かなり事情は異なる。
 
 ただ、このような新種のゲノム・インプリンティングが実際に起こっているかというと、かなり疑わしい、というのが私の評価だ。
 ただのエピジェネティック的な効果であれば、いろいろと広範に見られる。たとえば、先の 恐怖の遺伝 でも、エピジェネティック的な効果が話題になった。
 とはいえ、普通のゲノム・インプリンティングは、進化に関わるかなり根源的な大規模な現象である。それは哺乳類について「進化の大爆発」という壮大な結果をもたらした。そのように巨大な影響力を発揮するものに比べて、「女性の更年期障害を発生させるため」にゲノム・インプリンティングという機構が備わったというのは、あまりにもみみっちい話であり、比較にすらならない。
  ・ 片や、圧倒的なプラス効果
  ・ 片や、小さなマイナス効果

 前者は、普通の遺伝子を圧倒的に上回る莫大なプラス効果であり、後者は、普通の遺伝子の1個ほどのプラス効果もなく、かえってマイナス効果があったことになる。
 これほどにも違うことが、同様の原理から発生したとは、とうてい信じがたい。
     【 注記 】
     今回の研究報告の記述には、おかしなところがある。
     「どちらの親由来かによって相同な遺伝子の働きが異なるこのような現象をゲノム刷り込みと呼びます」
     と記しているが、これは誤解だろう。ゲノム刷り込み(ゲノム・インプリンティング)とは、
     「どちらの親由来かによって相同な遺伝子の働きが異なること」
     ではなくて、
     「どちらの親由来かによって相同な遺伝子の一方が働かなくなること」
     である。父親由来か母親由来か、その違いによって一方だけが働かなくなる。そういうことだ。働き自体は、どちらも同じであり、単に ON-OFFの違いがあるだけだ。
     なのに、今回の研究報告の記述では、異なる働きがあるように記されている。これではまるで、別の遺伝子になってしまっているようだ。とんでもない勘違いだろう。

 5.自然淘汰説


 結局、今回の研究報告は、学説としては(原理的に)破綻しているし、また、「なぜ?」という疑問には答えていない。単に、「モデルを出したら、振動が説明できました」と言っているだけだ。しかも、その振動は、今回のモデルでなくても、他に同様のモデルはいくらでも考えられるようなものでしかない。ほとんど無意味だ。 
 では、どう考えればいいか? 真実はどうなのか? 以下では、私の考えを述べよう。

 今回の研究報告を読んで思ったのは、次のことだ。
 「更年期障害は、進化論では説明できない」

 ダーウィン流の進化論に従えば、不利な形質は淘汰され、有利な形質だけが残るはずだ。しかるに、現実にはそうなっていない。とすれば、ここでは「進化論の発想で説明できる」という原理自体が成立していないのだ。
 とはいえ、「進化論が間違っている」というわけではない。とすれば、何が間違っているのか? それは、前提となる発想提だ。つまり、次の発想だ。
  「複数の形質( ≒ 遺伝子)がたがいに競争する」

 ここでは、単体としての形質( ≒ 遺伝子)がいくつかあって、それらがたがいに競争していることになる。しかし、そのような発想では説明できないのだ。

 では、どう発想すればいいか? すぐに思いつくのは、次のことだ。
 「単体でなければ複数のグループで。つまり、複数の遺伝子がグループとして競争する」

 まあ、その発想は悪くはないが、そんな発想をしたところで、「遺伝子」を「遺伝子グループ」と呼び替えるぐらいのことにしかならない。基本的な解決にはならない。
 とはいえ、上の発想は、一応留意しておくといいだろう。

 6.種間競争


 「複数の遺伝子グループの競争」
 というのは、ほとんど意味を持たない。(上記)
 しかしながら、次のことは意味を持つ。
 「遺伝子全部をもつ個体同士の競争。ここで、遺伝子全体は、大幅に異なるものとする」
 これは何かというと、次のことだ。
 「異なる種同士での競争」

