2013年07月24日

◆ ウナギを食べると減るか?

 ウナギを食べると、ウナギが減るか? 
 ウナギを食べないと、ウナギが増えるか? 
 食べることと増減することは関連するか?

 ──

 ウナギが絶滅間近だ、と話題になっている。この件は、前にも述べた。
  → ウナギ絶滅は政府の方針だ

 これを聞いて、短絡的な発想をする人がいる。
 「ウナギをいっぱい食べるから、ウナギが減るんだ。ウナギを食べなければ、ウナギは減らない。ウナギを食べる連中は、ウナギ絶滅に協力しているのも同然だ。だからウナギを食べるのをやめよう」


 では、この意見に従えば、ウナギは増えるか? いったん蒲焼きになったウナギを放流すれば、蒲焼きのウナギは海をスイスイと泳いで子孫を増やすか? まさか。
 では、上記のような懸念は、どこが間違っているのだろうか?

 ──

 これは一種の論理ミスである。じっくり考えよう。
 まず、次のことは正しい。
 「ウナギを食べなければ、ウナギは減らない」


 つまり、ウナギを食べる量をゼロにすれば、ウナギを捕獲する量もゼロ同然になるので、ウナギの乱獲はなくなり、ウナギは増えるだろう。
 では、ゼロでなくても、いくらかでも減らせば、それなりに効果はあるだろうか? 「イエス」と思う人が多いだろうが、「ノー」が正しい。物事は比例関係が成立するとは限らないのだ。

 つまり、次のことは成立しない。
 「ウナギの消費量を少し減らせば、ウナギの捕獲量は少し減る」


 かわりに、次のことが成立する。
 「ウナギの消費量をいくらか減らしても、ウナギの捕獲量はまったく減らない」


 奇妙に思えるかもしれないが、これが正しい。

 なぜか? ウナギの捕獲量は、定数であるからである。人々が食べようが食べまいが、ウナギの捕獲量は、シラスの捕獲量であり、それは需要には関係しない定数なのだ。シラスの捕獲量を決めるのは、政府などの規制だけであって、需要はまったく関係しないのだ。需要が増えようが増えまいが、漁民は一定量のシラスを捕獲する。

 ──

 このことは、経済学では、次のように説明されている。

 (1) 通常の場合

 通常の場合は、需要と価格は均衡点で一致する。(工業製品などがそうだ。)

dxs.gif

 ここで、需要が減るということは、需要曲線が下方に移動するということだ。その場合、均衡点は左下に移動する。結果的に、「価格は下がり、供給も減る」というふうになる。つまり、次のことが成立する。
 「需要が減ると、生産も減って、市場の取引量も減る」

 これは、デフレ(不況)の場合だ。需要の減少によってまさしく生産量の数的な現象が起こっている。(同時に、価格低下というデフレ現象も発生している。)

 (2) ウナギの場合

 ウナギの場合は、普通の工業製品と違って、人間が工場で生産することはできない。(つまり、養殖はできない。)
 となると、その生産量は、捕獲量という一定値が決まっている。この一定値よりも増えることはない。

dxs2.gif

 「需要曲線1」の場合には、一定の生産量のもとで、上側の交点における価格が決まる。
 「需要曲線2」の場合には、一定の生産量のもとで、下側の交点における価格が決まる。
 両者を比較すると、異なるのは価格だけであり、生産量は変わらない。つまり、次のように言える。
 「ウナギの消費が減ると、ウナギの生産量は変わらないまま、ウナギの価格だけが下がる」

 これが正解だ。このことで、冒頭への回答となる。

 ただし、需要が極端に減ると、下側の斜めの曲線の領域に入る。そうなると、通常の需給曲線の場合(つまり (1) の場合)と同様になる。
 要するに、こう言える。
 「ウナギを食べる人が極端に減ると、いくら値段を下げてもウナギが売れ残るので、ウナギを獲る船の燃料代にもならない。そうなると、ウナギを捕獲する量も減るので、資源保護になる」


 ──

 以上をまとめると、次のように言える。
 (i) ウナギを食べるのをいくらか減らしたとしても、それによる資源保護の効果は皆無である。捕獲されるウナギの量はまったく変わらない。ただし価格だけは下がる。
 (ii) ウナギを食べるのを極端に減らせば(たとえば現状の 100分の1ぐらいまで需要が下がれば)、それによる資源保護の効果はある。


 要するに、「ウナギを食べるのをやめて資源保護を」という主張が成立するのは、「ウナギを食べる人の数を現状の 100分の1ぐらいまで減らす」ということが成立した場合だけである。
 一方、現状の1割や2割ぐらい、食べる人が減ったとしても、そのことによる資源保護の効果は、皆無である。単に価格が下がるだけだ。それだけの意味しかない。
( ※ 実際には、「価格が下がるならウナギを食べたい」と思う人が大多数だから、価格が下がればかえってウナギを食べたがる人は増えそうだ。)
  


