enchantMOON は、バグだらけだ。まともに再起動もしないとか、ペンの追従が途切れるとか、問題があとからあとへと出てくる。
ただ、これは、現状の問題である。これらの問題は将来的には、ソフトウェア的に解決するだろう。では、そのとき、enchantMOON は実用的に使えるか? この問題を考えてみよう。
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そもそも、enchantMOON とは何か? 次のようなものである。
「既存の Android 機のハードを転用することで、安価な汎用品をそのまま使う。OS については、Android の OS を基本としながらも、それを独自にカスタマイズする。その目的は、機能を手書きに絞ることで、手書き機能を高めることだ。同時に、専用チップを搭載して、手書きの性能を高める」
つまり、こうだ。
「既存の汎用品を使いながら、手書きに特化することで、高性能な手書きマシンを安価に提供する」
では、これは可能なのか?
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一般的には、次のことが言える。
「機能を絞ることでコストを下げるというのは、機械製品には成立するが、ソフトウェア製品には成立しない」
つまり、「手書きに機能を絞る」としても、そのことによるコストダウン効果はほとんどないのだ。
だったら、次の方針の方がマシだ。
「 CPU や メモリなどのハードを少し高性能にすることで、マシンスペックに余裕をもたせる。そのことで、機能を絞らず、従来の機能をそのまま使えるようにする。ウェブ閲覧や音声などの機能も、そのまま使えるようにする。ハードが高性能になることで、価格は若干高くなるだろうが、この方が簡単に高機能のものが作れる」
そして、その方針を取った製品がある。下記だ。
東芝 REGZA Tablet AT703
これは、上記の方針を取ることで、手書きタブレットとしての機能を十分に実現している。
→ 使用レポート1
→ 使用レポート2
もちろん、手書きだけでなく、Android 機としての機能もある。解像度も 2560x1600 で、Retina 並みだ。
唯一の難点は価格で、発売当初は9万円もしていた。しかし現在では、71800円まで下がっている。
→ REGZA Tablet AT703/58J の価格推移グラフ
この分だと、近いうちに6万円程度まで下がるだろう。そうなったら、もはや enchantMOON の出番はない。たとえ数年後に enchantMOON が完成したとしても、そのころにはもはや REGZA Tablet などの大手メーカー品が市場を席巻しているはずなのだ。ベンチャーの出番はない。
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では、本当に、REGZA Tablet などの大手メーカー品が市場を席巻するだろうか? 「イエス」と思えるが、実はそうではないようだ。Amazon のユーザー評価を引用しよう。
《 まとめ = ペン入力を活かすにはWindows機の性能が必要 》要するに、手書きのメモだけなら Android 機でも足りるのだが、既存の PDF などのファイルと連携して、そこに手書きで書き込むには、Android 機ではとても足りないのだ。なぜ? CPU の性能が大きいだろう。
ペン入力のインタフェイス自体は優れていますが、それを活かすアプリを動かすには、現在のAndroidはパフォーマンスが不足します。
2013年現在、ペン入力を使った本格アプリを動かすには、Windows/Macなどのパソコンが必要になります。Android機であるこの機種のペン入力は、お遊び程度の用途しかありません。
もう少しお金を出せばバリバリ使えるV713が買える訳ですから、そちらの方がお得です。つまり、買うべきなのはこの機種でなく、dynabook V713/28Jということになります。
( → Amazon のユーザー評価 )
→ CPUの性能比較
→ CPUパフォーマンス比較表
これを見ると、次のことがわかる。
・ ノートパソコン用の ATOM の性能は、デスクトップ機の Celeron よりも大幅に劣る。半分以下。
・ Celeron の性能向上の速度は、遅い。4年で2倍にもならない。
・ 上級の CPU の性能は、たいしたことがない。コアの数が多いという点を除けば、最高級品でさえ、処理速度は Celeron の2倍ぐらいにしかならない。
以上のことから、次のように言える。
「 Android 機の CPU の性能は、デスクトップ機に大幅に劣る。現状では、数分の1。それが現在の Windows 8 の 10万円クラスの性能に到達するには、5年や 10年では無理で、もっと時間がかかりそうだ」
要するに、「 Android 機で手書きタブレット」というのは、今後 10年ぐらいは不可能だろう。かわりに、Windows 8 ならば、それが実現する。価格は高いが。
東芝 dynabook V713/28J
enchantMOON がめざしている目標は、ここですでに実現しているのである。ただし価格は 13万円もする。
そして、価格がそれぐらい高いのは、ソフトに金がかかっているからではない。ハードに金がかかっているからだ。そして、なぜそうかというと、OS が無駄に高機能を要求しているからではなくて、