 つまり、種間競争だ。
 ここで注意。「種間競争」というのは、進化の理論ではない。それによって自然淘汰説が説明されるというようなことはない。では何かというと、「種間競争」は、進化の原理ではなくて、(種の)絶滅の原理なのである。
 たとえば、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが種間競争をする。その後、ネアンデルタール人が絶滅して、ホモ・サピエンスが存続する。
 この際、種間競争を通じて、「ネアンデルタール人 → ホモ・サピエンス」という進化があったと言えるか? 言えない。
 では、種間競争を通じて、「ネアンデルタール人の絶滅」という「種の絶滅」があったと言えるか? 言えるかもしれない。(断定はできないが、十分に根拠となる。)
 繰り返す。「種間競争」は、進化の原理ではなくて、(種の)絶滅の原理なのである。

 さて。「種間競争」というものを、長々と説明してきた。これが更年期障害の理由となる。つまり、こうだ。
 「人類に更年期障害という形質が備わったのは、それが個体にとって有利だからではなく、種にとって有利だからだ」

 これは、次のことを意味する。
 更年期障害が備わった個体は、ホモ・サピエンスという種の内部では不利である。それゆえ、更年期障害が備わった個体が種のなかで存続することを、自然淘汰説では説明できない。
 しかるに、ホモ・サピエンスという種の全体に更年期障害という形質が備わったことは、不思議ではない。なぜなら、個体にとっては不利であるとしても、種全体にとって有利なことであれば、そのような形質を備えた種が生き延びることはあるからだ。
 この場合、更年期障害が備わっていない形質の種は、種全体として不利だったので、絶滅したことになる。

 仮想的に考えよう。ホモ・サピエンスの誕生時には、同様の種がいくつかあったと見なす。次のように。
  ・ ホモ・サピエンス
  ・ ホモ・サピエンスもどきA
  ・ ホモ・サピエンスもどきB
  ・ ホモ・サピエンスもどきC

 これらはそれぞれ別々の種であるとする。(理由は、種間交雑が起こらないこと。何らかの生殖隔離 or ゲノム・インプリンティングが原因。 → 別項 )
 これらはいずれも、別々の種であるから、たがいに進化(新旧)の関係にはない。単に並立的に存続しているだけだ。
 ただし、これら4種のうち、ホモ・サピエンスだけは更年期障害があって、他の3種には更年期障害がなかった。(閉経や更年期そのものがなかった。)そのせいで、ホモ・サピエンスは種間競争に勝って存続し、他の3種は種間競争に負けて絶滅した。
 こう考えれば、すべてはすっきりと説明できる。
( ※ ここでは、個体間競争[遺伝子間競争]による進化、という原理は働いていない、という点に注意。ここでは、進化はなく、絶滅だけがあった。換言すれば、ここで述べたのは、「種淘汰」の原理ではない。あくまで「進化」でなく「絶滅」の原理である。)

 7.種にとっての閉経


 となると、あとは、次のことの説明だ。
 「更年期障害があることが種にとって有利であること」
 あるいは、こうだ。
 「閉経や更年期があることが種にとって有利であること」
 このようなことは、説明可能だろうか? 可能である。以下に示そう。

 閉経があると、種にとって有利である。このことを示すには、「閉経がなければどうなったか」を考えるといい。
 閉経がなければ、40〜50歳を過ぎたあとでも、出産が続くことになる。その場合、どうなるか? もちろん、高齢出産となる。そして、高齢出産にはいろいろと問題があることが知られている。
 高齢妊娠のリスク
 年齢が高まるほど卵子の質が劣化または老化し、染色体異常などが起こりやすくなる。(加齢からの精子のDNA損傷による影響も確認されている。)
 新生児のダウン症の発症率が増加する。(ダウン症も一種の染色体異常である。)
( → Wikipedia

 ここで、染色体異常(遺伝子の損傷)は遺伝性であるから、子孫に伝えられる。これを種全体の立場から見ると、
 「高齢出産が多い → 種のなかで損傷遺伝子が拡散する」

 という効果を持つ。これはいわば、種全体が病気にかかるようなものだ。健康な歯が(虫歯になって)どんどん蝕まれるように、種全体が(損傷遺伝子によって)どんどん蝕まれていくことになる。
 そこで、「高齢出産の停止」ということが有意義となる。「高齢出産の停止」というシステムが種に備わっていれば、その種は損傷遺伝子がやたらと拡散することはない。……これがつまり、「閉経」があることの理由だ。閉経は、種にとって有利なのである。
( ※ 有利というよりは、不利さを減らす、という意味合い。それが正確。)