 [ 付記1 ]
 ウナギの資源保護を狙うのであれば、次の二点が必須である。
  ・ 乱獲をやめる。(政府による捕獲の規制)
  ・ 国内の河川の環境を改善する。


 後者については、別項で説明した。
  → ウナギの減少と環境悪化
 
 [ 付記2 ]
 原理的に言おう。
  ・ ウナギの捕獲は「減らす量」である。
  ・ 河川環境の改善は、「増える量」である。

 一般に、「減らす量」が「増える量」よりも小さければ、ウナギの資源量は維持される。
 逆に、「減らす量」が「増える量」よりも大きければ、資源量はどんどん減少していき、最終的には絶滅に至る。
 現状では、「減らす量」(過剰に捕獲する量)が過大なままで、「増える量」が急激に縮小していった。理由は河川環境の悪化である。結果的に、
   差分 = 増える量 − 減らす量

 という量は、大幅なマイナスが続いてきた。これがウナギ資源が激減した理由だ。

 ウナギの絶滅を防ぐには、次の二点が大事だ。
  ・ ウナギの捕獲(減らす量)を、少なくする。
  ・ 河川環境の改善(増える量)を、多くする。

 この二点を同時に実施する必要がある。
 一般的には、前者が声高に語られる。後者はあまり語られない。そのかわりに、「ウナギを食うのをやめよう」という見当違いの意見が声高に語られる。ならば彼らは、「店頭の蒲焼きを海に放流しよう」というキャンペーンをするといいだろう。
 
( ※ 「蒲焼きを放流する」というギャグのネタは、はてなブックマークの nt46 氏のコメントから。)
 


 【 追記 】
 誤読する人が多いので、追記しておく。
 本項では、ウナギについて、次のように述べている。
 「食べると減るか?」 

 一方、次のようには述べていない
 「ウナギの生産量は常に一定である」
 仮にこれが成立するとしたら、次のように言える。
 「ウナギを完全に乱獲して、一匹残らず取り尽くしても、生産量は同じ」
 「地球環境が激変しても、ウナギの生存量や生産量は同じ」
 しかし、こんなことはありえない。本項が述べているのはあくまで「食べると減るか?」ということだけだ。そして、次のように述べている。
 「食べると減るということはない。生産量は、食べる量には関係なく、一定である」

 これはつまり、偏微分の発想だ。「ある変数には依存しない」ということだ。しかしそれは「どのような変数についても依存しない」ということではない。
 このことを混同しないようにしよう。

( ※ 「そんなことはわかっている」と思う人が多いだろうが、あにはからんや、はてなブックマークには勘違いする人が多くいる。)
( ※ 「値段を1万円にしても需要は減らないか?」という質問があったので、答えておこう。 (1) 特定の店が値段を1万円にしたら? その場合、その店で売れなくなるだけであり、一国全体の需要には影響しない。市場における需要は変わらない。(2) 国全体で値段を1万円にしたら? その場合、それは国定価格であり、市場原理が成立しなくなるので、「市場における需要」という用語自体が意味を持たなくなる。)
posted by 管理人 at 20:11| Comment(30) | エネルギー・環境2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
消費自粛を煽るだけでは意味が無いということには全く同意します。ただし、シラスウナギは海で育つので河川環境を改善してもどうにもならないのではないでしょうか?

畜養(幼生を捕獲して太らせる)という技術に問題があり世界中で乱獲を引き起こしているわけで、完全養殖の目処が立つまで全面的に禁漁とするしか手立てが無いように思います。
Posted by あゆ at 2013年07月26日 02:09
うなぎの完全養殖、量産に課題
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120129/biz12012922490011-n1.htm

うなぎの完全養殖は、一応できるようになったようですね。
量産に課題ということですが、それも解決しつつあるようで、近いうちに、量産も可能になるだろうと思います。
ですが、野生のうなぎが絶滅しそうであることにかわりはないわけで、絶滅は防がなくてはならない。
完全禁漁が実現したら一番なのでしょうが、なかなかそうはいきませんよね。
となると、産まれてくるうなぎを増やす、つまり、河川の環境を守ることが必要ということになるのではないでしょうか。
うなぎは大好きですが、個人的には代替魚でもいいし、むしろタレだけでもいいですね〜(笑)
Posted by くぅ at 2013年07月26日 04:11
脱不況対策と同じでやるんだったらドカンとやれってことですね。
チビチビやっても他の要因に回ってしまうと。
閾値を越えたらってpHの実験を思い出しました。
Posted by 京都の人 at 2013年07月26日 08:11
はてブ から来るユーザーが多いので、次の項目を 早めに公開しました。お読みください。

 「進撃の巨人はウルトラマン?」
  → http://openblog.meblog.biz/article/17929998.html
Posted by 管理人 at 2013年07月26日 11:59
短絡的な発想をする人、とバカにしますが、ウナギの激減を危惧する人は、あなたが本文中に書いておられるように「ウナギを食べる人の数を現状の 100分の1ぐらいまで減らす」ということを目的にしているのがわかりませんか?

