2013年10月19日

◆ ホモ・ハビリスはなかった?

 ホモ・ハビリスという種はなかった、という新説が出た。 ──

 その趣旨は、次の通り。
 「ホモ・ハビリスという種は、実はホモ・エレクトスと同一種だった」
 つまり、ホモ・ハビリスという種が、ホモ・エレクトスとは別に(独立して)存在したわけではなかった、という趣旨。

 その理由は、新たに発見されたドマニシ遺跡の化石を見ると、多くの個体差が見られて、その個体差のひろがりはホモ・ハビリスとホモ・エレクトスをともに含むほど大きかった、ということだ。
 このことから、「ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスは同一種だ」と結論するわけだ。
 一方、これについての反論もある。
 「頭部だけを見ればそうだが、体の骨格を見ると、同一種とは思えない」
 という反論だ。

 以上については、下記に記事がある。
  → 「初期人類はすべて同一種」とする新説

 ──

 一方、私は前に、次の項目を書いた。
  → ホモ・ハビリスの共存

 ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスは、共存した期間が長かった、という学説の紹介だ。

 さらに言及しておくと、次の記事もある。
 ホモ・ハビリス(Homo habilis)は、230万年前から140万年前まで存在していたヒト属の一種。
 容姿はヒト属の中では現生人類から最もかけ離れており、身長は130cmと低く、不釣合いに長い腕を持っていた。ヒト科のアウストラロピテクスから枝分かれしたと考えられている。脳容量は現生人類の半分ほどである。
( → Wikipedia

 ──
 
 以上のように、さまざまな見解がある。どうにもまとまりが付かない感じだ。どう結論すればいいか? 「論理的に齟齬しないように」という立場で、あれこれと勘案すると、私としては、次のように結論する。

 (1) 骨格差や脳容量の差から、ホモ・ハビリスはホモ・エレクトスとは別種である、と判断する。
 (2) ホモ・ハビリスは、アウストラロピテクスに近い種である。一方、原人(後期のホモ・エレクトス)は、知性が発達しており、火や言語を使うなど、現生人類にかなり近い知性を持つ。この両者が同一種だとは、とうてい思えない。脳の容量も大きく異なる。
 (3) 仮にホモ・ハビリスとホモ・エレクトスが同一種だとしたら、アウストラロピテクスの直後から、後期の原人までが、同一種として理解されることになるので、きわめて不自然である。ゆえに、ありえない。(背理法)


 自然に考えれば、以上のようになる。つまり、従来の進化論の認識がそのまま成立する。

 残る問題は、次のことだ。
 「ではどうして、ドマニシ遺跡の化石種(ドマニシ原人)は、ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスという広範な範囲を含むのか?」 
 これについて、先の記事には、次の見解がある。
 ドマニシ遺跡の頭蓋骨化石には、原始的な要素とホモ・エレクトスに近い特徴が混在している。そこには「起こりつつある進化」が記録されているとスポア氏は言う。

 しかし私は、これには同意しない。「起こりつつある進化」なんてものは、あるはずがないからだ。進化は常に大進化(断続的進化)の形で起こる。進化の途中の化石などが、残るはずがないのだ。(なぜなら、あまりも数が少ないからだ。数が増えるのは、進化が止まって、種が安定したあとのことである。)

 では、かわりにどう理解すればいいか? 私としては、次のように考える。
ホモ・エレクトスというものは、ホモ・ハビリスの直後から、後期のホモ・エレクトス(原人)まで、同一種だと見なされている。しかし、それでは時期が非常に長期になるし、脳容量の差も大きくなりすぎる。
 そこで、ホモ・エレクトスというものを、いくつかの種に分けるといい。特に、初期のホモ・エレクトスと見なされるホモ・エルガステルについては、ホモ・エレクトスとは別の種(ホモ・ハビリスの後継種で、後期ホモ・エレクトスの祖先種)と見なすといい。
 ドマニシ原人については、その個体差は、ホモ・ハビリスとホモ・エルガステルの範囲を含むと考えられるが、それはあくまで頭蓋骨の容量だけだ、と理解するといい。
 ドマニシ原人の位置づけは、ホモ・ハビリスとホモ・エルガステルの中間にあたるどこかであると考えればいい。ドマニシ原人は、ホモ・ハビリスの一種かもしれないし、ホモ・エルガステルの一種かもしれないし、ホモ・ハビリスとホモ・エルガステルの中間にあたる独立種であるかもしれない。しかし、いずれであっても、たいして違いはない。中間的な独立種が存在するか否か、という程度の差であるにすぎない。(それは標本数があまりにも小さいので、断言しにくい。)
 はっきりしているのは、ホモ・ハビリスとホモ・エルガステルとは別種であると考えた方がいい、ということだ。そのことは、中間種にあたるものが発見されたか否かには、依存しない。
 ホモ・ハビリスとホモ・エルガステルは、脳の構造が大きく異なるがゆえに、前者はアウストラロピテクスに近く、後者は後期ホモ・エレクトス(原人)に近い、と見なせる。ホモ・ハビリスは、あくまで「ホモ族の最初期のもの」つまり「アウストラロピテクスという猿人にきわめて近いもの」であるにすぎない。一方、後期ホモ・エレクトス(原人)は、あらゆる点で人間らしさ(脳の発達)がある。初期ホモ・エレクトス(ホモ・エルガステル)は、後期ホモ・エレクトス(原人)との骨格差があまり大きくない。それゆえ、ホモ・エルガステル以後は、ホモ・ハビリスとはまったく別種であると考えた方がいい。