 8.振動の理由


 更年期には女性ホルモンの分泌量が大きく振動する。この振動の理由も、上記(7)のことから説明できる。
 女性ホルモンの分泌量が大きく振動するのは、それによって妊娠を成立させなくするためだ。つまり、流産させるためだ。(換言すれば、上記(7)のことを実現するための生理的な機構が、振動である。)
 一般に、女性の妊娠が成立するためには、女性ホルモンの微妙な調整が必要である。
 下記の各ページには、正常なときのホルモンの変動について記述がある。(変動量のグラフも示されている。)
  → 妊娠と産後はホルモンバランスが大変動する!
  → 妊娠期〜産後にかけての女性ホルモン (グラフあり)
  → にんぷのからだ (グラフあり)

 ここでは、時期に応じて、山のようにピークができたり、その後は減ったり、という変動がある。こういうホルモンの変動は、妊娠のために必要なものである。(この変動によって、妊娠のために、各種の組織がいろいろと形成されていく。胎盤やら何やら。)
 ここで、ホルモンの正常な変動がなくなれば、当然、正常な妊娠ができなくなるので、流産という結果になる。事例は下記にある。
  → ホルモン不調から7Wで流産宣告受けました

 ここで、ホルモン量が正常になされないだけでなく、急激な振動という明らかな異常があったら、どうなるか? もちろん、胎児はひとたまりもない。あっさり流産するだろう。
 そして、このようにあっさり流産させることが、(女性ホルモンの)振動の理由だ。この振動によって、高齢出産を阻止するのだ。流産という形で。
( ※ 何らかの毒物や化合物によって妊娠を止めるのは母胎にとっても危険なので、好ましくない。一方、ただの女性ホルモンの振動による流産ならば、母胎への悪影響は最小限で済まされる。「高齢妊娠に対して自然な流産をもたらす」という意味では、ホルモンの振動はもっともリスクの少ない方法であろう。特に、妊娠初期で流産するのであれば、リスクは最小限で済むだろう。)

 9.個体にとっての閉経


 すでに述べたことによって、閉経ないし更年期というものが存在することは説明された。
 一方、まだ説明されないことがある。それは、更年期障害の存在だ。なぜ、いろいろと不都合な症状が発生するような形質が、もともと備わっているのだろうか? 
 このことは、「種にとって」ではなく「個体にとって」の有利さを考えるとわかる。

 高齢出産は、子を産む母親にも問題をもたらす。それは、高齢分娩がもたらす危険性だ。Wikipedia から引用しよう。
 高齢分娩のリスク
 高齢分娩の最大のリスクはその妊産婦死亡の高さである。2004年の米国の報告によると、妊産婦死亡は10万分娩につき8.6であったが、35-39歳で2.5倍、40歳以上で5.3倍と上昇していた。本邦での妊産婦死亡については、40歳を過ぎると20〜24歳の妊婦の実に20倍以上にまで高まるとの報告がある。
 また高齢分娩の場合、母体が危険なだけではなく、流産・早産する危険性が増加する。
( → Wikipedia

 高齢出産は、個体(母親)にも大きなリスクをもたらす。それは生死に関わるような巨大なリスクだ。下手をすれば死んでしまう可能性がとても高い。
 とすれば、そのリスクを避けるために「体の不調」という更年期障害があったとしても、トータルではかえって有利であることになる。
  ・ かなり高い死亡のリスク
  ・ 死ぬ危険性のない体の不調

 この二者択一である。つまり、次の二者択一だ。
  ・ 前者 …… 閉経なし。更年期障害なし。死亡率は高い。
  ・ 後者 …… 閉経あり。更年期障害あり。死亡率は低い。

 そのどちらがいいかと言えば、後者の方がいいだろう。高齢分娩による死亡の危険を避けられるからだ。このことは、医学の発達していない時代には、特に重要であった。(昔は高齢分娩は死亡率がとても高かった。)
 では、医学の発達した現代では? 高齢分娩の致死率は下がったが、別の問題が残っている。こうだ。
 「更年期障害を避けるために、女性ホルモンによるホルモン療法を受けると、更年期障害の症状が緩和するが、副作用として、乳がんや子宮体がんが増えてしまう」