あなたが説明しようとしているのは「ウナギを食べると減るか?」ではなく、「ある時間において、ウナギを食べると、捕獲されてないウナギは減るか?」です。
需要・供給曲線や、まして偏微分など持ちだす必要など全くなく、わざわざブログに書くほどの内容ですらないでしょう。

ただ、ひとつだけ興味深い点があります。
たびたび出てくる100分の1という数です。
これは、何か統計的な閾値として汎用的に使える数値なのでしょうか?
Posted by ウナギは大好きだけど我慢してる at 2013年07月26日 19:16
> 「ウナギを食べる人の数を現状の 100分の1ぐらいまで減らす」

 それじゃ全然無意味です。食べる人の数が 100分の1になったとしたら、残る1%の人が 100倍ぐらい食べますから、消費量は変わりません。
 たとえば、ウナギは今は1匹 1000〜2000円ですが、上記の需要曲線の斜めの部分に達して、価格が低下する(供給減のためには価格低下が必要なので)としたら、1匹 100円ぐらいになります。そうなったら、「毎日ウナギを食べるよ」という人が続出するので、残る1%の人が 100倍ぐらい食べます。
 消費の量を 100分の1にするためには、食べる人の数を 100分の1にするだけでは足りず、10000分の1ぐらいにする必要があります。

 「そんなこと言うけど、本文にはそう書いてあったじゃないか。食べる人の数が 100分の1だって」

 そうですね。すみません。  (^^);
 本文中では、「ありえないこと」として書いたので、わかりやすく書いただけです。「食べる人の数を 100分の1にする」なんて、荒唐無稽であり、現実には不可能ですからね。
 ただ、そんな荒唐無稽なことを本気でやろうとする人がいるようなので、「現実にやるとしたら 100分の1どころじゃないよ」と、より正確に示しているわけです。

 なお、「食べる人の数を 100分の1にする」なんて、荒唐無稽に決まっています。できるわけがない。「1匹 100円」だったら、食べたがる人は莫大に増えるに決まっている。

 なお、数十年後には、ウナギの養殖が可能となるので、「1匹 100円」もしくは「1匹200円」は実現しそうです。サンマの蒲焼きなら、すでに「1匹 100円」が実現しているので、ウナギがそれに近い値段になっても、不思議ではない。そうなったら、ウナギを食べる人の数は、莫大になるでしょう。

> 100分の1という数です。これは、何か統計的な閾値として汎用的に使える数値なのでしょうか?

 おおざっぱに見当を付けた数字です。正確なあたりではありません。そもそも人の気分を測る数値なので、正確な数字は最初から存在しません。人々の気分しだいで、いくらでも変わります。
 大事なのは、次のことです。
 「消費者数がそのくらい減ると、価格が大幅低下するので、シラスを捕獲する漁民が減る」

 大事なのは、価格の大幅低下をもたらすほどに消費者数が減る、ということです。

> ウナギは大好きだけど我慢してる

 無理に我慢させようとしても、不可能です。人のやりたいことを「やるな」と命令しても、不可能です。特に、その命令に科学的な根拠が全くなくて、ただの宗教的な信仰にすぎない場合には、そんな馬鹿げた信仰に従う人は少数です。エコ教の信徒だけでしょう。
Posted by 管理人 at 2013年07月26日 20:09
はてなのブコメに答える。

> 絶滅危惧種を食うのは畏れがあるな

 その気持ちはわかる。ただ、「食うのをやめれば絶滅を免れる」と思うとしたら、それは非科学的だ、というふうに私は考える。
 大事なのは、絶滅を阻止することだが、そのためには、「食うのをやめる」というのではなく、「捕獲するのをやめる」「河川環境を改善する」という手段を取る必要がある。
 
 正しい目的をめざすことは必要だが、その目的に到達するためには、正しい手段を取る必要がある。それには科学的な思考が必要だ。「かわいそうだから食べない」というような感情的な発想では、ウナギを救えない。

 あなたがウナギのような立場になって考えるといい。
 壁の向こうから巨人が現れて、その巨大な手であなたを握って、口に呑み込もうとしている。

 巨人Aは言った。「こいつを絶滅させないためには、こいつを捕獲するのをやめよう」→ そしてあなたを解放した。あなたは生き延びた。

 巨人Bは言った。「こいつを絶滅させないためには、こいつを食うのをやめよう」→ そしてあなたを放り出して、地面にたたきつけた。あなたは死んだ。
Posted by 管理人 at 2013年07月26日 20:16
わかりにくく書いてある割に内容が
・うなぎの食べる量をほんの少し減らしても、
漁獲量に影響はでないよ。焼け石に水だよ
と、小学5・6年レベルなのが、良くないのかも知れない。

