2013年08月30日

◆ 徘徊老人を監禁する?

 (認知症の)徘徊老人が線路ではねられたという事故で、鉄道会社が遺族に賠償金を求めた。では、徘徊老人は監禁されるべきなのか? ──

 記事は次の通り。(一部抜粋)
 《 遺族に賠償命令 波紋呼ぶ 認知症男性、電車にはねられJR遅延 》
 認知症の男性が電車にはねられたのは見守りを怠ったからだとして、電車の遅延の賠償金約七百二十万円を遺族からJR東海に支払うように命じた判決が、名古屋地裁であった。判決は「認知症の人の閉じ込めにつながる」と波紋を広げている。
 判決によると、二〇〇七年十二月、愛知県大府市の男性(91)=当時=は、同居で要介護1の妻(85)=同=がまどろむ間に外出。同市の東海道線共和駅で線路に入り、電車にはねられ死亡した。
 男性は〇〇年、認知症状が出始めた。要介護度は年々上がり、常に介護が必要な状態となり、〇七年二月から要介護4に。事故当時、週六日デイサービスを使い、妻と、介護のため横浜市から近所に転居した長男の嫁の介護も受けていた。
 遺族側は、事故は予見できなかったと主張したが、判決は、医師の診断書などから男性の徘徊は予見できたとした上で、介護体制などを決めた横浜市の長男を「事実上の監督者」と認定。男性の要介護度が上がったのに、家に併設する事務所出入り口のセンサー付きチャイムの電源を入れるなどの対策をせず、妻も目を離すなど注意義務を怠った結果、男性が第三者に与えた損害は償うべきだとして、JRの求める全額の支払いを二人に命じた。遺族の代理人やJRによると、認知症の人による列車事故の損害賠償請求訴訟の前例は把握していないという。
 賠償を命じられた遺族の長男は「常に一瞬の隙もなく見守るなんてことは不可能。家族でやれることはすべてやってきた」と主張。代理人の浅岡輝彦弁護士は「判決が認められれば、徘徊歴のある高齢者の家族は、すべて事故時に責任を負わされるおそれがあり、介護が立ちゆかなくなる。JRは線路への侵入防止対策を十分にとらないまま、遺族にだけ賠償請求するのはおかしい」と指摘する。
 遺族側は、金を持たない男性が大府駅の改札を通り、隣の共和駅に移動したとして、JRの管理の落ち度を指摘。しかし、男性が家から事故現場に行った経路は分かっておらず、判決はJRの過失はないとした。
( → 東京新聞 2013年8月29日
 この判決に対する批判は、次のページにもあるので、読んでほしい。
  → 弁護士ドットコム

 ただ、この判決という個別の案件については、ここでは特に論じないでおこう。

( ※ 別の記事によると、当の駅は有人改札だとのこと。そこを認知症の老人が、金を持たないまま通り抜けたのが、根本原因だろう。この件では、対策するべきは、家族ではなくて、駅の方だと思う。── 私としては、そのくらいしか言えない。)


 ──

 本項で扱うのは、次の話題だ。
 「徘徊老人をどうするべきか? 事故が起こらないように監禁するべきか?」


 判決では「監禁するべき」という趣旨の結論が出された。「監禁」という言葉は使っていないが、「外に出ないように厳重に措置する」というような話だから、事実上の「監禁」である。では、それが正しい措置なのか?

 どうも裁判所の見解は、次の二者択一のように思える。
  ・ 監禁して、事故を起こさないようにする。
  ・ 監禁しないで、事故が起こる可能性を放置する。

 ここからであれば、「監禁する」という結論しか出ないだろう。しかし、本当に、その二者択一なのか? 