 つまり、更年期障害を避けようとして、女性ホルモンによるホルモン療法を受けると、いつまでも若々しい女性らしさを保つという副次的な効果まであって、好ましい点があるのだが、同時に、体への負担が増えて、発癌率が高くなってしまうのである。……これもまた、小さな症状を緩和する代わりに、死という巨大なリスクを負うことになる。
 結局、更年期障害というのは、「いろいろと症状があって、デメリットが多すぎる」と思えるのだが、実は、「その程度の小さな症状と引き替えに、死を避けることができる」という大きなメリットがあるのだ。小さなデメリットがたくさんあるとしても、トータルで差し引きしてみれば、デメリットよりもメリットの方がはるかに上回っているのである。
( ※ なお、「だったら女性ホルモンの振動もなく、一挙に女性ホルモンをゼロにしたい」とか、「最初から男として生まれたい」とか、そんなふうに思う女性もいるだろう。しかし、よく考えれば、男性の平均寿命は女性の平均寿命よりもかなり短い。男性の方が生命の点で有利だということはない。)

 10. 哺乳類の寿命と閉経


 閉経というものが必要な理由は、以上によってわかった。とすれば、同様のことは、寿命の長い哺乳類にも当てはまりそうだ。
 そこで調べてみると、次の記述が見つかった。
 閉経は、シャチ以外ではヒトとゴンドウクジラでしか確認されていない。

 他のクジラの仲間、特にマッコウクジラも閉経する可能性が事例証拠から考えられます。しかし、他の種が実際に閉経するかどうかを確認するには、まだデータが足りません。
 閉経すると我々が確信をもって言えるのは3つの種のみです。もちろんそれ以外にも、特に結束の強い家族で生活する種に、閉経するものが存在する可能性はありますが、今のところ確認されていません。
( → ナショナルジオグラフィック

 ヒトのほかにはシャチとゴンドウクジラでしか閉経は知られていない。しかしそれは、「他の種では閉経がない」ということではなくて、「未確認である」というだけにすぎない。
 私見を言えば、クジラの寿命は 50〜 100年がざらなので、これらの種では閉経があるはずだ、と推察される。さもなくば、40年以上も経た卵子からの出産がなされるので、種全体の遺伝子にとってきわめて有害だからだ。(そんな種には、損傷遺伝子が蓄積して、あっという間に滅んでしまうはずだ。)
 人間とクジラ類以外にも、象は長寿命で知られている。象もまた、閉経があるだろう、と推察される。

 11. 哺乳類の寿命と閉経


 新たに別のことを考えよう。
 「種にとって」の有利さを考えるだけならば、高齢のメスは、閉経するかわりに、あっさり死んでしまうのであってもいい。実際、ミツバチのオスや、カマキリのオスは、交尾のあとであっさり死ぬ。同様に、出産年齢を過ぎた(人間の)女性も、あっさり死んでしまうのであってもよさそうだ。
 実は、そういう発想をする人も、なかにはいる。次のような発言が物議をかもしたこともある。
  → 「女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄で罪です」
 ではなぜ、高齢のメスは、あっさり死ぬかわりに、いつまでも長く生きるのか? 
 これについて、冒頭の研究報告には、次のような仮説が示されていた。
 ヒトの閉経を説明する最も有力な仮説に「おばあさん仮説」があります。これは、高齢の女性が自分で子を生むよりも、娘の子育てを手伝い孫の成長や生存に貢献するほうが遺伝的な利益が大きいので閉経が進化したとする考えです。おばあさんは子育ての経験と知識に優れるので、子育てに加わることで未熟な状態で生まれてくるヒトの乳児の生存率を大幅に改善する効果があったと考えられます。

 この仮説に従えば、「おばあさん」は孫を育てるから、おばあさんには存在価値があることになる。だから、高齢の女性はあっさり死なずに、いつまでも長生きする、というわけだ。
 しかしこれは、いかにも取って付けたような仮説だ。牽強付会という感じがする。もっとまともな説はないのか? 
 このことを理解するには、哺乳類の成長期間を考えるといい。次のように。