また
 「ウナギを食べなければ、ウナギは減らない」
は間違い。

正しくは
「ウナギを食べなければ、ウナギが増える。」
「ウナギを規制する・環境改善すればウナギが増える。」
が正しい。

本文にもあったが、うなぎの食べる量を100分の1ぐらいまで減らせば、漁獲量は減る。
それは現実的に難しいと言うのなら、環境改善も現実的に難しい。一番現実的なのは規制だ。

なので
「うなぎを早く規制しよう」
これだけでいい。

優等生っぽく書くなら
「うなぎを食べるのを辞めて、環境を改善に努め、規制を掛ける」と書けば良い。

くどくなってしまうが、
食べる量を少し減らしても、漁獲量は常に一定であるという、当たり前すぎる事を、分かりにくく書いてあるのが問題だと思う。

他人に言える口ではないが、わかりにくい文章ほど無能の証明なのだから。
Posted by だいふく at 2013年07月26日 20:29
> 「うなぎを食べるのを辞めて、環境を改善に努め、規制を掛ける」と書けば良い

 あなたみたいに理解できない人が多いから、「ウナギを食べるのをやめても意味がない」ということを、詳しく書いたんです。「ウナギを食べるのをやめても、価格が下がるだけで、量的にはまったく意味がない」というふうに。
 きちんと本文を読んでください。自分の信じていることばかりを信じても駄目です。他人の話をちゃんと聞かなくては。

 なお、「捕獲の規制をして、河川環境の改善に努めるべし」という話は、別項ですでに示しています。リンクした通り。
 本項ではあくまで「食べないとどうなるか」という話だけを示しています。「食べないと価格が下がるだけ」というふうに。
Posted by 管理人 at 2013年07月26日 20:48
「絶滅危惧種のウナギを食うな」という心情的な意見については、次のように答えることができる。

 「捕獲を規制して、供給量を激減させれば、市場価格は高騰するので、食べたくても食べることができなくなる。食わないのではなく、食えなくなる」

 これが(経済学的に)論理的な主張だ。
 ただ、この主張には、次の反論が来そうだ。
 「金持ちばかりが食えて、庶民が食えなくなるのは、けしからん」

 しかしそれは仕方ない。何だってそうだ。松阪牛だって、キャビアだって、ロマネコンティだって、金持ちしか食うことはできない。そこでいちいち文句を言っても仕方ない。ウナギもまた、しかり。

 とにかく、「食うな」と騒ぐよりは、「獲るな」と騒ぐ方がいい。そして結果的に価格が高騰したら、もはや食いたくても食えなくなるのだから、「食うな」と騒ぐ必要もなくなる。
 「ウナギを食うのをやめるキャンペーンをしよう」
 なんていう意見は不要だ。捕獲制限のあとは、市場原理に任せるだけで済む。これが経済学的な論理というものだ。
( ※ 言ってもわからない人が多いだろうけどね。ま、書くだけ、書いておく。)
Posted by 管理人 at 2013年07月26日 21:53
今回のテーマはすごく勉強になりました。

いや、言ってることは極めて当たり前のことで、私が何となく感じてた事を明確な文章にして頂いただけなのですが、それを理解できない人が、(文章から推測して)知識レベルの高い人の中に一定数いるってことが勉強になりました。

「うなぎの消費量を今の100分の1にする」もっと正確に言えば「うなぎの消費量を意味のあるレベルまで減らす」って方向性がいかにナンセンスかってことは、多少なりビジネス感覚のある人であれば(管理人さんの文章を読んで)当たり前に分かる(失礼ながらビジネス感覚の低い管理人さんでも当たり前に分かるレベルの)ことなんですが、それすら分からない人が有識者レベルに多くいるって事実に改めて危機感を持ちました。

駄文失礼。
管理人さんへの応援のつもりで書いてますが、そう読めなかったら申し訳ないです。
Posted by T.M. at 2013年07月27日 02:02
うなぎの資源を回復するためには
@うなぎをたべないよう努力する
A環境を改善する
B規制をする
の3つあります。

この記事では@に関して
少しだけ実行しても効果は無い。
だから実行すること自体無意味なのだと
記載されています。

ですが、よく考えてみてください。
@ABどれも少しだけやっても効果はありませんね。
どれもそれなりの規模でやらないと効果でません。

では、少しだけでは効果がでないからといって
@ABを全部やらないというのは駄目ですね。
普通はより効果的なものを選択します。
@・Aは現実的に難しく、Bは現実的に可能です。
なのでBの「規制をしましょう」という結論になりますね。

じゃあ@Aをしなくてもいいのか?
というと私はやるべきだと思いますし、社会的・他の人含めて同じ考えだと思います。
Aに関しては既に管理人さん含め意識してるのではないでしょうか?
ゴミのポイ捨てをしないや、食用油を流しに捨てない などなど

個人でやっても効果がないとわかりつつも、皆さん実行していますね。

みなさんが可笑しいと思って指摘しているのは
Aはするべきと言いながら
@はしなくてもよいと言う
という変な考え(矛盾した考え)だからだと思います。

結論は
Bをするべきとしながら、@Aも努めるというのが妥当ではないでしょうか?