 
 ──

 まとめ。

 ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスとは同一種だ、という新説が出た。
 しかしそれは間違いだろう。ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスとは、時期的にも、化石の形状的にも、大きな差があるので、別種だと考えた方がいい。
 新種が「ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスの双方の範囲を含む」というのは、あくまで頭蓋骨格だけの話であり、また、ホモ・エルガステルとホモ・エレクトスを区別しない場合の話であるにすぎない。
 順序としては、下記のようになる。

  H.ハビリス → H.エルガステル → H.エレクトス
      H.ドマニシ

 今回の新種(H.ドマニシ)は、H.ハビリスとH.エルガステルの中間のどこかに位置するが、H.ハビリスやH.エルガステルの一部に含まれるかもしれないし、独立して共存したのかもしれない。ただ、そのことは、H.ハビリスとH.エルガステルが別種であった、という事実には、影響しない。
 H.ハビリスとH.エルガステルが別種であるか否かは、両者の骨格差だけに依存する。中間種の有無には依存しない。



 [ 補足 ]
 最後の「中間種の有無には依存しない」ということが重要だ。
 この中間種が存在したことで、既存の2種の境界が曖昧になったので、「既存の2種は同一種だった」という見解が生じたわけだ。
 しかし、その推測は論理的なミスだ、と私は考える。既存の2種の境界が曖昧になったとしても、既存の2種が別々の種であったという事実は変えようがないのだ。
 比喩的に言えば、ネアンデルタール人とクロマニョン人の中間種に当たるような中間的な形質をもつ個体の化石が出現したとしても、この二つの種が別々であったという事実は変更されない。また、初期ネアンデルタール人と初期クロマニョン人の範囲をともに含むような個体群の化石が見つかったとしても、後期ネアンデルタール人と後期クロマニョン人が別々の種であったという事実は変更されない。
 実を言えば、初期ネアンデルタール人と初期クロマニョン人は、かなり近い範囲内に収まっていた。だから、初期ネアンデルタール人と初期クロマニョン人の範囲をともに含むような化石が見つかったとしても、別に不思議ではない。しかし、だかといって、「後期ネアンデルタール人と後期クロマニョン人は同一種である」というような結論にはならないのだ。

 今回の冒頭の新設は、このような点を理解していない、未熟な発想による誤った推論であろう。進化論についての理論的理解ができていない、と私は評価する。
( ※ 化石ばかり見ていて、理論を理解しないから、化石的事実から単刀直入な見解しか出せないのだろう。その見解は、進化論的な見解というよりは、ただの小学生的な思いつきであるにすぎない、と見ていいだろう。)
 


 [ 付記1 ]
 次の問題もある。
 「人類の祖先種は、単一種か、複数種か? 「ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスとを同一種と見なして、単一種が存在したのか? それとも、両者を別種と見なして、別々の種が存在したいのか?」
 これについては、次のように答えることができる。
 「両者は別々の種である。現生人類の直接的な祖先種は、ホモ・エレクトスと見なしていい」


 ただし、次の問題は残る。
 「ホモ・ハビリスは、ホモ・エレクトスの祖先種か、兄弟的な傍系の種か?」
 これについては、さまざまな見解があるようだが、私としては、次のように答える。
 「ホモ・ハビリスは、ホモ・エレクトスの祖先種である。つまり、ホモ・エレクトスは、ホモ・ハビリスから進化した」

 この件は、先に述べた通り。
  → ホモ・ハビリスの共存
 なお、両者には共存期間が存在するが、それについては別に不思議ではない旨、その項目(上記)で示している。