 そもそも、哺乳類では、哺乳の時期を含めて、自活できる大人になるまでの時期がかなり長い。特に人間の場合には、15歳ぐらいになってようやく一人前なので、15年間も子供時代が続くことになる。その 15年間、親による育児が必要となる。また、子供を2年に1人ずつ3人産むとしたら、「1+2+2=5」で、計5年間かかる。つまり、3人の子をすべて産むためには、妊娠と育児で合計 20年間もかかる。つまり、子供を産んで育てるだけで、20年間もかかってしまう。初めの妊娠が 18歳だと、20年後には 38歳だ。
 さて。「0歳で生まれて、18歳で最初の妊娠をして、そのあと、3人の子供を産んで育てて、38歳になった」と仮定しよう。このとき、38歳で死んでしまったとしても、計算の帳尻は合う。それはそれで、常に若々しい遺伝子が保たれることになるし、いちいち閉経というシステムをもたなくても済むだろう。
 しかし、38歳の個体というのは、とても有益な個体である。それまで 0歳〜38歳までの個体は、「自分を育てる」か「自分の子供を育てる」か、どちらかであって、生産活動にはほとんど関与しなかった。子供はまともに働かないし、育児中の母親もまともに働かないからだ。一方、38歳の個体は、まともな生産活動ができる。魚介類の採集であれ、果物の採集であれ、農作業であれ、まともに働くことができるので、とても有益な存在だ。そのような存在は、家族や集団においてはとても重要だ。
 こうしてわかるだろう。出産年齢を過ぎた女性(閉経した女性)は、「おばあさんとして孫の育児をする」という意味で有益なのではない。「家族や集団において生産活動をする」という意味で有益なのである。それは子の父親が有益であるのと同様だ。(父親は、自分自身では子供を産まないが、自分の生産活動を通じて子供の育児に役立つ。それと同様だ。)
 結局、閉経以後の女性は、妊娠能力こそ欠けているが、生産活動をするという能力を持つがゆえに、十分に存在価値がある。父親並みに。だからこそ、そのような種(閉経以後のメスが生産活動をする種)は、十分に生きながらえたのである。
 同趣旨の話は、下記にもある。
 閉経という特性を進化させるためには、年を取って生殖活動を停止することの利益がコストを上回らなければなりません。シャチにおいて閉経が進化した理由を理解するためには、彼らの社会構造、および年齢に伴うメスの集団とのかかわり方の変化を理解することが重要だと考えられます。シャチは結束の強い家族集団を作って生活し、子どもはオス・メスともに母親が死ぬまで一緒に生活します。このような条件下では、メスは年齢とともに自分の属する集団とのかかわりを増していき、ある時点まで来ると、自ら子どもを産むよりも、既に産んだ子どもや、その子どもの世話をする役割に転じるほうが、もたらす利益が大きくなるのです。
( → ナショナルジオグラフィック

 同様のことは、象にも成立する。アフリカゾウでは、年老いたメスは、無用の存在ではない。それどころか、交尾しか能のないオスに比べて、圧倒的に有用な存在である。
 アフリカゾウ。
 群れは年老いたメスをリーダー群れで行動するが、成熟したオスは単独で生活し、繁殖時のみメスの群れに近づく。子供に対しての愛情はこまやかで群れ全体で面倒をみるとともに、移動時は群れの真中に入れて外敵より守る。
( → アフリカゾウ

 閉経したメスは、決して無意味な存在ではない。その存在には、父親と同様の意味がある。少なくとも、集団生活をする哺乳類では。
 このことから、閉経というシステムの存在性と、閉経以後の個体が死なずに存続することの意義とが、ともに説明される。
  

 12. 進化論の限界


 閉経の謎については、以上ですべて解明されたと言っていいだろう。若干の細かな疑問は残るかもしれないが、基本的な部分は十分に説明された。
 ここで、ひるがえって、冒頭の謎がどうして生じたのかを考え直そう。

 閉経や更年期障害という生物学的な現象については、きちんと説明が付く。不思議なことは何もない。それなのにどうして、いちいち「謎」と感じたりしたのだろう? 
 それは、生物学者が「物事を進化論で説明しよう」とするからだ。特に、「遺伝子を増やすため」という目的論を採るからだ。
 「生物の目的は、遺伝子を増やすことだ。つまり、自分の子孫を増やすことだ」
 「個体は、遺伝子を増やすために存在する。個体は遺伝子の乗り物にすぎない」

