( 前項 の続き。) ──
Wikipedia の「記憶」を読むと、さまざまな記憶の種類が分類されているが、「記憶とは何か」が説明されているわけではない。
そこで、以下では私なりに説明しよう。
(1) 感覚記憶
感覚記憶とは、実際に感覚したことの再現である。
たとえば、ある女性の顔を見たあとで、その女性の顔を心に思い浮かべる。
ただ、その再現像は、もとの感覚の像に比べて、情報がかなり失われているのが普通だ。だから、モンタージュ写真を作ろうとしたり、似顔絵を描こうとしたりすると、似て非なる不完全な像ができる。
これはどうしてかというと、次の違いがあるからだ。
・ 実際の感覚 …… 一次感覚野
・ 記憶した像 …… 二次感覚野
ここで、一次感覚野と二次感覚野の違いは、いちいち説明しないので、知りたければ勝手に調べてほしい。たとえば、視覚野ならば、下記。
→ 一次視覚野と高次中枢
※ 二次視覚野は、「視覚連合野」とも呼ばれる。
(2) ストーリー記憶
感覚記憶が時間的に連続変化することで、ストーリーを展開することがある。
たとえば、ある女性の顔を思い浮かべているうちに、その顔が、こちらを見つめたり、目を逸らしたり、というふうな。
(3) 歪んだ感覚記憶
上の (1) の感覚記憶が、頭のなかで妙に変形されて再現されることがある。たとえば、本来はロングヘアの女性が、ショートヘアで再現されたり。セーターを着ていたはずの女性が、シャツを着て再現されたり。
(4) 歪んだストーリー記憶
上の (1) または (2) の像が、実際にはなかった形でストーリー展開することがある。たとえば、自分の憧れる女性が、いっしょにデートしてから、抱きついてきたり。
( ※ 夢ならば、ここで覚めるのが普通。もうちょっと先に進んで、キスする寸前で覚めることもある。)
──
以上のような記憶は、「現実にあった感覚の再現」を基本とする。正確に再現されることもあるが、不正確に再現されることもある。不正確どころか現実から乖離したストーリーで再現されることもある。それでも、個々の像はあくまで現実に基づいている。
したがって、現実に体験しなかった像が現れることはない。見たこともないタスマニアの風景が現れることもないし、見たこともないサモア人の顔が現れることもない。(テレビで見た人の像ならば現れることもあるだろうが。)
特に、夢ならば、次の形を取る。
「自分の視点から見た情景」
つまり、そこには自分の目から見た情景があるだけだ。当然ながら、自分の姿はない。ただの小説ふうのストーリーならば、自分自身が登場してもいいはずなのだが、自分の姿が夢に現れることはない。なぜなら、人は自分自身を見たことはないからだ。(せいぜい鏡に映った姿や、カメラに撮影された姿などを見るだけだ。)
──
他に、概念的な記憶というのもある。
・ 言語の記憶 (単語の意味などの言語力)
・ 言語によって構成された記憶 (知識)
これらは、記憶といっても、別のジャンルのものであるし、「記憶」と呼ぶよりは「知識」と呼ぶ方が妥当だとも思える。本項では、これらについては扱わない。
──
話を戻す。
先に (1) 〜 (4) のような「記憶」の分類を示した。これらは、正しければ「記憶」と呼ばれ、間違っていれば false memory (偽の記憶・過誤記憶)と呼ばれる。
通常、「妄想」と呼ばれるものは、これに該当するとも言える。(妄想のうち、現在についての妄想でなく、過去についての妄想。)
以上によって、私なりに「記憶」というものを定義した。
さて。
このように概念を定義すると、話がわかりやすくなる。
前項の話題を扱おう。前項で「偽の記憶」もしくは「連想」と呼ばれたものは、どう考えられるか?
