2013年07月26日

◆ 偽の記憶か、連想か?

 マウスで「偽の記憶」を作った、という研究報告が出た。しかしこれは、「偽の記憶」というよりは、「連想」だろう。 ──

 マウスで「偽の記憶」を作った、という研究報告が出た。
( ※ 原文は英語で false memory 。「虚偽記憶」「誤った記憶」という訳語もあるが、本項では「偽の記憶」と書く。)

 記事を引用しよう。
 脳を刺激して、実際と違う誤った記憶(過誤記憶)を作り出すことに、ノーベル賞受賞者の利根川進・米マサチューセッツ工科大教授と理化学研究所のチームがマウスの実験で成功した。
 利根川教授らは、マウスの脳の奥にある「海馬」と呼ばれる部分に光を当て、実験を行った。海馬は記憶に関係すると考えられる。マウスの脳細胞には特殊な遺伝子が組み込まれ、光を当てると活性化、直前の記憶が再生されるようになっている。
 このマウスをまず、何もしない安全な部屋に置いた。
 その後、形の違う別の部屋に移し、脳に光を当てながら、マウスの嫌いな電気を足に流した。
 このマウスを安全な部屋に戻すと、外敵に遭った時のように身構え警戒したが、電気を流しただけのマウスを安全な部屋に戻しても、警戒しなかった。
 これは、海馬に光が当たったことで安全な部屋の記憶がよみがえり、マウスが「安全な部屋で電気を受けた」と混同したと考えられる。
( → 読売新聞 2013年7月26日 )(あり)
 最後の「安全な部屋の記憶がよみがえり」という箇所が問題だ。まさしくそうだという保証はない。かわりに、次のように説明することもできる。
 「海馬に光が当たったことで安全な部屋の記憶が連想され
 これであっても、実験結果は説明可能である。
 つまり、同じ実験結果から、次の二つがどちらも結論できる。
  ・ 偽の記憶が形成された
  ・ 別の記憶への連想が形成された

 そのどちらが正しいかは、今回の実験だけからは、判定が付かないのだ。ゆえに、前者が正しいと結論することはできない。
 今回の実験は、確かに有益だし、二つの選択肢のどちらかに絞るところまでは来た。その意味で、きわめて有益な実験である。とはいえ、「二つのうちの前者の方が正しい」と結論するところまでは行っていない。それは勇み足というものだ。真に科学的な態度とは言えない。なぜなら、後者の方が正しい可能性もあるからだ。
 
 ──

 さらに言おう。私個人としては、次のように推断する。
 「上記の二つの選択肢のうち、前者は間違いで、後者が正しい」
 
 ここで「前者は間違いだ」というのは、「利根川教授の結論は間違いだ」ということを意味する。
 ではなぜ、「後者が正しい」と言えるのか? それは海馬の役割を考察することでわかる。

 海馬とは何か? 「記憶をつかさどる器官だ」と説明されることが多い。実際、海馬がおかしくなると、記憶能力が駄目になる例が多い。
 ただしそれは、「記憶は海馬に局在する」ということを意味しない。「記憶の一部は海馬を経由する」ということを意味するだけだ。

 比喩的に言えば、こうだ。
 「ガソリンポンプが壊れると、自動車はパワーを発揮できなくなる。では、ガソリンポンプが、自動車のパワーを生み出す装置か? いや、自動車のパワーを生み出す装置はエンジンである。ガソリンポンプは、そこをガソリンを経由するだけだ」

 海馬も同様だ。記憶の本体は大脳にある。ただし、大脳にある記憶を呼び出すときには、海馬が働いて、記憶を呼び起こす。海馬が働かなくなると、記憶を呼び出すことができなくなる。ただし、記憶そのものは、海馬にはなく、大脳にある。

 以上が脳の基本原理だ。このことから、次のように推定できる。
 「部屋Aの記憶と、部屋Bの記憶は、それぞれ大脳の特定領域に局在する。それらの記憶は、海馬によって呼び出される。呼び出す回路は別々である。ただし、その呼び出す回路をうまく結びつけると、二つの記憶が結びつけられる。つまり、連想が働くようになる」