 この発想は、ドーキンスの「利己的遺伝子説」に由来する、と言ってもいいだろう。このように「遺伝子を増やすため」という目的で、すべてを説明しようとする人がいる。そして、その発想のもとで、閉経についても説明しようとしたのが、今回の研究報告だ。
 しかし、本項を読めばわかるように、「遺伝子を増やすため」という目的論だけでは、うまく説明できないのだ。なぜなら、自然というものは、もっと複雑なものだからだ。特に、生物というものには、さまざまな生物的な原理(個体としての生物的な原理)が多様に働いている。子育てとか、食性とか。……そういう面を一切無視して、「遺伝子を増やすため」という馬鹿の一つ覚えみたいな発想を取っても、発想があまりにも単純すぎて、複雑な生物の真実を見抜くことはできないのである。
 閉経という現象は、「遺伝子を増やすため」という単純な発想では説明しきれない。それよりは、個体としての「生存のため」とか、「種としての存続のため」とか、さまざまな生物的な現象を多様に見るべきだ。それこそが生物学的な発想というものだ。
 実は、それは、当たり前のことである。
 「生物を生物としてとらえること」
 「生物を生きている生命体としてとらえること」
 「生物を生活の活動をする個体としてとらえること」
 これは、ファーブルを持ち出すまでもなく、生物学においては当然のことだ。
 ところが、ドーキンス以来、このような発想は軽視されることになった。かわりに、集団遺伝学を初めとして、次のような発想が取られるようになった。
 「生物を単に増減だけでとらえること」
 「生物を数理的にとらえること」
 「生物を性質よりは数字で捕らえること」
 このような立場が幅を利かせることになった。そして、「生物学はいっそう数学的で科学的になった」と思うようになった。
 しかし、「生物を数字に置き換える」というのも同然の方法は、かえって真実からは遠ざかってしまうのである。なぜなら、生物学は、生物の学問であって、数字の学問ではないからだ。
 一般に、どんな科学分野においても、「物事を数理的に表現することで科学的になる」と信じる人が多い。しかしそれは間違いだ。そのような方法は、「生物学を数学に従属させる」というのも同然である。生物学の奴隷化だ。
 本当は逆だ。「生物学が数学を従属させる」というのが正しい方針だ。天文学であれ、化学であれ、物理学であれ、地質学であれ、どのような科学分野でも、そこにおける主人は、その科学分野自体であって、その主人に従属する下僕が数学であるにすぎない。
 ところが、「生物学を数学で表現することで、生物学はいっそう科学的になる」と信じて、生物学を数学に従属する下僕にしようとする人々がいる。(集団遺伝学者にはそういう人が多いようだ。)
 しかし、それは間違いだ。生物学はあくまで生物の真実を知るためにある。そのために数学を利用することはあっても、生物学が数学に従属してしまってはならない。当然ながら、「生物は遺伝子の数を増やすためにある」という発想(ドーキンスの利己的遺伝子説のような発想)は、正しくない。それは生物と遺伝子との関係が、主客転倒してしまった発想であり、真実とはおよそ対極にある発想である。
 生物は遺伝子を増やすためにあるのではない。生物は遺伝子を増やすために形質が規定されたのではない。(比喩的にはそう見えるかもしれないが、それはあくまでも表面的な比喩であって真実ではない。)
 生物の真実を知るには、生物の多様な生物的側面を、詳細に調べることが必要だ。人間の閉経を見るならば、人間の閉経にともなう人間の生物学的な現象を多様に見ることが必要だ。一方、閉経という現象を、単に「遺伝子を増やすため」ということだけで片付けようとしたら、人間の生物的な多様な側面に目をつぶることになる。それではとうてい真実を見抜くことはできない。
 今回の冒頭の研究報告は、生物学者がいかにドーキンスふうの毒牙に嵌まって脳味噌を洗脳されてしまっているかを、明らかにするものだろう。
 かつては「創造説」(神が生物を創った)という発想が世間を席巻した。今では「利己的遺伝子説」(遺伝子の増加が生物の形質を規定した)という発想が学界を席巻している。ひるがえって、「生物学で大切なのは、生物学的な事実だ」という当り前の発想は、遠ざけられてしまっている。
 今の生物学は、「利己的遺伝子説」という科学的な宗教に染まりすぎているのである。この宗教は、「数理至上主義」という宗教である。それは、一見、科学的に見えるが、しかし、「自然そのものよりも数字を重視する」という方針があるがゆえに、生物学とはおよそ相容れないものなのである。なぜなら、生物学というものは、「数字を真実と見なす」という数学とは異なり、「自然そのものを真実と見なす」という学問であるからだ。
 