個人レベルで実行しても意味無いから、やらなくてよい
という考えになってしまうと中国の環境問題のように
積もり積もって大問題になってしまうと思っています。
問題を意識して、政治や社会に訴えないと住みにくい世の中になります。


--------------------
話は変わりますが、記事の中で
「需要が増えようが増えまいが、漁民は一定量のシラスを捕獲する。」
というのは間違いですね。

「ウナギの消費(需要)が減ると、ウナギの生産量は変わらないまま、ウナギの価格だけが下がる」
と記事の中で説明されています。ウナギの価格が下がっていくということであれば
消費が減る⇒在庫が増えたのでうなぎの価格が下がる⇒うなぎの利益が減る+在庫が多いので注文を減らす⇒漁師はウナギを捕獲量も減らす
が正しいと思います。

もし捕獲量が一定のままで、価格が下がるのであれば
市場にどんどんウナギがあふれていくことになります。
市場にウナギがあふれ価格がドンドン下がっていれば、
最終的に原価割れ起こして売れなくなります。(消費が上がり、価格が上がるのなら別ですが)
そうならないように、漁師は捕獲量を調整しますね。
Posted by だいふく at 2013年07月27日 11:06
> じゃあ@Aをしなくてもいいのか?
> というと私はやるべきだと思いますし、


 これは、下記のコメントを読んでください。

   Posted by 管理人 at 2013年07月26日 21:53

 減らそうと努力する必要はないんです。供給が絞られて、1匹5000円か 10000円ぐらいになれば、買う人は自動的に減ります。「買うまい」と努力しなくても、自動的に買う人は減ります。「買うまい」という努力は不要なんです。

> どれもそれなりの規模でやらないと効果でません。

 そんなことはないです。
 河川の改善は、少しやるだけでも、その分、効果が出ています。別項のリンクを参照。
 捕獲の制限も、少しやるだけでも、その分、効果が出ます。大きな効果を出すには、大きな制限が必要ですが、少しの制限であっても、少しの効果を出せます。
 その意味で、「食うのをやめるのは効果が皆無」というのとは、事情が異なります。

> ウナギの価格が下がっていくということであれば
> 消費が減る⇒在庫が増えた

> 価格が下がるのであれば
> 市場にどんどんウナギがあふれていくことになります

 それは誤り。価格が下がれば、消費が増えるので、結局は同じ量で均衡します。
 在庫が増えるのは、売れなくなったときです。それは「原価割れで投げ売り」の状態。現状ではとてもそこまでは行かない。1匹50円にまで下がることはありません。1000円が800円ぐらいになるだけ。その場合、数量は変わりません。
Posted by 管理人 at 2013年07月27日 11:24
管理人さんは「食うのをやめるのは効果が皆無」
だと考えているために、話がまとまらないのかなと思います。

管理人さんは
食うのをやめようといっても、みんなやめない。だから効果が無いと話しだてています。

私は
「食うのをやめれは効果がある」
と考えています。
根拠としては、似たような話のエコ活動・環境問題で、それなりに効果があったからです。

夏になったらエアコンの節電・設定温度を上げる、車のエコドライブ、ゴミの分別、ペットボトルの回収、電池の回収、新聞紙の回収、食用油を捨てない、・・・などなど
みんなめんどくさい、嫌だな思いつつも、実行し効果は上がっています。

うなぎの問題もそうです。
個人レベルでは効果は薄いかもしれませんが、社会問題と認識すれば効果はでると考えています。

個人レベルでは効果はないのは
みんなわかっています。
みんなが取り組めば効果も出る事もわかっています。
なのでみんなでやりましょうと呼びかけてるわけですね。
「うなぎを食べるのはやめましょう」って。

どうでしょうか?結構イイせんいってると思うのですが。
Posted by だいふく at 2013年07月27日 17:30
> みんなめんどくさい、嫌だな思いつつも、実行し効果は上がっています。

 だからそこが違うということを「市場原理の曲線」で説明しているんですけどねえ。

 エコならば、やった分だけ、効果が出ます。あなたがエコをした分、誰かが浪費する、ということはないからです。
 ウナギならば、違います。あなたが食べなければ、かわりに、別の誰かが食べるだけ。食べられるウナギの総量は変わりません。食べない人が少しずつ増えると、ウナギの価格が少しずつ下がるだけであり、数量は変わりません。たしかに「食べないことの効果はある」と言えるのですが、その効果は、「価格が下がる」という効果だけです。そして、価格が下がることで、「数量が増える」という効果が生じます。差し引きして、数量は変わりません。……これが市場原理。
 