 このように解釈するのが妥当だろう。
 つまり、利根川教授の研究成果は、「海馬によって連想が形成される」という事実を発見したのである。その意味で、連想の本質を知るための、重要な成果である。
 一方、これを「偽の記憶を作る」というふうに解釈することは、実験結果への誤った解釈であろう。そのような解釈は、実験の成果を台無しにしてしまっている。
( ※ そのような解釈は、将来的には、実験的に否定されるはずだ。 → [ 付記4 ])



 [ 付記1 ]
 「偽の記憶を作る」という解釈では、「海馬そのものが記憶を操作する」というふうになるから、「海馬には大脳を上回る超高度な機能が備わっている」ということになる。
 しかし、これはありえない。海馬は大脳辺縁系の一部であり、古い脳の一部である。これはかなり下等な哺乳類や爬虫類にも備わっている。このような器官が大脳をはるかに上回る機能をもつとしたら、かなり下等な哺乳類や爬虫類も人間の大脳以上の高度な思考能力を持っているはずなのだ。……矛盾。

 [ 付記2 ]
 結局、次のように考えるのが妥当である。
 「高度な思考は、大脳のみでなされる。人間は大脳が発達しているので、高度な思考が可能となる。一方、海馬は、記憶そのものには関与せず、大脳で生じた記憶の信号を操作するだけである」

 比喩的に言おう。
 スパコン(あるいはクラウド方のスパコン)には、何万もの CPU がある。実際の計算をするのは、これらの CPU である。一方、たくさんある CPU に仕事を割り振る働きをする、交通整理みたいなことをやる CPU もある。……この両者がそれぞれ、大脳と海馬に相当する。

 [ 付記3 ]
 上の [ 付記1 ]の考え方からは、「偽の記憶」という発想が生じる。[ 付記2 ]の考え方からは、「連想」という発想が生じる。
 利根川教授は前者を支持するが、私は後者を支持する。
 
 [ 付記4 ]
  ※ 面倒なので、読まなくてもいい。


 「そのような解釈は、将来的には、実験的に否定されるはずだ」
 と先に述べた。そこで、否定する実験の方法を示す。
 それはこうだ。
 「今回の実験とそっくりで、部屋Aと部屋Bを交換した実験をすればいい」
 つまり、こうだ。
  ・ 電気ショックを受ける部屋Aで過ごさせる。
  ・ 電気ショックを受けない部屋Bで光を当てる。
  ・ 電気ショックを受ける部屋Aに戻す。

 もし「偽の記憶」が作られるならば、第2段階では、「電気ショックを受ける部屋Aにいても、電気ショックを受けないという過誤記憶が形成される」ということになるので、電気ショックを受ける部屋Aに戻したとき、リラックスしているはずだ。 ……(1)
 もし「連想」が作られるならば、「電気ショックを受ける部屋Aで電気ショックを受けた」という記憶と、「電気ショックを受ける部屋Aで電気ショックを受けない」という記憶とが、結びつけられて、重なる。そこで、電気ショックを受ける部屋Aに戻されると、「1と0の和は1になる」という原理のもとで、警戒心が働くだろう。 ……(2)
 この (1) と (2) の結果は対照的なので、どちらが正しいか、わかるはずだ。私の考えでは、(1) は否定されるはずだ。

 


 【 関連サイト 】

 (A)
 読売新聞のほかに、もっと詳しい記事がある。
  → CNN : マウス実験で「偽の記憶」形成に成功

 (B)
 参考情報として、下記の記事などもある。
  → 記憶の曖昧さに光をあてる | 理化学研究所
  → 利根川進MIT教授、「ニセの記憶」をマウスで再現
  → マウス実験で「誤った記憶」の形成に成功

 今回の研究のかなり前に、関連する研究が示された。
  → 記憶はやはり脳の物理的ネットワークに保存されていた - 理研とMITが実証
  → 北大、海馬神経伝達を光で制御する新手法で記憶形成の時間経過を解明
  → 理研、細胞1個の遺伝子発現を網羅的に定量化できる新技術を開発