 なお、この件は、下記項目でも論じている。
  → 生物の目的は子孫を残すことか?


    ( ※ 蛇足をひとつ。生物学者はしきりに「生物を数学的に表現しよう」としているようだが、それは、数学者の目から見ると、実に滑稽である。それはまるで、「あえてあのイケメンの奴隷になりたい」と願っている醜女のように見える。本当の生物学者ならば、自分の学問にプライドをもって、数学を道具の一つとしてピンセットのように使うだけのはずなのだが、それとは逆に、道具を使うどころか、道具に奉仕しようとする醜女が多すぎる。困ったことだ。……今回の研究報告[冒頭部]も同様だ。いっぱい数理モデルを使って、科学的になっているつもりなのだろうが、実は、真実とは対極の数字ごっこをしているにすぎない。現実とは何の関係もないバーチャル・ゲームをしているのも同然だ。)
    ( ※ ここで、「生物学で数学を使うことの意義」を説明しておく。物事を数理的に表現することは、科学的であることとは何の関係もない。物事を数理的に表現するというのは、ある概念を明晰に表現するという、表現方法の問題にすぎない。文章で示すと途轍もなく複雑になるようなことを、数式では簡潔に正確に示すことができる。それだけだ。一方、説明される概念そのものは、数式を使おうが使うまいが、別のことである。その概念が真実ではない虚偽の概念であれば、その虚偽の概念をどれほど正確に数理的に表現しても、虚偽が真実になるわけではない。……今回の事例は、それだ。真実からは遠く懸け隔たっていることを、数理的に表現したら、現実と合致する部分が見つかった。そのことで、虚偽を真実だと言い張った。しかし、そこにはとんでもない論理的な飛躍がある。その論理的な飛躍に気づいていないのが、今回の研究報告の致命的な欠点だ。彼らは、コンピュータで数式をいじくってグラフを描く前に、物事の真実を生物学的に探究するべきだった。)
    ( ※ では、物事の真実とは? それは、「有性生殖の生物の基本原理は、愛と性である」ということだ。一方、「生物の基本原理は、数の増加だ」というのは、無性生殖の生物のみに当てはまる原理だ。結局、今回の研究報告の間違いの原因は、無性生殖の生物の原理[数の増加]を、有性生物に当てはめてしまったことだ。仮に、彼らが「愛と性」という原理に気づいていれば、シャチやアフリカゾウの生態に気づいて、真実に到達するすることもできたかもしれないが。)



 [ 余談1 ]
 「女性ばかりに更年期障害があって不利だ。女性は損だ」
 と思う人もいるかもしれない。しかし、次のこともある。
 「男ばかりがハゲになる。男は損だ」
 「男の方が寿命が短い。男は損だ」
 「男の方は、色盲その他の疾病にかかりやすい。男は損だ」
 「男は仕事で疲れても働く義務がある。男は損だ」
 いろいろ考えると、女の方が楽ですよね。男の方が自由度は高いが、いいことも多い代わり、つらいことも多い。最後には、早めに死ぬ。
 