 私としては、よく考えたすえに、次の案を提出したい。
 「狭いところに監禁することはしないが、広い領域に解放しながら、行動範囲をその領域に制限する」


 これはいわば「放牧」である。牛や馬を放牧するように、徘徊老人を放牧する。その土地は、次のようなものだ。
 「200メートル四方の広さの公園」
 およそ 砧公園 (の一部)みたいなものである。こういう広い公園を、好き勝手に徘徊できるようにする。ただし、公園の周囲には柵または塀があって、公園の外に出ることはできない。

 このように放牧された老人は、実質的に領域内に「監禁」された状態にあるが、それでも広い領域内を自由に行動することができる。

 ただし、これには、次のデメリットが伴う。
 「好き勝手に生きるので、十分な健康サービスを受けることができない」

 たとえば、さまざまな薬(例:高血圧の薬)を、看護師から強制的に飲まされることはない。飲んでもいいし、飲まなくてもいいが、飲むためには自分で覚えておく必要があるから、認知症の患者には無理だ。結果的に、さまざまな薬を飲む機会がなくなる。
 食事にしても、風呂にしても、洗濯にしても、自分で自発的に行なう必要がある。食堂や、風呂場や、脱衣場や、着替えは用意されているが、そこに導いてくれる人はいない。自分で決めなくてはならない。
( ※ 寝たきりではなく、自分で行動できることが条件。)
( ※ 自分の個室というものは、あってもいいし、なくてもいい。あっても忘れてしまいそうだし。)

 ここに入ることができるのは、認知症のなかでも、次のようなタイプだ。
 「自分自身についての記憶が失われているし、さまざまな記憶力が欠落しているが、判断力はある。人格の崩壊は起こしていない」
 比喩的に言えば、「記憶喪失」の人である。そういう人は、それなりに生きていけるのだが、過去の記憶がない。また、現在でも、記憶を獲得できない。

 こういうタイプの人向けだ。しかも、自由を得るかわりに、さまざまな健康サービスを失うので、結果的に短命となる。
 一種の「人生の最後の暮らし場」である。

 ──

 さて。この提案であるが、次の批判が予想される。
 「最高の医療サービスを提供しないで、死亡の可能性を高めるのはけしからん。病気治療のための薬は、(半)強制的に飲ませるべきだ」
 特に、医療関係者ならば、そう主張するだろう。

 ただ、私がその立場にあったら、それには同意しがたい。むしろ、次のように思う。
 「今の状態で監禁されて長生きなんかするより、毎日を自由に暮らしたい。狭い部屋で人生の自由を失うより、広い公園で公園で緑と太陽に囲まれて暮らしたい。たとえ寿命が縮まっても」
 つまり、無意味な 100日よりは、有意義な1日の方がいい、という価値観だ。逆に、拘束服を着せられながら長生きするなんて、最悪だろう。

 というわけで、こういう道もあるのだ、ということを、ここで提案したい。
( ※ ただし、あくまで提案である。アイデアの提示だ。そのアイデアを実現するかどうかは、私の決めることではなくて、国民や政府の決めることである。私はそこまでは口出ししない。「こうしろ」とは言わない。)
( ※ ただ、そういう制度が整備されたら、私としては、その制度を利用したい。その旨を、認知症になる前に、公正証書に書いておきたい。)



 [ 付記1 ]
 このような「放牧」の土地は、温暖な土地が好ましい。東南アジアのパラオなんかがいいが、日本でも石垣島なんかだとよさそうだ。田畑もいっぱいあるし、木もいっぱいある。簡単に公園(= 老人放牧場)をつくれるだろう。
  → Google マップ
 できれば 砧公園 みたいに整備してほしいが。

 [ 付記2 ]
 迷子になった老人は、夜間に放牧場の片隅で、凍死する可能性もある。それを防ぐには、迷子探索機(無線発信器)を用意するといいだろう。別途、赤外線探知機で、夜間の領域を探索できるようにするといい。
 その意味でも、領域は広すぎない方がいい。
 


