まずは報道を引用しよう。
《 スイスでダビンチの肖像画発見か 「疑問の余地ない」と専門家 》
4日付イタリア主要紙コリエレ・デラ・セラなどは、同国の巨匠レオナルド・ダビンチ(1452〜1519年)が描いた新たな肖像画がスイス北部で見つかったと報じた。最終的な確認はされていないものの、鑑定した専門家は同紙に「弟子が加筆しているが、ダビンチの作品だということに疑問の余地はない」と述べた。
新たな作品とされるのは、イタリア北部のマントバ候妃イザベラ・デステを描いた油絵。ほぼ同じ構図で、1500年前後に描かれた木炭画の習作がルーブル美術館に収蔵されているが、これまで彩色された絵は存在しないとみられていた。
スイス北部トゥルギ在住のイタリアの名家のコレクションの中から、数年前に発見された。サイズは縦 61センチ、横 46.5センチで、1513〜16年ごろに描かれたとみられる。(共同)
( → MSN産経ニュース )
《 新たなダビンチ作品を「発見」、伊週刊誌 》
イタリアの週刊誌セッテ(Sette)は4日、巨匠レオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)がルネサンス期の公女、イザベラ・デステ(Isabella d'Este)を描いたとされた肖像画が、炭素年代測定によって本物であるとの鑑定結果が出た、と報じた。
この肖像画はこれまで、既に失われていたか、そもそも描かれた事実はなかったと考えられていた。だがセッテ誌によると、あるイタリア人一家が、スイスの銀行の金庫に保管していたのが分かったという。
大きさは高さ61センチ、幅46.5センチで、芸術のパトロンだったイザベラ・デステが描かれている。「ルーブル美術館(Louvre Museum)に展示されている有名なスケッチを、忠実に写し描いたものだ」とセッテ誌は述べたものの、「これは衝撃的な発見だが、まだ確証には欠ける」としている。
( → AFPBB )
報道だけではわからないので、画像を示そう。
→ 木炭画と彩色画
→ 彩色画の一部拡大 , (大サイズ)
木炭画の方は Wikipedia にもあるので、下に転載しよう。
出典:Wikipedia
これらの画像を見ての私の判断は、こうだ。
「木炭画の方はダビンチの真作である。彩色画の方は、ダビンチの作品ではなく、木炭画に彩色しただけである。それを描いたのは無能な別人」
木炭画の方は、いかにもダビンチらしいタッチがあふれており、天才性が感じられ、ダビンチの真作と見なせる。これがルーブルにあるのも、もっともだ。
彩色画の方は、まったく違う。ただの凡庸な彩色画だ。木炭画に比べると、大きくレベルは下がる。木炭画のすばらしさを、すっかり殺してしまっている。ほとんど「塗り絵」である。これは明らかに、別人が木炭画に色づけしただけだろう。
→ 彩色画
なお、これが「塗り絵」であることは、次のことからもわかる。
「顔の肌色、頭髪の鳶色、衣服の紅色・濃緑色。これらはいずれも、単調な1色からできており、複雑な色調の変化がない」
このことは、モナリザの色調と比べてもわかる。
モナリザの方は、肌の色であれ、服の色であれ、1色ではなく多様な色で塗られている。肌は、頬には赤みが差し、陰には緑がかかっている。衣服の明るみには、緑っぽい部分や赤っぽい部分がある。
今回の彩色画の方は、そうではない。単純な1色を基本に、少し変化を加えたというだけだ。色調の複雑さはまったくない。特に、顔の肌色は単純な色であって、現実の人間の色彩の幅を持っていない。まるでマネキンか人形だ。二流の画家による彩色。とうていダビンチの作品ではありえない。
また、彩色画は、木炭画の表情にあった微妙な陰影をすべて消してしまっている。美術性の破壊と言ってもいい、ひどい出来映えだ。言ってみれば、先の教会のフレスコ画の破壊的修復に似ている。

これほどひどいわけじゃないが、傾向としては同じ傾向にある。元の作品のすばらしさを台無しにしてしまっている。それを「修復」と称するようなものだ。
──
以上が私の判断だ。(美術的判断。)
しかるに、専門家は彩色画を「ダビンチの真作」と見なしているらしい。それが疑わしいので調べてみた。
まずは、前述の記事から一部抜粋すると:
鑑定した専門家は「弟子が加筆しているがダビンチの作品だということに疑問の余地はない」と述べた。
( → MSN産経 )
炭素年代測定によって本物であるとの鑑定結果が出た
( → AFPBB )
つまり、たかが炭素年代によって「おおざっぱに同時期の作品だ」と判明しただけだ。そんなことでは「ダビンチの作だ」とは断定できないはずだ。根拠が薄弱すぎる。
さらに調べると、次の記事が見つかった。
Oxford professor and Da Vinci expert Martin Kemp says, if authenticated, the mystery painting would be worth “tens of millions of pounds” (or dollars) because only 15 to 20 genuine Da Vinci works exist.
But he raised doubts about whether the portrait was really the work of Da Vinci. The famous Renaissance artist gave away his original sketch to d’Este, so he would not necessarily have been able to refer to it later to paint a complete oil version.
Art historians say further analysis of the portrait is necessary to determine the artist. It’s possible the painting was produced by one of the many painters in northern Italy who copied Leonardo’s works. The find in Switzerland is painted on canvas, but Da Vinci preferred wooden boards.
“Canvas was not used by Leonardo or anyone in his production line,” Prof Kemp told the Telegraph. “Although with Leonardo, the one thing I have learned is never to be surprised.”
( → Could painting found in Swiss bank be a lost Da Vinci? | Fox News )
抄訳:
ダビンチの真作であるかについては疑いもある。ダビンチはスケッチを相手に贈ってしまったので、彼が後年の彩色画を完成させたとは言えない。北イタリアにいた誰かが、ダビンチの作品をコピーしてつくったのかもしれない。彩色画はカンバスに描かれているが、ダビンチは木板に描くことを好んだ。カンバスはダビンチの工房では誰も使わなかった。
さらに、私の見解を言えば、こうだ。
「モナリザの絵の具は、かなり大幅に退色してしまって黄色っぽくなっているのに、今回の彩色画はまったく違った傾向にある。ゆえに同等の画材を用いたとは思えない。ゆえに、別人の作である」
──
結論。
木炭画の方はダビンチの真作だが、彩色画の方は別人がそれを彩色しただけだ。下手な塗り絵のようなものだ。これがダビンチの彩色した真作であるはずがない。
【 関連項目 】
→ 第2のモナリザ?
やはり「ダビンチの真作か?」と見なされた作品。
これも専門家は「ダビンチの真作だ」と見なしたが、私は「別人の作だ」と判定した。
なお、最高の専門家と見なされるマーティン・ケンプ氏は、どちらについても「真作ではない」と見なしている。その点では、私と判断は一致する。