「手書きと実用的な PC ソフト」
という組み合わせが、少なくともデスクトップ機レベルの CPU を要求しているからだ。その性能は、現在のパソコンの最先端である必要はなく、数年前の Celeron のレベルで足りる。しかしながら、そこに Atom が追いつくには、5年ぐらいの時間がかかりそうだ。まして、Android 用の安価な CPU がその水準に追いつくには、10年ぐらいの時間がかかるだろう。……というのは、CPU の性能向上の速度は、かなり遅いからだ。
で、安価な CPU のかわりに、まともな CPU を使えば、上記の Dynabook ぐらいのマシン構成になってしまうのである。
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結論。
「低スペックの Android 機を転用することで、安価な手書きタブレットを」という enchantMOON は、方向性が根源的に狂っている。
その方向をいくら進んでも、せいぜい手書き専用のメモ帳ぐらいにしかならない。
一方、PDF ファイルとの連携(たとえば PDF ファイルに手書きで書き込むこと)を狙えば、どうしても高いマシン・スペックを必要とする。それは、Windows 8 では実現できるが、Android では実用まで 10年ぐらいがかかる。
( ※ 可能になるというのは、スペックのレベルでのこと。Android という OS が実用レベルの文書作成ができるかどうかは不明。10年後のバージョンでは何とか可能になるかも。現状の Android OS では不可能だし、ソフトもない。)
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どうしても手書きタブレットを使いたいというのであれば、上記の東芝の Android 版の手書きタブレットを使うといい。これなら今すぐ、7万円で買えるし、満足度もそこそこあるだろう。オモチャとしては不満なく楽しめる。
一方、実用的に使いたいのであれば、実用的なパソコンを買うしかない。そこに手書き機能を含めたければ、上記の Dynabook がある。これを買えばいい。
しかるに、「 enchantMOON を買う」という選択肢は、ありえない。今もないし、数年後にもない。3年後には、東芝の Android 版の手書きタブレットがずっと安くなっているはずだ。そのころに enchantMOON が完成したとしても、買う人はどこにもいないはずだ。
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enchantMOON の会社は「大手メーカーにはできないことをベンチャーがやる」というふうに鼻息荒くまくしたてた。
しかし大手メーカーは、それができなかったのではあるまい。「できるけれど、市場性がない」と判定したのだろう。「そんな特殊な専門のカスタマイズ機を低スペックで作るよりは、高機能な汎用機の方が市場性がある」と判定したのだろう。……そして、それは、正しい判定なのだ。私はそう考える。
[ 余談 ]
enchantMOON を見ていると、キヤノンの「シンクロリーダー」を思い出す。
「オープンリールテープはかさばって不便だな。それだったら、紙に磁気を塗って、紙に記録すればいい」
こういう発想のもとで、シンクロリーダーという録音装置が開発された。なるほど、それは、1枚の紙に録音できて、可搬性がすごく優れていた。折り畳むこともできた。
ところが、本体が途轍もなく巨大になった。オープンリールテープを動かすかわりに、本体のターンテーブルが「回転しながら平行移動する」という奇怪な巨大マシンだった。レコードプレーヤーで言えば、レコードを回転させるかわりに、針がグルグル回転して、針を支える巨大装置もいっしょに回転する、という感じである。歴史に残る珍発明。
enchantMOON は、シンクロリーダーに似ている。一つだけの美点(手書き)を追い求めたあげく、それ以外のすべてを見失ってしまった。そのせいで、本末転倒的な奇怪な商品になってしまった。
世間を制覇するのは、こういう奇怪な商品ではなく、ごく当たり前の商品なのである。enchantMOON は、良く言えば「独創的」だが、「珍発明」の方に分類されるべきものだろう。
それだけに、骨董品的な価値はある。このまま継続的に開発されるとは思えない。もし開発すれば、大量の売れ残りが出るだけだ。
enchantMOON を二つ買うよりは、東芝の手書きタブレットの方が安い。機械趣味の普通の人は、そちらを買う方がいいだろう。
( ※ enchantMOON を買った方がいいのは、マゾ趣味の人だけだ。彼らは、おのれの哀れさをさらすことで、ブログなどのページビューを稼ぐことができる。ピエロのように、笑われて、人を喜ばせる。心の底では泣きながら。 (^^); )
【 追記 】
東芝の Dynabook のかわりに、もっと安価な製品が出た。手書きパッドの Windows 8 機で、手書きペンが付いている。値段は大幅に安い。
ASUS TAICHI21-3337S Silver
【 関連項目 】
次項・次々項も 参照。
→ ATOM の手書きタブレット
「ATOM を使うことで安価にした Windows 8 タブレットがある」
→ 手書き Win 機が 39800円
文脈からして ATOMの間違いでは?