 【 関連項目 】

 次項に続編があります。そちらもお読みください。
  → 記憶とは何か? (次項)
posted by 管理人 at 19:54| Comment(4) | 科学トピック | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「操れた」としても、人間の事だから、消したり、抑えたりする範囲は大雑把になるかも。家族の記憶まで消えたり、選択を迫られることもあるだろう。

 見える世界が狭くなるので、手に触れた温もりだけにすがったり、類似のモノを探したり、カタチだけで取り繕って壁を作って自分を守ろうとする。
  
 問題は、抑えたり、植え付けたりすることではなくて、背負ったままで新しいラインを見つけて生きるということだと思う。

 (例えば、このマウスがその「AB部屋」から抜け出て、餌をとって同じ「AB部屋」に戻ってくる行動をとり、安定させる。それを人工的にできるようにする。)

 私が「想像」や「妄想」を真っ向から否定しないのは、気づくことが出来れば、そこからも想像で補えるから。

 悪い事でも、良いことでも。
相手を想像して思いやる事以外が、他人との関係を補っている証明が出来れば、もっと面白いと思う。どんな人間関係なんだろうか。
Posted by ちょっと、通りますよ。 at 2013年07月27日 00:30
付記4について

>もし「偽りの記憶」が作られるならば、第2段階では、「電気ショックを受ける部屋Aにいても、電気ショックを受けないという過誤記憶が形成される」ということになるので、電気ショックを受ける部屋Aに戻したとき、リラックスしているはずだ。 ……(1)

これも、部屋Aで電気ショックを受けた記憶と、部屋Aで電気ショックを受けなかった過誤記憶が混在することになるので、「1と0の和は1になる」という原理のもとで、警戒心が働くことになり、対照実験とならないのでは?
元々の実験だって、過誤記憶が安全な部屋の記憶を上書きしたのではなく、「0と1の和が1に」なっただけでしょう。

本筋の、連想が形成されただけ、という可能性については賛同しますが。
Posted by pf at 2013年07月27日 22:52
> by pf

 おっしゃるとおりです。そして、それは、私の考えに従った場合、そうなると予想されます。「0と1の和が1」になるはずです。

 ただ、私が本文中で述べたのは、「研究チームの発想に従えば、そうなる」ということです。
 研究チームの発想に従えば、「0と1の和が1」になることはなく、「0が1になり、1が0になる」というふうになるはずです。(上書きされるので。)
 そして、「そういうことはありえない。なぜなら、0と1の和が1だから」というふうに、私は述べています。

 対照実験とならないというのは、その通りですが、それは私の説に従った場合です。
 研究チームの発想に従えば、対照実験になるはずです。(そのあと、否定的な結果が出るだろう、と私は予測しています。)

 なお、次項も参照してください。
Posted by 管理人 at 2013年07月27日 23:49
いえ、研究チームの発想に従っても、「0が1になり、1が0になる」というように上書きされる訳ではないのでは、と私は申し上げています。

研究チームの論
部屋Bで海馬に光を浴びたことにより、部屋Aの記憶が再現され、そこが部屋Aであると誤認した上で電気ショックを受けたため、部屋Aで電気ショックを受けたという過誤記憶が形成され、部屋Aに戻した後も身構える行動を取った。

貴論
部屋Bで海馬に光を浴びたことにより、(そこが部屋Aとは誤認していないが)部屋Aの記憶が想起され、部屋Aと電気ショックの間に連想が形成され、部屋Aに戻した後も身構える行動を取った。

研究チームの論と貴論の違いは、マウスが部屋Bを部屋Aと誤認しているか否か以外には無いと理解しています。
研究チームの論でも、部屋Aで最初に安全であった記憶を失していない、又は少なくとも失していない可能性を否定していない以上、付記4の交換実験は研究チームの発想に従っても対照実験とはならない、と私は考えます。
まあ、オリジナルの論文を読んでいないので、最終的にはなんとも言えませんが。

コメントに対しご回答頂きありがとうございました。
次項も拝読し、総論については先ほども申し上げたとおり、異論はありません。
次項にコメントすべきか迷いましたが、本項付記4に関するコメントなので、引き続きこちらに投稿させて頂きました。
Posted by pf at 2013年07月28日 01:33
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