 なお、ホモ・エレクトスは、「ホモ・ハビリスから進化した」と言っても、分岐の時点は、かなり古いはずだ。正確に言えば、「初期のホモ・ハビリスから分岐した」のであって、「後期のホモ・ハビリスから分岐した」のではない。この件は、現生人類とネアンデルタール人の場合と同様だ。
  → サイト内検索 「早期ネアンデルタール人」

 ホモ・ハビリスは、アウストラロピテクスに似て、かなり原始的である。それゆえ、ホモ・エレクトスは、この種を途中段階として経由したはずである。アウストラロピテクスから一挙にホモ・エレクトスが出現した(分岐した)ということは、ありえない。
 ただ、私見を言えば、アウストラロピテクスとホモ・ハビリスとの形質差は、大きすぎる。途中の中間種となる化石が、将来的には発見されるだろう。
 同様に、ホモ・ハビリスに似た仲間の種も、何種類か発見されるはずだ。そして、そのような仲間のうちの一つが、今回発見されたドマニシ原人であろう。
 今回の研究者は、ドマニシ原人を「ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスとをまとめるもの」と見なしているようだが、私はそうは考えない。ホモ・ハビリスとホモ・エレクトス(ホモ・エルガステル)のあたりには、ドマニシ原人を含む多様な兄弟種があった、と考える。
 さらに言えば、ホモ・エレクトスの直接の祖先は、ホモ・ハビリスそのものではなくて、ホモ・ハビリスの祖先と見なされるような、未発見の種であろう。それがホモ・ハビリスの一種であるか、ホモ・ハビリスと別種と見なされるかは、何とも言えない。ただ、そのどちらであってもいいような、微妙な領域にある種だ、とは言えるだろう。
 現状では、ホモ・ハビリスとホモ・エレクトスという2種類だけで物事を考えている学者が多いが、私としては、この時代には、もっと多様な種があった(いずれもかなり似ていた)と考えたい。断言はしないが、それが自然であると思うので、そう考えたい。

 [ 付記2 ]
 実は、すでにホモ・ルドルフェンシス という兄弟種が知られている。ホモ・ハビリスよりは形質が古い[猿っぽい]ようだが、体の大きさはかなり大きい。これが現生人類の直接の祖先かというと、そうではないと思えるが、いずれにせよ、かなり微妙な領域にある種だとは言えるだろう。)

 [ 付記3 ]
 次の記事もある。
 約200万年前にアフリカにいたとされる初期人類ホモ・ハビリスとホモ・ルドルフェンシスが、ともにホモ・エレクトスという系統に属するとの研究結果を、グルジア国立博物館のチームが18日付の米科学誌サイエンスに発表した。
 グルジアの頭部化石を分析すると、ハビリスやルドルフェンシスは系統が近いことをうかがわせた。
( → 2つの初期人類、実は同じ系統

 ここでは「同じ種」ではなくて、「同じ系統」と述べている。それは、あり得るだろう。まったく懸け離れた系統であるはずがない。(人間とチンパンジーだって、たいして懸け離れていない。それに比べれば、ずっと近い関係だ。)

 なお、記事中には「ホモ・エレクトスという系統」という表現がある。これはなかなか微妙な表現だ。ここでは「ホモ・エレクトス」というのを、種でなくて系統だと見なしている。ちょっと学説に反するような表現だが、これはけっこう妥当であると私は考える。
 つまり、「ホモ・エレクトス」と呼ばれているものは、種というよりは、系統(≒ よく似た種の集団)と考えているわけだ。このような認識は妥当であると思う。初期のホモ・エレクトスと後期のホモ・エレクトスは、はっきりと別の種だと考えた方がいい。
 その意味で、本項冒頭に掲げた「同一種である」という表現は、妥当ではない。「同一種」というよりは「同一系統」(ただし別種)というふうに見なすべきだろう。
 Wikipedia のホモ・エレクトスの項目では、それぞれのホモ・エレクトスを「種の違い」でなく「亜種の違い」と見なしているが、それは妥当だとは思えない。脳容量の差が大きすぎるからだ。時代的に大きくズレているので、(過去と現在の個体同士で)交配の可能性はないが、仮に交配があったとしても、子ができるとは思えない。



 【 関連サイト 】

ドマニシ原人の化石の写真がある。
  → 「ヒト祖先は同一種」の新説…進化過程見直しも : 読売新聞

 一方、ホモ・エルガステルの化石は下記だ。
  → Wikipedia

 両者を比べると、脳容量に大きな差があるのが見て取れる。同一種とはとても思えない。
 
 ドマニシ原人は、やはり、ホモ・ハビリスに近いものと見なした方がいい。
  → ホモ・ハビリス - Wikipedia
posted by 管理人 at 20:34| Comment(1) | 生物・進化 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最後に [ 補足 ] を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2013年10月19日 21:33
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