> なのでみんなでやりましょうと呼びかけてるわけですね。
> 「うなぎを食べるのはやめましょう」

 それで効果が出るのは「価格低下だけ」であり「数量減少ではない」……という事実がわからないんですね。
 ま、「レジ袋の節約でエコになる」と思っている人が多いのと同様で、非科学的なエコ教を信じる人が多いのは仕方ない。
 理解できなければ、無理に理解しなくてもいいです。馬の耳に念仏ですね。
Posted by 管理人 at 2013年07月27日 17:49
ここにきて、ようやく管理人さんの言いたいことがわかりました。すみません。

「価格が下がることで効果がある」
ということを説明しなければいけなかったのですね。

「価格が下がれば、生産量は減ることはないが、生産量が増えスピードは減る」
といえば、わかりやすいでしょうか?


例えば
・消費者がウナギを2000円で購入
・スーパーはウナギを1700円で仕入れ、2000円で売り、利益が300円。
・生産者は1500円でウナギを捕獲し、1700円で売り、利益が200円。
・生産量は一定で、スーパーの販売量も生産量が増えないので一定とします。
※わかりやすくするために損益分岐点などの要素は考えません。

    |販売 |仕入 |利益  |
消費者 | − |2000円| −  |
スーパー|2000円|1700円| 300円 |
生産者 |1700円|1500円| 200円 |

があるとしましょう。
消費者がウナギを食べるのを辞めて、販売量が減ります。
価格が1800円にまで下がるとします。

スーパーの利益が200円下がりますね。
すると下記のようになります。

    |販売 |仕入 |利益  |
消費者 | − |1800円| −  |
スーパー|1800円|1700円| 100円 |
生産者 |1700円|1500円| 200円 |


価格が下がっても利益が100円出るなら、まぁ言いかと思いますが
スーパーとしてはあまりうれしくないですね。
こういう時、スーパーは生産者に対して販売価格を下げるように言うか
もしくは販売価格が安いルートで仕入れるようになります。
すると下記のようになります。

    |販売 |仕入 |利益  |
消費者 | − |1800円| −  |
スーパー|1800円|1600円| 100円 |
生産者 |1700円|1500円| 100円 |

生産者の利益が100円になってしまいました。
生産者の利益が減るということは、新しい工場や設備を買うお金の入手が
難しくなるということです。工場を建てるお金が5年で貯まったのが、10年になります。
つまり、新しくうなぎを取るための設備投資が減り
捕獲量は増えることが抑制されるに繋がります。

諸外国にとってはウナギは日本人が高く買ってくれる
非常に価値のある宝石のみたいにものにうつっているとおもいます。
新規に工場を建てるリスクが少なく、すぐに元が取れるものだったら
ドンドン工場や漁師が増え、捕獲量が多くなってしまいます。
ですが、利益が減って魅力が下がれば、捕獲量の増えるスピードは減りますよね?


ウナギを食べないことによって、利益を一時的にでも下げられるのなら効果はあります。
皆無ではありません。
なのでウナギを食べるのをやめるように呼びかけましょう。

これでどうでしょうか?
Posted by だいふく at 2013年07月28日 12:43
すいません、書き忘れで

管理人さんの
> あなたが食べなければ、かわりに、別の誰かが食べるだけ。たべられるウナギの総量は変わりません・・・略

なんですが、
自分はウナギ問題を社会問題としてみんなが認識すれば
「私は食べないし、別の誰かも食べないようできる。結果食べられるウナギの総量が変えられる。」
と思っています。

値段が下がっても、別の誰かは食べないような状況は
管理人さんは考えづらいのかもしれませんが
環境問題やエコ活動を見てると、日本だったらできるんじゃないかと
思っています。中国や諸外国なら別ですけど。。。

後、一つ前のコメントでも書きましたが
価格が下がったのを買うだけでも、ウナギの捕獲量に影響を与えるので
価格を下げること自体にも意義を感じています。
Posted by だいふく at 2013年07月28日 12:57
その効果は、実は、最初から考慮済みです。話を簡単にするために、図では供給曲線を完全に垂直にしました。実際には、完全に垂直ではなく、わずかに傾きを持ちます。
 ということは、価格低下によって数量を減らす効果は、確かにあるのですが、それはごく微量だ、ということです。
 たとえば、価格が1割低下しても、数量は1%も減りません。そんな誤差みたいな量は無視してもいい。
 もっと本質的なことは、捕獲の数量を半減以下にまで激減させることです。そして、そのためには、次のいずれか。
  ・ 政府が捕獲の制限を命じる。
  ・ 需要を1割以下にする。
 