 【 関連サイト 】
 ネットを調べたら、外国に似た例が見出された。これはすでに実現している。
 オランダ・アムステルダム郊外の介護施設「ホフヴェイ」。
 別名「認知症の村」とも呼ばれるホフヴェイでは152人が生活している。一見ごく普通に暮らしているように見えるが、実際には職員が24時間態勢で見守る。施設内にある飲食店、食料品店、美容院、劇場など運営するのも介護職員だ。
 入居者は、街路樹に彩られ、噴水やベンチのある公園のような敷地内を自由に散策できる。ただ、外部とは2階建ての居住棟で仕切られており、外に出ることはできない。出口に近づく入居者がいると、職員が丁寧に声をかけて別の場所へ誘導する。
 入居にかかる費用はほかの24時間介護付きの施設に比べて大幅に安く、家族にかかっていた多大な負担やストレスも軽減される。
 ホフヴェイの革新的な取り組みには、日本やドイツ、英国、スイスの専門家も注目する。
 ホフヴェイの入居者は医薬品の量が少なくなって食欲が増し、寿命も長くなる傾向がある。
( → オランダの「認知症村」に見る介護の最先端
 これは、私の提案した「放牧」に比べると、職員が多数いるので、かなり贅沢なサービスである。それでも、「入居にかかる費用はほかの24時間介護付きの施設に比べて大幅に安く」なるそうだ。(といっても、自宅介護よりは、大幅に高いと思う。)
 上記の方式をいっぱい普及させたあとでは、コストのかからない方式として、本項の「放牧」が話題になるかも。というか、本項の「放牧」は、比較的軽度の認知症患者を対象としている。あまり介護の世話を必要としない患者の場合。
 上記サイトと本項では、話の方向は同じだが、介護の必要性のレベルが少し違っているようだ。
 
 なお、私だったらここに入りたいかというと、あまりその気になれない。公園がないんじゃ、つまらない。やはり、砧公園みたいな、広い緑の空間で生きていきたい。
 


 【 関連書籍 】




きみに読む物語 (ソフトバンク文庫)



 認知症になった妻に、若かりしころの二人の恋愛を、何度も語り続ける夫の話。今どき珍しい純愛物語。
( ※ ラノベとは全然違うので、お間違えなく。文学です。詳しくは、読者批評を参照。)
posted by 管理人 at 20:50| Comment(5) | 医学・薬学 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こういう損賠に対しては、保険で対処するのが一般的です。個人賠償責任保険。

特殊な保険ではななく、住宅を借りる際に、貸主から加入を要求される火災保険とセットになってます。

この認知症老人の家庭は、火災保険にすら入ってなかったのですね。不幸な偶然です。
Posted by 井上 晃宏 at 2013年08月31日 07:58
> 火災保険とセットになってます

 借家・借間でなく自宅ならば、セットではなくて、オプションであるようです。(ネットで調べた。)
 自宅で加入している人は、そう多くはないと思えます。
 → http://j.mp/15dzp2F (個人賠償責任保険)

 あと、借家の場合にも、この保険では保険金は支払われません。理由は、
 「住宅の所有、使用または管理に起因する偶然な事故については、記名被保険者の居住の用に供される住宅で生じた事故にかぎります。」
 → http://j.mp/18rtpUI
Posted by 管理人 at 2013年08月31日 09:54
http://www.ins-saison.co.jp/eraberu/ins_detail/kobai.html

こちらの保険は、自転車事故もカヴァーします。自宅の犬の与えた損害(咬傷、糞)にまで対処してくれるのもある。
個人賠償責任保険にも、いろいろあるということですね。

まあ、高齢者家庭では、そういうリスクまでいちいち考えて保険入れってのも無理があるので、認知症老人の損害については、政府にめんどうみてもらうべきでしょう。政府が賠償するからって、認知症が増えるわけじゃないから。

自動車運転免許については、認知症検査があって、更新を拒否されることがあります。

医師免許にも認知症検査をつけてほしい。
Posted by 井上 晃宏 at 2013年08月31日 10:48
> 認知症老人の損害については、政府にめんどうみてもらうべきでしょう。

 それだと、老人が死んでしまう事故は避けられません。本項は事故をなくすことが目的です。損害賠償は二の次。
 例。「あなたが線路に入って死んでも大丈夫。国が損害補償をしてくれますからね。どうぞ線路で死んでください」
 これじゃ解決になっていない。
Posted by 管理人 at 2013年08月31日 13:05
最後のあたりに  【 関連サイト 】 を加筆しました。
 タイムスタンプは 下記 ↓
Posted by 管理人 at 2013年08月31日 15:41
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