クリックして拡大
・ 部屋Aでは電気ショックを受けなかった。
・ 部屋Bでは電気ショックを受けた。
・ 部屋Aを思い出しながら、部屋Bで電気ショックを受けた。
・ 部屋Aに戻ると、身構えた。
( → 出典:読売新聞 )
ここまでは実験事実だ。このあとは、結論だ。
研究チームは、次のように考えた。
「『部屋Aで電気ショックを受けた』という偽の記憶が形成された」
私は、次のように考えた。
「部屋Aにいるときに、『部屋Bで電気ショックを受けた』という記憶が連想された」
以上は、前項で述べた通りだ。
──
このあと、同じことを、本項で用いた用語で表現し直すと、次のようになる。
研究チームは、次のように考えた。
「『部屋Aで電気ショックを受けた』という偽の感覚記憶が形成された」
私は、次のように考えた。
「部屋Aにいるときに、『部屋Bで電気ショックを受けた』という感覚記憶が連想された」
ここでは、ただの「記憶」ではなく「感覚記憶」という言葉が使われている。すると、次のようになる。
研究チームの認識では、マウスは次のように感じている。
「この部屋にいるときに電気ショックを受けたんだ。そのときの感覚が思い出される」……(*)
私の認識では、マウスは次のように感じている。
「この部屋にいるときには電気ショックは受けなかった。でも、別の部屋にいるときに電気ショックを受けたことを、思い出してしまうんだ。連想してしまうんだ」(**)
この二つはまったく別のことである。そして、(*)のことは妄想に属するが、(**)のことはただの連想にすぎない。この両者はまったく別の種類のことだ。
簡単に言えば、(*)のことは「マウスを発狂させた」ということであり、(**)のことは「マウスを混乱させた(脳を混線させた)ということである。
そして、脳科学的に言えば、この二つは次の二つに相当する。
・ 発狂させた …… 大脳に作用して、特殊な思考を発動させた
・ 混線させた …… 海馬に作用して、大脳の二つの領域を結びつけた
では、今回の実験では、そのどちらが起こったか? 大脳に特別な作用をもたらしたのか? それとも海馬にちょっとした作用をもたらしたのか? …… もちろん、後者である。
とすれば、今回の実験による結果が、「偽の記憶」ではなく「連想」であることは、明らかであろう。
そして、そういう結論が得られたのは、本項の冒頭で「記憶とは何か」をはっきりと定義したからなのだ。
逆に言えば、理研の研究チームが誤ったのは、「記憶とは何か」をはっきりと定義していなかったからなのだ。
結局、記憶について実験をするならば、「記憶とは何か」をはっきりと定義しておくべきなのだ。そうしてこそ、正しい結論を得られる。

→ http://d.hatena.ne.jp/white_cake/20130728/1375007571
「消えた女の子」
前項から続いている偽の記憶のことについて一点教えてほしいことがあります。
「部屋Aにいるときに、『部屋Bで電気ショックを受けた』という感覚記憶が連想された」
ということであるならば、マウスは部屋Bで電気ショックを受けた感覚記憶を持っているはずなので、部屋Bに入れられた時にも身構えるのでは、と思ったのですが、元の論文によればこのマウスは部屋Bでは身構えなかったそうです。
これについてはどのように考えたら良いのでしょうか。ご回答いただければ幸いです。
それが事実だとすれば、「連想」でも、「偽りの記憶」でも、どちらでも説明できません。過去の記憶が変質したことになるからです。
ただ、次の仮説は考えられるかも。
「記憶そのものは変化しないが、記憶を呼び出すための回路(海馬にある)が変化したので、記憶を呼び出しにくくなってしまった」
これは、海馬の役割を考えると、妥当な解釈です。
この実験プロトコルによると・・・刺激を与えられず、光を与えられたA部屋、反対側のB部屋以外にもう1つ別の刺激を受ける部屋があるようです。(論文中の図に関してもそのように示してあると思われます。)(SCIENCE vol.341: 387-391の390ページ 34-38行目 )。
そのため、マウスが避けるのは2つのチャンバーのうち、光を当てられたチャンバー(上記の例であればA)のみになります。よって、AとBの部屋とは全く関係のない部屋(context)で刺激を受けたにもかかわらず、その時に光の照射を受けたことで、“刺激”の記憶と“Aの部屋”の記憶が結びついてしまったと筆者は主張しているのではないでしょうか。
私の解釈が間違っていたらすみません。