 こうでもしないと、「数量の半減」は無理です。そして、そのためには、「食べるのを我慢しよう」なんていう運動では無意味なのです。
 「食べるのを我慢しようという運動は無効じゃない。捕獲量を 0.1 %ぐらいは減らせる」
 というのが、そちらの主張でしょうが、そんなことは無意味なのです。誤差ぐらいの意味しかない。ウナギの絶滅回避とは何の関係もありません。ただの気休め。レジ袋の有料化と同じで、ただの(効果のない)自己満足。
Posted by 管理人 at 2013年07月28日 12:57
管理人さんの
> 価格が1割低下しても、数量は1%も減りません。
という認識が間違いの元だと思っています。

この数字がどこから来たのかわかりませんが
大量に仕入れるものは利益率はかなり低く
価格が1割低下するのは、かなり厳しいと考えます。
ウナギの利益率がどこまであるのかわからないので、
詳細なことは語れないのですが
本屋ですと利益率は20〜23%位だそうです。

売値1000円の本は、原価800〜770円で、利益は200〜230円。
価格が1割低下すると、1000円の本が900円になり
利益は100〜115円になってしまいます。

かなり強引な計算をすると
価格が1割低下すると、2倍の量を売らないと
いけなくなりますね。

価格が1割低下するっていうのは相当影響があります。ウナギ一本で生きてる蒲焼屋さんはきついですね。

つまり
「食べるのを我慢しようという運動は有効で、捕獲量を ? %ぐらいは減らせる」
と思っています。
※「?%」の部分ははわかりません。ですが、環境問題の取り組みを見てると
 結構な数値は期待できるのではと考えています。

> レジ袋の有料化と同じで、ただの(効果のない)自己満足。
は間違いで、レジ袋は自己満足ですが、うなぎを食べるのを辞めるのはちゃんと効果があるということです。

これはどうでしょうか?
Posted by だいふく at 2013年07月28日 14:52
> 捕獲量を ? %ぐらいは減らせる

 だからね。数%ぐらいじゃ、絶滅回避には焼け石に水菜の。50%ぐらいでないと駄目。それには、「食べるのをやめよう」という運動は無効。なぜなら、価格が下がれば、その分、かわりに食べる人が増えるから。
 「食べるのをやめよう」という運動がひろがればひろがるほど、「価格が下がったから食べよう」と思う人が増えます。私だってどんどん食べちゃうよ。
 「そんなのはけしからん!」
 と怒る人がいるかもしれないが、蒲焼きを食べないで捨てたって、ウナギの数が増えるわけじゃない。非科学的なエコ教を信じる人は少ないでしょう。
Posted by 管理人 at 2013年07月28日 15:12
> 数%ぐらいじゃ、絶滅回避には焼け石にみずなの。
自分もそう思いますけど、効果がある以上やったほうがいいのではないですかね?

前にも書きましたが
エアコンの節電・設定温度を上げる、車のエコドライブ、ゴミの分別、ペットボトルの回収、電池の回収、新聞紙の回収、食用油を捨てない・・・・などなど
こんなので地球環境が劇的に改善し、環境問題がなくなるとは到底思えません。これこそ焼け石に水だと思います。

でもなんでエコ活動やるかっていったら
焼け石に水だけど、ちょっとでも効果はあるからやるんですよね?
うなぎを食べない活動もちょっとした効果ありませんけど
やったほうが良いと思っています。

前にも書きましたが
「うなぎを早く規制しよう」
が正解で

優等生っぽく書くなら
「うなぎを食べるのを辞めて、環境を改善に努め、規制を掛ける」
でいいんじゃないでしょうか?
Posted by だいふく at 2013年07月28日 15:25
ごめんなさい、また書きもれてました

>価格が下がれば、その分、かわりに食べる人が増えるから。

ここに関しては前のコメントで書いたとおり
価格が下がれば生産者の利益が減って、捕獲量の増加の抑止に繋がります。
なのでやる意義があります。
Posted by だいふく at 2013年07月28日 15:29
前にも書いたけど、「規制を掛ける」で価格は高騰します。たとえば1匹5000円。こうなれば「うなぎを食べるのを辞めて」という運動は必要ありません。

 ただ、ウナギを食べる人にとっては、そういう運動はありがたいですね。そういう運動のおかげで価格が下がれば、その分、値段が下がって、食べやすくなるので。国民の9割以上が食べるのを遠慮してくれれば、その分、食べたがる人が、喜んで食べるでしょう。
 結果的には、食べない運動があるかないかに関係なく、規制によって数量は決まります。たとえば、「今年の捕獲量は 1000トン」というふうに決めたら、その量に決まります。食べない運動は、量には関係ありません。値段に関係するだけ。
Posted by 管理人 at 2013年07月28日 15:39

何でエコ活動を認めながら
うなぎ食べない運動を認めてくれないのでしょうか?