ただ、Celeron も ATOM も、どちらもそうです。
「彼らは、おのれの哀れさをさらすことで、ブログなどのページビューを稼ぐことができる。ピエロのように、笑われて、人を喜ばせる。」
は余計なお世話だな。
ずいぶんご立派な物言いで。
この一文が無ければ素晴らしい論評だったのに台無し。
「enchantMOON を買った方がいいのは、マゾ趣味の人」
というのは、特定の人を念頭に置いたわけじゃなくて、架空の存在だから、ご容赦ください。現実に該当する人は、たぶん一人もいないんじゃないの? マゾ趣味の人なんて、いそうもないし。(物好きの人がいるだけでしょう。)
つまり、この箇所は、漫画ふうの冗談です。あくまで「該当者なし」です。もし該当する人がいたら、「おれのことだ」と名乗り出てください。
要するに、結論としては、
「enchantMOON を買った方がいいのは、マゾ趣味の人」
というのは、
「そんなやつ おらんで〜」
という話。
・駄目で可愛い夢のあるenchantMOON(ヒモ)君は私が居ないと駄目!
・やっぱりenchantMOONはみんなの言う通りサイテーよ。でももしかしたらっていう宝くじ買うような気分で期待だけはしてあげるの、私、大人だから!
・あなたは知らないかもしれないけど、昔enchantMOONていう馬鹿な男が居てね、笑っちゃうのよ……本当懐かしいな……(タバコを吹かしながら)
っていう流れをやりたい男性も居るって事ですよ
「機能を絞ることでコストを下げるというのは、機械製品には成立するが、ソフトウェア製品には成立しない」”
??ここがちょっと分からないです。
iPad などだと、ソフトの数を半分に減らしても、ハードの構成は変わりません。ナンチャッテムーンの例で言うと、Android の機能を削っていますが、機能を削っても、Android としてのハードはそのまま残っているので、コストダウンになっていません。逆に言えば、Android としての機能を削らずに、そのまま残したとしても、コストはほとんど上がりません。実際、Windows 8 を使えるマシンは 39800円でできていますし。(別項参照。)
なるほど、と思うところがありました。
ただ、まだ疑問が残ってしまいます。
iPadの例で言うと、ソフトでできることを絞れば価格は変わるのではないでしょうか。例えばGPS機能を削る、という方針を採用した場合、ハードウェア自体の構成が変わります。部品数や組み立てコストが下がるということはあり得るのでは、と思います。
もっと大胆に、動画は見せない、通信はしない、等の方針にすると更に安くなると思います。個別の部品の他に、CPUやメモリのスペックが低くて済むからです。
もちろんこれは、おっしゃる「ソフトウェア製品」というよりソフトとハードにまたがる話です。ですから、記事内容を否定するものではありません。
ただ、enchantMOONの方針はこういう形でのコスト削減だったのでは? と思うのですが、どうでしょうか。
その上でenchantMOONがイマイチなのであれば、
方針の方向性にあるのではなく、塩梅を間違えたこと。問題なく動くスペックの程度を読み違えたことかなと思うんです。
あるいは、スペック対効果の方針ではなく、もっと大きなコンセプトそのものが間違っていたとなるのかもしれません。
ただ、機能を絞ることでコストを下げることは可能なのでは? と思ってしまいました。
長文失礼しました。的を外していたらすみません。
マザーボードへの高密度実装は自動化されているので部品点数を削減した場合、オリジナル規格となり汎用性を失うためむしろ高価となる。
CPU, LCD, メモリー、電池、そして筐体の価格構成比が大きい。
「 ASUS TAICHI21-3337S Silver 」
タイムスタンプは 下記 ↓