 [ 余談2 ]
 高齢出産は種にとって不利だ……ということは、実証されるか? なかなか実証されないだろう。
 ただし、ちょっと興味深い例がある。それは、シロナガスクジラだ。シロナガスクジラは、全面禁漁のあとでも、なかなか増えない。それは、どうしてか? 禁漁で、取りすぎはなくなったのだから、増えてもいいはずなのに、増えるのはミンククジラばかりで、シロナガスクジラは増えない。不思議だ。
 ここで、次の仮説が出る。
 「シロナガスクジラが増えないのは、捕鯨をやめたせいである。捕鯨をやめると、大型の個体がたくさん残るので、(準)高齢出産が増える。人間で言えば、30歳ぐらいの出産が多くなる。一方、捕鯨があったころには、30歳ぐらいの個体はどんどん獲られてしまったので、若々しい個体ばかりがいっぱい出産していた。そのせいで、繁殖力が旺盛となり、個体数は十分に増える力があった」
 簡単に言えば、シロナガスクジラが増えないのは、年増の高齢の個体が多すぎるからだ。そのせいで、若いオスと年増のメスから、出来の悪い個体が生まれて、まともな個体は生まれにくくなっている。かくて、シロナガスクジラは増えにくくなっている。
 以上の仮説が正しいとすれば、シロナガスクジラを増やすためには、高齢のメスとオス(簡単に言えば大型の個体)を狙って捕鯨をするといいだろう。これによって種全体の数はかえって増えるはずだ。
 現状では、シロナガスクジラは、絶滅危惧種である。その原因は、捕鯨禁止を続けていることにあるのだろう。
( ※ 弱いシロナガスクジラの個体ばかりが増えるから、ミンククジラに押しのけられて、シロナガスクジラはろくに餌も取れずに、個体数を減らしたままだ。)



 【 補説 】
 本文中では、4.の (i)  で、「自分の遺伝子」という概念を導入して、冒頭の研究報告を批判した。
 そこでは「自分の遺伝子」という言葉を用いた。ただし、研究報告のなかでは、「父親由来遺伝子」というふうに表現されている。(表現は異なるが、言っていることは同様だ。)
 とにかく、「父親由来遺伝子」なんてものは存在しない。たとえば血液型の遺伝子なら、「血液型がA型の遺伝子」を「父親由来遺伝子」というふうに特定することはできない。
 そもそも、「父親由来遺伝子」なんて、対立遺伝子の一方にすぎないのだから、意味がない。たとえば、父親の血液型がAB型なら、「AB型の遺伝子」などは存在せず、A型とB型の遺伝子があるだけだ。そのどちらとも決めかねる。なのに「父親由来遺伝子」などを考えても、馬鹿げている。「父親由来遺伝子を増やす」なんていう概念には、実体がないのだ。
 もう少し詳しく言うと、「父親由来遺伝子を増やす」というのは、「血縁度の高い遺伝子を増やす」ということに相当する。しかしながら、「血縁淘汰説」の「血縁度」は、ただの抽象的な観念的な数字であるにすぎない。それは遺伝子の実体から離れた、ただのお遊びであるにすぎない。
 そもそもこれは、「遺伝子集合淘汰」という現代の基本的な発想に反する発想である。
 遺伝子集合淘汰の発想によるならば、「A型が有利」とか「B型が有利」とかの形で、遺伝子同士で生存競争が起こるはずだ。
 一方、「父親由来遺伝子を増やす競争」なんてものはありえない。「父親由来遺伝子」なんてものが不明だからだ。(対立遺伝子のどちらとも決めかねるからだ。)
 そもそも、「血縁淘汰説」という学説そのものが、学説として破綻しているのだから、こんなものを持ち出すこと自体がおかしいのだが。



 【 関連項目 】

 血縁淘汰説の概要。
  → 血縁淘汰説 [ 核心 ]

 血縁淘汰説が破綻していることの説明。
  → [補説] ミツバチの利他的行動 3

 血縁淘汰説を信じすぎることの間違い。他の例。
  → 血縁淘汰説の解明? (シオカワコハナバチ・北大)
  → 血縁淘汰説(血縁選択理論)の実証に成功? (シロアリ・京都大学)

 「血縁淘汰説は間違った理論だ」ということに気づかずに、間違った理論を証明してしまった、という研究。
 せめてネットで「血縁淘汰説」をググるぐらいの知恵があれば、「血縁淘汰説は間違った理論だ」と理解できるのに。ググるだけの知恵もないから、虚偽の証明のために人生を費やす。
 (誤った)天動説を証明するために天体を観測するようなものか。
posted by 管理人 at 21:59| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
更年期障害や流産には、プロスタグランジンが関係しているようだ。詳しい話はしないが、一応、プロスタグランジンという用語を記憶に入れておくと良さそうだ。
Posted by 管理人 at 2013年12月20日 21:18
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