どちらも効果は少なく、その活動だけで劇的な改善は無理です。
効果が殆どないのはわかっています。
でも少しでも効果があるのでやっている、やるべきだと思うのですが。

規制は自分も大賛成です。
Posted by だいふく at 2013年07月28日 15:55
どうも
「価格が下がれば生産者の利益が減って、捕獲量の増加の抑止に繋がります」
というのが正しく伝わっていない気がしてきました。

管理人さんの
> 価格が下がれば、その分、値段が下がって、食べやすくなる
> 国民の9割以上が食べるのを遠慮してくれれば、その分、食べたがる人が、喜んで食べるでしょう。
> 「今年の捕獲量は 1000トン」というふうに決めたら、その量に決まります。食べない運動は、量には関係ありません。値段に関係するだけ。

と何度も書かれています。

価格が下がれば捕獲量の増加抑止に繋がります。
捕獲量の増加抑止が効果が薄いとしても
エコ活動同様にやるべきです。

価格が下がる以上
捕獲量の増加抑止にどうしても繋がってしまいます。
増加抑止に少しでも効果があるのなら、エコ活動同様に
やらなくてはなりません。
Posted by だいふく at 2013年07月28日 16:20
うなぎ食べない運動が流行ると、我が家でも手に入りやすくなるので、どんどん流行らせて下さい。

「需要に対する希少性だけ」で いま暴利ですからねえ。お金払っても欲しい人多い。

「値段が高いから我慢している」人が後ろに控えてますから、値段が下がったらうちが買いますー。倍食卓に出せます。

さんまとかアジみたいに、「市場の値段がこなれていて」、「欲しい人にはもう行き渡っている」状態なら、「食べない運動」も効果あるかもねー。

街の暴利のうなぎ屋は潰れるかもね。よく考えたらそんなに美味しいもんでもないし。
Posted by てんてん at 2013年07月28日 16:30
例えば
うなぎの生産量100個で
2000円のうなぎを100人が1つ買います。
20万円の売りげです。

うなぎ食べない運動で食べる人が減り価格が下がります。
生産量は100個で変わりません。
すると
1800円のうなぎを50人で2つ買い、100個買います。
管理人さん含め、安く買えて嬉しそうです。
でも売り上げは18万円になってしまいました。
利益が2万円も下がりました。

価格が下がったので
「価格が下がれば生産者の利益が減って、捕獲量の増加の抑止に繋がります」
といえます。

どうでしょうか?
Posted by だいふく at 2013年07月28日 16:43
> 正しく伝わっていない気がしてきました。

 伝わっていますよ。ただしそれが成立するのは、規制がないときで、その量はほんのわずか。価格が半減しても、数%の現象にしかならない。ゆえに無意味。
 効果を上げるには、量を半減させる必要があり、その場合には、価格は1匹5000円ぐらいまで高騰します。ここで需要を減らすと、価格は 5000円から2000〜4000円ぐらいまで下がるかもしれません。しかし、量はまったく変わりません。数量規制の上限に貼りついたままです。
 この場合、生産者は、「利益にならないから量を獲らない」のではなく、「政府の数量規制に引っかかるから量を獲らない」のです。「獲りたいけど(規制ゆえに)獲れない」のです。ここでは市場価格は影響しません。本心では「獲りたい」のだから。

 だいふく さんの話が成立するのは、「規制のない状況下で、数%だけの数量減を実現するために、日本中の大半の人が協力する」という話です。そんなことは、ありえないし、無意味だ、というのが私の見解です。「日本中の大半の人が協力する」と思うのは勝手ですが、本サイトの読者の大多数は協力しないと思いますよ。そんな非科学的な感情論を信じるはずがないので。
Posted by 管理人 at 2013年07月28日 16:50
管理人さんの
「価格が下がっても、捕獲量は変わらない」
というのはわかるんです。

変わるのは生産者側の利益なんです。
利益が減って、設備投資や工場の建てる資金集めが難しくなります。
結果、捕獲量の増加抑止に繋がります。
捕獲量は減らないかもしれません。ですが増加の抑止に繋がります。

> 「数%だけの数量減を実現するために、日本中の大半の人が協力することはありえないし、無意味だ。」

殆ど効果の無いエコ活動は、日本の大半がやってると思いますが。。

※もし価格が半減したら、効果は絶大です。多分小売も生産者も大赤字で廃業しちゃいます。
Posted by だいふく at 2013年07月28日 17:12
ニュースから。

 ──

《 シラスウナギ激減 漁獲抑制へ 》
 水産庁は激減している、ウナギの稚魚、シラスウナギの資源回復に向けた対策会議を開き、漁業関係者に対して国内での漁獲の抑制とともに、中国や韓国などとも国際的に連携して有効な規制を検討していく方針を説明しました。

 → http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130826/k10014048911000.html
Posted by 管理人 at 2013年08月28日 07:07
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